六台のユニットを備えた、家庭科の調理実習で使うようなありふれた調理室だ。けど、おそらくはただの調理室ではないのだろう。何せ、実験があるからとわざわざサイト-19まで連れて来られた先がここなのだ。
「料理でもするんですか……?」
「いいや、調理を行うのはアルトさ。我々は隣の監視室で待機だ」
円居はブライトに促されて歩きつつ、クレフの方を盗み見た。クレフは誰の目から見ても明らかなほど不満げな様子である。補助監督官でもあるクレフが実験に立ち会うのは珍しくないが、どうやら今回は監督官ではなく参加者として同行していたらしい。
「アイシャ、モニターを入れてくれ」
「はい」
一般的な調理室には必要ないであろうものを用意してある辺り、やはりここはただの調理室ではないようだ。
監視室で事前準備をしていたらしい研究員がモニターの電源を入れると、そこには隣にある調理室の様子が映し出された。画面上では相変わらず憮然とした顔のクレフが、何やら本を確認しながら食材を用意している。調理室なのだから当然と言えば当然だろうが、実験としては未だにピンとこない。
「不思議そうだね。無理もない。調理にはある程度時間がかかるだろうし、今回の実験について少し話してあげよう」
今回の実験対象はSCP-062-KO『██████お婆ちゃん印の、この世の全てのレシピ』という名の料理本だ。これ自体は普通のハードカバー書籍で、読んだら消されるとかそういう物騒な代物ではない。敢えていうなら、1週間ごとにレシピの内容が42種類ずつ変更される辺りが普通の本とは異なるだろう。
だが、SCP-062-KOの真の異常性は本に記載されているレシピを実際に作った際、結果物である料理の方に現れる。本を読んでから調理すれば、本来は食べられないような物まで強引に料理へと変えられるのだ。但し『料理にできる』という事実と『食べて無事』という保証はイコールではない。
「いやはや、あのレシピ本から生み出される料理の威力はすごいんだよ」
「料理の威力……?」
「大半の毒とSCPに耐性を持ってるクレフが一口で昏倒するものだったり……」
「クレフ博士が!?」
「鍋を開けたら調理室を疾走し、保安職員が射撃で仕留めるまで動き続けた料理とか……」
「バイオハザード……?」
「食べた人間が爆発して、周囲にいた全員を死なせた事件もあったな」
「いつの間にか料理じゃなくて科学実験の話になりましたか?」
「いや、ちゃんと全部料理の話だね」
さすがはアノマリー、無害そうに見えても一皮剥けば恐ろしい側面が潜んでいる。この場合は一頁捲れば、だろうか。
「まあ、今のは極端な例を挙げただけで、普通に有用なレシピが出たこともあったけどね。食べた人の仕事の能率が上がる料理とか、二人で食べると親密になれる料理とか」
「それは確かに便利そうですね」
とはいえ、SCP-062-KOの異常性を発現させるためには、必ず本を読んでから作るという手順を踏まなければならない。なので有用なレシピが出たところで、それを繰り返し利用することはできないのが残念だ。利用価値はレシピ更新が入る1週間のみということになる。
「つまり、今回は危険なレシピだった時の対策……?」
「そうなるね。もし君の異常性でレシピの異常性が抑制された場合、果たして危険な効果だけ除去されるのか、全ての異常性が除去されて食べられない物になるのか興味がある」
「でも、今回危険なレシピが出てくるとは限らないのでは……?」
「その点は心配いらない。さっき危険物レシピを羅列したけど、実はあれ全部クレフが読んだ時に出てきたんだ。彼には危険なレシピを引き当てる才能がある」
「何その悲しい才能……」
先程の不満げな様子の理由が分かった。確かにそんな悪評に太鼓判を押され、動員されたらあんな顔にもなるだろう。
「ちなみに、今回のレシピで用意するよう言われた材料も中々不穏だぞ。ホットケーキミックス、バター、砂糖、卵、バナナ、ホワイトチョコレート、ミックスナッツ……」
「何かの焼き菓子……?」
「あとモスバーグ590の弾……これらを全て混ぜ、マフィン紙型に入れて焼く」
「駄目そう……」
モスバーグ590は散弾銃のことだ。何故マフィンに銃弾が入っているのかは謎だが、そこはアノマリーのすることなので気にしてはいけないのだろう。
「クレフは過去に黒色火薬を入れるレシピを引き当てたこともあるし、どうやら暴力的な料理と縁があるようだね」
「そもそも銃弾とか火薬とか、料理に使ったとしてちゃんと、その……混ざるんですか?」
「その点は心配いらない。どういうわけか、あの本に則って作った料理は全てを溶かして綺麗に呑み込むんだ。前に調理中のフライパンにうっかりスマホを落とした奴がいたが、そのスマホはドロドロに溶けて買い直す羽目になったぐらいだよ」
「わぁ……」
想像以上に力業で料理として成立させるらしい。しかも、スマホを入れたのが“うっかり”だというのがまた悲哀を誘う。私用のスマホだったのなら、おそらくは経費で買い直しもできなかっただろう。
「私も何度か調理に参加したことがあるが、味の是非はともかくとしてあそこまで凶悪な結果は──」
ブライト博士が意気揚々と喋るのを遮るように、突如としてボンッという低い音が響いた。慌てて調理室へ注意を戻せば、稼働中と思しきオーブンから黒い煙が立ち上っているのが見える。
「あの、あれってああいうものなんですか? それとも普通に何かのミス……?」
「あの凶悪なレシピ本の料理はどんな腕前の人間が作っても必ず無事に完成するんだ。だから失敗はあり得ないよ。無事じゃなくなるのは料理が調理器具から出てきた瞬間、あるいは食べる瞬間だ」
それでモニター上のクレフはどうにも苦い顔を浮かべているのか。できることなら不穏な気配を漂わせるオーブンなんて放っておいて、今すぐにでも自分の研究室に帰りたいといった顔だ。
だが、これはあくまで実験なのだから放り出して帰ることもできないのだろう。先程からブライトの口振りには、面白いもの見たさのような楽し気な響きを感じなくもないが、それでもこれは正式に認可の下りた実験なのだ。
「そら、ようやく今回の『料理』のおでましだ」
意を決したらしいクレフがオーブンの扉を開くと、熱せられた天板の上には奇妙な塊がいくつか鎮座していた。形状は確かにマフィンだ。紙型もそのままで、生地の膨らみ方もちゃんとしたマフィン。
ただ、色が明らかにおかしい。真鍮で出来ているかのように輝いているのだ。日本のコンビニでは黄金のメロンパンなる商品を見かけたこともあるが、この黄金のマフィンは比喩ではなく本当にメタリックな輝きを帯びている。不気味だ。
ドン引きしている円居を他所に、ブライトは調理室のスピーカーに繋がっているらしいマイクのスイッチを入れていた。
「アルト、念のために聞くが自分で食べてみるかい?」
「Dクラスを呼べ」
据わった声が返ってきた途端、アイシャが粛々と警備員に指示を出した。それから程なくして、警備員に誘導されるままオレンジのつなぎを着たDクラスが入ってくる。どうやら事前に実験内容の指示はされていたのか、心底嫌そうにメタリックなマフィンを見遣った。
「D-████、その場でそれを食べるんだ。ああ、間違っても持ったまま移動しないように」
指示を出し終わったブライトの補足によると、この調理室は度重なる調理実験の末に大破したことがあり、改築の際に建材を全て強化コンクリートに変えたらしい。なので今は最悪の事態に陥ったとしても、これまでの結果を踏まえた想定さえ上回らなければ調理室で被害を食い止められるそうだ。警備員も近くに控えているため、何かあればすぐに武力制圧する支度もある。
話を聞いているとつくづく料理の話とは思えないが、字面にしてみればマフィンを食べるだけ。特に諸々の経緯など説明されていないであろうDクラスからしてみれば、見た目が多少不気味なだけのお菓子だとでも思ったのかもしれない。Dクラスは存外すんなりと、促されるままにマフィンを口に運んだ。
「どうだい? 味は?」
「クソまずい」
「ふむ、食べられはするのか」
「は? おい待て、これって何かやばいやつ──」
「では、次に調理室の反対側まで歩いていくんだ」
「……クソ」
緊張した面持ちで離れていくDクラスを横目に、調理を終えたクレフはいつも通り愛用のショットガンを装備し直していた。調理中は料理に巻き込まれないように外していたのだろうが、わざわざ今すぐに装備し直したのは──まあ、これまでの経験上悲惨な結果に身構えているということなのだろう。
そして、その警戒心は決して杞憂では済まされなかった。Dクラスがそろそろ円居の異常性効果範囲から外れた時、突如としてDクラスの周囲にある物がドロドロと溶け始めたのだ。金属製のシンクも、ガラス製のボウルも、プラスチックの皿も、何もかも熱された蝋のように崩れていく。
「な、なんだこれ……!?」
「D-████、すぐにこちらへ戻るんだ」
「…………」
ブライトから鋭く警告が飛ばされたが、Dクラスは逡巡するように身じろいだ。
見たところ周囲への被害はじわじわと広がっているが、肝心のDクラス本人の体には何の影響も見受けられない。あの様子では人が近づいても同じように溶かされるだろう。ひょっとしたら銃で撃たれても弾の方が溶けるかもしれない──つまり、ここから上手いこと逃げ出せるかもしれない。
そんな風に考えているのは一目瞭然だ。次の瞬間、廊下側から調理室に煙幕が投げ入れられ、それと同時に円居は突然腕を引かれて調理室へと引きずり込まれた。
「取り押さえろ!」
小さな悲鳴と、たくさんの足音。どうやら廊下から監視に当たっていた警備員がすぐさま突入し、不穏な考えを持ったDクラスを気絶させたらしい。
警備員達は手早くDクラスを拘束すると、そのまま調理室に残して再び廊下に戻っていった。動かすにしてもDクラス単体で動かすと拘束具ごと溶けかねない。幸いSCP-062-KOによる異常性の発現は永続的なものではなく、長くとも36時間程度で済む。なのでいつかは動かせるだろうが──
「おい、無駄に待つ必要はないだろう。さっさと今の内にそいつを──」
「アルト、やっぱり君の悪運は凄まじいな! 今回も結局危険なレシピだったじゃないか!」
「やかましい。こんなもんを書いたばあさんが悪いんであって、私とは何の因果関係もない」
「……ブライト博士、腕が痛いです」
「おっと、すまないね」
調理室へ引っ張られた時のまま、強く掴まれている腕を指摘するとブライトはすぐに手を放してくれた。あからさまに不機嫌なクレフとは裏腹に、ブライトはにこにことご機嫌そうだ。
「面白いものも十分に見れたし、今回はこのぐらいにしておこうか。円居、一緒に昼食でもどうだい?」
「ブライト博士、仕事はいいんですか?」
「大丈夫大丈夫! 今回の報告書はアイシャがやるし、後片付けはアルトがやるから!」
「……はあ」
急いで部屋を出ようとしているかのような言動が少し引っ掛かったが、いずれにせよ円居はブライトの指示に従うだけだ。調理室に残されたクレフが何やら言いたげだったのが少し気になったものの、促されるままに円居は調理室を出て行った。
調理者:Clef博士
材料及びレシピ:ホットケーキミックス、バター、砂糖、卵、バナナ、ホワイトチョコレート、ミックスナッツ、モスバーグ590の弾丸を全て混ぜた生地を6つのマフィン紙型で分け、オーブンで焼く。
調理および試食結果:真鍮色のマフィン。D-████が試食。被験者によると「味は普通のマフィン」。SCP-████の効果範囲においては顕著な異常性は認められなかったが、効果範囲からの移動を命じたところ被験者の周囲に存在するあらゆる物質が融解した。被験者本人の状態に変化は現れなかった。その後逃走を試みたため、再びSCP-████の効果範囲に戻して鎮圧。後にClef博士によって処理された。
─Clef博士、普段の君のスタイルからするとこうした気遣いが煩わしいのはわかるが、間違ってもSCP-████の目の前でDクラスを処理しないようにしてくれ。無駄な記憶処理をする羽目になる - Bright博士
─断言できる。どう考えてもSCP-████が廊下に出たのを見計らってからDクラスの首を掻っ切るより、SCP-████のすぐ傍でやった方が安全だ - Clef博士
─SCP-████の実験管理手順について意見がある場合、別のSCPの実験記録上で言い争うのではなく、正式にO5評議会への提議を行うように - O5-█
タイトル: SCP-062-KO - ██████お婆ちゃん印の、この世の全てのレシピ
原語版タイトル: SCP-062-KO - ██████ 할머니표 이 세상 모든 조리법
訳者: dirhqn0001
原語版作者: Failnot
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-062-ko
原語版ソース: http://scpko.wikidot.com/scp-062-ko
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0