しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「言わせてもらうと、ブロードウェイへの8:30の地下鉄を使ったことがあるなら、君たちも何かを爆破したいと思うだろうよ」- O5-12



偉い人だってやらかす時もある、人間なんだから

午前8時、サイト-28の廊下でばったりと鉢合わせた相手を見遣り、円居は驚いて足を止めた。

 

 

「ディオゲネスさん?」

「うん? ああ、円居か。おはよう」

「おはようございます」

 

 

ブライト博士の個人秘書、エージェント・ディオゲネスである。その中性的な姿を認めた直後、円居は思わず辺りを見渡してしまった。それが何を意味しているのか瞬時に察したらしく、ディオゲネスの眉間に深く皺が刻まれる。

 

 

「ブライト博士ならいない。そもそも四六時中一緒にいるわけでもない」

「すみません、思わず」

 

 

当人は露骨に嫌がっているが、やはりディオゲネスを見ればブライトを連想する職員は多いだろう。様々な理由からブライトとは直接話しづらいと感じている職員も少なくないため、そういった面々からしてみればディオゲネスはまだ話しやすい窓口役でもある。ディオゲネス自身も中々に攻撃的な性格をしており、世間一般の基準からすれば決して接しやすい人物ではないのだが、それでもブライトよりはマシだと考える者は多い。

だが、そうした人物評が余計にディオゲネスを苛立たせる一因なのだろう。ただでさえ嫌っている直属の上司と、事ある毎にセット扱いされるのだから。

 

 

「あれに何か用か? それなら10時まで待て。サイト-28で合流する予定だ」

「いえ、特に用があるわけじゃないんですけど……ああでも、ブライト博士ならヨリックがどこにいるのか見当がつくかもしれないですね」

「なんだ、ヨリックも今日はここにいるのか?」

「ええ。次の任務に向かう前に少し訊ねたいことがあったんですが、どこにも見当たらなくて」

「ああ……それなら喫煙室だろう」

「喫煙室?」

「サイト-28にはブライト博士が常駐するための執務室や研究室がないからな。そういう場合は喫煙室にいることが多い。煙草を吸っている最中なら、誰が請け負ってもいい雑務の呼び出しなんかは断りやすくなるからな」

「詳しいですね」

 

 

感心してしみじみと呟いた言葉が、再びディオゲネスの琴線に触れてしまったらしい。曰く、好きで詳しくなったわけじゃないそうだ。

ヨリックはブライト博士の孫を自称しており、その関係でよく彼の研究室に入り浸っているらしい。ブライトも孫ではないと否定する割に、ヨリックが用もないのに研究室に居座ることをある程度は許容している。不思議な関係だ。

傍観者の立場からしてみればある種の微笑ましさも感じられるが、ブライトの秘書からしてみれば堪ったものではないのだろう。孫だ孫じゃないとお決まりの問答を数え切れないほど見せられた身からしてみれば、どっちでもいいからその茶番を早く止めろとでも思っているらしい。

 

 

「けど、そうなると喫煙室がないセキュリティ施設ではどこでサボってるんですか?」

「なんだお前、知らないのか? 財団の施設には必ず喫煙室があるぞ」

「えっ、そうなんですか? それはまた、なんというか……時代に逆行してますね」

「財団でも一応、喫煙スペースを撤去する案は出たことがあるんだが……」

「喫煙者が多すぎて通らなかったとか?」

 

 

財団職員の喫煙率は一般人に比べるとかなり高い傾向にある。不意に命懸けの事件が起きるような、極度のストレスに晒される職場に身を置いているのだ。手っ取り早いストレス発散が必要なのだろう。

何より、煙草は酒よりマシだ。どちらも依存性や健康問題を抱えているが、酒は酔いが回ると動けなくなるという致命的な欠点がある。ストレスを我慢できず休憩時間に飲酒した結果、インシデントの際適切に避難できず死んだりしたら目も当てられない。

 

 

「確かに強い反発はあったが、それでも一度は屋内禁煙が決まったんだ。しかし、いざ試行される直前になって“異世界喫煙ソリューションズ”とかいう企業を自称する輩が現れてな……」

「は? え、なに……異世界?」

「奴らが何なのか、本当に異世界とやらから来たのかすら不明だが……確かなのは、奴らが財団の全施設に喫煙室を捻じ込むことに成功したということだけだ」

「捻じ込──えっ!?」

 

 

あまりにあり得ない展開だったせいで一瞬理解が遅れたが、それはつまり──

 

 

「企業が捻じ込むことに成功したって、誰かが契約を……?」

「別に機密情報でもないから教えてやるが、やらかしたのはO5-6だ……今となってはもう“元”だが」

「ま、まさか……」

「おそらく、お前が想像しているような展開じゃないぞ。単にレベル2まで降格されただけだ」

「あ、そうなんですね」

「一般職員に戻ったわけだから、もしかしたらお前も知らぬ間に元O5とすれ違っているかもしれないな」

 

 

やらかしの規模を考えると懲戒免職、酷ければDクラスにされても文句は言えない事態だ。しかし、その時のO5-6に関しては降格で済んだらしい。人死にが出たわけではないというのもあるだろうが、何より今後異世界喫煙ソリューションズとやらの契約を破棄できる機会が訪れた時、当事者である元O5-6がいなければ破棄できないリスクを考えたのかもしれない。

 

 

「しかし、何故O5-6はそんなことをしたんでしょうね……?」

「そりゃあ……煙草を吸うためだろう」

「……そのためだけに? たかが煙草のためだけに、バレたら処罰は免れないと分かることを?」

「喫煙者にとってはそれだけの価値があるんだろう。私も喫煙者ではない以上、理解し難い感覚だが」

 

 

賭博、飲酒、情欲。呑み込まれれば理性を失うものはいくらでもあるが、どうやら煙草もその類らしい。いや、それにしたってO5ともあろう者ならば固く理性を守ってほしいものだが──

 

 

「O5もちゃんと人間なんですねぇ……」

「何を今更。彼らを得体の知れない崇高な存在として畏れる職員もいるが、案外どうしようもない部分が──」

 

 

不意にディオゲネスが円居の背後を見て固まった。冷静沈着なディオゲネスにしては珍しく、言葉を失うほどに驚いているらしい。一体何があったのかと振り返れば、そこにはこちらへ向かって歩いてくるブライト博士がいた。

 

 

「……? おはようございます、ブライト博士。今朝はお早いですね」

「ああ、おはよう。幸い、珍しく地下鉄が遅延せずに──」

「待て、おかしい」

「うん?」

「何故こんな時間にここに? 今朝、待ち合わせ時間の確認のために電話した時、7時半の段階でまだ電車に乗る前だったでしょう」

 

 

噛みつくような勢いでディオゲネスが指摘した瞬間、何故心底驚いていたのかを理解した。確かに、7時半にまだ電車に乗っていなかったのなら、どれだけ地下鉄がスムーズに運行していたとしても8時にサイト-28まで辿り着くのは不可能だ。それこそ空間歪曲でも引き起こさない限り、物理的に不可能だ。

尤も、ブライトの人となりを考えると悪戯のために違うことを言っていた可能性もある。そのため自然と両者の視線はブライトへ集まったのだが、当の本人ですら面食らった顔をしている辺り何かがおかしい。

 

 

「……言われてみればそうだな」

「……その様子からして嘘を吐いていたわけではないようですね」

「当たり前だろう。そもそも何かしでかすために嘘の行動を伝えるなら、こんな風にばったり鉢合わせるような間抜けは晒さない」

 

 

それはそうだ。極めて悪質な話だが、ブライトなら悪戯するにしてももっと上手くやるだろう。嫌な信頼である。

 

 

「瞬間移動する地下鉄、そしてそれに疑問を覚えない市民……もしかしてSCP-5983か?」

「SCP-5983?」

「現象系のアノマリーで……ワイオミング州ドローイング郡で発生した爆発が大きければ大きいほど、ニューヨーク市の地下鉄がスムーズに運行する」

「……なんで?」

「知らん」

 

 

異常現象に理屈を求めるべきでないというのは重々承知しているが、それでもこれはさすがに因果関係を問い詰めたくなるだろう。しかも、ニューヨーク市とドローイング郡は何の関係もない土地同士だ。これでまだ姉妹都市間なら謎の因果関係が発生しても多少は納得できるが、全くの無関係な土地となるとドローイング郡がただただ憐れな被害地になっている。

 

 

「……嫌な予感がする」

「え?」

 

 


 

 

あの後、ブライトは足早に立ち去ったかと思えば、昼休憩が終わる頃になってようやく食堂に顔を出した。円居とは特に待ち合わせていたわけではないが、目が合った途端当たり前のように近づいてきた。

 

 

「やあ、円居。今朝ぶりだね……」

「どうも。お疲れのご様子ですが、よければ僕が食事を取ってきましょうか?」

「ああ……それなら頼もうかな。君と同じので」

「分かりました」

 

 

今日のご飯はタコライスである。ぴりっと辛いサルサソースを多めにかけながら、ブライトは深く溜息を吐いた。朝は嫌な予感がするとか何とか言っていたが、結局あれは何だったのだろうか。

 

 

「何があったんですか、とは訊いていいんでしょうか」

「ん? ああ、構わないよ。大したことじゃない。ただ、誰かが無断で300回近くドローイング郡を爆破していたことが分かっただけで」

「それは大したことじゃないですか!?」

 

 

何のためにという疑問より先に、よく300回も爆破しておいてバレなかったものだと感心する。アメリカ特有の広々とした国土のお陰で、多少の爆破なら人里から離れた場所を実験現場に選ぶだけで十分だろうが──列車が瞬間移動する域となると3.5tntもの威力が必要だという。そこまでいくと音や煙はかなり離れた場所からでも感じ取れるはずなので、場合によっては大規模な記憶処理の必要すら出てくるだろう。

それに、財団内でこんな実験が今まで一度も騒がれていなかったことにも驚いた。約300回も大量の爆薬を消費したのだ。確かに財団は豊富な資源を有しているが、それも無限ではない。本来、有意義な結果が得られないと推測される実験には許可が下りないのに、よくこんな実験に300回も許可が出たものだと驚かずにはいられない。

 

 

「300回も実験を行うなんて、そうまでして調べたいことでもあったんですか? 一見すると、謎原理で電車が早くなるだけに思えますが……」

「報告書によると、厳密に言えば実験は297回。内292回は重要性の乏しい結果として省略されていたから……元から意義のある実験ではなかったんだろうな。仮に何も結果が得られなかったとしても、それが期待していた結果と違えばその旨は明記するものだ」

「ええ? じゃあ、本当になんで延々と実験を……?」

 

 

至極当然の疑問を投げかけた途端、ブライトは苦虫を嚙み潰したような顔で唸った。何かまずいことを訊いてしまっただろうか。

 

 

「……解明の必要性や緊急性があるわけでもなければ、明確な指針があるわけでもない実験にすんなり許可が出たんだ。大量の爆薬を融通しなければいけない上に、広域に対する記憶処理まであるっていうのにね。報告書に明記されてこそいないものの、5983の実験許可はO5の誰かが出した可能性が高い」

「何のために?」

「そりゃあ……混雑した地下鉄に悩まされたくないからだろう」

「……なるほど」

「何にせよ、O5がしでかした時は首を突っ込まないに限る。疲れるだけだからな」

 

 

何やら今朝もこんなやり取りをした気がするが、喫煙室の件に比べると少し共感してしまう話だ。何せ、アメリカにおける鉄道遅延の常習性は目に余るものがある。日本人からするとあり得ないほどによく遅れるのだ。

誰かの命が犠牲になるわけでもなく、あの遅延と混雑がなくせるとしたら──確かに、ちょっとやりたくなってしまうのも理解できる。中々に有益な謎現象だと言えるだろう。

 

 

「なんというか、O5もちゃんと人間なんですねぇ……」

 




タイトル: SCP-3295 - ご喫煙ありがとうございます
原語版タイトル: SCP-3295 - Thank You For Smoking
訳者: C-Dives
原語版作者: ObserverSeptember
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3295
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3295
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-5983 - "ニュー"ヨーク、"ニュー"ヨーク
原語版タイトル: SCP-5983 - Nuke York, Nuke York
訳者: Extra3002
原語版作者: Rounderhouse
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5983
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5983
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: エージェント・ディオゲネスの人事ファイル
原語版タイトル: Agent Diogenes' Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: diogenes
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/agent-diogenes-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/agent-diogenes-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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