しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「何はともあれ、████を利用した空間系オブジェクトの実験は濫りに行うべきじゃないだろうね。通達は……まあ、急がなくてもいいだろう。どちらにせよ実験許可を出さなければいいだけだし、無許可の実験をする輩なんて早々出てこないさ」- ブライト博士


何故生き物は光るのか

日付が変わったばかりの深夜、三人の人間を乗せたSUVが広々とした国道を走っていた。昼間は多くの車が行き交う場所だが、こんな時間ともなると道を走る車はほとんど見当たらない。

それでも前方には別の車のヘッドライトが時折確認できたのだが──

 

 

「……アラステア研究員、大至急司令部に通信を試みてください」

「はい?」

「おそらくですが、我々は現在異常空間に取り込まれています」

 

 

運転席のサクサは、その目で前方のヘッドライトが消える瞬間を見た。同時に、長年エージェントとして培った感覚がひしひしと危険信号を発する。これは明らかな異常事態であり、そして非常に危険な状態であると。

あるいは、状況次第では認識災害だと判断してそこまでの危険は感じなかったかもしれない。勿論、認識災害も警戒すべき異常事態ではあるが、空間異常よりはマシだ。

だが、現状に関して言えばそれだけはあり得なかった。何故ならこの車にはサクサとアラステア、そして円居が乗っているからだ。サクサは円居と付き添いのアラステア研究員を護衛中であり、当然ながら任務前にはSCP-████の異常性についても確認していた。

だから、今目の前で起こったことが認識災害ではないことだけは確かだ。だが、円居の異常性が空間異常に対してどう働くかはまだ確認されていなかった。無理に確かめたが最後、円居が帰ってこなかったなどという事態になったら割に合わないためだろう。

 

 

「……駄目です、繋がりません」

「そう、分かったわ」

 

 

後部座席で通信を試みたアラステアの返答を聞いても、サクサは大して慌てずハンドルを握り直した。異常空間に入った途端、通信どころかGPSすら途切れるのはよくあることだ。

そう考えると今頃司令部は大騒ぎになっているかもしれない。移動の多い円居は常時GPSで位置を把握されているため、それが突然途切れたとなれば監視員がすぐさま上層部に報告するだろう。もしこの空間が出入り自由な類のものであれば、ひょっとすると本部からの救援が望めるかもしれない。

だが、基本的に空間異常に呑み込まれたのであれば救援は期待しない方がいい。サクサは運転を続けながらも、身に帯びている武装を確認した。幸い護衛中だったため、平時よりも武器の数は多い。余程のものに襲われない限りは一旦交戦することもできるだろうが──

 

 

「エージェント・サクサ、前方の車道に何か……」

「……水たまり?」

 

 

最初、広々とした車道の様子は日常的な景色と何ら変わりなかったが、幾許も進まない内にすぐ異常な様相を見せ始めた。

今日は一日を通して気持ちのいい晴天だったはずだが、ある地点から先は道全体が黒々とした液体に覆われている。一見するとそれはただの水たまりに思えたが、タイヤがその上を通った時点でおそらく水ではないのだろうと悟った。

タイヤが踏み込んだ瞬間から、びちゃりと粘着質な抵抗感が車全体に伝わってくる。舗装されていない泥の上を走った時の感覚に近いが、それよりも本能的な嫌悪感をもたらす感触だ。

 

思わず二人揃って黙りこくったその時、不意に背後から迫る明かりがサイドミラーに映った。運転席にいるサクサが反射的に身を強張らせるが、その光源は特にぶつかってくることなく脇を通り過ぎていく──そして、それは鈍い音を立てて道路脇の柵と岩にぶつかった。

そこでようやくその光源がトラックのライトだったことに気付いたのだが、そんなことを気にしている場合ではなかった。岩にぶつかる形で逸れたトラックが道路上の液体を後輪で跳ね上げ、一行が乗っているSUVのフロントガラスを派手に汚してしまったのだ。

どろりとドス黒い液体に視界を遮られ、本能的にブレーキを踏み込む。液体はフロントガラスの大半を染めており、このまま運転を続けるのは難しかった。

 

 

「ごほっ、何……?」

「っ、大丈夫よ。ちょっとブレーキを踏んでしまっただけ」

 

 

しかも、後部座席で眠っていた円居が起きてしまった。ブレーキを強く踏み込んだ際、シートベルトが体に食い込んだからだろう。

寝起きでぼんやりしている円居に努めて落ち着いた声を返しながら、すぐさまワイパーを動かしてフロントガラスの汚れを拭い取る。完全には取れなかったが、幸いウォッシャー液だけである程度視界を確保することができた。

こんな不明瞭な状況で車を降りてまでフロントガラスを拭く羽目にならなくてよかった、と思ったのだが──

 

 

「え、エージェント・サクサ……あれ、あれって……」

「静かに」

 

 

まだ夢うつつの円居は気づいていなかったが、緊張していた二人はしっかりとそれを見てしまった。

三人が乗っているSUV周辺の岩が、まるで抉り取られたように音もなく凹む。音も衝撃もなく、規則性もない。

それについて深く考える間もなく、サクサは本能的にアクセルを踏んでその場から走り出した。

 

 

事例番号:#061

状況:2008年トヨタ・ヴェンザ、エージェント・リュディア・サクサが運転。SCP-████護送のため、後部座席にはケイ・アラステア研究員が同乗。ノース・カロライナ州の国道74号線。

観測事象:SCP-6819は現地時刻で午前12時05分に発生した。サクサは瞬時に何かしらの異常事態だと気付き、アラステアに司令部との通信を試みるよう指示したが失敗。携行している武器を確認しながらも運転を続けた(「護送中だったから車内の様子の方が気になったし、確実なことは言えないけど岩山の建物は見当たらなかったように思うわ」)

 

数分後、左車線から現れたトラックが道路脇の岩に衝突。その際に路面を満たしていた粘性の液体が車のフロントガラスを汚したことでサクサは急ブレーキを掛けた。停車後、当該車両周辺の岩が陥没するなどの現象が発生したが、車両そのものに影響が及ぶことはなかった(「目算だけど、ちょうどSCP-████の効果範囲内は被害が出ていなかったように見えたの」)

サクサは運転を再開し、現地時刻で午前12時13分にSCP-6819から抜け出した。

 

 

ブライトはサクサが提出した報告書に目を通した後、向かいの席に座っているクレフに水を向けた。

 

 

「円居のGPS信号が途絶えたと知らされた時は何事かと思ったが、奇しくも空間異常に対しどういった反応を示すのかという情報が手に入ったのは運が良かったな」

「SCP-6819の発生条件がはっきりするまで、人型オブジェクトを連れて夜間の移動は控えるべきだな」

「まあ、そうだね。今のところ事例報告は全て三人までだったし、あるいは四人以上での移動なら発生しないかもしれないけど……その辺は6819のチームに任せるとして、我々が考えるべきは円居の異常性についてだ。正直、これまでの抑制傾向を考えたら空間異常を防げないのは意外じゃないか?」

 

 

SCP-████は命の危険に直結する異常性の他、精神影響や現実改変を完全に抑制することができる。後者二つはいずれも気付かぬ内に不可逆的な悪影響を受けるリスクの高いものであり、総合的に見てSCP-████の異常性は身を守ることに特化しているという仮説が立てられていた。

だが、ここに来て空間異常は防げないことが分かったのだ。サクサが警戒していた通り、空間異常は往々にして致命的な結果に繋がることも多い。これまでの仮説を踏まえれば意外な結果だと言えた。勿論、アノマリーの異常性とは理屈で説明がつかないことがほとんどなので、収容手順に差し支えがなければそういうものとして置いておくこともできるが──

 

 

「だが、報告によれば内部で部分的に抑制された兆候があったんだろう?」

「これまでの報告も踏まえると6819はかなり直接的に影響を及ぼすことができるようだけど、今回の事例においては最終的に円居に近づけないかのような様相を呈した……厳密にいえば、直前の液体で対象の進行を妨害するという行動は成功しているが、その後の抉り取るような行動は失敗している。思うに、円居がいなければ停車してしまった時点で車内の人間自体が抉られていた可能性もあったんじゃないか?」

「どうだろうな。エージェント・バロウの報告を考えると、6819内部の現象はあくまで岩山の建物とやらに対象を誘導することのように思えるが……」

「それについても妙だと思わないか? サクサは機動部隊の隊長も務めたことのある優秀なエージェントだ。そんな彼女が、今までいずれの報告でも確認された岩山の建物とやらを見逃すか? その岩山の建物こそが6819内で最も危険なものだとすれば、建物が出現しなかったことも円居による抑制効果の可能性だってある」

「それは飛躍しすぎじゃないか? SCP-████の効果範囲を考えれば、岩山の建物まで効果が及ぶとは……いや、そうか。異常空間では実質的な距離に意味はない、か?」

 

 

すぐ隣にあるように見えるものが、実は手が届かないほど遠くにあるかもしれない。ずっと遠くにあるように見えるものが、実は鼻先に触れるほど近くにあるかもしれない。異常空間とはそういうことが平然と起こり得るものだ。

そもそものところ、空間異常系のアノマリーはクロステストを行うのが難しい。そのため、複数のアノマリーが関わった際にお互いどういった挙動になるのかは推測を立てにくかった。

 

 

「あーあ、せめてもう一件ぐらい確かめられたらもうちょっと何か分かるかもしれないのに」

「おい」

「おいおい、そんな疑いの目を向けないでくれよ。さすがの私も人型オブジェクトで悪ふざけなんてしないさ。うっかり終了しても困らないような奴ならともかくね」

「いや……」

「どうしたんだ?」

「前にもこんな会話をした気がしないか? フラグがどうとか……」

「まさか! そんなことあるわけ……ないよな?」

 




タイトル: SCP-6819 - 生物発光
原語版タイトル: SCP-6819 - bio-luminescence
訳者: walksoldi
原語版作者: Rounderhouse
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-6819
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-6819
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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