「というわけで、今日はクリスマスなわけだが」
「ブライト博士、半年早いです」
本日の実験先はなんと普通の住宅街。財団は特定地域を丸ごと買い上げて職員の居住地として使うこともあるらしいが、ここは本当に一般市民がそこらを歩いているような普通の住宅街だ。
以前は当たり前だった光景も、収容されてからしばらく経つ今は新鮮で奇妙に映る。円居は車に乗ったまま行き交う通行人を眺めつつ、意味不明な発言を繰り出したブライトに視線を戻した。
「道行く人の姿を見てください。今は夏です。南半球じゃあるまいし、夏にクリスマスはやりません」
「あの壁の向こう側は一面雪景色だと言ったら?」
「……そういうアノマリー?」
「そういうこと。君には今からあの向こう側へ行ってもらう」
そうか、雪が積もってるならクリスマスかもしれない──なんて流されかけたが、仮に年中雪だったとしても暦は嘘を吐かない。今はクリスマスシーズンではないのだ。
「ここは通行人の目もあるし、詳しいことは現地の担当職員の指示に従うように。現地エージェントには君のことをちゃんと伝えてあるから」
「ブライト博士は来ないんですか?」
「私も行きたいのは山々なんだけど上から止められてね。まあ、その辺も担当の人に聞いてもらえばいいから。ラフェリエール、護衛よろしく」
「はい」
会話中ずっと静かにしていた助手席のエージェントが頷き、彼に促されるまま車を降りた。件の壁は少し歩いた先にあるが、市街地のど真ん中に大きな壁が張り巡らされている様は遠目にもかなりの威圧感がある。
「すごい壁ですね……有刺鉄線まで張ってある」
「ゲーテッドコミュニティならそこまで不思議なもんでもないさ」
「そうなんですか……?」
ゲーテッドコミュニティというのは居住区を丸ごと壁で区切った地域のことで、海外だとそこまで珍しいものでもない。治安の良い日本だと滅多に見かけないが、治安維持が形骸化しているような国だと富裕層はこういった区画に住みたがる。強盗や放火はどこの国でも大なり小なり起きるものだが、そこに加えて銃社会であるが故に一度起きれば被害が拡大するのが大きいのだろう。だからこそ、堅固な壁で囲まれた住宅は魅力的に映る。
ここに限らずゲーテッドコミュニティには基本的に警備員が立っており、顔写真付きの身分証明書がなければ通行は許可されない。そういった体で財団の職員証を提示し、ラフェリエールは自然な様子を装って曰く付きの『住宅街』に踏み込んだ。
「来たか!」
潜った門はすぐに軽く閉められたが、何故か施錠される気配はない。不用心じゃなかろうかと訝しんだ矢先、中にいた人物が駆け寄ってきて──円居は思わず言葉を失った。
「サンタだ……」
そう、サンタだ。そこにいるのはサンタだった。
赤い服に、白いふわふわの飾り。服装はどこからどう見てもサンタなのだが、着ている人物は服の上からでも筋肉の気配が分かるほど鍛え抜かれた男性である。サンタといえばたっぷりとした白い顎鬚を蓄える小太りの老人というイメージが強く、目の前の筋骨隆々サンタは子供の夢を打ち砕きそうなインパクトを備えていた。
「君がSCP-████だな? 日が高い内に作戦行動を開始したいから、今回の実験について手短に説明しよう──ああ、いや。少し待て……ファーマー! 今の内に確認作業を済ませてくれ」
「了解」
サンタ(仮)が指示を出すと、他にもサンタ服の男が現れた──いや、ようやく冷静に壁の内側を見回してみたら、筋骨隆々のサンタ達以外にもおかしな部分がたくさんある。
門付近は綺麗に除雪されているが、少し離れた道には足首まで埋まるほどの積雪が見えた。勿論、家々の屋根も白く帽子を被っている。
だが、民家の異常な点は積雪だけでなく、まるでクリスマスシーズンのようにイルミネーションで飾り立てられているのも妙だ。しかも、一戸や二戸ではなく見渡す限り全ての家が華やかな装いになっている。
そして、異様な光景は気候や建物に留まらない。なんとこの住宅街には普通に住人がいるようなのだが、彼らは揃いも揃ってカラフルなセーターを着ている。欧米人がクリスマスの時期に着ている、あの妙にダサいセーターだ。アメリカ特有の広々とした住宅街は距離があって人影は視認しづらいが、派手な配色のせいで彼らが庭先で動く様は確かに見て取れた。
今日はクリスマスだという言葉を頭で理解するより早く、視覚に焼き付けてくるような光景だ。
「さて、見ての通りここは年中クリスマスの区画だ。元から住人が住んでいるが、彼らは寿命で死ぬ気配のない人もどきでもある。何より重要なのは、ここのクリスマスは感染するということだ」
「え?」
「何を言っているか分からないと思うが、そうとしか言いようがない。ここの住人共が外へ繰り出し、周辺の民家を飾り付けるとそこもこのコミュニティに組み込まれる。つまり、放置しておけばアメリカ全土がクリスマスに汚染されかねないからこそ、我々はここで封じ込めに当たっているわけだが……これまで手順が確立されるまでの間に、数人のエージェントがもってかれた」
「もって、かれた……?」
なんだその人体錬成でも試みたかのような言い回しは。
「ここの住人はクリスマス精神が足りていないものを発見すると、動物や無機物であればそれを飾り立て、人間であれば拉致して自分達の仲間にしてしまう」
「クリスマス精神……?」
「陽気じゃなかったり、プレゼントを喜ばなかったり、クリスマスソングを正しく歌えなかったり……まあ、聖夜のお祭り騒ぎに相応しくないこと全てだ」
なるほど、それで壁の内側にいるエージェントは皆がサンタ服姿なのか。傍目には仕事中とは思えない装いだが、話を聞いてみれば職務上やむを得ない事情だったわけだ。
本来なら厳つい戦術装備でも着込んでいただろうに、こんなところに配備されたが最後トンチキな恰好で仕事をすることになるなんて──と若干の同情を抱いたその時、先程指示を受けて登場したサンタエージェント達の方からどよめきが聞こえてきた。
反射的にそちらへ目を向けると、これまた奇妙な光景が目に入る。世の奇妙さとは上限がないらしく、季節外れのクリスマスな景色の中、厳ついムキムキのサンタ達が颯爽と駆けていく犬の背を見て感極まった空気を漂わせていた。
「おお……!」
「え、なに……?」
「やはり上に無理を言って君を連れてきてもらってよかった!」
「ほんとになに……?」
「うむ、先程述べた通りだ。あの犬は見ての通りリードをつけている以外は普通の犬で、ここの連中からすればクリスマス精神が足りてない。にも関わらず、住人はあの犬に何の反応も示していない……これはつまり、君の異常性はクリスマスの感染を抑えられるということだ!」
「…………」
最早何も言うまい。突然ここへ連れてこられた身としては反応に困るが、長年このクリスマスゾーンを監視させられてきた職員達からすればここ一番のグッドニュースだったのだろう。
エージェント達は迅速に犬を回収すると、一斉に武器を取り出して整列した。武装サンタ集団の絵面──今日はきっと悪い夢を見るに違いない。
「諸君! たった今、SCP-784の異常性はSCP-████によって抑制できることが確認できた。従って、当初の計画通り784-1に取り込まれた人員の回収を行う!」
「ああ、ようやくマシューズ達を助けてやれるんだ……!」
「今までずっとこんな危険地帯を非武装で巡回しろとかふざけてんのかと思ってたが、遂に銃を携行して行動できるなんて……!」
「クリスマスなんてクソくらえだ!」
「皆、興奮する気持ちは分かる。だが、くれぐれも784-1に攻撃するようなことは控えるように。我々の任務は784の無力化ではなく、あくまで人員の回収だ」
「了解!」
「さあ、クリスマスに取り込まれたあいつらに時期外れの“クリスマスプレゼント”を届けに行ってやろうじゃないか!」
対象:SCP-784
実験内容:犬を用い、SCP-████の異常性がSCP-784-1の拉致行為を抑制できるかを確認。抑制可能な場合、SCP-████を連れてSCP-784内部を巡回し、過去にSCP-784-1によって拉致された5名のエージェントを回収。
実験結果:SCP-████の効果範囲内においてSCP-784の影響が抑制された。エージェント・ポールセン、エージェント・マシューズ、エージェント・サンダーソン、エージェント・アンダーソン、エージェント・ダーヴィッツの5名を回収。Bクラス記憶処理後、経過観察のためサイト-██に移送する。
─ミームや認識災害を完全に抑制できることから、精神に干渉する類の異常性に対し顕著に働くのは分かっていたが、どうやら洗脳の類も防げるようだ - ブライト博士
タイトル: SCP-784 - 今日は楽しいクリスマス
原語版タイトル: SCP-784 - Christmas Cheer
訳者: Tanabolta
原語版作者: Snowshoe
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-784
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-784
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0