しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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通達:本日付けでSCP-████にクラス4特権を付与し、監視員同伴の条件下において施設外での行動を許可する。- O5-█


エージェント・██からの報告書
就任日


「ギアーズ、ちょっといいか」

 

 

コンドラキは試作品の武器を片手に同僚の研究室に踏み込んだ直後、片隅のソファーに転がる布の塊に目を留めた。この部屋の住人は大抵二人。そのどちらも几帳面な性格なので、こうして乱雑に人が転がっているのを見るのは珍しいことだ。

 

 

「何だありゃ、アイスバーグは遂に参っちまったのか?」

「いいえ。ここのところ書類仕事が立て込んでいたため、仮眠室まで辿り着けずあそこで休んでいます。そして、その仕事は本来あなたがすべきことだったはずですが……」

「あ? あー……」

 

 

部屋の持ち主から向けられた淡々とした眼差しに少し考えてみたが、答えがすぐに出てくることはなかった。何せ、アイスバーグに押し付けている書類仕事は多岐にわたる。だが『ここのところ』という表現から、一拍置いてそれが何なのか思い至った。

 

 

「ああ、SCP-████の件か」

「ええ。今日から正式に、彼は財団のエージェントとなりました。今後は主に回収の専門家として職務を全うするでしょう」

「そうか、今日だったのか」

 

 

他者にほとんど興味を持たないコンドラキだったが、SCP-████がエージェントとして採用される件はちゃんと覚えていた。一度収容されればほとんどの人型オブジェクトが一生外へ出られないのも珍しくない中、条件付きとはいえ外へ出られる肩書を手に入れられるケースは非常に稀だからだ。

そして、アイリスと同様に人型オブジェクトがエージェントとして施設を出入りするようになる場合、初期手続きは該当オブジェクトが収容されているセキュリティ施設の管理官が行わなければならない。つまるところ、本来ならコンドラキがやるべきことだった。人型オブジェクトの大半はサイト-17にいるのだから、当然といえば当然である。

だが、どちらの件についてもコンドラキはあまり関与していない。どうせ最終的に認可を出すのはO5であり、より詳細な段取りを決めるのは主任研究員である。サイト管理官がすべきことといえば他職員への周知と通達ぐらいのものであり、そういった雑務は誰がやっても同じというのがコンドラキの持論だった。その結果、今目の前でアイスバーグが伸びているわけだ。

 

 

「もしかして今回はクレフが『息抜き』に連れ出しているのか?」

「そうです。クレフから何か聞いていたのですか?」

「いいや? ただ、今日は妙に静かだったことにようやく合点がいっただけだ」

 

 

人型オブジェクトだろうと何だろうと、誰がいつどこで出入りしようが大した興味はない。だが、趣味を同じくする相手なら話は別だ。

コンドラキはアイリスがエージェントとして復帰した際、アダムスが『息抜き*1』に連れていったことを知っていた。それは文字通りの意味でもあり、同時に長らく社会から隔絶されてきた人型オブジェクトを外に慣れさせるためでもある。だから、今回も誰かが同じことをするのだろうと思ったが、それがまさかあの悪友だとは思ってもみなかった。

 

 

「てっきりブライトがやるもんだと思ってたが」

「ブライト博士は現在、三日で肉体を損壊させた罰としてオランウータンの体に入っています」

「あー……そうだったか? それで補助監督官のクレフにお鉢が回ってきたわけか」

「勿論、収容初期から関わってきたというのは大きいでしょうが……」

 

 

ギアーズは少しばかり思いを巡らせた。あれでいてクレフは職務に真面目なところがあるので、上から強く言われれば自身の意志に関わらず円居の同行を引き受けただろう。特別相性の悪い人型オブジェクトでないのなら尚更だ。

だが、息抜き程度の外出ならば人選は誰でもいい。補助監督官ということで一旦話がいったのは確かだろうが、クレフが断れば他のエージェントに割り振られて終わりだっただろう。寧ろブライトが駄目だったことでクレフの名が挙がった時、仰天した様子で反対する者もいた。どう考えてもクレフ博士は息抜きのお供として相応しくないし、何なら事件を引き起こして就任初日を最悪の記憶として刻み込む可能性も高い。クレフのせいでトラウマを植え付けられた職員も少なくないため、彼らは年若いエージェントが同じ道を辿るのは忍びないと必死に反対していた。

一方で、クレフが強烈な人物だからこそ同行者として相応しいのではないかと主張する者もいた。あのクレフ博士と二人きりで過ごせるなら、大抵の人物とは問題なく仕事をこなせることの証明になるだろう。要するに、特殊な経緯で就任したエージェントであっても箔がつくということだ。

何にせよ、外野からあれこれ好き勝手言われる中、クレフは少し考えてから同行を引き受けた。その理由を一々他人に明かすことはなかったが、付き合いの長いギアーズからしてみれば──

 

 

「彼はあれでいて、存外子供には優しいところがありますからね」

「……クレフの話だよな?」

「比較の問題ですよ」

 

 


 

 

サイト-19でそんな会話が繰り広げられているとは露知らず、円居は車の窓から見える街並みをぼんやりと眺めていた。財団の施設は偽装して街中に建てられているものもあるため、別にアメリカの街並みが物珍しいというわけでもない。

だが、やはり立場が変わってみるとそれだけで目に映るもの全てが違うように見えた。その変化は未だ実感が乏しく、どこか落ち着かない気分になるものだ。そうした感覚から逃れるように、円居は隣の運転席に座るクレフに目を向けた。

 

 

「今更ですけど、クレフ博士って免許持ってたんですね」

 

 

別に車の運転ぐらいきちんと訓練すれば誰でも覚えられるだろうが、クレフの場合は少し問題がある。彼は写真を撮っても顔が映らないという異常性を有しているため、免許証のような写真が必要な身分証明書は取得できないとばかり思っていたのだ。財団の職員証に関しては蜘蛛頭とかいうふざけた写真でも罷り通るだろうが、公的な免許証となるとそうもいかないだろう。

だが、そこは天下の財団といったところだろうか。政府にもパイプを持っているため、その気になれば偽写真で免許証を発行させるぐらい訳ないのだろう。呑気にそんな解釈をしていたのだが、クレフからは思わぬ答えが返ってきた。

 

 

「あ? 免許なんざ持ってないが」

「えっ」

「お前も私が写真を撮れないのは知ってるだろ?」

「い、いや、でも……」

「そりゃあ、財団ならその気になれば身分証明書の偽造ぐらい簡単だが、余程のことがない限り一般の職員にそこまでの世話はしない。お前みたいに、任務以外だと自由に動けない奴は別だがな」

 

 

そう、円居が呑気な解釈をしていたのも、自分が偽造免許証を支給されているという前提がある。円居の場合は収容時に死亡扱いで戸籍を消されている上、そもそも収容されている立場なので普通の講習に通うわけにもいかない。そのため、エージェントとしての訓練を受ける過程で運転技術も身に付け、その後財団が用意した戸籍を元に取得した偽造免許証を受け取っていた。偽造というか、政府が黙認しているのだからある意味できちんとした免許証として機能するのだが。

円居は主に回収を目的として動くエージェントのため、場合によっては街中を出歩かなければならない状況も想定されている。そうなれば何かの拍子に身分証明の必要に迫られる可能性もあり、諸々の利便性を考慮して免許証が支給されたというわけだ。特にアジア系は幼く見えるため、出向いた州によってはうっかり補導されかねない。

 

 

「その辺の道を運転するだけで免許証の提示が必要になることはほとんどないしな」

「その“ほとんどない”ことが起きたらどうなるんですか?」

「俺は外に出る時は常に記憶処理剤を持ち歩いている」

「……なるほど?」

 

 

思えば円居も初めて収容された時、いつの間にか施設内にいた。何も覚えていないが、それは出会い頭に記憶処理剤でも打ち込まれたのかもしれない。記憶処理剤は便利だ。何かある度に安易に使うのはどうなのかとも思ったが、もうそれ以上ツッコミを入れる勇気はなかった。深掘りすればするほど、クレフの恐ろしいエピソードが出てくる気がしてならない。

 

 

「とりあえず、帰りは僕に運転させてください」

「今日はお前の“息抜き”に来たんだろ?」

「僕に運転させてください」

「わかったわかった。ほら、もう着くぞ」

 

 

眼前に見えてきたショッピングモールの立体駐車場を一瞥し、深く溜息を吐いた。このまま何事もなく買い物を終えて帰れるといいのだが──

 

 


 

 

時計屋の綺麗に磨かれたショーケースを眺めながら、そこに映る“異物”に思わず溜息が零れた。少しお高めな商品が並ぶ店内において、彼らの薄汚い恰好は明らかに浮いている。尤も、服装以上に彼らが持つ銃が一番の場違いなのだが。

 

 

「お前ら全員伏せろ、早く!」

 

 

現在、円居はクレフに連れられて入った時計屋で強盗現場に鉢合わせていた。周りの客や店員が酷く怯えた様子で次々と屈んでいく中、反応に迷った円居は隣に立つクレフを一瞥する。案の定、凶悪な同行者は微動だにせず強盗を眺めていた。恐ろしいことに、ショーケースの中身を眺めている時と目つきが全く変わっていない。

 

 

「あの、クレフ博士……?」

「よくやった、躊躇わず伏せてたら蹴り上げてたぞ。エージェントの名折れだってな」

「危なかった……強盗との交戦以前に同行者から危害を加えられるところだった」

 

 

実際のところ、円居としては強盗の要求通り伏せたい気持ちが強い。エージェントとしての訓練を受けた今、並みの強盗相手に押し負ける気はしないが、それでも無駄に荒事に首を突っ込む必要はないのだから。ここは何食わぬ顔で一般人と同じ行動を取り、強盗が逃げるなり警察の到着なりを待った方が穏便に済むだろう。

だが、隣にいる人物は全く違う意見らしい。いつまでも堂々と立ったままの二人相手に強盗ががなり立てているのも構わず、未だ呑気に円居へと話しかけている。

 

 

「そもそもエージェントどころか、これぐらいなら研究員でも膝すらつかん」

「本気で?」

「ああ。実際、以前給料を下ろしに行ったギアーズ達が銀行強盗に遭遇したが、そのまま強盗を制圧して帰ってきた*2

「財団職員って強盗との遭遇率が上がる異常性が付与されてたりしますか?」

 

 

今後、現金がありそうな場所に行く時は気をつけた方がいいのかもしれない。円居も円居で関係のないことを考えた矢先、いよいよ痺れを切らしたらしい強盗が足音も荒く近づいてきた。

 

 

「お前は今来てる奴をやれ」

「はい」

 

 

その瞬間、目にも留まらぬ速さで飛び出したクレフの後を追う形で、円居はすぐ目の前まで来ていた強盗の眼前へと踏み込んだ。男がクレフと円居のどちらに銃口を突き付けるか迷った一瞬を狙い、掌底で男の顎を打ち上げる。

円居は成人しても結局大して身長は伸びなかったが、体格差があっても完全武装していない人間は急所を狙えば簡単に落ちるから楽だ。勿論、的確に打つためには訓練が必要だが──糸の切れた人形のように崩れ落ちた男を一瞥し、その間に残った二人を制圧していたクレフに視線を戻した。

 

 

「よし、ちゃんとできるようになってるな」

「そりゃまあ、訓練中に散々クレフ博士にやられたので……」

 

 

クレフから散々痛めつけられた訓練が走馬灯のように思い出され、円居は首を振って過去の記憶を追い払った。思い出さなくていいことだ。

 

 

「というかこれ、どうするんですか?」

「このぐらいどうもしない。ちょっと腕っ節のいい客が二人いた、それだけだ」

「今時SNSとかに上げられたらあっという間に結構な騒ぎになりますけど……」

「問題ない。私は休暇中に少なくとも三度新聞に載ったことがあるが、今もこうして問題なく職員としての責務を全うしている*3

「それは……多分、誰かが頑張ったんでしょうね……」

 

 

さっさと歩き出してしまったクレフの後に続き、固まっている客の間をすり抜けて店外へ出る。多少気掛かりではあるが、もし本当に問題になったら財団が何かしらの対処をするのだろう。クレフがここで何らかの対処をする気がない以上、円居としてはそれに従うしかない。

それに、すぐ鎮圧しただけあってモール内は平和なままだ。店のドアを一枚通っただけで非現実的な感覚を味わい、それが少し笑えてきた。異常存在が関わらずとも、案外異常な体験というのはその辺に転がっているものである。強盗を鎮圧する客とか。

 

 

「おい、円居。これ」

「はい?」

 

 

クレフから寄越された小箱を受け取ると、蓋を開けるまでもなくすぐにそれが腕時計だと気付いた。そういえば強盗が来る前、円居が商品を眺めている間に何か買い物をしているとは思っていたが、まさか自分用ではなく贈り物だったとは。

 

 

「……ありがとうございます」

「おう。お前はただでさえハイティーンに見えるような童顔なんだから、良い時計でも着けて格好に箔をつけとけ」

「一言余計なんですよ」

 

*1
tale:ガールズ・ナイト・アウト:ドレスアップ

*2
tale:給料日

*3
tale:Clef And Dimitri Hit The Road




タイトル: ガールズ・ナイト・アウト:ドレスアップ
原語版タイトル: Girls' Night Out: Dressing Up
訳者: (user deleted)
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dressing-up
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dressing-up
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: 給料日
原語版タイトル: Payday
訳者: amamiel
原語版作者: Iceberg 7
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/payday
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/payday
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: Clef And Dimitri Hit The Road
原語版タイトル: Clef And Dimitri Hit The Road
訳者: amamiel
原語版作者: DrClef, Waxx
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/clef-and-dimitri-hit-the-road
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/clef-and-dimitri-hit-the-road
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ギアーズ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr.Gears' Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Gears
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-gears-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-gears-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: コンドラキ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Kondraki's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Kondraki
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: "アイスバーグ"の人事ファイル
原語版タイトル: "Iceberg" Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Iceberg 7
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/iceberg-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/iceberg-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0

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