しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「ズッキーニは嫌いだ。幼い頃、飽きるほど食べたから」- SCP-████



SCP-████に関する報告書
ズッキーニ入りのミネストローネ


手に持った人にとって、何かしら意味のあるスープが現れる陶器製のボウル。そういうアノマリーとのクロステストだと、曖昧な説明と共に今朝の食事は得体の知れないスープに決まった。何の前触れもなく、先日の健康診断で「ここ数日雨がちだったから頭痛がする」と言っただけで──大した説明を受ける間もなく、気付けば妙な実験を受けることになっていた。財団では鎮痛剤の代わりにスープを処方するというのか。

妙な気分だが、収容されながら平和に暮らすには、明確に命の危険がある時以外は指示に従順でいるのが最善だ。だから、監視係に見つめられながら朝食を済ませる居心地の悪さを感じつつ、こじんまりとした実験室のテーブルで簡素なボウルを手に取る──そうして現れたのは、何の変哲もないミネストローネだった。これが実験だということを忘れてしまいそうなほど平凡な様子に、一瞬拍子抜けしてしまう。

 

 

「SCP-████、無理に完食する義務はありませんが、最低限一口は食べてください」

「あ、はい」

 

 

監視役の研究員に促されるまま、渡されていたスープで赤い液体を掬った。トマトの赤にオリーブオイルの油が浮いている。コンソメの味をベースに、ウィンナーと玉ねぎの味が口の中に広がった。具材はその他だと人参とじゃがいも、それに──

 

 

「……ズッキーニだ」

 

 

カボチャのような黒々とした皮に、ウリのような淡い緑の実。どろりと煮溶けたキュウリみたいなものが漂っていた。途端に、何とも言えない気持ちに陥る。

食べれないというほどではないにせよ、ズッキーニはあまり好きではなかった。母が好きで何にでも入れていたから、うんざりして段々嫌いになってしまったのだ。酷い時には朝食の目玉焼きの下にズッキーニが敷かれていたこともあり、両親が家にいた幼少期は歯を食い縛るような心地で食卓を見つめていた。思えばあの頃から、世の中には抵抗してもどうにもならないことはあると学んだのかもしれない。

 

 

「ミネストローネにズッキーニを入れる習慣が?」

「いいえ、僕はズッキーニが嫌いなので……」

「では、ご家族にズッキーニが好きな方が?」

「……母さんはズッキーニが好きでした。でも、これは父さんが作ったスープの味だと思います」

 

 

いろんなクロステストをしてきたからか、監視役から問いかけられた時点で何となくこの皿がどういった異常性を持っているのか察せてしまった。何かしら意味のあるスープが出てくるとは、つまりはそういうことなのだろう。

 

 

「お父様もズッキーニが好きだったのですか?」

「父さんは多分、ズッキーニに関しては普通でした。けど、母さんのことをとても愛していたから……どうしても譲れないもの以外は、大抵母さんの趣味に合わせていたんです。当然、食事の好みも」

 

 

母さんは食べ物の好き嫌いが激しく、それでいて料理はあんまり得意じゃなかった。だから、時間がある時は父が料理することも多かったのだ。父は器用なもので、どんな家事でも母より上手くこなしていたのをよく覚えている。母が出す料理は大抵焦げていたり生焼けだったりしたが、父が出す料理はいつも綺麗な色をしていた。

だから、これはきっと父さんのミネストローネだ。母さんが作ればこうはいかない。ローリエを入れ忘れて気の抜けた味になったり、人参が切れていなくて繋がって出てきたり、何かしら失敗の痕跡が見つかっただろう。だが、目の前のミネストローネは完璧なものだった──ズッキーニが入っていること以外は。

 

 

「……これ、完食しなくてもいいんですよね?」

「ええ。ああ、退室する前に……現在の体調はどうですか? 実験前には頭痛がしていると言っていましたが」

「痛いままです」

「分かりました。退室して構いません」

 

 


 

 

研究員は少しばかり驚きながら、SCP-████が退室していくのを見送った。これは予想外の結果だ。

改めてSCP-████の報告書を確認してみたが、間違いなく彼の年齢は16歳である。にも関わらず、彼はSCP-348の中身を完食せずに席を立ってしまったのだ。

本来、SCP-348が出現させるスープを完食しないのは18歳以上の被験者である。4歳から18歳の青少年は一貫して、SCP-348が出すスープを好ましく思い完食する──はずだった。

蓋を開けてみれば、使われたばかりのSCP-348にはまだたっぷりと中身が残ったままだ。研究員は首を傾げつつ、改めて収容後に行われたSCP-████の身辺調査結果に目を通した。

 

SCP-████は財団が異常性を把握する少し前に両親を亡くしている。死因は飛行機の墜落事故。

父親は鳥類学者、母親は植物学者で、彼らは夫婦揃って日夜研究のために世界を飛び回っていたらしい。さすがに息子が幼い頃はなるべく日本にいたようだが、彼が中学生に上がる頃には出張の頻度が増え、高校受験が終わった後は長らく海外に留まるようになっていた。

夫婦の生活は互いに自己完結しており、子供に対してはやや無関心。親子仲はギリギリ険悪ではないと言える程度で、決して良好とは言い難い状態だっただろう。

勿論、今までの実験でも複雑な家庭環境にある子供が対象になったことはあった。しかし、そういった被験者も味については複雑な反応を示したものの、結局はSCP-348の中身を完食したのだ。完食すら拒んだ18歳未満の被験者はこれが初めてだった。

 

一体何が原因なのだろうか。研究者が報告書のため考え込んでいた矢先──不意に空きっ腹が唸るような声を上げた。思えば研究員も朝食前だったのだ。SCP-████は午後から別のクロステストに呼ばれていたこともあり、この時間帯に行うしかなかったためである。

本来なら実験後に食堂へ行き、遅めの朝食を摂るつもりだったが、折角なら目の前のミネストローネで腹を満たしてもいいだろう。そうすれば業務時間を圧迫することもない。研究員はそう結論付けると、さっさとSCP-348を満たすミネストローネを食べ始めた。

 

SCP-348の実験ではスープが残る場合も多々あり、それを研究員が摘まむことは特に禁じられていない。すでに3桁は実験が行われているが、ただの一度も人体に有害な物質が出てきたことはないからだ。

時には酷い臭気を漂わせる──スープとは名ばかりの生ゴミのような代物が出てきたこともあるらしいが、このミネストローネは普通の味がした。寧ろ一般家庭で出るものとしてはかなり出来がいい。日本人は食にこだわるとは聞いていたが、確かに手間暇かけられていそうな味だ。野菜は均等且つ食べやすい大きさにカットされ、それでいて具材が溶けてしまわない程度の煮込み加減。味を引き締めるために振られた胡椒の量も実にちょうどいい。

 

こんなに美味しいミネストローネを残してしまうなんて勿体ない。そんなにもズッキーニが苦手だったのだろうか。

そんな感想と共に舌鼓を打っていたその時、ふと皿の底に文字が浮かんでいることに気付いた。その文章をしばし見つめ、スプーンを置いて記録用紙に追記を施す。

 

 

実験記録:SCP-348-2██4-█

被験者:SCP-████、頭痛を訴える

家庭背景:数か月前に両親と死別。生前の両親との関係は希薄

結果:味について不満は述べなかったが、完食を拒否。年齢から通常想定されていた回復効果は確認されなかった。メッセージ。”お前もいつか、この世で一番愛する人を見つけられますように”

 




※補足:主人公は現在の肉体年齢は16歳だが、精神的には26歳。


タイトル: SCP-348 - パパの贈り物
原語版タイトル: SCP-348 - A Gift from Dad
訳者: 訳者不明
原語版作者: Zyn
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-348
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-348
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ゆりかごの猫
原語版タイトル: Cat's in the Cradle
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dewman
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/cat-s-in-the-cradle
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/cat-s-in-the-cradle
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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