どうしたもんか。黒板に並んだ白文字を適当に書き写しながら、その実思考はあちこちへ飛んでいる。教師の説明そっちのけでなんて不真面目な学生かと思われそうだが、別に問題はない。何せ、高校生をやるのはこれで二度目だ。
そう、二度目。経緯も何も分からないが、気付けば16歳当時の自分に戻っていた──なんで?
直前の記憶は確かに26歳。滅んだ世界を電子の犬と共に彷徨い、故障した機械仕掛けの神を動かそうとしたところだ。世界が元に戻ったということは、結局SCP-2000は動いてくれたのだろうか?
いや、世界が元に戻ったのは喜ばしいことだが、それで若返っている意味が分からない。聞けば財団が保持している世界滅亡防止、あるいは再建に使えるSCiPには過去を書き換えるタイプのものもあるようだが、そういうのは触った覚えがない。そもそも規模が大きすぎて所在が明記されていたSCP-2000と違い、他のThaumielオブジェクトはどこにあるかも分からない。
何より、過去にせよ現実にせよ、何かを改変する系統の能力は使用者だけはその記憶を失わない。それはタイプグリーンだった自分が誰よりもよく理解している。仮に過去改変によって世界が再建されていたら、その実行者は自分ではないのだろう。
もう一つ重要なのは、タイプグリーン『だった』ということだ。
過去に戻ってすぐ、現実改変能力を失っていることに気付いた。当時、能力を自覚的に使えるようになり始めたのはちょうど今頃──16歳頃だったはずだが、今じゃどれだけ念じてみても鉛筆一本動かせない。
これはまあ、必ずしも悪いことじゃない。確かに能力があった方が便利だが、大半のタイプグリーンはその利便性に味を占めて助長し、いつか財団やGOCによって殺される。前の自分は幸い生来の慎重さもあって早々に能力を隠すことを覚えたが、そのせいで外を出歩くのが怖くなってほとんどの時間を隠れて暮らす羽目になっていた。
久々に気兼ねなく外を出歩けるのは願ってもないことだが、やはり不気味ではある。
そもそも現実改変者といえば如何にも万能そうに聞こえるが、実際のところ能力に限界はある。その一つとして、タイプグリーンは自身そのものを改変することはできない。無意識下で自分を作り替えてしまうこともあるらしいが、基本的に意識して自己を書き換えるのは容易じゃない。もしそんなことができるのなら、隠れ潜む生活を強いられる前にさっさと自分の能力を消していただろう。それぐらいに、人によっては現実改変能力は厄介な荷物となり得る。
なんで消えたのか分からない限り、不意に能力が戻ってこないとも言い切れないのが怖い。そもそも現実改変能力は消えたり現れたりするものなのだろうか。自分よりヒューム値の高い改変を受けた場合、そういうこともあるのかもしれないが──
「それじゃあ、続きの2段落目からの朗読を……あー、三井」
「はい」
不意に教師と目が合ったが、朗読のため名指しされることはなかった。どこか気まずいような、腫れ物に触るような態度を見て、そういえば両親はこの時期に亡くなったんだったと思い出す。
確か以前は両親の葬式の際、親戚がこちらを見てひそひそと囁き合うのが嫌で──その時に初めて現実改変能力に気付いたのだ。全員黙れと願った途端、誰も彼もが馬鹿みたいに黙りこくったからすぐに何かおかしいと気付かされた。
思えば、あの時に能力が目覚めたのは幸運だったのだろう。もし特に何事もないタイミングで能力に気付いていたら、どれだけ慎重な性格だろうと多少は好奇心から能力を試してみたくなっただろうから。
けど、幸か不幸か当時の自分は両親の死に伴う変化で疲れ切っていて、それ以上の面倒事を避けるため真っ先に能力を隠すことを学んだ。そのお陰で10年も生き延びたのだ。初めて能力を自覚した時の改変が火葬場の待合室という閉鎖空間で、十数名ほどの参列者の発言を封じるという極めて局所的な改変だったのも大きい。これで仮に人を殺していたりしたら、それだけでGOCや財団から目をつけられていただろう。
今回は何故か能力を失っているため、もう同じ方法で面倒を避けることはできないが──幸い、過去に戻った時期は両親の葬式が終わった後だったため、もう一度改めて嫌な思いをせずに済んだ。
それぐらいの感想しか浮かばない程度には、両親とは疎遠だった。別に不仲だったわけじゃないが、仲良し家族というわけでもない。ただ単に、両親は一年のほとんどを海外で過ごしており、中学生ぐらいからは年に数度会う程度の関係だったのだ。死因も出張中の飛行機事故だったため、死に目どころか納棺の時に顔すら拝んでいない──墜落した機体から辛うじて遺体は回収できたそうだが、あまりにも悲惨な有様だったために棺越しの顔合わせは行われなかったからだ。
(……これからどうするかなぁ)
同級生の声をBGMに、今後について思いを馳せる。当時は両親の死後、自分は隣町に住む叔父夫婦の庇護下に入った。まだ確認できていないが、これは多分今回も変わらないだろう。もしかしたら別の親族が親代わりになっているかもしれないが、少なくともいずれかの親族が保護者になってくれたことは確かだ。でなければ今もあの家に住んでいるはずがない。親族が保護者になってくれず児童相談所預かりになった場合、間違いなく施設送りにされている──よく考えたら施設のような人目が多い場所に送られていた場合、現実改変能力を隠し切るのはさすがに厳しかっただろう。
大規模な改変はともかく、ほんの少しの微弱な改変まで完璧に制御するのは難しいからだ。今日のご飯はシチューだよと目の前に出されて、気に食わずカレーに替えたりしないとも言い切れない。世界全体から見れば料理の種類が変わるぐらい大した問題ではないとはいえ、それを目撃されれば怪しまれるのは避けられない。そして、一度でも見られて怪しまれたら、今度はその『怪しまれた』という事実を消すためにさらに力を使わなければいけなくなる。しかし、周囲の人間の記憶を消すほど大掛かりに能力を使ってしまえば、財団やGOCに捕捉されるリスクを高まるわけで──完全に負の連鎖だ。そうならなかった辺り、当時の自分は様々な幸運に恵まれて成長したらしい。
まあ、今回はそんなリスクにひやひやせずとも普通に暮らせるだろう。寧ろ、今度はどうやって真っ当に生きるか真剣に考えるべきだ。
以前ならいざという時は現実改変能力に頼るという最終手段があったが、今回は普通の人間として生きていかなければならない。町を出歩くだけで脳天をスナイプされる危険性がなくなったのは実に喜ばしいが、おそらくしばらくはふとした瞬間に不便さを感じるだろう……
タイトル: SCP-2000 - 機械仕掛けの神
原語版タイトル: SCP-2000 - Deus Ex Machina
訳者: Porsche466
原語版作者: HammerMaiden
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-2000
ライセンス: CC BY-SA 3.0