しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「廊下の先からアイスバーグ博士の叫び声が聞こえた? なら、しばらくこの廊下は使わない方がいいな……なんでって、殺し合いに巻き込まれるかもしれないだろ」-とある研究員


善意と悪意が交差するとどうなる?

アイスバーグは怒りと焦りに苛まれながら、必死に室内を漁っていた。デスクの上や棚の中は勿論、調度品と壁の隙間に至るまで血眼になって探していた。

 

 

「ない……なんで! ないんだ!」

 

 

しかし、どれだけ必死に探しても目当ての物は見つからない。アイスバーグは遂に耐えかねた様子で叫んだ。だが、叫んだところで見つかるわけでもない。アイスバーグはどうにか気持ちを落ち着けようと深呼吸し、これまでの行動を振り返った。

探しているのはサイト-17の滞在許可証だ。財団の職員といえど、所属している施設以外に立ち入る場合は適宜申請が必要になる。高クリアランスの上級研究員なら話は別だが、アイスバーグは残念ながらまだその域には至っていない。

特に、今いるサイト-17は管理に気を遣わなければならない人型オブジェクトを中心に収容しているため、人員の出入りについては厳しい部類に入る。もし許可証を紛失したとバレたら、即刻サイト-17管理官の元へ行くよう求められるだろう。職員としての身分証さえ持っていれば、さすがに即時摘まみ出されるようなことはない。さすがにお咎めなしとはいかないだろうが、注意された後に再発行してもらえるはずだ。

 

だが、アイスバーグにとってはそれが最大の問題だった。他のセキュリティ施設であれば甘んじて自身の失態を認め、始末書でも何でも作成する覚悟でサイト管理官の元に出向いただろう。

しかし、他ならぬサイト-17では絶対に御免である。何せ、ここの管理官は“あの”コンドラキ博士なのだから──顔を合わせる度、アイスバーグには何の関係もない書類仕事を押し付けてくるクソ野郎である。どうして出世したのかもわからない人格破綻者。何がちょおちょおたちの王だ。

あのいけ好かないコンドラキに凡ミスという弱みを見せたくない。断じて見せたくない。何を言われるか分かったものではない。いつも通り人を小馬鹿にした様子でこちらを嘲り、常人には想像もつかないような皮肉を言ってくるのだろう。

 

 

「ぐぅ……っ!」

 

 

想像しただけで胃が軋み、アイスバーグは慌てて脳裏からクソったれな薄ら笑いを追い払った。とにかく、今はどこで許可証を紛失したのか思い出すのが先決だ。

サイト-17に入ったのは昼過ぎ。今度ギアーズが実験に使う資料を借り受けるため、ライト博士と会わなければいけなかった。だが、直前になってブライトが起こした問題を収拾するため、しばらく待つよう言われてしまったのだ。こういう時、こちらを優先しろと我を押し通せるだけの権力がまだないのが無念でならない。

 

長くとも一時間はかからないと言われたため、どうせなら資料室で調べものでもしながら待つ予定だった。だが、その道中で早々に問題が起きたのだ。

一瞬のことだったため具体的なことは分からないが、何故かジェラルドが台車か何かで廊下を爆走していた。大方ブライト辺りに上手く言い包められたのだろう。

ともかく、悲鳴を木霊させながら接近するジェラルドを避けようと焦り、抱えていた荷物を取り落としてしまった。勿論、その後そこから立ち去る前に荷物がなくなっていないか確かめたものの、許可証を個別に確認したわけではない。なくした可能性の一つ目として考えられるのはあの場面だ。

 

だが、騒ぎはそれだけでは済まなかった。それからほどなくして、今度は叫び声を上げながら走るヨリックと、怒声を上げながらそれを追うストレルニコフが通り過ぎたのだ。

その勢いは凄まじく、先程落とした拍子に留め具が緩んでいたファイルから数枚の書類が落ちるほどだった。主にストレルニコフの巨体で発生した突風のせいだ。

 

そしてその後、資料室に着いてファイルの中身を落ち着いて確認した際、ようやく許可証がなくなっていることに気付いた。十中八九、失くした原因は廊下で遭遇した騒ぎのどちらかだ。

幸い、いずれもどの辺りで発生したかは覚えている。アイスバーグは舌打ちを零し、足音も荒く資料室を飛び出した。

 

 


 

 

一方その頃、グラスの元へおやつでも貰いに行こうと歩いていた円居は、廊下の隅に紙切れが落ちていることに気付いた。気になって拾い上げてみれば、何やら見覚えのある用紙だ。

 

 

「これ、滞在許可証……?」

 

 

送迎役の研究員がたまに事務室で貰っているものだ。ブライトやクレフが貰っているのは見たことがないので、これが必要かどうかは階級によるのかもしれない。あの二人は素行とは裏腹に階級は高いのだ。

ともあれ、大半の研究員にとっては必要なものだということ。にも関わらずこんな所に落ちているとなると、元の持ち主は今頃困っているかもしれない。記載された名前に見覚えはないが、誰かに預けた方が無難だろう。廊下に紙切れが一枚落ちているだけだと、下手したら清掃員が間違って捨てかねない。

 

 

「あれ、円居くん?」

「あ、ジェラルド博士」

 

 

不意に後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには傷だらけのジェラルドが立っていた。普通の人なら心配になる様相だが、ジェラルドに関してはいつも通りの姿だと言える。いつどこで鉢合わせても、必ず大なり小なり怪我をしているからだ。円居は未だに無傷のジェラルドを見たことがなかった。

 

 

「こんなところでぼんやりしてどうしたの? 何かあった?」

「いえ、紙が落ちているのを見つけて……」

「紙? あ、滞在許可証……アイスバーグ博士の? 彼、今日はサイト-17に来ているんだね」

「お知り合いですか?」

「知り合いってほどじゃないけど……僕と同じように割といろんな施設に顔を出す人だから、見かける頻度が高いぐらいかな。でも、アイスバーグ博士がよりにもよって許可証を落とすなんて……」

 

 

ジェラルドは少し意外そうに首を傾げた。アイスバーグの人となりはそれなりに有名で、大抵の職員は「仕事はできるが性格に難がある」と答えるだろう。彼個人に思うところがあれば、もっとはっきり「能力を鼻に掛けた嫌な奴だ」と言うかもしれない。

良く言えば几帳面で、悪く言えば神経質。そんな彼が滞在許可証を失くすような凡ミスをするのは意外だった。ひょっとすると何かの騒ぎにでも巻き込まれたのかもしれない。

 

 

「じゃあ、これはジェラルド博士に預けた方が……」

「あー、いや……多分、僕じゃない方がいいかな。ほら、事故って紛失どころか焼失させちゃうかもしれないし」

 

 

不幸体質ゆえに滞在許可証が無事では済まないという懸念も嘘ではないが、それ以上にアイスバーグと話すのは気が重かった。面と向かって何か言われたことがあるわけではないが、たまに警戒心を漂わせた眼差しを向けられているのだ。

ジェラルドはかつてこの体質が原因で、SCP-914に多大なダメージを与えてしまったことがある。管理者であるギアーズは「わざとではないようですから」と許してくれたが、彼の仕事を無駄に増やしてしまったのは明らかだった。そして、ギアーズはあの攻撃的なアイスバーグが唯一全面的に慕っている相手である。敬愛するギアーズに迷惑をかけたジェラルドを面白く思ってはいないだろう。

それでも重要な用事なら話しかけるが、落とし物を届けるだけなら無理を押して接近する必要はない。別の研究員やエージェントでもいいはずだ。

 

 

「これから他の博士に会う予定はある?」

「グラス博士に会いに行くところでした」

「ああ、おやつを貰いに行くのかな? なら、そのついでにグラス博士に渡したらいいよ」

 

 

レオラや円居など施設内の自由行動が認められている人型オブジェクトが、グラスの元でおやつを食べているのはサイト-17において有名な話だった。財団職員にしては珍しく極めて温厚なグラスは彼らから慕われており、甘党である彼の元には常にいろんなお菓子が常備されているからだ。甘党で有名というとクレフもそうだが、彼は子供といえど無条件に親切にするようなタイプではないので駄目だ。

 

 

「グラス博士が見ているから大丈夫だろうけど、あんまり食べ過ぎちゃ駄目だよ」

「はい、気をつけます」

 

 


 

 

「グラス博士、お邪魔しま……あれ? ブライト博士?」

「あっ、円居! いいところに!」

 

 

円居がアイスバーグの滞在許可証片手にグラスの研究室に入ると、そこにはブライトがいた。しかし、あまり楽しそうな雰囲気ではない。いつも騒がしくしているブライトにしては珍しく、死んだ魚のような目をしていた。

 

 

「……ブライト博士、何かあったんですか?」

「いやね、グラスが何をトチ狂ったか私に恋愛相談なんかを──」

「ブライト博士!」

 

 

グラスが慌てた様子で、ブライトのよく動く口を塞いだ。中々に機敏だ。元エージェントだと聞くし、生粋の研究者と比べれば動ける方なのだろう。

 

 

「恋愛相談……」

「気にしないで! そ、それより……おやつを食べに来たのかい? 今日はアップルパイがあるから早速切り分けるよ!」

 

 

他人の恋愛に興味があるわけではないが、さすがに相談相手がブライトとなると気にするなという方が無理がある。だが、慌てふためくグラスに食い下がることはせず、円居は素直にブライトの対面に腰掛けた。ついでに、手に持っていた滞在許可証をテーブルの上に置く。

 

 

「ん? それは……」

「さっき廊下で拾ったんです。グラス博士に預けようと思って……」

「ああ、なるほど。分かりました。あとでアイスバーグ博士を見つけたら渡して──」

「何を言っているんだ!」

 

 

平常心を取り戻したグラスが卓上の紙を持つより早く、大きな声と共にブライトが許可証を引っ手繰った。その様子を見た瞬間、円居とグラスの胸中に嫌な予感が過る。

 

 

「君らはこれからおやつの時間なんだろう? 私はそろそろお暇するから、これは私が届けておこうじゃないか!」

「ブライト博士……何も企んでないですよね?」

「失礼な! ちょっとコンドラキに見せようと思ってるだけだ!」

「やめてあげてください……」

「何を言う、失くす方が悪い」

 

 

それは確かに。グラスは何も言えずに口を噤んだ。

 

 

「では、私はこれで失礼する! 円居、おやつを食べたらちゃんと歯を磨くんだぞ!」

 

 

返事をする暇もなく飛び出していったブライトを見送り、一拍遅れて円居は首を傾げた。

 

 

「コンドラキ博士って、いつも蝶々を連れてる人ですよね? あの人に渡したらまずいんですか?」

「なんというか、アイスバーグ博士はコンドラキ博士のことが少し苦手みたいで……」

 

 

極めてマイルドな言い方で誤魔化した後、グラスは気持ちを切り替えて冷蔵庫に向き直った。ひょっとすると我慢し切れなくなったアイスバーグがコンドラキに突っ掛かるかもしれないが、さすがのコンドラキも簡単に制圧できる相手を嬲り殺しにするような真似はしないだろう。

コンドラキが大規模な被害をもたらすのは、どちらかというとクレフのように力量の釣り合う相手と殺し合いを始めた時だ。戦闘が長引くと興奮して歯止めが効かなくなるらしい。だが、アイスバーグ相手なら小規模な被害で済むだろうと割り切り、グラスはアップルパイに注意を戻した。

その他大勢の職員より温厚で優しいと言われるグラスだが、やはり何だかんだ言っても財団の一員なのだ。深刻な状況でさえなければ、存外割り切りは早かった。

 

 


 

 

あれから十五分ほど経った頃、アイスバーグは廊下で静かに焦りを募らせていた。騒ぎのあったそれぞれの地点を隈なく探したのだが、どうしても許可証が見つからないのだ。

基本的に施設内で許可証の提示が求められることは滅多にないが、施設から出る時にもう一度許可証を出さなければならない。許可証自体は使い捨ての紙切れだが、帰り際に提示を求めることによって正規の手段で入ったことを確認するからだ。

だから、何としてもサイト-17を離れるまでに許可証を見つけなければならない。だが、そろそろライトから呼び出しが掛かってもおかしくない頃合いだ。引き延ばせば延ばすほど他人に見つかるリスクがあるが、ここは一旦探すのを諦めなければならないだろうか──

 

 

「おっと、発情期の猫みたくうろついてる奴がいると思ったら……ギアーズんとこの坊やじゃないか! こんなところをぐるぐる散歩とは、これまた随分と暇してるようだな?」

「っ、コンドラキ……!」

 

 

一度ライトの元へ戻ろうと考えた矢先、アイスバーグにとって今一番会いたくない奴が現れた。今に限らず、いつだって会いたくないのだが。

 

 

「そんなに暇なら書類整理でも頼もうか」

「はあ!?」

「なんだ、それとも何か用事か? けど、仮にも研究者の端くれが廊下を歩くだけの用事だって? そんな用事があるとは思えないが……もしかして落とし物でもしたか?」

 

 

その瞬間、アイスバーグの心臓がドッと嫌な音を立てた。だが、努めて平静を装う。確かに、下を向いたまま廊下をうろついていれば誰だって落とし物を疑うだろう。大丈夫、まだバレてはいないはずだ。

 

 

「そんなわけないだろう」

「そうだよな? じゃあ、やっぱ暇してるわけだ! じゃ、この書類の整理と提出を頼んだぞ」

「~~~っ!」

 

 

怒りのあまり叫びそうだったが、ここは堪えるしかなかった。変に反論してボロが出ては困る。いつも仕事を押し付けられているとはいえ、抵抗もできず粛々と受け入れるしかないのは普段以上に屈辱だった。

 

 

「ああ、ファイルの一番上のやつは急ぎだから早めに確認しろよ」

 

 

コンドラキは言うだけ言って、さっさと立ち去ってしまった。その背中を見ているだけで沸々と憎悪が湧いてくるが、押し付けられてしまったからには確かに早く目を通さなければならない。渋々ファイルの表紙を開くと、そこには──

 

 

「こっ……コンドラキィィィ!」

 

 

アイスバーグの氏名で発行された滞在許可証が入っていた。

 




タイトル: SCP-914 - ぜんまい仕掛け
原語版タイトル: SCP-914 - The Clockworks
訳者: 訳者不明
原語版作者: Dr Gears
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-914
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-914
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: "アイスバーグ"の人事ファイル
原語版タイトル: "Iceberg" Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Iceberg 7
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/iceberg-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/iceberg-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ジェラルド博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Gerald's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Gerald
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-gerald-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-gerald-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: グラス博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Glass' Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: Pair Of Ducks
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: コンドラキ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Kondraki's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Kondraki
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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