しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「さっきスクラントン博士が酷い顔色で歩いていたんですが、一体何が……え?娘さんが明日デートだから車で送迎を頼まれたらしい……なるほど、道理で」- 円居



スクラントン博士は父である

「折角明日から休みだったのに、家に帰れないなんて……」

「まあ、そう気を落とすなって」

 

 

悲し気な話声の傍らを通り過ぎ、円居は本日の同行者がいるであろうセキュリティルームに向かっていた。別に何も後ろめたく思う必要はないのだが、何となしに足音を潜めてしまう。

今現在、この施設は台風の影響で封鎖状態にあった。たとえ台風が来ようと施設の機能自体に問題は生じないが、此処に勤める職員は警報が解除されるまでどこにも行けないのだ。勿論、何日か前から今日上陸するであろうことは予報されていたが、ギリギリ帰宅できると考えてしまうのが人間の不思議なところである。

 

一方で、業務のためであれば外へ出る手段はある。どんな状況であっても、財団の施設では救援が必要になる事件は発生し得る。あるいは、最悪の場合施設を放棄してでも、そこにある何かを持ち出さねばならないこともある。

そういった事態に備え、各施設には必ず外へ繋がる地下通路が用意されていた。とはいえ、誰も彼も使いたがれば本当に大事な時に使えない可能性があるため、これを使う許可が下りるかは上の判断に懸っている。無論、休みだから家に帰りたいなどという理由で通行許可が下りることはない。

 

そして、円居は今からその地下通路を使って外へ出る予定になっていた。円居自身はあと二日ほどならこの施設に居残っても次の任務に間に合うのだが、ブライトから急いで来るように言われているのだ。具体的に何の用かは聞かされていないのだが、何だかんだ役職が多く多忙なブライトの呼び出しを無視するわけにもいかない。

 

 

「失礼します……あれ?」

「久しぶりだな、エージェント・円居」

 

 

ブライト博士はどんな要件と共に待ち構えているのだろうか、と想像しながらセーフティルームに入ると、そこには思わぬ人物がいた。スクラントン博士だ。他にももう一人白衣の人物がいるが、肝心のエージェントらしき人物はどこにも見当たらない。

 

 

「これから外へ出るのだろう? その同行者が急遽私になってね」

「そうなんですか?」

 

 

促されるままにセキュリティルームの端末を見れば、確かに外出同行者の欄がロバート・スクラントンに変わっている。円居の元へ連絡は入っていないので、本当に変わったばかりなのだろう。

様々な事情から同行者が直前になって変わったことがないわけではないが、やはり珍しいことではある。元々同行する予定だったエージェントに何かあったのだろうかと考えていると、その考えを察したらしい隣の人物が可笑しそうに肩を揺らした。

 

 

「ほら、スクラントン博士。久々にらしからぬことをするものだから、若い子が驚いていますよ」

「ストラウス、君にも娘ができれば分かるだろうな」

「……娘?」

 

 

事情が呑み込めない。戸惑って二人を眺めていると、ストラウスと呼ばれた研究員は小さく笑って円居に向き直った。

 

 

「まずは自己紹介をしようか。私はマイケル・ストラウス。普段は特殊なプロジェクト*1に関わっていてほとんど移動しないから、多分顔を合わせるのはこれが初めてだな」

「はじめまして、ストラウス博士」

「今日はスクラントン博士と会う約束があって、久々に他所のサイトへ来たところを不幸にも台風に捕まってしまったんだが……彼にはどうしても明日までに家へ帰らなければいけない理由があってね。その片棒を担いだというわけさ。スクラントン博士を引き留めてしまったお詫びとしてね」

 

 

なるほど、読めてきた。おそらく元々の同行者だったエージェントに何かあったわけではなく、色々と手を回した末にスクラントン博士がそのポジションを譲ってもらったのだろう。

いくら財団に多大な貢献をした博士といえど、皆が帰宅を我慢している中で公然と地下通路を使うわけにはいかない。いや、問題児連中なら構わずやるかもしれないが、スクラントンはさすがにそれはまずいと思ったらしい。

かといって、言い訳として使う任務は何でもいいわけではない。明日までに帰宅したいのが根本的な動機となると、今日中に終わる仕事でなければならないからだ。そういう意味では、確かに円居の同行者になるのは良案だと言えた。円居が待ち合わせ先の施設に入ってしまえば、同行者の仕事はそこで終わるからだ。

 

 

「片棒を担いだというのは……」

「はは……若者に悪い知識を与えてはよくないから、具体的なことは伏せておこう。ただ、研究者をやっていると案外そういう小手先の技に長けてくるものさ。今じゃすっかりご無沙汰だが、スクラントン博士ももうちょっと若かった頃は色々やっていたものだよ」

「えっ」

 

 

あまりにも意外で思わず当人の顔を見遣れば、スクラントンは大して気にした様子もなく肩を竦めた。

 

 

「研究者同士の諍いは醜いものだ。時には一生を左右するような被害を受けることもある。財団に限った話ではないが、他人をある程度上手く利用できる奴の方が大成しやすい」

「実験結果や論文を盗まれたり、あるいは失敗の責任を押し付けられたりね。特に、スクラントン博士が若かった頃、超現実部門はまだ大きな部門じゃなかった。そのせいでかなり苦労したそうだよ。何せ、当時は誰も現実改変を科学的に制御する方法があるとは思っていなかったから……今でこそ皆が当たり前のように頼っている現実錨も、提唱した直後はペテン師呼ばわりされることすらあったんだ」

「苦労されたんですね……」

「まあ、大変な時期があったからこそ、傍で支え続けてくれた可愛い奥さんとも結ばれ、その末に可愛い娘も授かることができたんだ。悪いことばかりじゃなかったと思うけどね」

「娘……」

「本当に……昔のスクラントン博士を知っている身からすると、彼が娘の彼氏を見定めるためだけに必死になって帰宅しようとする姿は驚きと笑いが込み上げてくるよ」

「彼氏を見定めるため!?」

 

 

思わずもう一度スクラントンの方に視線を向けると、今度はどこか気まずそうな表情が返ってきた。若かりし頃の権謀術数を知られるより、今の親馬鹿っぷりを知られる方が気恥ずかしいのだろうか。

 

 

「ただ、あまり口外しないでもらえると助かる……今ここにいる誰かさんのように、面白がる知り合いが多いからな」

「わ、分かりました……娘さん、彼氏ができたんですか?」

「ああ。同じ趣味の男友達と親しくなっていつの間にか……はあ」

 

 

スクラントンは冷静なようでいて、その実憂鬱そうな眼差しを浮かべていた。やはり男親としては娘に彼氏ができるのは複雑なのだろう。我が子の将来を思ってやきもきする姿は、どこにでもいる普通の親に見えた。

正直なところ、スクラントンを偉大な研究者としてしか知らない円居でさえ、印象とのギャップで驚く姿だ。それがさらにやんちゃだった頃を知っていると、最早ちょっとした笑い話に思えてくるのだろう。ストラウスは吹き出しそうになっているのを堪えながら、無理に神妙な顔を浮かべているようだった。

 

 

「そう気落ちしないでください。彼氏くんの前にそんな仏頂面を晒したら、きっとラング博士に怒られますよ」

 

 

ラング博士というのはスクラントン博士の奥方である。彼らは夫婦揃って財団勤めなのだ。こういうパターンは意外に少ない。大抵は片方が財団職員で、もう片方は一般人のことが多い。

とはいえ、財団職員の生活は変則的になりやすい上に、一般人からすると得体の知れない理由で重傷を負って帰ってくることも少なくない。そうした不気味な違和感の積み重ねが夫婦間の軋轢となり、結局早くに離婚してしまう者も珍しくないのだ。そう考えると職員同士の結婚というのはある意味理に適っているのかもしれない。

 

 

「分かっている……そもそも今回両家の顔合わせをしようと言い出したのはアナだったんだ。娘の相手をどう思っているにせよ、初対面の印象を台無しにしたらアナに合わせる顔がない」

「そりゃあ、高校生なら遊びに行きたい場所もそれなりに遠方になってくるでしょう。なのに父親がいい顔をしないから我慢するしかない、なんて母親からしたら娘が不憫で仕方ないでしょうからね」

「!?」

 

 

声こそ上げなかったものの、円居は密かに「高校生なら」という部分に驚いた。家族ぐるみで顔を合わせるという話から、無意識の内にスクラントンの娘は成人している──要は結婚を考えるような年齢だと思い込んでいたのだ。それに、スクラントンの年齢的に成人済みの娘がいてもおかしくはない。

だが、一拍置いておそらくは国の風土的な違いだろうと思い至った。日本なら未成年者だけでも電車を使ってかなり遠方まで行けるが、線路の通っていない土地も多いアメリカではそうもいかない。円居もエージェントとして働く内に痛感したが、車がなければ隣町まで移動することすら難しい場合があるのだ。親に恋人の存在を知らせるのは気恥ずかしいなどと言わず、素直に頼んで親に車を出してもらった方がいいだろう。

 

いやしかし、スクラントンの娘がまだ高校生だということを踏まえると、また違った驚きも湧いてくる。これだけ必死になっているのはてっきり「娘さんを僕にください」みたいな結婚報告が待っているからだとばかり思っていたのだが、実際はただ単に高校生同士の微笑ましいカップルの対面だったわけだ。となると今後本当に結婚報告を受ける時、スクラントンは正気でいられるのだろうか。

 

 

「っと、気付けば随分と話し込んでしまいましたね。円居くんにも退屈な思いをさせてしまったようです」

「あ、いえ。お気になさらず」

「そろそろ出発するとしよう。ストラウス、君も早いところ仕事に戻った方がいい。いつまでもプロジェクトリーダーが戻らないとなると部下も困るだろう」

「ああ、思えばもう部下が焦り始めてもおかしくない頃合いですね」

 

 

円居は頭を振って考えるのを止め、スクラントンと共に部屋を出た。少し驚きはしたが、何にせよ円居には関係のない話だ──この後移動中、スクラントンから切々と年頃の娘に関する悩みについて語られ、何故か無駄にスクラントン家の事情に詳しくなってしまったが、それでも円居には関係のない話なのである。

 

*1
SCP-5708




タイトル: SCP-5708 - アスガルドより愛をこめて
原語版タイトル: SCP-5708 - From Asgard With Love
訳者: sharkcrash
原語版作者: DrAkimoto
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5708
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5708
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: Guess Who's Coming to Dinner?
原語版作者: TechSorcerer2747
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/guess-who-s-coming-to-dinner
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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