しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「さっき何故か見知らぬエージェントの人達からお礼を言われてお菓子を貰ったんだけど、皆揃って神妙な顔をしてたのはどうしてだろう……?」- 円居


さよなら辛い日々、こんにちは辛い日々

チャーリー・サイマンスキーは先行した第2班からの連絡を受け、溜息を吐いて席を立った。彼はこれから、クソったれな怪物が生まれたばかりの赤子を貪り食うのを見届けなければならない。

勿論、サイマンスキーとて好きでこんなことをしているわけではない。止められるなら止めたいと、幾度も切に願った──そう、こんな地獄みたいな状況は初めてではない。件の怪物に要求される度、何回も繰り返されてきたことだ。記録を見ればこれまでに何人が殺されたか調べるのは簡単だったが、わずかな正気を守るためにもそんなことをする気にはなれなかった。

サイマンスキーに分かることは、決して少なくない人数があのシーツの下で殺されたということだけだ。それも、ゆっくりと苦痛を伴うやり方で。

 

SCP-6096はシーツを被った子供のような見た目のアノマリーであり、自身の行動に対するあらゆる妨害行為を防ぐ異常性を有している。SCP-6096を一度でも知ってしまえば、その進路上に小石を放り投げることすらできない。

これでSCP-6096が自発的には何もしないアノマリーであれば、あるいは何かするとしてもそれが人にとって害のあることでなければ何の問題もなかった。だが、どういう運命の悪戯か、そいつは定期的に人を殺したがるのだ。先にも述べた通りゆっくりと──具体的には20~40分ほどかけて、シーツの中に引きずり込んだ人間をじっくり殺していく。

幸か不幸か、この時中で何が起きているのか確かめることはできない。シーツを捲ることも妨害行為だと見做されるのか、誰もSCP-6096のシーツを外すことができないからだ。ただ、引きずり込まれた人間の声は内側から聞こえており、力尽きるその時まで苦悶の声を上げていることから、非常に悪辣な殺害方法であることは察せられる。

 

つまるところ、SCP-6096収容チームなんてものはお飾りの茶番なのだ。サイマンスキー率いるゼータ-29がすることといえば、SCP-6096がターゲットを殺しやすくするためのお膳立てである。非協力的であることすら妨害になってしまうため、彼らは財団のエージェントでありながら怪物が人を食うのを助けなければならないのだ。

だから、サイマンスキーはこれまで何度も信じがたいことをしてきた。ある時は楽しくピクニックをしていた家族連れの子供を食べやすいよう公園から人払いをした。ある時は婚約者と指輪を見に行くところだった青年を拉致した。ある時は難病の手術が成功したばかりの患者の病室を封鎖した。

そして、今回はつい先日生まれたばかりの赤子がターゲットだ。大人ならばいいというわけではないが、赤子が貪られる姿は一際辛いものがある。

 

 

「……隊長、護送車の準備が整ったそうです」

「……ああ、分かってる。すぐ向かう」

 

 

それでも、サイマンスキーは行かねばならない。ここで行かないのもまた、SCP-6096への妨害行為と見做される。

この最悪な移動の中で多少マシなことがあるとすれば、SCP-6096は一度に一人のターゲットしか狙わないということだろう。この特性のお陰で、移動の際に気を遣うべきことはほとんどない。一々人払いの必要がないのは、おそらく喜ぶべきことだ。一切の妨害を受け付けない怪物が無作為にいくらでも人を襲うとなれば、事態は現在の比ではないほど厄介なことになっていたはずなのだから。

 

あるいは、そうなれば上層部も本気でSCP-6096の無力化について考えてくれていただろうか。付きっ切りで見ている身からすると最悪の化け物だが、ただの数字で考えればSCP-6096が出す被害はKeterオブジェクトにしては決して多い方ではない。

勿論、一度に一人とはいえ大統領など世界的に重要な人物が狙われたら厄介だという問題はある。だが、それでも一度に一人なら財団の力を以てすれば大抵はカバーできる。できてしまう。残念ながらこの世界に全く替えの利かない個人なんてほとんど存在しないのだから。

 

尤も、上層部が本気で対策を考えてどうにかなるのかも怪しい。どれだけ優れたように思える案を思いついたとしても、SCP-6096を無力化するためだと念頭に置いた瞬間、何一つ実行には移せなくなるのだから。

それこそ考えるだけならサイマンスキーとていろんな考えで心を慰めた経験がある。破壊主義者のGOCが何も知らないまま壊してくれないだろうか。あるいは、.aicがSCP-6096を破壊し得るオブジェクトと鉢合わせるよう誘導してくれないだろうか。はたまた、財団の機動部隊すら敵わないような標的を選んで返り討ちにされてくれないだろうか。

勿論、これらはただの妄想だ。荒唐無稽なファンタジーだ。財団とGOCの間には原則として互いが目をつけたアノマリーに手を出さないという暗黙の了解があるし、.aicは不用意に報告書を漁ったりはしない。最後の可能性に至っては、大真面目に願うには馬鹿らしくなるほどの確率だった。

 

だから、今この時だってサイマンスキーは渋々車両に向かって歩き続ける他ない──

 

 

「あ……?」

 

 

サイマンスキーは不意に違和感を覚えて足を止めた──足を止めることができた。

突如としてSCP-6096の気が変わって動きを止めたのかとも思ったが、あの怪物は事態に気付いた様子もなく呑気にシーツの裾を引き摺っている。異様な事態に気付き、動揺しているのはサイマンスキーを始めとするエージェント達だけだった。

その様を確認し、呆けたのはほんの一瞬のことだ。サイマンスキーはこれが何なのか考えるより早く、半ば本能的に懐から拳銃を取り出していた。そして躊躇うことなく、手慣れた所作で引き金を引く。

 

駐車場に響いた銃声に周りがどよめくのを頭の隅で理解していたが、構わず何度も何度も撃った。全ての弾を吐き出してからようやく動きを止め、アスファルトの上に転がった汚らしいものを見下ろす──シーツの殺人者は最早ぴくりとも動かず、長らくこんなものに怯えていたのが馬鹿らしくなるぐらい呆気ない終わり方だった。

 

 

「……エージェント・サイマンスキー、こちらの声が聞こえていれば武器を下ろし、両手を挙げるんだ」

 

 

ふと顔を挙げると、駐車場に居合わせていたエージェント達が各々武器を構え、警戒した様子でこちらを注視していた。無理もない。誰だって同僚が突然銃を乱射し始めたら正気を疑うだろう。

 

 

「た、隊長……」

「……大丈夫だ」

 

 

こちらを心配げに見つめる部下に一つ頷き、これ以上周囲を刺激しない内に武器を全て地面に置いた。そして、素直に両手を挙げたまま手近にいるエージェントに語り掛ける。

 

 

「抵抗はしない。ただ、俺らは現在……いや、ついさっきまでいつものようにSCP-6096の移動を手伝っていた。俺を拘束するんだったら後始末と、ゼータ-29のメンバーにこの後の指示を頼む」

「6096……」

 

 

SCP-6096の悪名は収容先であるサイト19でも有名なため、エージェントは緊張と困惑の入り混じった目でシーツの塊を見下ろした。一瞬だけ落ちた沈黙を破ったのは、一台の車両から出てきた博士──ウクレレを携えた姿からすぐに誰か分かった。クレフ博士だ。

 

 

「お前らぼさっとすんな。ゼータ-29は隊室で待機。そこの三人が監視しろ、追って指示があるまで勝手に持ち場を離れるなよ。他の奴は6096を収容室に戻せ。報告は私がしておく」

 

 

上級研究員からの指示に皆が慌てて動き出す中、クレフは乗っていた車の後部座席を覗き込んでいた。よく見れば子供が乗っている。サイマンスキーにとって見覚えのある顔ではなかったが、財団の施設内にいるということは何らかの人型オブジェクトなのだろう──その時はそのぐらいの感想だった。

 

 


 

 

「あの時の子供がSCP-████だったのか?」

「そう聞きました。クロステストのためにあちこち移動しているので、あの日はたまたまサイト-19に来ていたらしくて……」

 

 

その子供の正体を知り、全てに合点がいったのは数時間後のことだった。

サイマンスキー含む隊員達は無断でアノマリーを終了した責を問うという名目で、ゼータ-29が普段待機に使う隊室に留め置かれている状態だ。監視役のエージェントは室外でドアを見張っているため、名目上の罪に対してひとまずの処分は軽い方だと言えるだろう。

本来、アノマリーの終了は財団の理念に真っ向から反するため、無断で行ったとなればかなり厳しい対処を受ける。一時間と経たずに該当施設の管理官から尋問を受け、脱走を防ぐため四六時中傍にエージェントが付けられるはずだ。

だが、SCP-6096に関しては上もどうにか終了させなければならないとは思っていたのだろう。見張りの立ち位置も本来とは違うものだし、部隊はまだ解体されず皆で集まって過ごせている。

とはいえ、さすがに無罪放免というわけにもいかないはずだ。もし相応の理由があれば無断で終了しても許されるという前例を作ると、何だかんだと屁理屈を捏ねて真似する輩が出かねない。SCP-6096のように幸運を頼らなければ終了できない場合ならともかく、基本的には上層部の指示を待ってから実行すべきなのは間違いない。

 

 

「████は精神影響を解除できる異常性を持っているんだったな。それであの時、傍を通ったことで6096が発する強制力が解除されたのか……」

「こんな幸運って、本当に起こるもんなんですね……」

「……まったくだ」

 

 

確かに、GOCに襲われるだとか、機動部隊が標的に返り討ちにされるよりは現実的に起こり得る幸運だ。お互い同じ財団内にいて、鉢合わせても速攻で交戦状態に陥ることはないのだから。

尤も、それでも示し合わせず特定のアノマリーに会うのは相当な運試しになる。対象のアノマリーが同じ施設に収容されておらず、加えて移動中を上手く狙うとなれば尚更だ。SCP-████はクロステストの関係で比較的頻繁にサイト-19を訪れているらしいが、それでも人生で一番の幸運に恵まれたかもしれない。

 

 

「……きちんと礼を述べておくべきだったな」

「また自由に行動できるようになったら面会を申請してみましょうよ」

「俺の分もお前らが言っておいてくれ。俺は……どうなるか分からないからな」

「隊長……」

 

 

クソみたいな役目から解放されたばかりで辛気臭い空気にしたいわけではないが、それでも覚悟しておくべきことだった。

ゼータ-29の隊員はおそらくこれといったお咎めはないはずだ。事が起きたのはほんの数秒のことだったのだから、それで隊員の責任を追及するのはさすがに酷だろう。

だが、SCP-6096を射殺した張本人であるサイマンスキーは訳が違う。どちらにせよ、制御不能でいつかは処分すべきアノマリーだったのだから解雇処分まではいかないだろうが、長期の謹慎や降格は十分にあり得る。温情ある対処なら左遷ぐらいで済むかもしれないが──サイマンスキーはSCP-6096の収容主任を長く勤める内、最悪の想定で動く癖がついていた。人としては生きづらいが、エージェントとしては間違っているわけでもない。

 

 

「SCP-████は……十代の子供らしいが、具体的にはいくつなんだ?」

「確か16歳ぐらいだったかと……」

「その割には随分と幼く見えたが……東洋人だからか? まあ、感謝ついでに菓子でも差し入れておいてくれ。あのぐらいの歳の子供が何を好きなのかはよく分からんが……」

「大人なら酒一択なんですけどねぇ」

 

 

しかし、最悪の想定をしていても尚、サイマンスキーの口調は穏やかなままだった。たとえ今回の一件でどんな処分が下ろうと、SCP-6096をずっと世話し続けなければいけなかった頃に比べれば断然マシだ。そう笑った時、ようやく隊室に第三者が現れた。

 

 

「ゼータ-29の隊員は全員揃っているな? これより、SCP-6096を終了した件に関する処分を伝える」

 

 

現れたのは面識のないエージェントだ。管理官に呼び出されるわけではなく、いきなり処分を伝えられるらしい。

 

 

「今日付けでゼータ-29は解散。元隊員の新たな所属については追って通達するため、各自サイト-19を離れることなく待機するように……但し、元隊長のエージェント・サイマンスキーの再配属は現時点で発表する」

 

 

これは左遷コースだろうか。最悪の想定より軽く済みそうだと思ったが、ふとエージェントの顔に同情の念が浮かんでいることに気付いた。何故だろう、嫌な予感がする。

 

 

「エージェント・サイマンスキーには、明日より開発部門主任の補佐を命ずる」

「開発部門長って……」

 

 

室内の空気が凍った。字面だけ見れば、部門主任の補佐に任命されるのは栄転と言えるだろう。だが、開発部門主任となると訳が違う。

開発部門主任、あるいは専任部隊訓練部門主任。これらはどちらも例の問題児博士──アルト・クレフを指す肩書だ。新人研究員ならその恐ろしさをまだわかっていない者もいるかもしれないが、エージェントとなれば新人からベテランまで等しく彼の性質を骨身に染みて理解している。何せ、彼は“訓練部門主任”なのだから。

エージェント達の脳裏に訓練生時代の辛い記憶が走馬灯の如く過り、皆の視線が一斉にサイマンスキーに集まった──かと思えば、一拍置いて波が引くように揃って目を逸らしていく。皆、咄嗟に掛けるべき言葉が見つからなかった。

 

 

「詳しい職務についてはクレフ博士、もしくはエージェント・アダムスから指示を仰ぐように。通達は以上だ……健闘を祈る」

 

 

報告役のエージェントがそそくさと立ち去っていくのを見送った後、サイマンスキーは無言で隊室に置かれた机の下に手を突っ込んだ。そこにはこれまでSCP-6096の悪辣な管理に耐えるために用意した酒類が並んでいる。

SCP-6096がいなくなった今、もう手をつけることもないだろうと思っていた酒のボトルを卓上に置き、サイマンスキーは静かな声で食器棚の近くにいる隊員に声をかけた。

 

 

「すまんがグラスを取ってくれ」

「わ、分かりました!」

「そう、そうですよ! とりあえず飲みましょう! 飲まないとやってられ──」

「ばかっ! きっとこれまでより悪いことなんて起きませんから、今日は地獄から解放された祝杯をあげましょう!」

「ああ、そうだな……飲もう!」

 

 

室内の騒ぎは廊下に立つ監視役のエージェント達にも聞こえていたが、彼らは皆一様に聞こえぬ振りをしてその場を立ち去った。あの博士の訓練を一度でも受けたことのあるエージェントからしてみれば、彼の下で働くというのは一種の地獄に身を置くようなものだ。

勿論、やむを得なかったとはいえいきなりアノマリーの処分を断行したエージェントに対し、その後の監視と判断を行える異動先が限られるのは確かだ。だが、それでもクレフ博士の下だけは御免である。そこに配属されたが最後、四六時中クレフの悪質な嘘と冗談に振り回され、指示を仰ぎたい時はまず所在不明になりがちな上司の捜索から始まるのだ。その生活は想像するだけでストレスのかかるものであり、思わず同情せずにはいられない処分だった。

 




タイトル: SCP-6096 - 御客様
原語版タイトル: SCP-6096 - The Guest
訳者: C-Dives
原語版作者: Tanhony
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-6096
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-6096
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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