しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「父さんも559を使ったことがあったり……いや、さすがにないか?」- ドレイヴン・コンドラキ



誘われたから頷いただけ

いつもよりずっと短い足を必死に動かしながら、どこか隠れられる場所を探して彷徨う。咄嗟に思いついた場所はどれもいくらか遠くにあり、この小柄な体では追いつかれる前に辿り着ける気がしない。

かといって、この辺りに並ぶ部屋はほとんどが機動部隊がミーティングや待機に使う個室なのだ。突然飛び込めば追い出される可能性もあるが──もうとやかく言っていられる状況ではなかった。

 

 

「し、失礼します……!」

「うん?」

「……子供?」

 

 

室内にいたのは機動部隊の隊員と思しき男性二人。片方は白人で、もう片方は円居と同じアジア人だ。いずれもただのフィールドエージェントにしてはえらく体格がいい。

何かの打ち合わせをしている最中だったのか、二人の手元にはいくつかの書類があった。それを邪魔するようで気は引けるが、こちらも他人の事情に構っていられる立場ではない。

 

 

「僕はエージェントの円居です! SCP-████の!」

「ああ! 何となく見覚えがある面影を感じると思ったら円居か!」

「一緒に任務に行ったことがあるのか?」

「いや、遠目に見ただけさ。父さんに用があってサイト-17へ行った時にね」

 

 

父さんって誰のことだ?という疑問が過ったが、背後のドア越しに足音が近づいてきたことで我に返った。ささやかな好奇心を満たしている場合ではない。

 

 

「今、ザラ博士に追われていて……匿ってください!」

「ザラ博士? あの最近噂になってる……」

「……話は後だ。円居、こっちに来い。ここのラックの一番下の段に入れ。仕切りのカーテンを下ろせば外からは見えない」

 

 

アジア人の方に手招かれるまま、部屋の片隅に置かれているラックに滑り込む。他の部屋だと段ボールなどが置かれていることの多いスペースだ。ここなら確かに、覗き込まれない限りは中に何があるかは分からないだろう。問題は、円居を追っている人物が室内に入ってこないかだが──

 

 

「すまない、ここは君達の隊室かい?」

「隊室ではありませんが、今日はミーティングのためにお借りしています。ザラ博士、我々に何か御用ですか?」

「いや……実は子供を追いかけていたんだ。子供というか、若返った円居なんだけどね。こっちに来てないかな?」

「存じ上げません」

「うーん……この廊下は今の彼の歩幅で追いつかれる前に抜けれるような長さじゃないし、絶対にこの並びの部屋のどれかにいると思うんだけど……」

「であれば、他の者にも尋ねてみては如何でしょうか? 尤も、この時間帯は利用者が多いため、非常に手間がかかるかもしれませんが」

「おや、そうなのか……はあ、それなら待ち伏せでもした方が得策かな。彼が行きそうな場所というと──」

 

 

唐突に現れ、さっさと去っていったザラ博士を見送り、エージェント達は無言で会議室のドアを施錠した。先程までは他の隊員が後からやってくるだろうからと開けっ放しにしていたのだが、さすがにこの状況でそのままにする気にはなれない。仲間には申し訳ないが、到着したら連絡してもらうとしよう。

 

 

「円居、もう大丈夫だぞ」

「あ、ありがとうございます……助かりました」

「ザラ博士に絡まれるなんて災難だったね」

 

 

ザラ博士。彼は財団に入ってまだ半年ほどの新人だが、すでにいろんな意味で有名になっている。

優れたマルチリンガルであり、これまでに四か国の極秘調査チームを移籍してきた研究者。非常に有能な人材である一方で、能力と引き換えに社交性を失った男。その素晴らしく酷い社交術がどんなものかというと、イスラム教徒にハムサンド*1の味を尋ねるようなものだ。

円居としてもザラとの初対面はあまり良い思い出とは言えない。名乗ってから程なくして、いきなり「君は日本人なんだっけ?故郷に帰りたいと思ったことはない?」と尋ねてきたのだ。いくらエージェントとして雇用され、比較的自由に動ける立場にあるとはいえ、収容されている人型オブジェクトにこの質問を投げかけられる度胸が凄まじい。しかも、何かの話の流れでさりげなくとかではなく、その質問を単体でいきなり投げつけてくるとは。

幸いにしてその時は傍にブライト博士がいたため、円居が絶句している間にあしらってくれて場はお開きになった。それ以降は会う機会もなかったのだ。ザラはその人格的問題から普段は人型オブジェクトと濫りに関わりを持たないよう勧告されているらしく、油断しなければあまり話さなくてもいい相手である。油断しなければ、だが。

 

 

「今回はどんな理由で絡まれたんだ?」

「詳しくは知りませんが、僕の異常性を利用して何かしてみたいとか何とか……」

「……碌なことじゃなさそうだ。聞いた話じゃ、あの人は壊れた神の教会の機械を分解してみたいとか言っていたことがあるらしいしな*2

「怖いもの知らず過ぎるだろ……」

 

 

壊れた神の教会とサーキック・カルト。古くから存在するあれらは財団にとって最も警戒すべき厄ネタだ。

単品で見れば他にも強力なアノマリーはいくらでも存在するが、組織的に世界を滅ぼしかねない連中というと候補は限られる。おまけに、両者に関しては互いにいがみ合っているため、下手したら財団が感知しない内に潰し合って甚大な被害を出す可能性もある。

壊れた神の教会はサーキック・カルトに比べればマシなものの、決して舐めてかかっていい相手ではない。ましてや彼らが崇める機械を面白半分に分解するなど以ての外だ。最悪、分解されて数が増えたパーツが各々独立した自我を持ち、収容施設を半壊させる事態になりかねない。

 

 

「で、縮んでるのは……559か?」

「そうです……ブライト博士に勧められてつい……」

「まあ、559自体は危ないもんじゃないし、好奇心が擽られるのも分からなくはないが」

 

 

先程から手足が短かったり、一番下の大きな段とはいえラックの隙間に入れたのは、今の円居が普段より縮んでいるためだ。具体的には、5歳児サイズになっている。

実は本日、円居の誕生日である。何気に本部で誕生日を迎えるのは今年が初めてだ。何かと実験の都合で移動が多い身なので、これまではたまたま支部にいることが多かった。しかし、今年は本部にいるということでブライトからSCP-559を使ってみないかと誘われたのだ。

普段ならブライトの軽口に乗ることはあまりないのだが、SCP-559は誕生日にしか異常性を受けられないアノマリーである。そして、日本人は期間限定という言葉に弱い。まんまとその特別感に負けて、円居は5本の蝋燭が立てられたケーキに息を吹きかけてしまった。

 

 

「最初はブライト博士と一緒にいたんですけど、何やら不祥事が発覚した研究員がいたらしくて……人事局長として出ていかなければいけなくなったので、一人でうろついていたらとんでもない人物に遭遇してしまいました」

「誕生日だってのにツイてないな」

「そうか? ザラ博士にすぐ会ったわけでもなければ、意外と得もしたんじゃないかと思うが……」

「うん? ヒガシ、何か知ってるのか?」

「559の使用申請が多いのは、子供姿になると中身が大人のままだと分かっていても、癒しに飢えた職員にちやほやされるからだという噂があってな」

「へえ……」

「ち、違います! 誤解です! そういう意図でブライト博士の申し出を受けたわけじゃありません!」

「何もなかったってことか?」

 

 

円居はぼんやりと、ザラと遭遇するまでのことを思い返した。

ライツ博士にはクッキーを貰い、ライト博士には珍しく頭を撫でてもらった。普段は仕事仕事で厳しい人なので、本当に珍しい体験だ。普段言動が怪しいライツ博士も、さすがに5歳児相手に妙な真似をする気はないのか、初めて気軽に接することができた。

アイリスは一緒に写真を撮ってくれたし、レオラには光で作った花を貰った。異常性で作った花なので時間が経てば消えてしまうらしいが、光そのものが形を取る様は本当に神秘的で美しい。素晴らしい贈り物である。

他にも、桐生博士にはメッセージカードを貰ったし、エリオット博士からは──何というか、綺麗だが見たことのない花を貰った。さすがに有毒ではないはずだ。彼女の悪癖を考えたら油断できないが、贈り物に有毒植物を選ぶほどトチ狂ってはいないと信じている。

そういった騒がしくも、決して嫌ではなかった諸々の出来事を思い出した後、円居は緩く首を振った。

 

 

「何もありませんでした」

 

*1
イスラム教徒は豚食が禁忌。当然ながら加工してあってもアウト。

*2
tale:Rough Beast




タイトル: SCP-559 - バースデータイム!
原語版タイトル: SCP-559 - Birthday Time!
訳者: 訳者不明
原語版作者: Wheen
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-559
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-559
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ザラ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Zara's Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: zaratustra
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-zara-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-zara-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ライツ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Rights' Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: agatharights
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-rights-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-rights-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Sophia Light's Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: Sophia Light
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-light-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-light-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-105 - "アイリス"
原語版タイトル: SCP-105 - "Iris"
訳者: Astrik
原語版作者: Dantensen, DrClef(改稿者), thedeadlymoose(改稿者)
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-105
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-105
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-4818 - 英雄願望
原語版タイトル: SCP-4818 - I Need A Hero
訳者: nuuko
原語版作者: DrChandra
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-4818
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-4818
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: "Photosynthetic"の人事ファイル
原語版タイトル: "Photosynthetic"'s Personnel File
訳者: thor_taisho
原語版作者: Photosynthetic
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/photosynthetics-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/photosynthetics-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: Rough Beast
作者: zaratustra
ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/rough-beast
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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