財団は巨大組織なので、休憩室の設備も存外充実している。勿論、各セキュリティ施設によって差はあるだろうが、基本的には軽い飲食物と暇潰しの娯楽程度のものはあると思っていいだろう。特に、各施設の娯楽用品を見るのは中々面白い。時には低危険度のAnomalousアイテムが置かれていることもあるからだ。
一方で、大抵の施設に置かれている謎の定番品もある。例えば、NARUTO*1全巻とか。
(……いやなんで?)
何故かは分からない。職員も皆当たり前のようにこの状況を受け止めているし、何なら真剣に熟読していることもあるので突っ込みにくい。財団の研究員といえば各分野で大成するほどの面々のはずだが、そんな彼らが一様にNARUTOを読んでいる様は少しシュールだ。
とはいえ、突然休憩室で長く待機することになったとしても退屈しないのは有難い。円居はNARUTOのアニメを観たことはあるが、コミックは読んだことがなかったからそういう意味でも有難い──欲を言えばNARUTO以外のジャンプ作品も置いてほしいものだが。
「あれ? 君は確か……円居くん、だったかな?」
「あ……えーっと、エージェント・ラメント?」
「うん、覚えていてくれたんだね。ブライト博士がディオゲネスさんにしばかれていた時以来かな」
「そんなこともありましたね……」
「今日はどうしてここに? この後何かの実験かい?」
「いえ、もう実験は終わってあとは帰るだけだったんですけど──」
遡ること三十分前。円居が駆り出された本日の実験も終わり、あとはブライトと共にサイト-17へ帰るだけとなった時のことだ。出て行こうとするこちらとは入れ替わりに、研究棟Aへ入ってきたクレフがブライトに怪訝な顔を向けた。
「おい、ジャック。お前どこに行くつもりなんだ?」
「え? 円居を送っていくんだけど」
「……お前、今日が会議だって分かってるのか?」
「あ」
誰が聞いても一発で分かるほど、見事なダブルブッキング発覚の瞬間だった。
「あ、あー……そういやそうだった。うわ、どうしようか……他の仕事ならともかく、さすがに会議はすっぽかしたらうるさく言われるよなぁ」
「誰か呼んで送らせればいいだろう。もしくはここに泊まらせるか?」
「いや、今からだと収容室の準備とかで管理官に文句を言われそうだし、できたらサイト-17に帰したい……サイト-19は色々とトラブルも起きるし。けど、誰を呼ぶかな……」
「この時間帯に空いてる奴っていうと……」
「ただ空いてるってだけじゃ駄目だ。人型オブジェクトと接しても問題がない奴じゃないと」
人型オブジェクトと接するのは問題がある職員もいるらしい。
「ならライツは駄目だな。間違いが起きるかもしれん。ジェラルドは……余波で円居が怪我するかもしれないから無しか」
「ロドニーの不幸っぷりは殺人的だし、案外円居の異常性で抑制できるかもしれないけど……まあ、それを確かめてもロドニー以外誰も得しないからね。リスクを冒してまで確かめることでもない」
ブライトは渋い顔でしばしPDAの画面に目を通していたが、やがてほっとした様子で声を上げた。
「ビョルンセンがこっちに来てるな。今日だけ来ているみたいだし、サイト-17へ戻るついでに円居を連れて行ってもらおう……円居、ここから一番近い休憩室で待っていて。三十分ぐらいしたらアンダース・ビョルンセンっていうおじさんが迎えにいくから」
「分かりました」
「──というわけでビョルンセンさんを待っているんです」
「それは災難だったね」
ラメントは苦笑し、傍にある自販機に近づいていった。元々休憩のためにここへ来たのだろう。
「何か飲むかい?」
「あ、ならアップルジュースを……ん?」
「おや?」
ふと、体全体が揺れた。最初は気のせいかと思う程度の小さな揺れだったが、やがてガタガタと周囲の備品が音を立てるほど大きな揺れになっていく。地震だろうか。
幸い、円居は地震大国日本の出身なのでこの程度なら慌てることでもない。とりあえず机の下に入ろうと椅子を引いた瞬間──
「いっ!?」
急に下から突き上げるような強い揺れに襲われ、円居は踏ん張り切れず顔面を強打した。しかも、椅子を引いていたせいで見事に机の角が鼻に当たった。とても痛い。
「っ~~~!!!」
「円居くん!?」
鼻を押さえて悶絶していると、慌てて駆け寄ってきたラメントに体を支えられた。同じ揺れに見舞われたはずだが、ラメントの足取りはしっかりしている。
「大丈夫? 折れてない?」
「た、多分……あ」
かなり痛かったが、打った後に疼くような痛みはないので多分折れてはいない。
円居がラメントの言葉に応えようと頷いた瞬間、どろりと生暖かいものが鼻から垂れる感覚がした。咄嗟に掌で押さえるも、指の隙間からどんどん血が流れ落ちていく。
「これで押さえて。僕が体を支えておくから、少し俯いてじっとしているんだよ」
「す、すみません……」
「大丈夫だよ、気にしないで」
ラメントから渡されたハンカチで鼻を押さえると、みるみる内に布地が重たくなっていく。ここまで酷いとしばらくは止まらないかもしれない。
「鼻の皮膚も擦り剝いて少し血が出てるね……それに腫れてる。消毒して冷やした方がいいかもしれないけど……」
突き上げるような強い揺れは一度切りだったが、それ以降ずっと左右へ揺するような振動が続いていた。建物の中にいるはずなのに、何故か生き物に運ばれている時のような──歩行時特有の揺れのようにも思える。
「……これだけ長い間続くってことはただの地震じゃなさそうだし、何が起きているのか確かめないといけないな。円居くん、鼻血止まりそう?」
「止まらないです……」
「じゃあ、僕が壁際まで運ぶからそこで待って──」
一旦立ち上がったラメントは、ふと窓の外を見てぽかんと口を開けた。円居は何事かとその視線を追いかけ──
「は?」
窓の外に見える景色は右から左へと流れていた。要するに、今いる研究棟Aは移動していたのだ。
ラメントは混乱しつつ、動揺を露わにしないよう努めた。傍にいる円居を余計に不安にさせるべきではない。
しかし、本当に何が起きているのだろうか。円居も同じように驚いているのだから見間違いではないのだろう。そもそも円居のすぐ傍にいるのだから、気付かぬ間に何らかの精神影響を受けているというのもあり得ない。
ならば、消去法的には研究棟Aが実際に移動していることになる。先程から止まらない振動を鑑みてもそう考えるのが妥当だ。常識的には全く妥当ではないが。
「……円居くん、立てるかい? ここは固定されていない物が多くて危ないから、ひとまず別の部屋に移動──」
何が起きているかは皆目見当もつかないが、最優先事項ははっきりしている。オブジェクトの保護だ。
ラメントは最悪円居を抱え上げてでもシェルターまで移動しようと考えたが、ちょうどその時、遠くの方から銃声が聞こえてきた。
「え、なに……?」
「あー……ちょっと待っててね。僕の上着を被って、なるべく体勢を低くして頭を守るんだ」
円居の体を少しでも守れるようにと厚手の上着を渡した後、ラメントは休憩室のドアまで近づき、廊下に顔を出して周囲の様子を探った。サイト-19の施設はいずれも広大で、この研究棟Aの廊下もとても長い。状況が状況だからか、視認できる範囲に人の姿はなかった。
しかし、微かにいくつもの人の声が聞こえてくる。さすがの研究員達も、建物が勝手に動き出すという異常事態に騒いでいるのだろうか。そう思って耳を澄ましてみたが──
『お前マジでふざけんなよ、イカレ野郎!』
『おいおい、いつからそんなにいい子ちゃんになったんだ? ああ、それとも実は君が犯人だったのか?』
『それはこっちの台詞──』
ラメントはそっと顔を引っ込めた。一際大きく声を張り上げて騒ぐ二人の声には聞き覚えしかない。聞き間違えるはずもない。あれはクレフ博士とコンドラキ博士だ。しかも大層険悪な雰囲気なので、十中八九先程の銃声も彼ら絡みだろう。
「ラメントさん……?」
「えーっと……ちょっと、待ってね」
こうなってくると話がややこしい。休憩室より頑丈なシェルターに移動したいが、二人が銃撃戦を始めたら廊下で流れ弾に当たるかもしれない。あの二人もさすがに人型オブジェクトを巻き込まない程度の分別は持ち合わせているはずだが、争いが白熱して気付かぬ間にやらかす可能性は高い。
それならいっそこの休憩室で様子見した方がいいかと考えを改めたその時、今度はこちらへ近づいてくる足音があった。再び外を見渡してみれば、年若い研究員が慌てた様子で廊下に出てくる。ラメントにとっても顔見知りの研究員だった。
「トム?」
「あ、ラメント! ちょうどよかった、今この研究棟でDクラスがいそうな実験室って──」
トムは手袋をつけ、両手で慎重に見覚えのある物を持っていた。赤い宝石が特徴的な首飾り──SCP-963だ。そこでようやく、先程の喧嘩からブライト博士の声が聞こえなかった理由に察しがついた。
円居の話を聞く限り、ブライトは彼を休憩室に入れた後、クレフと共に会議まで時間を潰すことにしたはずだ。そこへ同じく会議のためにやってきたコンドラキが暇潰しに合流し、何らかの事情で三人の間にトラブルが発生した。結果、二人のどちらかがブライトを射殺したのだろう。
平常時なら上層部が残機の手配を行うのを待てばよかったのだろうが、今は研究棟が移動するというインシデントの真っ最中だ。取り急ぎ次の体を持ってこいと、白羽の矢が立ったのがトムだったのだろう。
喧嘩さえ起きていなければクレフ辺りがやってくれたかもしれないのに、トムも運のない奴だ。何せ、SCP-963の運搬なんて誰もやりたがらない。うっかり手を滑らせて首飾りが肌に触れてしまったら一巻の終わり──
「うわっ!」
「っ……!」
再び研究棟に大きな上方向への衝撃が走り、その拍子に急ぎ足で歩いていたトムの足並みが乱れた。もつれた足に引っ張られるまま豪快に転倒し、SCP-963が宙へと放り出される。普通なら走っている状態から放り出された首飾りは、放物線を描いて遠くへ投げられる形になっただろう。
だが、不運なことに現在建物は奇妙な上下左右の揺れに見舞われており、首飾りはお手玉のように上へと飛び──そのままトムの頭の上に落ちた。勿論、奇跡的なバランスで頭頂部に留まるはずもなく、ずり落ちた首飾りがトムの額から頬へと滑っていく。
「っ、あ……え? あれ……?」
恐怖の表情を浮かべて硬直したトムは、一拍遅れて自分が自分のままであることに気が付いた。間違いなくSCP-963は皮膚に接触したはずなのに。
何が起きているか分からず呆然としていると、はっとした様子でラメントは「そのままでいるんだ!」と言って休憩室に戻った。かと思えば、すぐに円居を担ぎ上げて部屋から飛び出してくる。
「あ、SCP-████……」
「トム、とりあえず滑ってどこかへいかないようにSCP-963を拾った方がいい」
「あ、ああ」
円居の効果圏内だったから乗っ取られなかったのかと理解し、トムはほっと一息吐いて床に落ちた首飾りを拾い上げた。かつてここまで穏やかな気持ちでSCP-963に触れたことがあっただろうか。
「クレフ博士とコンドラキ博士はどこに?」
「この廊下を曲がったところの予備室に……何があったのか全部知ってるわけじゃないんだけど、どうにも賭け事の最中に揉めてブライト博士が……」
「ああ……なら、この事態の解決を図ってもらうためにも、早いとこブライト博士を起こした方がいいな」
「そうしたいんだけど、その……ついてきてもらうことはできるか?」
トムは遠慮がちに円居の様子を窺った。何故か顔面を血塗れにしているものだから、連れて行っていいのか判断に迷ったのだろう。
「円居くん、悪いけど状況が状況だから我慢して。なるべく僕が支えながら移動するから」
「はい……」
「トム、実験室の手前までついていくから中には君だけで入ってくれ。もしDクラスが混乱に乗じて襲ってきた場合、片腕じゃ両方は守れない」
「ああ、分かった。手前までついてきてくれるだけで十分だ……」
「──という経緯で、新しい体をお渡しできたわけです」
「なるほどね。とりあえず、君は傍にSCP-████がいた幸運に感謝すべきだな」
ブライトは財団職員にあるまじきそそっかしさを発揮した研究員を一瞥し、実験室の外で待っているというラメントと円居の元へ顔を出した。
「やあ、円居。顔面を打ったみたいだけど……結構な大惨事だね」
「もうほとんど止まりました……」
「それは何より」
延々と流れていた鼻血はようやく止まりつつあったが、すでにラメントのハンカチに留まらず円居の服の袖まで赤く染め上げていた。かなりの出血量だったためか、円居は顔面をぶつけた時よりも少し顔色が悪くなっている。
「ラメント、私は状況確認のためにクロウのところへ戻って司令部と通信するから、引き続き円居のことを頼んだよ」
「はい。ブライト博士も……その、お気を付けて」
ブライト個人のことは何も心配していないが、彼が体を駄目にすればするほど被害が出るのだ。研究棟が独立して動いている以上、Dクラスの供給にも限界がある。
どうかこれ以上の被害を出してくれるなよと祈りながら、ラメントは淀みない足取りで去っていくブライトを見送った。
ラメントは円居がヘルメットやゴーグルを着けるのを手伝った後、しばし体を休めていたシェルターから出た。司令室と通信しているブライトから連絡があり、ひとまずSCP-████だけでも上空から救出すると言われたのだ。
ヘリを視認できる連絡通路──元々隣接した研究棟A3と繋がっていた連絡通路の残骸の元へ向かっていたのだが、そこで事件は起きた。再び施設全体を強い揺れが襲い、円居の体が放り出されたのだ。しかも最初の比ではない強さで、今度はラメントの体すら宙に浮いた。
「円居くん!」
それでも、さすがは鍛え抜かれたエージェントといったところか。ラメントは咄嗟に円居の体を抱え込み、自分が下敷きになる形で彼が叩きつけられるのを防いだ。が、しかし。
「あ」
口元に血が伝い落ちた。一度はどうにか止まり、シェルターの中にいる間に綺麗に拭いたはずの顔に再び赤い汚れがつく。今度はラメントのお陰で固いものに顔をぶつけなかったとはいえ、一度目の外傷ですでに鼻の粘膜が傷ついていたからだろう。最早ラメントの服を汚してしまったなどと気にする余裕もなく、円居は小さく毒づいた。
「もうやだ……」
「だ、大丈夫だよ……揺れも収まったみたいだし、ここから出たら医者に診てもらおう」
タイトル: SCP-4852 - サイト-19、冬は南へ!
原語版タイトル: SCP-4852 - Site-19 Goes South For The Winter!
訳者: thor_taisho
原語版作者: Rounderhouse
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4852
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4852
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-963 - 不死の首飾り
原語版タイトル: SCP-963 - Immortality
訳者: 訳者不明
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-963
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-963
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-2928 - 第弐拾壱之秘儀
原語版タイトル: SCP-2928 - The 21st Discipline
訳者: gnmaee
原語版作者: TwistedGears
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2928
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-2928
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: コンドラキ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Kondraki's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Kondraki
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: エージェント・ラメントの人事ファイル
原語版タイトル: Agent Lament's Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: TroyL
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/agent-lament-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/agent-lament-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0