しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「何かあった後も上の奴らが安全志向でいられるか見てみようじゃないか。なに、機会はいくらでもある。何せ、ここは財団なんだからな」- アルト


アルトとソフィア、そしてジャック

上席地域管理官であるソフィア・ライトは、今回のミーティング前に頭痛薬を飲まなかったことを後悔していた。以前は大抵そうしていたのに、最近はミーティング相手の素行が比較的落ち着いていたせいで油断したのだ──落ち着いていたといっても定期的にコンドラキ博士との小競り合いは起こしていたが、最早その程度では問題だと感じないほど慣れ切ってしまったという面もある。

だが、今日の彼はここ最近じゃ一番機嫌が悪い。どうして新しい仕事を頼まなければならない日に限って虫の居所が悪いのかと溜息を吐き、ソフィアは改めて相手の注意を向けるべく指先で卓上を叩いた。

 

 

「聞いている? あなたに新しい仕事を任せたいの。とあるオブジェクトの破壊よ。上からの承認はもう貰っているわ」

「……どのぐらいかかる?」

「そうね。上手くいけば2~3日、長くても一週間程度でしょう」

 

 

途端にアルトが渋い顔を浮かべたのを見て、ソフィアは意外な心地で目の前の人物をまじまじと見つめた。今の彼は身綺麗にしているので視覚的暴力になることもない。

アルトはタイプ・グリーン処理のために外へ出ると、その間中ずっと身支度しないこともある。だから、任務直後の彼から報告を受ける時は酷い目に遭うこともあるのだ。主に鼻と目が。

それから比べれば最近のアルトは文明の中で暮らすに相応しい状態だと言えるだろう。最近は落ち着いていると感じたのも、見た目の印象は大きいと言わざるを得ない。

だが、当の本人の精神状態はまた別の問題らしい。確かにアルトは気分屋なところがあるものの、オブジェクトの破壊任務だけは然程文句も言わずにさっさと動き出す。滅多なことではオブジェクトの破壊を承認しない財団において、破壊任務が出ること自体があまり良くない状況であることがほとんどだからだ。

誰彼構わずショットガンの銃口を向けるような人物ではあるが、一応のところ世界の正常性を守るという大義のため、己の役目を果たす意志は持っている。そういう人物なのだ。多くのエージェントにとっては大変な重労働となる破壊任務を請け負うのも、彼なりの責任感ということなのだろう。

そうした過去の姿を思えば、今目の前にいるアルトの状態は明らかに何かがおかしい。ソフィアからしてみれば関係のない話かもしれないが、任務の管理を行う身として一応は聞いてみるべきだろう。

 

 

「一体どうしたの? まるでなるべく長く外回りの任務に就きたかったとでも言わんばかりの態度ね。あなた、ちょっと前までたまにはどこかのサイトでゆっくりしたいなんて言ってなかったかしら?」

「ああ、言ったさ。だからこそSCP-████の補助監督官を請け負ったが……」

 

 

アルトは終始何とも言えない態度だ。これもまた珍しい状態だと言えた。彼がアノマリーの管理について文句を言うことは度々あり、嫌なら嫌と、後悔しているなら後悔しているとはっきり告げる。だが、今のアルトはSCP-████についていきなり断じることはなく、何かを考え込んでいるような様子だった。

 

 

「……ソフィア、君はSCP-████についてどう思う?」

「どうって……O5は余程████を重視しているみたいね。いつかThaumielに指定してもおかしくないんじゃないかしら」

 

 

SCP-████のことはソフィアもよく知っていた。異常性を一方的に抑制できる便利なアノマリー。となれば、アノマリーの兵力転用を主張しているソフィアが目をつけないはずがない──尤も、ソフィアの提案はすでにO5評議会から却下されている。

勿論、ソフィアとてSCP-████に直接的な戦闘能力がないことは重々承知している。SCP-4818のような戦力として数えることはできないだろう。

だが、厄介な異常性を一方的に封じ込められるとなれば、仮に他の隊員で全面的にカバーする必要があったとしても機動部隊に入れる価値はある。そう思ったソフィアは熱心にSCP-████の試験運用を申請したのだが、O5が首を縦に振ることは決してなかった。

曰く「SCP-████の有用性を考えればリスクを冒してまで戦場に出す必要性はない」とのことだ。気持ちは分からなくもない。SCP-████の異常性が永続的なものでない以上、彼を収容手順そのものに利用することはできないが、SCP-4342のように危険性の再確認や無力化の補助には十分すぎるほどの有用性がすでに証明されている。

ソフィアとてその辺りの事情は承知しているからこそ、きっぱりと却下されてからは再三の申請をすることはなかった。だが、その振る舞いに全く思う所がないわけでもなく──

 

 

「正直なところ、SCP-████に関してO5はいつになく慎重だと思うわ。機動部隊入りを却下するのは分かるとしても、最低限の訓練すら試すつもりもないなんて。聞いた時はO5じゃなくて倫理委員会から返答が来たのかと思ったほどよ」

「同感だ。意見が同じ奴がいて嬉しい限りだな。ジャックとは全く違う」

「あら、ジャックもSCP-████の訓練には反対なの?」

「それどころか彼の目の前であれば、Dクラスすら殺すなと言い出すぐらいの過保護っぷりさ」

「うーん、それは……」

 

 

ここに来てようやくアルトがはっきりとした苛立ちを顕にしたため、どうやら今日不機嫌だった根本的な原因はジャックにあるのだろうと気付いた。より厳密にいえば、おそらくSCP-████の管理手順についてジャックと意見が食い違ったのだろう。

 

 

「確かに、ジャックにしては随分と過保護ね。どうしてそんな方針にしたのかしら?」

「……何を最も致命的なリスクとして考えているかだろうな。ジャックはSCP-████が人死にに慣れるのに時間がかかる場合、あるいはどうしても慣れられない場合、実験が滞るほどの影響が出ることを懸念している」

 

 

財団で長く勤めていると感覚が麻痺しがちだが、定期的に人が死ぬ様を見るというのは少なからず人の精神状態に悪影響を与える。繰り返せば否応なしに慣れるとはいえ、新人職員の中には慣れる前に心を病んでしまう者もいるのだ。

そういう場合、職員であれば縁がなかったということで記憶処理してから一般社会に返せば済むが、収容オブジェクトとなればそうもいかない。最終手段として慣れるまでに費やした全ての期間を対象に記憶処理する手もあるが、あまりに長期間に及ぶ記憶処理は健康被害が懸念される。強力な記憶処理ほど重篤な副作用があるためだ。

また、人死にを出す財団への不信感も懸念事項になる。今のところSCP-████は実験に対し協力的だが、何かの拍子に財団や自身が置かれている状況に不信感を持てば事情が変わってくる可能性もあるのだ。

 

 

「ジャックの意見も分からなくはないわね。何も起きない間はそれが一番合理的で、リスクの少ない判断でもある」

「そう、何も起きない間はな。だが、この財団において“何も起きない期間”がいつまでも続くわけがないだろう?」

 

 

アルトから言わせれば、多少のリスクを抱えてでも有事の際に備える方が重要だ。

多少の収容違反やDクラスの反乱程度ならまだいい。機動部隊がいればすぐにでも事態を収束できるだろう。だが、問題は施設が丸ごと機能停止に追い込まれるような事件だ。

何かの拍子にいずれの職員もSCP-████をサポートできなくなり、何の指示もないまま彼が一人だけ事件現場に取り残された時──死体を見て腰を抜かしでもしたら、それこそ貴重で有用性の高いアノマリーをむざむざと失いかねない。寧ろ怯えて立ち竦むことさえなければ、他のアノマリーから襲われないSCP-████は自力で生還する見込みも十分にある。

 

 

「何か起きてからでは遅いだろうに……こういう時、財団の官僚体制には心底うんざりさせられるよ」

「そうね……そもそもあなたから見て、SCP-████は人の死をどう受け取りそうなの?」

「そんなの分かるわけないだろう」

「あのねぇ……」

「ふざけているわけでも、はぐらかしているわけでもないさ。経験則から言わせてもらうが、死生観なんてものは最も推測が困難なものだ……怯えて職務を放棄するエージェントもいれば、無理矢理行かされたのに命懸けで役目を全うするDクラスだっている。いざ直面してみなければ、当人ですら正しい答えを返すことはできないだろう」

「……まあ、そうね」

 

 

科学者として推論は無駄と切り捨てられるのは遺憾だったが、命の扱いに関してはアルトの方が遥かに熟知しているのは確かだ。ソフィアは職務の都合上他の職員よりは戦場というものを知っているが、実際に自らの手で人の命を奪ったことはほとんどないのだから。

そのアルトがそう言うのならこればっかりはどうしようもない──と頷きかけたところで、ソフィアは思いっ切り顔を顰めて目の前の男を注視した。

 

 

「言っておくけど、ジャックと揉めた問答に結論を出すためだけに新たな問題を起こすことだけはやめてちょうだい」

「おいおい、私がそんなことをするように見えるのか? コンドラキの奴じゃあるまいし!」

「あなたね……」

「それに、おそらく問題が起こるとすればそれは寧ろ私がいない時だろう」

「私から言わせれば、あなたがいる時の方が余程騒がしいと思うけれど」

「確かに私はトラブルを起こすかもしれないが、同時にそれが致命的な事態へ発展する前に自力で解決できる。だが、ジャックに同じことができるか?」

「…………」

 

 

どっちもどっちだとか、そもそも騒ぎを起こすなとか。色々と言いたいことはあったが、実際のところ被害の規模で言えば問題児三人の内、最もやらかしの頻度と規模が凄まじいのはジャックだ。

別にジャックの能力が劣っているというわけではなく、単純に三人の間で比較するとジャックだけが戦闘能力に乏しいのが原因だろう──そもそも研究者に戦闘力は必要ないのだから、機動部隊顔負けの戦闘力を持つクレフ博士やコンドラキ博士の方が異様なのだが。

 

 

「補助監督官に任命されただけあって、最近は長らくSCP-████の管理を手伝ってきたが……私がいることに慣れ切ったジャックがそろそろヘマをやらかさないか見物だな」

「…………」

「どうした? 破壊任務を取り消すか?」

「……いいえ、今度の任務の説明を行うわ」

 




タイトル: SCP-4818 - 英雄願望
原語版タイトル: SCP-4818 - I Need A Hero
訳者: nuuko
原語版作者: DrChandra
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4818
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4818
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-4342 - 実験は継続されなければならない
原語版タイトル: SCP-4342 - Testing Shall Continue
訳者: Fennecist
原語版作者: Tanhony
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4342
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4342
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Sophia Light's Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: Sophia Light
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-light-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-light-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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