しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「ジェラルド博士は何故か毎回自分だけ生存するけど、今回は遂に異世界転移したから駄目だと思ってたら……8501が消滅して閉じる寸前だった次元の亀裂から無事帰ってきた辺り、彼はある意味で神に愛されているのかもしれないと思ったよ」- 円居


異世界転移導入用トラック

「円居、仕事だ」

「はい」

 

 

普段、円居に任務の説明を行うのはブライト博士のことが多いのだが、その日呼び出されたのはクレフ博士のオフィスだった。その時点で妙な胸騒ぎはしたのだが、だからといって踵を返して逃げられる立場でもない。円居にできることはただ一つ、粛々とクレフの向かいに腰掛けて説明を聞くだけだ。

 

 

「明日、SCP-8501の終了が試みられる」

「8501? 初めて聞くナンバーですが……」

「当然だ。収容されていないからな」

 

 

SCP-8501は転移能力を備えたトラックである。勿論、アノマリーなので無人で走る。

運転手の見当たらないトラックがあちこちへ転移し、唐突に人を轢いては去っていく。この行為を物理的、あるいは奇跡論的に妨害する手段はなく、財団は収容したくてもできない状況に困っていた。

尤も、都合のいいことにSCP-8501は微弱な認識災害を備えているらしい。そのため、どこからともなく現れたトラックが人を轢いても取り立てて騒ぎになることはなく、財団が駆けつけて処理するまでもなく一般的な交通事故として処理されていた。

とはいえ、バレないなら放置でOKとはならないのが財団だ。転移能力持ちのアノマリーはいずれも厄介で、どうしても転移を防ぐ手段がないのなら破壊も止む無しとなる場合もある。勿論、本当に破壊できるならという話になるが。

 

 

「やはりあちこち飛ばれると厄介だから終了を?」

「それだけじゃない。8501の観測を続ける内に、トラックが帯びるエネルギーが徐々に強くなっていることが発覚した……どうやら人間を轢く度にエネルギーを蓄えているらしい。あともう少し強くなれば、タイプ・ブラックとして判定されるほどに迫るだろう」

「トラックが神格実体に!?」

 

 

神と聞けば如何にも恐ろし気に聞こえるが、一口に神格実体と言っても性質は様々だ。その気になれば世界を滅ぼせるほど凶悪な神もいれば、どうにかこうにか人類に対処できる範囲の神もいる──というより、現状この世界には対処できる神しかいないと言っていいだろう。対処不能な神の顕現阻止に失敗していれば、すでに人類は滅んでいるのだから。

なので、トラックが神格実体に昇華したからといって、それで突然世界がどうこうなるわけではない。だが、神格実体の多くは自身の顕現を維持するために何らかの能力を持っていることが多い。神になるか否かの一線を超えた瞬間、終了に掛かる人的コストが一気に跳ね上がる可能性があるのだ。そのため、基本的には顕現し切る前に終了する方が望ましい。

 

 

「それで、どんな方法で終了するつもりなんですか?」

「ジェラルドをぶつける」

「は?」

 

 

作戦は至って単純だ。目には目を、歯には歯を──車には車を。

まず、ルーンの魔術で補強及びエネルギー反射をできるよう加工した車両を用意する。そして、SCP-8501が出現したらジェラルドが運転する加工車両で突っ込む。それだけだ。幸い、SCP-8501は一度出現すればターゲットへ向かって一直線に走り抜けるため、回避される心配はない。

 

 

「何故ジェラルド博士を……?」

「神格実体……まだなりかけであれ、それに近しい実体を仕留めようと思えば、それなりの人数の術師が必要になる。だが、8501を拘束する手段がない以上、大勢の術師をぶつけるのは現実的な手段とは言えない。そこで協議した結果、ジェラルドの破滅的な運転スキルを利用することになった」

「ええ……」

 

 

ジェラルド博士といえば、物理学や量子力学など複数の分野に精通した優秀な研究員である。性格も財団職員にしては温厚で、比較的付き合いやすい人物と言えるだろう──彼が車輪のついた物体の上にいない場合に限って、だが。

ジェラルドは乗り物──これは自動車や自転車など一般的に想像されるものに限らず、スケートボードや荷台など車輪がついているものならあらゆるものが該当する──のコントロールを握った瞬間、周囲に破壊をもたらす凶悪兵器と化す。スクーターでひとっ走りするだけで、その街を跡形もなく粉砕できるほどだ。

しかも、何故かこの破壊力は同乗者の数によって左右される。Dクラスを大勢乗せたスクールバスを走らせた時は車体が多少火を噴く程度で済んだが、単身ローラーブレードでORIA*1の拠点に突っ込んだ時は建物が爆撃を受けたかの如く吹き飛んだ。もしSCP-682を車に乗せることができれば、ジェラルドはクソトカゲすら殺せるかもしれない。

 

 

「あれ? というか、ジェラルド博士の運転スキルは乗客の数が少ないほど威力が増すわけで……」

「ああ。搭乗者はジェラルドと、ルーンの制御を行うコールドスミスだけだ」

「生贄……?」

「人聞きの悪い。誰かがやらねばならないのなら、8501の担当者がやるべきというだけだ」

 

 

SCP-8501を破壊するためのエネルギーはジェラルドの運転によって工面する。神格実体に近しい存在を終了した際、周囲へ放出されるエネルギーはルーンで反射して街中で被害を出さないようにする。コールドスミスの命が保証されていない点を除けば、コストも安上がりで実にいい作戦だ。

 

 

「え? というか、その作戦において僕が関わる部分はどこですか?」

「ジェラルドを現地に送ってこい」

「それだけ……?」

「もうあまり猶予がないってのに、あいつのせいで無関係の事故でも起きたら堪ったもんじゃないからな」

「ああ、なるほ──いや待ってください、僕の異常性でジェラルド博士の不幸体質は抑え切れませんよね?」

 

 

ジェラルドが真に凶悪な存在となるのは車輪の上にいる時だが、彼はそれ以外でも常人では考えられないほどの不幸体質である。普通に過ごしているだけでネクタイがシュレッダーに吸い込まれたり、洗脳されて自分をアヒルだと思い込んだ事件があるほどだ。

そして、これらは命に関わるほどの危険ではないため、円居が傍にいたとしてもジェラルドの不幸体質を完全に抑制することはできない。周囲へ破滅的な被害をもたらす運転スキルの方ならともかく──

 

 

「まさか……」

「そのまさかだ。いってこい」

 

 


 

 

麗らかな昼下がり。州間道路を走る車内の明暗は前後ではっきりと分かれていた。運転席に座るジェラルドはご機嫌だが、後部座席に座る円居とヨリックの顔は緊張で強張っている。

 

 

「なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ……」

「ヨリック、静かにしてください」

 

 

さめざめと泣き言を零すヨリックを肘で小突き、円居は隣の相手よりはいくらかマシな顔色で窓の外を見つめた。対向車やらガードレールが見えるだけの、至って普通の景色だ。砕けたアスファルトが舞い上がっていたり、破裂した街灯が降ってきたりはしない。

円居の異常性がきちんと作用している証だが──やはり緊張する。ジェラルドに運転させるなど、事情を知る財団職員からすれば地獄への直行便に乗るようなものだ。普段からジェラルドがどれだけ不運な人間かというのを見ていれば、誰だって理屈では安全だと分かっていてもこの車には乗りたがらないだろう。

 

 

「円居、さっきからヨリックの具合が悪そうだけど……」

「あ、大丈夫です。お気になさらず」

 

 

また何かを言いかけたヨリックの口を素早く塞ぎ、ジェラルドにきちんと前を見るよう促した。バックミラーに映るジェラルドの顔はいつになく穏やかで楽し気だ──それもそのはず、性質の悪いことにジェラルドは運転が好きなのだ。

今日の実験協力も「目一杯運転するだけでいい」とクレフに言い包められ、ジェラルドだけが詳しい説明を何も受けないまま送り出されている。一部始終を見ていた円居は居た堪れなかったが、クレフの言葉に横槍を入れる度胸はなかった。

 

 

「んーっ! んんん!」

「ああ、すみません」

「げほっ、殺す気か! いや、お前に殺される前に死ぬかもしれないけど!」

「死にませんよ」

「何かの拍子にお前が車から放り出されたら俺は死ぬだろ……!」

「州間道路のど真ん中で放り出されたら僕も死にますね」

 

 

ヨリックが藻掻いたことで口を塞いだままだったことに気付き、円居はようやく手を離した。とはいえ、また何か余計なことを言おうとしたら口封じができるようにと身構えたままだ。

何故ここまで嫌がるヨリックが同乗しているのかというと、出発直前になってクレフが引き摺ってきたからだ。終了作戦に必要なのはジェラルドであり、彼を安全且つ迅速に運ぶのに必要なのは円居だけだが──規則上、円居は単独で任務に当たることができない。

なんだかんだ現地では比較的自由に出歩けるとはいえ、名目上は監視員の同行が必須だ。行きは必然的にジェラルドと一緒だが、そのジェラルドは実験のために現地で別れることになってしまう。帰りに円居の監視員になるため、ジェラルド以外の誰かが必要だったのだ。

しかし、時間の猶予がない急な決定だったことと、歴戦のエージェント達もジェラルド運転の車で移動となると尻込みする者が多い。そのため、訓練をサボった罰という名目で捕獲されたヨリックが放り込まれたのである。

 

 

「というか、そんなに騒ぐなら普段からサボらなきゃいいのに……」

「お前は名目さえなければ、クレフ博士が他人に理不尽な真似をしないと思っているのか!」

「思ってません」

「だよな!」

 

 

今回はたまたま尤もらしい理由をつけただけで、必要とあらばクレフは何だってやるだろう。まともな道理が通じる人間ではないのだ。

 

 

「というか、冷静に考えたら俺は現地で合流でいいよな?」

「現地で合流だとサボって遁走すると思われたんじゃないですか?」

「さすがにしない……いや、場合によっては……いや、しないが!?」

「まごついた時点で全く信用できない……」

 

 

後部座席から響く二十代組の賑やかな会話を聞きつつ、ジェラルドはのんびりと微笑んだ。今日は珍しく良い一日だ。

 

*1
イスラム・アーティファクト開発事務局。極めて敵対的な要注意団体。




タイトル: SCP-8501 - Truck-Kun
原語版作者: Coldsmith
ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-8501
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ジャック・"ダメなヨリック"・ドーキンスの人事ファイル
原語版タイトル: Jack "Poor Yoric" Dawkins's Personnel Page
訳者: (user deleted)
原語版作者: tunedtoadeadchannel
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/pooryorics-personnel-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/pooryorics-personnel-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ジェラルド博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Gerald's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Gerald
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-gerald-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-gerald-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-666-J - ジェラルド博士の運転スキル
原語版タイトル: SCP-666-J - Dr. Gerald's Driving Skills
訳者: Red_Selppa
原語版作者: FPST
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-666-j
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-666-j
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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