しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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※この話にはSCP極秘ファイルというゲームのネタバレが含まれます。未プレイ且つ今後プレイする予定がある場合はご注意ください。



記憶に在らず、物語に在らず

目の奥が痛みを訴え、視界がチカチカと眩んだ。四六時中モニターを見ていればそうなるのも当たり前だ。眼精疲労で眼球が溶けそうである。

今すぐにでも瞼を閉じて休みたいところだが、残念ながら今日は目を通さなければいけない報告書があと一件残っていた。資料部門の職員として早急に上がってきた報告書の記載に問題がないか確認し、必要に応じてSCiP.net上でタグ付けを行わなければならない。確か、残っているのは──

 

アイテム番号:SCP-████

オブジェクトクラス:Euclid

 

そうだ、SCP-████だ。収容されたのは随分前のことだが、クロステストが行われる度に改稿されているため、資料部門に確認作業が寄越されるのも何度目かになる。尤も、自分にその当番が回ってくるのは初めてだ。

 

特別収容プロトコル:SCP-████は、サイト-17の標準人型収容セルへ収容され、良好な振る舞いを条件として標準的な特権と文化的居住環境を与えられます。加えて、高危険度の実験棟を除き、施設内を自由に出歩くことが認められています。

 

収容手順に変わったところはなし。比較的緩い部類なので、おそらくは収容されてから暴れたり問題行動を起こしたりはしていないのだろう。

 

説明:SCP-████は日本人男性である円居逸樹です。SCP-████は自身を中心とした10m範囲内に存在する、特定の条件を満たす他の異常性を一時的に抑制します。SCP-████の異常性の発現は認知や意識状態に左右されることはありません。

 

それ以降に記されている特定の条件とやらについては何度も改稿されているようで、履歴にはいくつも書き直した跡があった。

とりあえず確実なのは精神影響を完全に防げるということ。また、SCP-963のような触れると即死するような異常性も防げる。

曖昧なのは空間系の異常性だ。これは最近分かったことのようで、SCP-████は空間転移そのものを防ぐことはできないが、条件を満たさないと即死するような部分は防いでそのまま出て来れる可能性がある。但し、これに関しての検証は難航している。

SCP-6819に遭遇してしまった際、SCP-████の異常性は本来の範囲を大きく超えて発現したのではないかと考えられていた。だが、後にSCP-826の傍にSCP-████を置いた状態でDクラスを使った実験を行った際、内部でSCP-826を探さないよう指示されていたDクラスはそのまま物語の中に取り込まれてしまった。

現実の距離感が歪曲されるのは異空間ならではなのだから、SCP-████自身が異空間の中にいなければそうはならないのかもしれない。そう考えるのは簡単だが、実際のところ検証は難しい。そもそもSCP-████が確実に異空間から脱出できるかどうかも不確実であり、検証には危険が伴うからだ。また、仮に脱出自体は確実にできるとしても、SCP-████が物理的な影響に一切の抵抗ができないのも問題になる。異空間の中に何らかの外敵が存在し、それが異常性など全く関係なく物理的に攻撃してきたら命に関わるだろう。

 

警告:O5評議会による承認が必要

[ログイン資格を提示せよ:要レベル4/████クリアランス]

 

上層部によって秘匿されている部分は確認しなくていいとして──

 

補遺████-1:正式な認可を得ることなく、SCP-████を用いた実験あるいは人員回収を行った者は即時[編集済み]の対象となります。

 

これは財団職員にとって当たり前のことのはずだが、わざわざ明記しなければならないほどの問題が起きたか、もしくは起きる兆候でもあったのだろう。

とはいえ、実験に加えて『人員回収』と記載されている時点で何となく事情は察せる。財団職員としては間違っているだろうが、その気持ちはよく理解できた。

SCP-████を使えばアノマリーから受けた精神影響を一時的に解除できる。そして、それが認識に植え付けられた類であれば、多くの場合は記憶処理で完全に影響を取り除けるのだ。たったそれだけでもう二度と帰らなかったはずの仲間を取り戻せるとなれば、魔が差す者がいるのも無理はないだろう。

だが、SCP-████は一人しかいない。それに対し、人間を洗脳したり廃人にするアノマリーは無数に存在する。どう考えても手が回らない。加えて、影響を及ぼしているアノマリーが物理的な危害を加えてくる場合、上層部はSCP-████の使用を認めないだろう。非道に聞こえるかもしれないが、職員やエージェントは補充すれば済むものの、SCP-████はただ一人しか存在しないのだから。

 

財団職員としてすべきことは理解している。それでも、やはり失った仲間を取り戻せるかもしれないというのは抗い難い魅力だ。僕にもそれは痛いほど理解できる──いや、待て。

何故僕はこんなにも深く共感できるのだろうか。まるで実際にそういう経験をしたことがあったかのようだ。僕はまだ財団に入ったばかり、おまけに事故も少ない資料部門に配属されたっていうのに。

 

その違和感を掘り下げようとしても、自分を納得させるだけの理由は見つからない。首を傾げながらも、今は仕事に集中すべきだと報告書に注意を戻した。

報告書の記載そのものに問題はなかった。情報規制の検閲にも不備はない。なら、あとはタグ付けをするだけだ。各報告書に共通点となり得るタグを付けておくことにより、SCiP.netの閲覧者がクロステストの申請や収容の参考文献を得やすくなるというメリットがある。

勿論、基本的なタグ付けは最初に報告書を作成する研究員が行うものだ。だが、多くの報告書に目を通す資料部門だからこそ気付ける共通点というのも存在する。だからこそ、資料部門における情報検閲の一環として追加タグの必要性を考えるのだが──

 


euclid scp 人間型 生命 知性

 

まあ、そうなるだろう。誰がタグ付けしようとしても大体はこういう並びになるはずだ。

けれど、僕は奇妙な違和感を拭えず首を傾げた。その正体を確かめるより早く、半ば無意識にキーボードを叩く。

 


euclid scp 人間型 生命 知性 メタ 語り

 

メタタグは主に空想科学部門などの管轄下にあるオブジェクトに割り振られる。空想科学部門の研究資料は機密扱いのものが多く、門外漢には理解しにくいものがあるが──要はこの世界そのものを物語だと見做した時、そこへ外側から干渉できるような性質を持つことを示すタグだ。この干渉は普通の人間からも理解できる場合もあれば、どう足掻いても知覚できない形で行われている場合もある。だからこそ、空想科学部門は日々『外側』から来る『何か』に頭を悩ませているのだ。

時には何故これがメタ扱いなのかと首を傾げてしまうオブジェクトもある。そうした例を考えれば、あらゆるアノマリーにメタ要素の可能性があると言えるだろう。そのため、メタタグは完全には理解できずとも、状況的に外部からの干渉だろうと予想できる場合にのみ付けることが推奨されている。

 

つまるところ、SCP-████にメタタグを付けるのは望ましくないだろう。職員としての自分は確かにそう理解しているのに、頭の奥でこれでいいのだと思う気持ちもあった。

相反する考えに苛まれ、報告書を更新するか悩んでいたその時──

 

こんにちは、カール

 

突然チャットのポップアップが出た。仕事中にのんびりと考え事をしていた真っ最中だったため、上司や先輩だったらどうしようかと心臓が跳ねる。だが、幸いにして部門内のグループチャットではなかった。

とはいえ、それはそれで疑問が湧いてくる。職場の知り合いが少ない自分にとって、部門外の相手からコンタクトを取られるのは非常に珍しいことだった。送信相手の表示は██になっているが、記憶にないのでおそらく知らない相手だ。

 

あなたは誰ですか?

 

申し訳ないのですが、それを教えることはできません

 

内密のやり取りをするなら、通常のチャットでは不十分だと思いますが

 

ご心配なく

 

私が去った後、あなたはこうしたやり取りをしたことすら記憶に残らないでしょうし、勿論記録にも残りません

 

私はただ、あなたが行おうとしたことを止めたかっただけなのです

 

そして、その目的はあなたが██を認識した時点で達成されています

 

意味が分からなかった。といっても、意外と気持ちは落ち着いている。こうして誰かに意味の分からないことを一方的に言われるのは初めてではない気がした。寧ろ、こういうことは何度か経験したようにも思う。ただ、それが具体的にどんな状況で、いつ起きたことだったのかは思い出せない。

 

しかし、まさか████の違和感に気付く人がいるとは予想外でした

 

あなたもまた████と同じように、本来存在しない人物だからでしょうか?

 

物語の外と繋がる人物だけが、時に滅んだ世界のことを覚えているように

 

特異な立場を同じくする者だけが気づく、ボタンの掛け違えのような感覚があるのかもしれませんね

 

こういう手合いは説明を求めたところで答えないのは察せたから、それ以上何か返すことはなかった。大抵は本当に何も求めていないか、あるいは碌な説明もないまま究極の二択を迫ってくる──確か僕は前にもそうして何かを決めたはずだ。目の前には二つの道があり、選んだ結果今の自分が在る──いや、自分は一体何を選んだというのか。

 

失礼、ここに在るべきでない話を語ったせいで君の認識が混線しているようです

 

おそらく似たようなことを何度か経験したことがあるからでしょう

 

その『似たようなこと』とやらについて尋ねたところで、あなたは何も答えてくれないんでしょうね

 

そうですね……

 

私から言えることは「ホイーラー女史によろしく」という程度のことです

 

不意に、今まで最も強い既視感を覚えた。僕は確かに、ホイーラー女史という人のことを──マリオン・ホイーラーを知っている。

本来の自分は資料部門の新人ではなく、反ミーム部門所属の研究員だ。勤務歴は5年になるはずだが、それを証明できる記録は『仲間』の記憶以外どこにも残されていない。財団には反ミーム部門などという内部部門は存在しないからだ。

だから、反ミーム部門の職員は数多くいる研究員に交じり、人知れず誰も知ることのできないアノマリーを管理している。決して楽な仕事ではないが、必ず誰かがしなければならないことだ。たとえその過程で多くの記憶を取り零そうと、必ず──

 

 

「……チャットを開いているが、誰に連絡を取るつもりだったんだ?」

 

 

ふとモニターを見遣り、溜息を吐いて首を振った。ファイルに埋もれたデスクの様子から資料部門の仕事中だったことは分かるが、直前の記憶が曖昧だ。何度味わっても、こうした欠落の感覚は慣れない。

ひとまず慎重にモニター上の情報を確認した後、一つ頷いて報告書のアップロードを行った。SCP-████の報告書に不備はなく、タグ付けも終えてあとは送信するだけだ。

 


euclid scp 人間型 生命 知性

 

問題なくSCiP.netに最新版が保存されたことを見届け、パソコンの電源を落とした。久々に『自分』の状態を保てているのだから、仲間の様子でも見に行ってみようか。

 




※補足:この話の視点になっている人物はカール・アスタナ。SCP極秘ファイルというゲームの主人公。資料部門の新人、という名の反ミーム部門の職員。

タイトル: SCP-963 - 不死の首飾り
原語版タイトル: SCP-963 - Immortality
訳者: 訳者不明
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-963
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-963
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-6819 - 生物発光
原語版タイトル: SCP-6819 - bio-luminescence
訳者: walksoldi
原語版作者: Rounderhouse
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-6819
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-6819
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-826 - *ほんのなかにいる*
原語版タイトル: SCP-826 - Draws You into the Book
訳者: 訳者不明
原語版作者: Clopine
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-826
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-826
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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