しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「今日は厄日だったに違いない……気が塞ぐ出来事ばっかり起きる」- 円居



安らぎを得る権利

インディアナ州にあるサイト-81は、周辺を鬱蒼とした森に囲まれている。東側は開けているが、そこにも湖があるのでまさに無人の土地といった様相だ。セキュリティ施設を作るに当たり、何よりも秘匿性を重視しなければならない財団にとってはとにかく有難い土地と言えるだろう。実際、サイト-81はアメリカ国内の施設の中でもかなり規模が大きい部類に入る。一方で、その分アノマリー絡みの不可解な事件も多い土地なのだが──

 

 

「あ、嗚呼……かゆ……」

「うま?」

「ゾンビになってるわけじゃな……うっ」

「茶化してすみません。あとちょっとで医務室なので頑張ってください」

 

 

今日に関して言えば、円居は至って平和な理由で医務室への道を急いでいた。尤も、隣を歩く同行者のエージェント・ロバーツは全く平和そうな顔色ではない。

本日、円居はサイト-81に収容されているSCP-4560後期感染者の治療に来たのだが、その間ここまで同行したロバーツとは別行動を取っていた。サイト間の移動は同行者が傍にいる必要があるが、施設の敷地内であれば互いに自由行動でも構わないからだ。一応、現地での任務に人手が入用なら同行者が手伝うこともあるが、ミーム感染者の治療というのは比較的労力の少ない仕事である──労力は、だが。

 

 


 

 

「俺、俺は……辛くて、でもずっとそれが言えなくて……頭がおかしくなりそうだったんだ……いや、もうおかしくなっているのか? なあ、アンタ。ここって精神病棟か何かなんだろ? 自由に部屋からも出れねぇし……俺、ちゃんと元に戻れんのかな……」

「大丈夫ですよ、後ほど専門の医師があなたを適切に診断いたします。それに、辛いと言えるようになったのであれば、確実に症状は改善しています」

 

 

咽ぶ合間に零れる苦悶の声に相槌を打ちながら、円居は死んだ魚のような目で──極力それを顔に出さないよう気をつけながら、本日何度目になるかも分からない弱音に頷き続けた。

目の前にいるのは、SCP-4560の感染者だ。彼らはネガティブな感情表出ができなくなり、常ににこにこと朗らかに振る舞っている。だが、実際のところそれは表現する手段を失っただけで、本当の意味で辛くないわけではない。

どれだけ苦しんでも誰かに打ち明けることはできず、SCP-4560に感染した人間の多くは最終的に心折れて自ら命を絶つ。初期段階であれば記憶処理で治療可能だが、進行すれば財団も治療できない。だからこそ、円居は定期的に見つかるSCP-4560感染者と面談を行っている。

 

 

「こちらの病院にはカウンセラーもいますから、必ずあなたが社会復帰できるよう力を貸してくれます。一緒に頑張っていきましょう」

「ああ……ああ、頑張るよ。その、アンタもありがとうな……えっと、びっくりしただろう? 大の大人が急に泣き出したりして……」

「お気になさらず。さあ、一度気分を落ち着けるために少し休むべきでしょう。先生を呼んできますね」

 

 

すっかり手慣れた作業を終えて、円居は急ぎ足に見えないよう配慮しつつ“病室”──もとい“収容室”から外へ出て、廊下で警備員と共に待機していた研究員に目配せした。それに頷き、円居と入れ替わりになる形で研究員が室内に引っ込む。ここを精神科だと誤認しているSCP-4560キャリアは、おそらく白衣の男性を見て「医者が来てくれた」とでも思うのだろう。

 

 

「お疲れ様でした、エージェント・円居。今日の治療予定は先程のもので終わりですから、この後は自由にして構わないとのことです」

「ありがとうございます……では、お先に失礼します……」

 

 

円居はようやく安堵の表情を浮かべ、精神的な疲労感を抱えて収容室の前から離れていった。朝から延々と青年から中年まで様々な男が泣く様を眺めていたら、気が重くなるのも無理からぬことだろう。

本来、SCP-4560の後期感染者には有効な治療法が存在しない。こういう場合、感染者を殺すことでミームの拡散を阻止することしかできない。

だが、今は円居がいる。勿論、これは円居が生きている間しか使えない治療法なので、今も別の治療法が研究されているが──それはそれとして感染者を殺さずに済むのなら、円居を活用すべきという意見に落ち着いている。

円居には別の仕事もあるので治療に掛かり切りになることはできないにせよ、幸いSCP-4560の進行速度はそこまで早くない。数か月に一度サイト-81に足を運べば十分だ。円居としても、ささやかな手伝いで助かる人がいるのは喜ばしいことだ。

とはいえ、本音をいうとミーム汚染の治療というのはあまり心地いいものではない。肉体的には楽な仕事だが、精神的に疲弊する。円居の効果圏内に入った人間は突然正気に戻り、ミーム汚染に呑まれていた状況からのギャップで大抵は錯乱するからだ。

人が錯乱する様を一日の内に数十人と見る羽目になる。一人二人ならまだしも、二桁にも達すると同情心より作業感が勝つ。日々職員のメンタルケアのため、柔和な顔を崩さない心理学者の凄さが体験できる仕事だ。

 

 

「あっ、円居! 助けてくれ……!」

「うん?」

 

 

気分転換がてら外へ出ようかと考えていた円居だったが、廊下の曲がり角から飛び出してきた人物を見て足を止めた。本日の同行者のロバーツだが、今朝別れた時と違って何やら異様に焦っている。

 

 

「仮眠室で寝てたら痒くて目が覚めて……何かの虫に食われたんじゃないかと思うんだが、万が一感染性の皮膚疾患だったらと思うと迂闊にあちこち触れないんだ。医務室に連絡して、誰でもいいから医療スタッフをこっちへ寄越すように伝えてくれないか?」

「あらま……分かりました、ちょっと待ってください」

 

 


 

 

「ああ、ほら。医療棟に来ました。あと少しですよ」

「かゆい」

「掻かないでくださいね」

 

 

そして、冒頭に繋がる。本来、こちらから出向くまでもなく要請すれば医療スタッフが現場に来てくれることが多いのだが、今日はアノマリーの身体検査のため動ける人員がいないと返されたのだ。一応もうじき終わるので、動けるなら医務室まで来てもらった方が早く診れると言われ、円居はロバーツに付き添って医療棟に向かっていた。

 

 

「にしても、アノマリーの検査をわざわざ医療棟でやるのはちょっと珍しいですね……」

「そうだな……」

 

 

わざわざ掘り下げることでもないだろうと指摘はしなかったものの、今回来れない理由として挙げられた“アノマリーの身体検査”というのも中々に奇妙な話だった。

円居やレオラのように普段から自由行動が認められているアノマリーならともかく、一般的にアノマリーの身体検査は収容室で行う。検査は収容直後から頻繁に行うものである以上、その都度収容違反を防ぐために警備員を動員してまで移送するのは手間だからだ。

とはいえ、厳密に定められている特別収容プロトコルなどを除けば、細々とした手順などは各施設によってある程度違いがある。アノマリーによっても異なるだろう。だから、それほど気にすることでもないと思ったのだが──

 

 

「……ロバーツ、匂いませんか?」

「……ああ、血の匂いだ」

 

 

医療棟に続くゲートを潜った瞬間、円居とロバーツは揃って足を止めた。噎せ返るような血の匂いが鼻先を掠めたからだ。

それだけなら医療棟ということもあり、急患が運び込まれたばかりなのだろうと思ったかもしれない。だが、この時の医療棟は奇妙なほど静まり返っていることも、踏み込んだばかりの二人に得体の知れない不安を抱かせた。

 

 

「……銃は?」

「持っています。ひとまず、何もないかもしれないので僕が先に行きます」

 

 

円居は懐から銃を取り出し、それを低い位置に構えたまま受付に近づいた。二人は正面玄関から入ったため、すぐ傍に医療棟の受付窓口がある。

本来ならここには常に誰か一人が待機しているはずだが、今は物音一つしない。カルテなどを探すため、一時的に奥へ引っ込んでいるだけかもしれないが──もうあと数歩までの距離まで近づく頃には、吐き気がしそうなほど血の匂いが強くなっていた。

覗き込んだ時に見えるであろうものを薄らと予想しながら、身を乗り出して窓口の床に視線を落とす。そこには、喉を引き裂かれて絶命している看護師の姿があった。

 

 

「ロバーツ、看護師の死体……他殺です。警備員に連絡してください」

「ああ。状況が分からない以上、このまま突っ込むわけにもいかない。俺らは一旦外に出て、医療棟のゲートを封鎖──」

 

 

医療棟で事件が起きた。そのことだけを確認した瞬間、円居はロバーツと共に踵を返そうとしたが──その前に、廊下の奥の診察室が開く音が響いた。

場違いなほど弾んだ足取りで現れたのは、明らかに職員らしくない出で立ちの男だ。だが、それよりも目を引いたのはその悍ましい様だった。男は正面から血飛沫でも浴びたかのように、全身を赤く染めていたのだ。

 

 

「……は?」

 

 

距離は決して遠くない。二人の存在に気付いていないわけもないのに、男は全く慌てる様子もなくこちらへ近づいてきた。しかし、不意に顔を上げた男と円居の視線が噛み合った瞬間、そこで初めて男の表情に驚愕と動揺が過る。

その間、男が何を考えていたのかは分からない。こんなところまで侵入し、凶行に及んだ容疑者としてはあり得ないほど間抜けな数秒が落ちたのは間違いない。だが、その数秒は円居にとってありがたいものだった。

円居の方が先んじて動揺から立ち直り、男が動き出す前に銃口を向ける。そのまま警告を挟むことなく、円居は男の太腿を狙って撃った。

 

 


 

 

事態も収拾し、無事にステロイドを処方してもらって痒みから解放されたロバーツだったが、その表情は暗い。医療棟であんな事件が起きた後では無理からぬことだろう。

 

 

「まさか女に粘着した現実改変者が、財団のど真ん中に堂々と入り込んでくるとは……頭の痛い話だ」

「そうですね……」

 

 

向かいに座り、コーヒーを飲んでいる円居もしみじみと頷いた。財団職員からしてみれば憤慨するような蛮行だろうが、円居としては「よくそんなことできたな」という感想の方が強い。

確かに、現実改変者にとって並みのセキュリティを突破するなど容易なことだ。それは財団相手であっても変わらない。一方で、財団は位置さえ特定すればSRAで現実改変者を無力化できる。勿論、世の中にはSRAを回避できる現実改変者もいるが、それは実際にSRAに対面してみなければ確かめられないのだ。

そして、対面して回避できなければ一巻の終わりだ。財団はごく稀に現実改変者を研究目的で生かしておくこともあるが、大抵は速攻で処分する。おそらく、先程SRAで力を奪われたまま連れて行かれた男も今頃は──

 

 

「……本当に、なんで悪いことしちゃうんでしょうね」

 




タイトル: SCP-4560 - 万事順調
原語版タイトル: SCP-4560 - Everything is Fine
訳者: C-Dives
原語版作者: Jacob Conwell
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4560
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4560
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-2996 - ERROR / ERROR
原語版タイトル: SCP-2996 - ERROR / ERROR
訳者: gnmaee
原語版作者: djkaktus
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2996
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-2996
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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