しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「そう言われた時、咄嗟に元の年齢だったらと思った。次に、子供扱いされるなんてと笑い飛ばせなかったことに自分でも驚いた。もしかしたら感性が段々と肉体の年齢に引っ張られているのかもしれない……」- 円居逸樹


大人の事情、子供の感情

「あっ、もしかして君がSCP-████!?」

 

 

今にして思えば、最悪の話しかけ方だったと思う。言い訳をしていいのなら、財団の施設で同年代の子と話せるのは貴重だから機を逃さず話しかけようと気が急いてしまったのだ。

 

 

「ご、ごめんなさい! 不躾な言い方をしちゃって……!」

「いえ。僕がSCP-████で合ってます」

 

 

私だったら──当時ここに連れてこられたばかりの頃、どんな切り出し方をされようと周りに噛みついていた自分のことを考えると、彼が怒って立ち去ってしまう気がして蒼褪めた。これでは初対面の頃のヴァルデズ博士を責められたものじゃない。

けれど、驚いたことに彼はとても落ち着いていて、曖昧に微笑んで小さく頭を下げたのだ。アメリカでは珍しい仕草を見て、彼が日系とかではなく純粋な日本人であることに気付いた。

 

 

「私は……SCP-4818よ。でも、よければレオラって呼んでほしい。あなたの名前は?」

 

 

自分のオブジェクト番号を率先して名乗るなんて、以前なら考えられないことだった。ただ、こちらは彼の登録番号を知っているのに、彼が私の番号を知らないのはフェアじゃない気がしたのだ。

 

 

「僕は円居逸樹……イツキ・マルイです」

「日本人ってファミリーネームで呼んだ方がいいんだっけ?」

「どちらでも大丈夫です。お好きな方で」

「じゃあ、逸樹って呼ぶわね!」

 

 

それから少し話したけれど、正直とても驚いた。何度も言うが、逸樹はとにかく落ち着いた子だ。

収容されている状況にも、いろんな実験に呼ばれて忙しい生活にも、何ひとつ文句を言わずに受け入れている。繰り返すようだけど、当時の自分と比較すると信じられないぐらい落ち着いていた。ちょっと想像できないぐらいに。

日本人はエキゾチックで謎めいていると聞くけど、もしかして皆こういう感じなんだろうか。武士道ってやつ。ミドルスクールの頃に日系の子とは話したことがあったけど、本物の日本人には初めて会うからよく分からない。

でも、普通に考えたら外国生まれの男の子が急にアメリカへ移され、閉じ込められて過ごす方がずっと大変なはずだ。もう家に帰れないどころか、生まれ故郷が遠い海の向こうにあるというのはどんな気分なんだろうか──

 

 

▼△▼△▼

 

 

「隊長は日本って行ったことありますか?」

「ないけど……急に何?」

「実は今日、食堂で逸樹……SCP-████に会ったんです」

「ああ、なるほど。そういえば彼は日本人だったわね」

 

 

ポラロイドカメラの整備をしていた手を止め、まだ無邪気な後輩の言葉に一つ頷いた。昔ならこれはもっと大事な作業だったのだが、今ではスマホやタブレットのカメラでも任務はこなせる。だから、幼い頃からの習慣みたいなもの──要は趣味に近い時間だった。だからこそ、見るからに雑談したいという気持ちを見せている後輩に苦笑しながら言葉を返す。

 

 

「どんなことを話したの? 仲良くなれそう?」

「うーん……どんな実験に参加したのかとか、日本の観光名所についてとか……仲良くはなれる、かな?」

「あら、あなたにしては随分と歯切れの悪い言い方ね。何かあった?」

「喧嘩したとかじゃないですよ? ただ、なんというか……落ち着きすぎていて同年代の男の子と喋ってる感じがしないし、ちょっと遠慮しちゃって」

「へえ? 私に対しては最初から砕けていた辺り、私はあなたにとって年上のお姉さんっぽくないってことかしら?」

「ちょっ、違いますよ! 隊長は隊長ってだけで……!」

「ふふ、分かってるわよ。ごめんなさい、少しからかっただけ」

 

 

憮然とした顔を浮かべるレオラに笑いかけ、交換用のレンズから手を離した。ついつい年下の女の子を揶揄ってしまうなんて、私もアンドレアに似てきたかもしれない。

 

 

「でも、そうね……彼が大人しい理由は案外あなたと同じかもしれないわよ」

「私?」

「あなただって『いい子』にしているお陰で、今じゃ複数のグラフィックノベルの定期購読が認められているでしょう?」

「あ、そういえば逸樹はゲームを支給されてるって言ってました」

 

 

なるほどと深く頷いているレオラを横目にしながら、私は先程の発言を本心から述べたわけではなかった。おそらくだが、そんなに単純な話ではないだろう。

アンドレアから聞いた話だと、SCP-████は収容される少し前に両親を亡くしているらしい。レオラと違って逃げ出してでも会いたい家族というのはもう生きていないのだ。

勿論、たとえ帰りを待つ人がいなかろうと逃げたくなることがあるほど、財団で収容されるのは人型オブジェクトにとって耐え難い苦痛になり得る。プライベートな場面ならともかく、一度実験が始まれば生まれた頃に授かった名前ですら呼ばれない。まるで物のように無機質な番号で呼ばれ、場合によっては大した事情も教えられないまま訳の分からない指示だけが飛んでくる。あれでは言葉を話せない犬猫であってもうんざりするだろう。

 

人間なら猶更だろうが、人間だからこそなりふり構わず逃げ出さないとも言える。少し考えれば財団という組織の巨大さはすぐにわかるものであり、建物から一時的に離れられたとしても本当の意味で自由になるのは不可能に近い──私はそれを痛いほどよく知っている。

だから、円居の物分かりの良さはある意味で良いことだと思えた。人として悲しいことではあるが、最初から諦めて受け入れれば無用なペナルティを背負わずに済む。一方で、おくびにも出さず我慢しているかもしれないという現状は些か心配でもあった。何かの拍子に我慢の限界を迎えなければいいが。

 

 

「……まあ、人のことなんて一朝一夕に理解できるものじゃないわ。彼のことは追々知っていけばいいと思うわよ。そうすればいつか、本心をあなたに見せてくれるかもしれないもの」

 

 

▼△▼△▼

 

 

いつか本心を見せてくれる。いつぞやに隊長がそんなことを言っていたと思い出しながら、私は向かいの席に座る逸樹を盗み見た。

初対面以降いつだって落ち着いた振る舞いを見せていた彼だが、どういうわけか今日は少し様子が変だ。基本的に受け答えはいつも通りに見えるが、ふとした瞬間に何かを考え込み、かと思えばじんわりと暗い表情を浮かべる。

間違いなく何かあったに違いない。ただ、問題はそれが何なのか全然見当がつかないことで──婉曲な問いかけで聞き出すことも考えたが、結局良い言い方が思い浮かばなかったので直球の質問を投げかけた。

 

 

「逸樹、何かあった? 何だか気も漫ろだけど……」

「……すみません」

「あっ、責めてるわけじゃないよ! ただ、何か悩みがあれば話を聞くぐらいはできると思って」

「いえ、本当に大したことじゃないんです」

 

 

最初は気乗りしない様子で首を振った逸樹だったが、ふと何かを思いついた様子でじっとこちらを見つめた。

 

 

「レオラは……サイト-19で大勢が一度に集まってはいけない理由って聞かされたことはありますか?」

「サイト-19? それなら確か……」

 

 

サイト-19といえば財団が保有するセキュリティ施設でも最大規模のものであり、当然ながらそこに詰める人員も他とは比べ物にならないほど多い。その割に、大勢が集まる催しはここ最近開かれていない。数人程度ならそのままサイト-19で行われるが、数十人単位になるとわざわざ別のサイトに再集合して行う。

明らかに財団らしからぬ不合理な振る舞いだが、これにはきちんと理由がある。とある諸事情により、サイト-19で大勢が集まると『問題』が起きるからだ。この問題については私も聞いたことがあった──というか、サイト-19に出入りする人員なら新人でも知っているだろう。知らないままうっかり集まったら厄介なことになるからだ。何より、その問題の経緯を考えると正しい情報を周知すべき、というのが上の判断だった。

 

 

「いえ、ごめんなさい。言わなくても大丈夫です。無理に知りたいわけじゃありませんし、機動部隊に入っているレオラには守秘義務もあるでしょうから……でも、やっぱりレオラは聞かされているんですね」

「う、うん……そのサイト-19の事情絡みで何かあったの?」

 

 

まさかそんなはずは、と思いながら首を傾げてしまった。サイト-19の問題というのがどう考えても逸樹には関係のないもの──言ってしまえば財団の不始末だったからだ。

その問題は現在SCP-4624のナンバーを割り振られている。サイト-19内で一定数の人間が何かしら共通の目的を持って集まると出現する人型実体であり、一度出現すると数時間に亘ってそこにいる人々を拘束するのだ。拘束方法は意味不明な演説から始まり、最終的に異空間への転移というとんでもない強制力を有している。

 

当然、財団はこれに対処しようとすぐさま調査を開始した。実はサイト-19に転移してくる人型実体は他にもいるため、その例に基づいて出現経路の特定に努めたのだ。

尤も、転移を繰り返す人型実体の中には発生地点など持たず、身一つで転々と動き続ける者もいる。だが、決まってサイト-19にのみ飛んでくる以上は何かしら経路があると考えた方が自然だ。

そして、その推測は外れていなかった。一方で、財団が抱える問題も浮き彫りになる結果となった──SCP-4624の発生源はよりにもよってサイト-19の中だったのだ。SCP-4624は、サイト-19に勤める人事部職員が召喚した産物である。

 

 

「何かあったというわけじゃないんですけど……この前サイト-19へ実験のために向かった帰り、同行していた博士が『この後会議があるから途中で別の研究員と交代する』と言っていたんです。だから何気なく『どうしてサイト-19でやらないんですか?』と聞いたら……その話は子供にはまだ早いって」

「えっ、何それ!」

 

 

ようやく逸樹が気落ちしている原因を理解し、思わず憤慨してしまった。勿論、その研究員に。

いや、研究員にも色々と事情があるのは分かる。機動部隊に入ってからいろんな財団職員と話すようになったし、秘密主義者の彼らには話せないことがたくさんあるのだ。

けど、そうして話せない時に「子供だから」と言われたことは一度もない。私自身まだ学生だからわかるけれど、子供からしてみればたとえそれが事実だろうと年齢を言い訳にされるのが一番カチンとくる。それならいっそ「SCiPには話せない」とでも言ってくれた方がいい──本当にどうしてその人はそんな言い方をしてしまったんだろう?

 

 

「……よし! 逸樹、隊長のところに行こう!」

「た、隊長……?」

「うちの部隊の隊長! 隊長も財団に収容されてるアノマリーなんだけど、隊長を務めるためにクラス4特権が与えられてるの! だから私が言っていいかは分からないけど、隊長なら言っていいかどうかちゃんと判断できると思うから」

「いやいやいや! そこまですることじゃないですから……!」

「でも……」

「本当に大丈夫……お気持ちだけ受け取っておきますね」

 

 

▼△▼△▼

 

 

「──ということがあったんです! 酷くないですか!?」

「うーん、そうねぇ……」

 

 

憤慨した様子で隊室に駆け込んできたレオラに苦笑し、件の事件について思い起こした。すなわち、SCP-4624が発生するに至った問題である。そもそも何故財団の人間がそんな真似をしたのかといえば、日々軽んじられる立場に我慢ならなくなったからだ。

 

財団は長い歴史を持つ巨大組織であり、おまけに秘密組織なので外部からの空気を取り入れにくい。従って自然と官僚体制になりやすく、部署間の上下関係には非常にはっきりとした差が存在する。当然、立場が強いのは人類の脅威と表立って戦う研究員やエージェントであり、裏方に徹する経理部や人事部は軽んじられる傾向にあった。

勿論、研究員やエージェントが裏方の仕事を不要だと思っているわけではない。博士が研究の度に自ら算盤を弾かず済むのは経理部のお陰であり、人死にが出る度に滞りなく引き継ぎの人員がやってくるのは人事部のお陰だ。それは重々承知しているだろう。

 

だが、彼らは完全無欠のスーパーヒーローではなく、ただの人間なのだ。ただでさえ倫理観の試される職務に従事する過程で、彼らの多くは日頃から強いストレスに晒されている。

そんな中で命を懸ける機会など早々なさそうな人事職員が、呑気な顔でバースデーカードを持ってきたらどうなるか──嫌味の一つでも返したくなるのは何とも人間味のある反応だと言えるだろう。褒められたことでないのは確かだが。

召喚を強行した被害者の人事職員も、研究員やエージェントの職務が如何に過酷なのかは分かっていたのだろう。だからこそ、召喚者の望みを反映したSCP-4624は命に関わるような被害は出していない。もしなりふり構わず被害を出すつもりだったのなら、SCP-4624はもっと凶悪な代物になっていたかもしれない。

だが実際のところ、出現したSCP-4624の主張はただ一つだ。君達にチームワークを身に付けてほしい、と。

 

そうした事情を踏まえると、その研究員が咄嗟に「子供には早い」と言ってしまったのも分からなくはない。職場の人間関係の話題なんて子供にはまだ早いだろう。実感を持てない相手に話したところで、徒に財団への不信感を煽るだけになりかねない。

一方で、円居が子供扱いを不満に思ったのも心底理解できた。自分も十代の頃から機動部隊の一員として働いてきたが、当時は特に自分はどういう立場なのかという問題に苛立ちが募ることがあったからだ。

 

現実問題として、十代はまだまだ子供である。一方的に守られる立場なら、子供が大人の言うことを聞いて終わりだろう。

しかし、財団において私や彼のようなアノマリーは守られるだけでなく、場合によっては財団の役に立つことを求められる。そういう時は大人と同じぐらいの我慢を強いられることもある。そういった背景があるからこそ、力が必要な時は守られるべき子供の扱いから外すのに、事情を共有するかどうかの判断には子供扱いを適用するのかと──要はダブルスタンダードに思えてしまうのだ。

 

 

「……その研究員の返し方は完全に失言でしょうけど」

 

 

今回の件はそれに尽きるだろう。仮に内心そう思っていたとしても、建前として「アノマリーには話せない」とでも言っておけばよかったのだ。大人だというのなら、それぐらいの機転は利かせてほしいものである。ただでさえ子供は管理しづらいなんて文句を言うぐらいなら、管理する大人がもっと上手く誘導すれば済む話なのだ。

尤も、話を聞く限り円居は当時の自分より遥かに従順だ。きっと管理しやすいからこそ研究員も気が緩み、ぽろっと思ったままを述べてしまったのかもしれない。

 

 

「でも、正直少し安心したわ。だって、あなたにそういう不満を打ち明けたってことはそれなりに親しく思っているってことでしょう?」

「そ、そうかな……そうだといいな」

「年も近いし、きっと話しやすかったのね」

 




タイトル: SCP-4818 - 英雄願望
原語版タイトル: SCP-4818 - I Need A Hero
訳者: nuuko
原語版作者: DrChandra
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4818
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4818
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-105 - "アイリス"
原語版タイトル: SCP-105 - "Iris"
訳者: Astrik
原語版作者: Dantensen, DrClef, thedeadlymoose
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-105
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-105
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-4624 - 強制参加のお楽しみイベント
原語版タイトル: SCP-4624 - Mandatory Fun
訳者: FattyAcid
原語版作者: Nameless Mediocre
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4624
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4624
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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