サイト-81での仕事を終えた帰り、円居は同行者のトランと共に車の時計を見遣った。
「そろそろ昼食の頃合いだな。何か食うか……和食とかでどうだ?」
「和食!?」
「インディアナ州は日本企業も多いから、そこで働いてる日本人向けに和食の店も結構あるんだよ。お前は何が好きだ?」
「ラーメン」
海外で遭遇する和食は魔改造されているものも多いが、ネットで調べた限りだとインディアナ州には本当にまともな店も案外あるらしい。円居の気分が上向きかけたその時、ダッシュボードに固定されていたトランのスマホが着信を告げた。
『アーネル、頼みがある』
「トレバー? 藪から棒に何だよ……事件か?」
『まだ未遂だが、大事件になる可能性はある……かもしれない』
「曖昧だな。ちゃんと話してくれ」
『順を追って話そう。先日、UIUからの報告によってインディアナ州の高校で発生している空間異常*1が発見された』
「……連中がまた何かやらかしたのか?」
UIU、FBI異常事件課の通称だ。冷戦当時に設立され、かつては財団と共闘することもあった組織だが、ソ連崩壊後は存在意義が薄れて急速に弱体化。トランの微妙な反応からわかる通り、現代においては厄介者として囁かれることの方が多い。
身も蓋もない言い方をすれば、UIUはFBI内でも左遷先*2の扱いを受けている日陰部署である。財団やGOCのように異常存在と相対するノウハウがないことより、無駄に意欲があるせいで空回りする人間が集まっているのが問題なのだ。
そもそも財団には元々ただの警官だったにも関わらず、異常事態に対する冷静な判断力*3を買われて急遽スカウトされた人員なども少なくない。このように財団から声が掛かることもなく、未だUIUにいる時点で世界の闇と向き合うには不適格と見做された後なのだ。
勿論、UIUがちゃんと仕事をすることもある。時には財団より早くに異常事態を発見し、迅速に状況を共有してくれることもあるのだ。だが、問題は彼らのエリートへ返り咲きたいという意欲が先行した結果、財団に状況を共有しない場合である。
『UIUの奴ら、手柄欲しさにすぐには財団に報告せず自力解決を試みたらしい。結果、近隣住民は雑に記憶処理された挙句、インディアナ州のそこかしこに動かされた後だったわけだ』
車内に沈黙が落ちた。言葉を失うとはまさしくこういう心情を言うのだろう。
『現場検証だけじゃ具体的な状況の把握には限界がある。何とかして元住民の所在地を突き止め、記憶の復元を行う必要があるが……それはいい。無駄な手間を増やされた怒りはあるが、どうにかできる』
今でこそ記憶処理剤といえば狙った記憶だけを消せる便利な薬という扱いだが、昔はそこまで都合のいい代物でもなかった。効果は確かだが精度が低く、重篤な記憶障害を引き起こすこともあったのだ。
財団はそれらの問題をアノマリー由来の素材を用いることで回避したが、そんな危険物を財団の外に出すわけにもいかない。つまり、UIUが調達できる記憶処理剤は大昔と同じ劣悪品だけだ。そんなものを飲まされた近隣住民の記憶がどうなったかは語るまでもないだろう。
一応財団には消えた記憶を復元する技術もあるが、あれは記憶処理ほど簡単に行えるものでもない。その辺りの事情を踏まえると、電話口の声音がどことなく怒気を帯びているのも当然と言えた。
『ただ、問題はついさっきUIUのエージェントを見かけたってことなんだ』
「それだけの騒ぎを起こしておいて、まだ凝りてないのか……?」
『さすがに今回の件にはもう関わってこないと思いたいが……予想できない行動を取る連中だからな。念のため何をしようとしているのか把握しておきたい。普段なら然して気にしないんだが、今回はすでにやらかした後だしな』
「電話……だと言うことを聞くとは限らないか」
そもそも財団は最初から、UIUの手に余るような案件はすぐにでも報告を入れるよう要求している。それを無視して度々騒ぎを起こしている以上、電話口で釘を刺しても効果があるかどうか怪しかった。
『で、だ。目撃情報があった地点から近く、尚且つ任務中じゃないエージェントがお前らなんだよ。経路上にある監視カメラの映像を拝借した結果、UIUのどいつがうろついているのかは分かってる。これからお前にデータを送るから、そいつが何をしているのか確認してくれ』
「はあ……分かった。円居、飯は後回しだ」
「わかりました……」
円居も今日からUIUに怒りを抱いて暮らすことになりそうだ。
昼食を食べ損ねた悲しみを手持ちのチョコで誤魔化しつつ、円居は件のUIUエージェントが向かっている方向を地図上で確認した。どうやら対象はオフィスビルなどが立ち並ぶ都市部を離れ、民家が並ぶ郊外へと移動しているようだ。
「はあ、よかった……郊外ならUIUの連中がやらかしたとしても、事態の隠蔽は簡単だ」
「アメリカって家の間隔がかなり広いですからね」
窓の外を見れば、広い庭を備えた家々が等間隔に並び、さらにその向こうには青々とした街路樹が整然と植えられた様子を一望できる。日本人の価値観からすると、少し羨ましくなるぐらい大きな家ばかりだ。
「そういや、円居はUIUのエージェントと遭遇するのは初めてだよな? なら、事前に伝えておくべきことがある」
「はい」
「UIUの中には財団を敵視している連中もいるから、奴らが嘗め腐った態度……特に財団の介入を嫌うような態度を見せたらとにかく威圧しろ。お前の判断で人死にが出たら、お前のクビなんざ一瞬で吹き飛ぶだとでも言えばいい」
「敵視!? えっ、敵対組織じゃないんですよね……?」
「まあな。ただ……そうだな、UIUの中で財団を嫌う奴には大まかに二種類いる。財団が手柄を横取りしてると思ってる奴と、財団のやり方が気に入らない奴だ」
「それは……意味合いが違うんですか?」
「無断で行動するところは同じだが、接した時の態度は多少違う。後者は……財団が封じ込めの際に人命を損なったり、記憶処理などで事実を隠蔽するのが気に食わないんだ」
「何故? 必要なことですよね?」
円居の素直な疑問を聞いた途端、トランは思わず苦笑した。それは財団が生んだ歪みでもあり、もし今話しているようなタイプのUIUエージェントが知れば、きっと物凄い顔をするであろうやり取りだと感じたからだ。
「そうだ、財団は徒に犠牲を出し、人々に干渉しているわけじゃない。例えば、どこぞの国が開発したミームエージェント*4とかが、収拾不可能なほど広範囲に流出したらどうなる? 食い止めるためにはすでに存在する感染者を殺すしかない。大勢を生かすために少数を殺す。記憶に関してもそうだ。不幸にもほんの少し巻き込まれてしまった悲劇の記憶を消せば、その人間はそれまで培ってきた多くの平凡な時間に戻れる……だが、こういうことが欺瞞に思える連中もいるってことだ」
「でも……そういう欺瞞がなければ、世界はきっと滅茶苦茶になりますよね?」
「多分な。そもそも今でも一部の奴らはアノマリーを使って争いを起こしている。それを誰もができるようになったら、世界がどんな有様になるかは想像に難くない」
異常物品の中には、銃や刃物よりずっと簡単に人を殺せるものがたくさんある。いや、殺すならまだマシと言えるかもしれない。中には人を意のままに操り、尊厳を踏み躙れるようなものもある。悲惨な事件も決して珍しいものではなくなるだろう。
それに、円居はもう一つ懸念することがあった。おそらく、ヴェールのない世界で最も大きな被害を受けるのは現実改変者だ。ある程度強い能力があるならまだしも、多少の現実しか変えられない者は人々からの差別に晒される可能性が高い。
何せ、今の世界でも財団やGOCは現実改変者とみれば速攻で殺しにかかるのだ。そういう事実を誰もが知るようになれば、面白半分に現実改変者の居場所を密告する者や、現実改変者には何をしても許されるのだと思うようになる者もいるだろう。そして、不特定多数の意見が集まるようになると、人々は『現実改変者にも悪人ではない者がいる』という事実に目を向けなくなる。
そこまで考えて、円居は静かに首を振った。こういうことは考えていると憂鬱になるし、何より今の自分にはもう関係のないことだ。
「……今回僕らが探している相手はどんな人なんでしょうね」
「さあな。送られてきた写真を見る限り、如何にも気の強そうな女って感じだが」
そう言われて改めて、円居は手元の端末で開かれたUIUエージェントの情報に視線を落とした。クイン・マックアリスター*5、白人女性。普段はこの周辺の所属ではなく、オハイオ州で働いているらしい。先週末に仕事の都合でインディアナ州を訪れた後、非番がてら旅行して帰る予定だったらしいが──
「いた」
「え?」
「前方の黒い車、監視カメラに映っていたナンバーだ……住宅街の道路でなんて速度を出してんだ。しかも、後部座席に誰かいるな。非番だから一人だと聞いていたが……」
「追いかけますか?」
「見つけたなら呼び止めた方が早い。円居、あいつの履歴書に電話番号も載ってるだろ。そこにかけてくれ」
「僕が!?」
「俺は運転してるしな。一度停めて運転を代わるのも手間だし、何事も経験だ。UIUと話す時のコツを知っておけば、今後役に立つかもしれないだろ?」
クインは苛立ちを顕にしないよう努めながら、これからどうすべきか考えていた。現地の同僚に応援を頼みたいが、先日見かけた彼らの様子を考えると反応するかどうかすら怪しい。
かといって、宛てもなく彷徨うのは──と、そこで考えを遮るようにスマホが着信を告げた。ダッシュボードに固定されているスマホを見遣れば、そこには憎たらしい文字列が表示されている。
正直に言って出たくはなかったが、この着信を無視するのも賢い選択でないことは明白だ。不本意ながら、得体の知れない状況で困っている時ならば尚更。そのため、クインは渋々ながら電話に出た。
『こんにちは、マックアリスターさん。こちらスキップ』
「……どうも」
『我々は今、あなたが運転している車の後方にいます。少しお聞きしたいことがあるので、今すぐ停車してもらえますか?』
「……わかったわ」
止まらなければどうするつもりなのかと煽ってやりたい気持ちもあったが、今は一人ではないのだという考えが理性を後押しした。素直に速度を緩め、道の脇に寄せて停車する。すると間髪入れずにもう一台が止まり、見慣れた黒いスーツの連中が姿を現したのだが──
「……子供?」
片方は若々しい白人男性だったが、もう片方はあどけないアジア人の少年だった。今までいろんな財団職員と顔を突き合わせてきたが、ここまで幼い人物は初めて見る。スーツを着ている様子すらちぐはぐに思えて、クインは咄嗟にどう声をかければいいのか分からなくなった。
「やあ、マックアリスター。非番の日なのに猛然と車を走らせて……一体何をしていたんだ?」
「私達はいつから財団に休日の過ごし方まで共有しないといけなくなったの?」
「ああ、勿論俺だってお前の休み方に興味なんてないさ──お前らがつい先日、大量の記憶喪失事件を起こした直後じゃなければな」
クインは思わず舌打ちを零しかけた。何故インディアナ州の同僚は馬鹿な真似をしたのかと、恨み言を吐き出したくなる。すでにUIUがかなりの不始末を起こした後となれば、普段のように挑発するのはいつも以上に危険な行為だ。
「……明日にはオハイオ州に戻る予定だったから、少しゆっくりドライブしようと思っていたのよ。そうしたらこの子が誘拐されそうなところに鉢合わせたの」
「……あまりにもタイミングがよすぎるのはともかくとして、そのまま深追いせずに引き下がったのは意外だな。手柄欲しさに突っ込むかと思ったが」
「っ、被害者がいるのにそんなことするわけないでしょう!? 私達は、あんた達みたいな──」
「そりゃ美しい正義感だ。で、どんな奴だった? 何人だ?」
UIUの評判があまりよろしくないとはいえ、曲がりなりにもFBIの捜査官なのだ。一介の誘拐犯相手ならその場で捕らえ、警察に突き出して終わりだろう。被害者はその時警察に預けるなり、そのまま病院に連れて行くなりすればいい。だが、そうせず引き下がって彷徨っていたのなら、ただの誘拐ではない可能性があった。
「……その場にいたのは三人よ。けど、別に荒事に慣れた人間って感じじゃなかった。ただ、時代錯誤なローブを纏った異様な格好で、それに……隠し切れない血の匂いが漂っていたわ」
「ふむ……それで? その子はどうする? 自分でどうにかするか?」
「……意外ね。スキッパー*6なら有無を言わさず連れていくと思っていたわ。それとも、あなた達の見立てじゃ大したことのない事件なのかしら?」
「さてね」
トランは詳しいことを述べずに流したが、実際彼の見立てでは異常存在絡みではないだろうと考えていた。話を聞く限り犯人はカルト集団のようだが、異常存在絡みのカルトというのはかなり危険な奴らばかりだ。一瞬の内に街一帯を血の海に変えたり、住人全員を洗脳したり──いずれにせよ、UIUのエージェントが一人で対応できるような範疇は遥かに超えている。
クインが実行犯から被害者を掠め取り、そのまま逃げ切れたということ自体が普通のカルトであろうことを物語っていた。普通といえどカルトなので警察に知らせる必要はあるだろうが、わざわざ財団の機動部隊を投入するほどの事件ではない可能性が高い。
「まあ、念のため名前だけ聞いておこうか。お嬢さん、名前は?」
「え、あ……め、メアリー・タリッシュといいます。あの、私、これからどうすれば……」
「……大丈夫よ、タリッシュさん。長く連れ回してしまってごめんなさい。この後警察に行くから、そこで親御さんのお迎えに待ちましょう」
クインは財団を嫌っていたが、彼らの見立ては大抵UIUよりも正確なことは理解していた。全面的に信頼するわけではないが、今はクイン一人の問題でもない。メアリーの緊張した様子を見れば、憶測でこれ以上連れ回すのも得策ではなかった。
「それじゃあ、私はこれで失礼するわ」
できる限り平坦な声音と表情を保ったまま、クインはさっさと車に乗り込んで二人の目の前から去っていった。今度は凄まじいスピードを出すでもなく、きちんと法定速度を守って走っているようだ。
「……なんか、強烈な人でしたね」
「まあな。とりあえず、トレバーに連絡してやるか……UIUは人助けしてただけらしいってな」
タイトル: SCP-3935 - これこそが静かな狂気が作りし物
原語版タイトル: SCP-3935 - This Thing a Quiet Madness Made
訳者: Nimono-oishi
原語版作者: djkaktus
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3935
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3935
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: 初日
原語版タイトル: First Day
訳者: NorthPole
原語版作者: rumetzen
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/first-day
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/first-day
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-5266 - マッチョ・マンを聴きながら神経毒でくたばるマヌケ今すぐクリックして視聴
原語版タイトル: SCP-5266 - IDIOT SUCCUMBS TO NEUROTOXIN WHILE LISTENING TO MACHO MAN CLICK NOW TO SEE
訳者: walksoldi
原語版作者: IAmTheOoga
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5266
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5266
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: UIUのオリエンテーション
原語版タイトル: UIU Orientation
訳者: Kwana
原語版作者: Kingreaper
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/uiu-orientation
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/uiu-orientation
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-1681 - 米帝の偶像
原語版タイトル: SCP-1681 - American Idols
訳者: gnmaee
原語版作者: Crayne
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1681
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-1681
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: もう一つの退屈な夜
原語版タイトル: Another Boring Night
訳者: (user deleted)
原語版作者: Ihp
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/do-you-remember-these-guys
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/do-you-remember-these-guys
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-1337 - 幽霊ヒッチハイカー
原語版タイトル: SCP-1337 - The Hitchhiker
訳者: gnmaee
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1337
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-1337
ライセンス: CC BY-SA 3.0