しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「あ、ライト博士。ただいま帰り──166と何をしてたか? 別に大したことは……えっ、至急オフィスに来い? クレフ博士が僕を探してる!?」- 円居



二度あることは三度ある

円居に割り振られる任務は主にオブジェクトの回収か運搬なのだが、運搬任務は終わる時間によっては非常にお得な仕事だ。というのも、店が開いている時間なら帰りにちょっとしたおやつを食べに行ける。回収任務ではさすがにオブジェクトを持ったまま店に行くわけにはいかないため、帰りには手ぶらになっている運搬任務ならではの旨みである。

 

 

「何食う?」

「ホットケーキにします」

「俺は甘い物の気分じゃないし、サンドイッチでも食うかな……」

 

 

その日もオブジェクトを届け終えた帰り道、円居は同伴のエージェントと共に街角のカフェに立ち寄っていた。昼頃なので店内は食事を摂りに来たと思しき客で賑わっており、注文した料理が出てくるには少しかかるかもしれない。店内の様子を見渡した円居は、先にブライト博士への報告を済ませようと席を立った。

 

 

「すみません、少しブライト博士に電話してきます」

「おう。あんま店から離れんなよー」

 

 

報告のタイミングはサイトに戻ってからでもいいのだが、たまに帰還直後にも関わらず別件でとんぼ返りすることもある。そのため、余計な手間を極力減らすべく道中で一度報告を挟むのが習慣になっていた。

報告相手は基本的にブライト博士かクレフ博士で、二人が忙しい時はすぐに連絡がつかないこともあるが──

 

 

『やあ、逸樹。完了報告かい?』

 

 

どうやら本日のブライト博士は割と暇なようだ。

 

 

「ええ、任務対象はきちんと指定サイトへ届けました。その報告と、追加任務がないかの確認をしたいのですが……」

『大丈夫、今日は帰ったら残りの時間は自由にしていいよ。まあ、ちょっとばかし個人的に手伝ってほしいことはあるけど……』

「犯罪の片棒を担ぐのはちょっと……」

『なんで詳しいことも言ってないのに決めつけるんだ! ただちょっと、この前ライツにデスクをパテで固められた仕返しをしたいだけで──』

「犯罪だ……」

『ライツが?』

「ライツ博士もですし、多分そんなことされる時点でブライト博士にも前科がありますよね……」

『いやいや、私がしたのは本当にささやかな──』

 

 

ここから悪戯談義になるから適当に会話を切り上げてしまおうと考えていたが、何故か中途半端なところでブライト博士が声を詰まらせた。

 

 

「……ブライト博士? どうされたんで──」

『い……だだだだっ! やばい! クソッ、よりにもよって私のデスクに198が──』

 

 

その辺りでガチャンとけたたましく受話器が置かれ、通話が切れた。あまりの急展開に呆然としてしまったが、去り際の叫び声からして何が起きたのかはおおよそ察せる。

SCP-198のナンバーを口走っていたので、大方収容違反が起きたのだろう。あれは転移能力を持っている上、どんな容器にもなりすますのでたまに犠牲者が出るのだ。うっかり掴んだが最後、手を切り落として助けることすら敵わず、体液を吸い上げられるままに衰弱死するのを待つことしかできない。

ブライトの場合は体を変えれば済む話なので、さっさと介錯してもらいに向かったのだろう。SCP-198の餌食になったのが、残機がある人間で良かったと思うべきだろうか。

一応SCP-198の収容室には重量を感知する電子計量器が備え付けられており、収容違反が起これば即時警報が鳴るようになってはいるのだが──今回は本当にジャストタイミングでブライトのデスクに出現してしまったらしい。何か呪われているのかと疑うほどの不運だ。

 

 

「……ホットケーキ食べに戻るか」

 

 

SCP-198による接着は苦痛と疲労を伴うらしいので、心配する気持ちはある。だが、ここで心配しても何にもならないため、気持ちを切り替えようと踵を返した。ちょうどその時──

 

 

「……!?」

 

 

店内に残っていた同伴のエージェントが、まるで手品のように忽然と消失した。幸い混み合っているせいか注目は集めていないように見えるが、円居に関して言えばそういう問題に留まらない。

咄嗟にいつもの癖でブライトの番号を押しかけた直後、先程までの出来事が脳裏を過り、すぐさまクレフの番号を選んだ。そして、コール音が鳴ること数回。

 

 

『こちらクレフ。何の用だ?』

「先程、目の前で同伴のエージェントが消失しまして……」

 

 

沈黙。何言ってんだと思われているかもしれないが、そうとしか言いようがない。

少しの間キーボードを叩くような物音が響いた後、通話口からは深い溜息が響いた。気持ちは分かるが、正直円居も溜息を吐きたくて仕方ない。

 

 

『……現在396が収容違反を起こしている。監視員は今396の収容室の中だ』

 

 

思わず店内に目を凝らすと、確かに一つだけ店のものではない椅子が見て取れた。赤い座面の椅子、あれがSCP-396だ。

しれっと収容違反を起こしていることからわかる通り、SCP-396も転移能力持ちのオブジェクトである。転移というよりは置換というべきだろうか。距離に関係なくどこかにある椅子と自分を入れ替えるため、過去には教皇猊下が収容室に現れてしまうという事件まで起きたらしい。SCP-198のように毎度人が死ぬわけではないが、ヴェールの維持という観点から言えばかなり恐ろしいオブジェクトだ。

 

 

『仕方ない。ひとまず最寄りのサイトへ戻れ』

「あの……車の鍵を持っていたのは僕ではないので……」

『……はあ。なら、そこで待機──いや、やっぱり徒歩でもいいからそこから離れろ。その街からなるべく目立たずに立ち去れ』

「この街、何かあるんですか?」

『最近、その街の住宅街でヒューム値の変動が観測されている。おそらくはタイプグリーンが潜伏しているんだろうが……そいつ自体がお前にとって害はなくとも、GOCがそいつを殺しに来た時にお前に気付いたら厄介だ。そんな偶然は早々起こらないとは思うが、用心するに越したことはない』

 

 

クレフ自身がかつて確かめたことだが、円居の周囲で現実改変を起こすことはできない。そのため、円居自身が現実改変者によって傷つけられる心配はないのだが、問題は円居が現実改変を無効化するところをGOCに見られてしまう可能性だ。

人混みの中のように周囲に大勢いて、何故無効化されたのかぱっと見で分からなければ問題ない。だが、もしたまたま周囲に現実改変者と円居しかいなかったら怪しまれる可能性は十分にある。そして、怪しまれたが最後GOCの方針的に円居の安全が脅かされる可能性も相当高い。

勿論、財団とGOCは互いに先んじて手をつけたアノマリーに横槍を入れないという暗黙の了解がある。GOCも一見して異常性がすぐには分からないような人型実体相手なら、間違いが起きないようにすぐさま撃ってはこないはずだ。

しかし、基本的には大丈夫だろうとは思っても、もしものことが起きてからでは遅い。希望的観測で危ない橋を渡るよりも、過剰なほどに用心する方がマシだというのがクレフの意見だった。

 

 

「じゃあ、近くでレンタカーを借りて隣町まで移動します……あ、396はどうしたら──」

『椅子を抱えて車を借りに行くのか?』

「置いていきます……」

 

 

Scipがすぐ傍にあるのに放置していくのは気が引けるが、確かに椅子を抱えて歩いていたら悪目立ちするのは避けられない。SCP-396にはGPSも備え付けられているので、回収班に任せるべきだろう。

だが、その時の円居はまだ知る由もなかった。この後、椅子を持ち歩くよりもさらに目立つ状況に陥ることを──

 

 


 

 

「あっ、████? ████じゃないか!」

 

 

スマホで調べた店舗まで歩いていた道すがら、円居は道端でいきなりオブジェクト番号を呼ばれて混乱した。人間を番号で呼ぶなど常識的に考えてあり得ないため、外で遭遇する財団職員は必ず名前で呼んでくれるのだが──

 

 

「あれ、聞こえてないのかな……おーい!」

「き、聞こえてますから……!」

 

 

無視して素通りするかどうか逡巡したが、声を張り上げている相手が車に乗っているのを見て取り、素知らぬ顔をするのは難しいと判断して近づいた。お互い徒歩なら走って振り切れたかもしれないが、もし車を走らせてでも追いかけてきたら到底逃げ切れない。人を番号で呼びながら車を走らせるなど怖すぎる絵面だ。

 

 

「あなたは……」

「へへ、前に会ったことがある……といっても覚えてないかもな。俺はトムソン……トムソン・イラナムだ。今はサイト-29に配属されているんだけど、今日は実験のため別のサイトに派遣されてて──」

「待っ……待ってください、落ち着いて。ここ、外なので! てか酒臭いな! 昼間だぞ!」

 

 

トムソン・イラナムに会ったことがあるかどうかは正直思い出せない。いろんな施設を行き来するので顔見知りは多いし、その全てを把握しているわけでもない。というか、仮に覚えていたとしても今は落ち着いて過去を振り返っていられる状況でもない。

近づいてすぐ気付いたが、トムソンは現在酩酊状態だ。明らかに酒臭い。道理で軽率な振る舞いが目立つわけだ。最悪である。

 

 

「……お一人ですか?」

「いやいや、ほら! 彼女と一緒さ!」

「彼女?」

 

 

運転席側に立っていたのでよく見えていなかったが、さらに屈めば確かに助手席にも人影があることに気付いた。豊かな金髪を靡かせた若い女性──

 

 

「ん!?」

「こ、こんにちは……」

「あっ、どうも……ではなくて!」

 

 

体を丸めるようにして座っているのは何故だろうかと思った直後、その女性の頭部と脚部の違和感に気付いた。狭い車内の影に紛れて分かりにくいが、女性はトナカイのような大きい角を持ち、服の裾から覗く足もまた蹄だった。

なるほど、体を丸めているのは角が天井に引っ掛かるからか──ではなくて、彼女はおそらくSCP-166だ。人工物を急速に劣化させる異常性を持っているはずだが、何故車に乗っていられるのだろうか。そもそも彼女は化学物質に酷いアレルギーがあるとも聞いたのだが、それらの症状も大丈夫なのだろうか。

 

 

「な、なんでここに……?」

「その、私もよくわかっていなくて……信じてもらえるかは分かりませんが、気付いたら外にいたんです」

「そう、ですか……まあ、そういうこともあるか……」

 

 

あってはならないのだが、今日はすでに二回もオブジェクトの転移を目の当たりにしている。そのせいか、円居は何とはなしに「そういう日もあるか」と思ってしまった。世の中は不思議な出来事で満ちているようだ。

 

 

「なあ、よければ████も一緒に出掛けないか? これから彼女と一緒に買い物に行くんだ!」

「買い物に!?」

 

 

雰囲気に呑まれかけていたが、さすがにそれはどうなんだろう。SCP-166の見た目はどこへ行っても浮いてしまうだろうし、まともに買い物できるとは思えない。

 

 

「ほらほら、早く乗って!」

「の、乗るには乗りますけど……」

 

 

トムソンを気絶させてでも連れ帰るかどうか迷ったが、状況的にSCP-166が周囲から怪しまれていないのは彼が何らかの影響を及ぼしている可能性もある。だとすれば、気絶させた瞬間さらにまずいことになるかもしれない──あるいはこんな風に考えてしまっている時点で、円居もアノマリーとしてトムソン博士の影響を受けているのかもしれなかった。

 




タイトル: SCP-198 - コーヒーを一杯
原語版タイトル: SCP-198 - Cup of Joe
訳者: 訳者不明
原語版作者: Soulbane
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-198
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-198
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-396 - And Suddenly, Chair
原語版作者: Dr Kondraki, Anonymous, Felixou
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-396
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-777-TH-J
原語版タイトル: SCP-777-TH-J - วิธีแหกการกักกันของ ดร.ทอมสัน นิรนาม
訳者: Hasuma_S
原語版作者: DrSSS
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-777-th-j
原語版ソース: http://scp-th.wikidot.com/scp-777-th-j
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-166 - ただの年頃のガイア
原語版タイトル: SCP-166 - Just a Teenage Gaea
訳者: 訳者不明
原語版作者: Ross Fisher-Davis, Cerastes, DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-166
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-166
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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