しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「あの後グラス博士と一緒に食堂でご飯を食べたんだけど、どこか遠くからずっと銃声と悲鳴が聞こえてたんだ。でも、段々ご飯の味もちゃんと分かるようになってきて……多分、ここでも上手く暮らしていける気がしたよ」-SCP-████


ここは愉快なサイト-17

何度も何度も人がやってくる以外は変わり映えしない日々。それがようやく変化したのは、ブライト博士が来てから2週間ほどが経つ頃だった。

 

 

「こんにちは、████」

「やあ、████!」

「こんにちは、グラス博士、ブライト博士」

 

 

ブライト博士と会うのは2週間ぶり、グラス博士と会うのは収容初日ぶりだ。初日にクレフ博士から大雑把な説明を受けた時、様子を見るついでに話を補足してくれたのがグラス博士だった。あの時はまだ何の検査も済んでいなかったので、伝えられたことといえば「今後はここにいなければならない」ぐらいの情報だけだったが──財団職員とは思えないほど温厚なグラス博士との会話は、少なからず動揺していた気分を落ち着けてくれるものだった。

 

 

「今日は君に良い知らせがある。今後は施設内を自由に出歩いて構わない。勿論、入ってはいけない場所もあるが……そういう場所は特定の職員しか入れないよう、最初から資格を提示するための開閉装置が備えられている。うっかり迷い込むこともないだろう」

「えっ」

 

 

マジか。意外すぎて一瞬何を言われたのか分からなかった。マジで?

 

 

「但し、そのためにはこのGPS付きのチョーカーを装着してもらう。寝る時だろうとシャワーを浴びる時だろうと、決して自ら外さないように」

 

 

ブライト博士はそう言って、白衣のポケットから黒い革製のチョーカーを取り出した。留め具のところが平べったい金属になっているようなので、おそらくそこにGPSが付いているのだろう。早速近づいてきたブライト博士の手によって装着されたが、何故かサイズはぴったりだった。多分、何かしらの検査の時ついでにサイズは測ってあったのだろう。

とはいえ、いくらサイズがぴったりでもチョーカーに慣れていないと些か窮屈──

 

 

「いやしかし、日本人は首が華奢だな」

「ひっ……!」

 

 

するりと首筋を掌で撫でられ、ぞわりと背筋が粟立った。首は人体にとって最大の急所だ。そこを撫でられるのは決して心地のいいものじゃない。変な声が出るのも当然だと思うのだが、ブライト博士はきょとんとした顔をした後、何故かにやにやと笑い出した。

 

 

「おやおやおや! 君は首が弱いんだね……えっt──」

 

 

次の瞬間、ブライト博士の掌が彼の体ごと遠ざかっていった。ついでに屠殺寸前の鳥のような悲鳴が響く。一拍遅れて、グラス博士がブライト博士の襟元を掴んで思いっ切り後ろへ引っ張ったのだと気付いた。

 

 

「ブライト博士、人型オブジェクトに対する不適切な振る舞いは控えてください。もう一度サイト-17を出禁になりたいんですか?」

「ちょっと首を撫でただけだろう!?」

 

 

出禁?この人、どこかを出禁になったことがあるのか?それだけのことをした経験が?

 

 

「ごめんなさい、████。あの人のことは気にしないでください」

「あの、グラス博士。ブライト博士って……」

 

 

変な人なんですか、とか。おかしな人なんですか、とか。やばい人なんですか、とか。疑問文は喉元まで出かかったものの、どう言えばいいのか分からず上手く言葉にならなかった。

ただ、グラス博士にもそれはしっかりと伝わったのだろう。彼は優しさの滲む目元に疲労の色を漂わせ、静かに頭を振った。まるで何かの覚悟を決めろとでも言わんばかりに。

 

 

「ブライト博士は優秀な人なんですが、少し変わったところがあるんです」

「少し?」

「ええ、少し」

 

 

自分自身にも言い聞かせるような響きに感じられるのだが、本当に『少し』なのだろうか。

 

 

「でも、いざとなれば頼りになる人なのも間違いありません」

「いざという時じゃない場合は……?」

「問題だと思ったら気軽に他の研究員に伝えてください。止めるか、あるいは止められる人を呼んでくれます」

 

 

瞬時にその発言が出てくる辺り、本当にブライト博士の奇行が日常の一部になっているらしい。どんな日常だ。

 

 

「そうそう、████もそう身構えなくていい。何せ、私が君の実験に関し許可を出す主任研究員になったんだ。否応なしに付き合いは多くなるんだから、君ならすぐに慣れられるさ!」

「え……」

「ブライト博士、話がややこしくなるので早くお戻りください。GPS装着を見届けなければいけなかっただけで、今日は他にも仕事があるでしょう?」

「ちょっ、こら! 押すんじゃない!」

 

 

かなり強引にブライト博士が室内から押し出された後、振り向いたグラス博士と目が合って沈黙が落ちた。

 

 

「グラス博士……?」

「大丈夫、大丈夫です。あなたの実験には補助監督官もつくことになっていて、その人はブライト博士を止められる人です」

「そ、そうですか……」

 

 

なら安心、なのだろうか。

 

 

「さあ、気を取り直して早速施設内を案内しましょう。今後は食事も食堂で取って構いませんし、色々と場所を覚えておく必要があるでしょうから」

「え!」

 

 

これは嬉しい。ブライト博士の奇行には戦慄したが、食堂が使えるのは素直に喜ばしい。食堂を使えるということは、食べられるメニューの幅が広がるということだ。

 

 

「職員の中には食堂で注文だけ行い、研究室に持ち帰って食べる人も多いんです。なので、あなたも部屋で食べたければそうしても構いません。何にせよ、食堂のメニューは豊富ですから飽きることはないと思いますよ。勿論、甘い物も置いてあります」

「注文はどうしたらいいですか?」

「あなたのことはすでに伝えてあるので、窓口に言えば特に何かせずとも食事を出してもらえますよ」

 

 

言われてみればそうか。職員は当然ながら全員が大人なのだから、子供が出歩いているというだけで随分と目立つ。今更改めて身分を証明する必要はないのだろう。

 

 

「あと、食堂の傍には購買もあります。そこではインスタント食品や菓子類、それに栄養ドリンクなんかが置いてありますが……おや?」

 

 

不意にグラス博士が廊下の曲がり角──の、下の方を見つめて歩調を緩めた。自然とそれを追って視線を動かし、そこに見えたものにぎょっとする。

それは猫だった。灰色の波模様がある可愛らしい猫だ。それだけなら「財団にも施設内でペットを飼う和やかさがあるのか」なんて微笑んだかもしれない。だが、実際のところそんなわけもなく──それはただの猫ではなかった。なんと体は真ん中で真っ二つにされたかのように、そこには存在するべき下半身が見当たらなかったのだ。

そう、見当たらない。存在しないというか、見当たらないという表現が一番しっくりくる。その猫は下半身がないにも関わらず普通の猫と変わらぬ様子で歩き、あたかも五体満足であるかのようにとことことこちらに近づいてきたのだ。

 

 

「こんにちは、ジョーシー。████、この子もまたアノマリーで、低レベルの施設であれば自由に散歩することが認められているんです。今後見かけることもあるでしょうから、仲良くしてあげてくださいね」

「は、はあ……えっと、こんにちは、ジョーシー?」

 

 

躊躇いがちに挨拶すれば、ジョーシーという名の猫はヘーゼルの瞳と細めて鳴き声を上げた。どうやら初対面の感触は悪くなかったらしい。人の多い施設を平然と出歩いているだけあって人懐っこいのか、挨拶代わりにこちらの足に体を擦り付けた後、ジョーシーはまた気儘な様子で廊下を歩いていった。

好奇心に負けて急ぎ目で追ったが、断面は黒々とした穴があるだけだった。床に落ちた影すらきっちり半分に切られた形をしており、どうにも狐につままれたような気分に陥る。

 

 

「さ、行きましょう」

「あ、はい」

 

 

いつまでも呆けているわけにもいかないので、促されるままもう一度歩き出──

 

 

「うわぁぁぁぁ! 誰か止めてくださいーーー!!!」

 

 

──何か今、廊下の突き当りを凄まじい速度で通り過ぎていった。気のせいでなければ人、のはずだ。

 

 

「ああ、またジェラルドですか。すみません、警備員に連絡するので少し待っ──」

 

 

またって何?というツッコミを入れる前に、先程人影が高速で向かっていった先から別の声が聞こえてきた。

 

 

「クレフ博士!?」

「おいおい、またか? 待ってろ、今止めてやるよ」

「ちょっ、待っ……!」

 

 

風船が破裂するのを何倍も大きくしたような音が響いた。少ししてから、それが銃の発砲音だということに気付く。日本だとあまりにも馴染みがない音なので一瞬分からなかったのだ。

さすがは海外、銃社会なんだな──と納得して済ませたいところだが、たとえ海外で銃が当たり前の代物だったとしてもそんな気軽に撃つものなんだろうか。困惑いっぱいにグラス博士に視線を戻すと、彼は何とも言えない顔で引き返すようにジェスチャーを示した。

 

 

「この先は危険です。食堂へは別の道を使いましょう」

 

 

この先は危険です、とか日常で聞くことがあるとは。

ぼんやりと半ば現実逃避していると、尚も遠くの方から騒がしい話し声が聞こえてきた。

 

 

「なんだ、クレッフィー! トドメを刺せてないぞ。代わりに刺してやるよ」

「コンドラキ博士……!?」

「言ってくれるな、コニー。スツールごとやってやるつもりが、思ったより速度が乗っていて本体には当たらなかったんだよ」

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 

叫び声、笑い声、発砲音、金属音。日本どころか海外でもこんな騒ぎは早々起こらないと思うのだが──まさかこれがここの日常だというのか。もう薄々感づいてはいたが、それでも一縷の望みをかけてグラス博士の顔を見上げた。

 

 

「グラス博士、ここはいつもこんな感じなんですか?」

「えっと……まあ、賑やかな場所ではありますね。大丈夫、いざとなったら君の部屋があった辺りまで逃げてください。あの人達もさすがに、人型オブジェクトの収容棟で銃撃戦を起こすほど見境がないわけじゃありません。もしそんなことが起こるとしたら、それはこの施設が壊滅する時ぐらいです」

「…………」

 

 

どうやらここでの生活は、随分と『賑やか』なものになりそうだ。

 




タイトル: SCP-529 - 半身猫のジョーシー
原語版タイトル: SCP-529 - Josie the Half-Cat
訳者: 訳者不明
原語版作者: Unknown Author
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-529
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-529
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: グラス博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Glass' Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: Pair Of Ducks
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: コンドラキ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Kondraki's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Kondraki
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ジェラルド博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Gerald's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Gerald
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-gerald-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-gerald-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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