しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「そういえばエージェント・プレザンスは5733について話す時、何故か苦悶の表情を浮かべているんですが……」- 円居
「誰だって112時間を無為に溶かせばそういう顔になるだろうな」- ブライト



最後の観客

サイト-73はテキサス州の市街地にある。一見するとそこらのオフィスビルにしか見えないが、設備は財団相応に改築されているため耐久性や防音性は十分。勿論、大型の危険なScipを収容するには不十分だろうが、ここに収容されるのはいずれも自発的には動かない物品系、生物だとしてもSafe止まりのものが大半だ。

つまるところ、サイト-73は基本的に静かな場所なのだが──

 

 

「……銃声?」

 

 

その日、サイト-73に踏み込んだ円居は聞き慣れた音を感じ取って足を止めた。

銃声だ。サイト-19のような騒ぎの絶えない施設ならともかく、一般的には収容違反でも起こらない限りは早々聞くことのない音だ。あるいは、Dクラスが暴れ出しでもしたか──いずれにせよ、あまり穏やかな事態ではないだろうと考え、円居は携行していた銃を取り出した。

 

 

「プレザンス、どうしますか?」

「……何かが起きているかもしれない状況で、呑気に預かっているアノマリーを提出するわけにもいかない。まずは警備室に行こう。円居、ケースを体に固定するんだ」

「分かりました」

 

 

今回、円居がサイト-73に来たのはSCP-2658を移送するためだ。認識災害系のアノマリーなので、うっかり円居の効果圏内から外れようものなら大変なことになりかねない。SCP-2658の効果対象は非常に限られており、MtGの収集歴がある人間にばったり鉢合わせない限りは大丈夫だが、万が一にも職員の中に条件を満たす人間がいたらまずい。

何せ、SCP-2658の効果はMtGの貴重なカードに限らず、MtGを集めたことがある人間が貴重だと思っているもの全てに及ぶのだ。そして、財団は人目に晒せない“貴重なコレクション”を大量に抱え込んでいる組織である。SCP-2658によって価値観が逆転したが最後、何が起こるかなど考えたくもない。

 

 

「……警備室に連絡を入れているが反応がない。一体何が起きているんだ?」

「銃声は最初の一発以外聞こえませんが……何やら誰かが走り回っている音がしますね」

「ああ、俺にも聞こえる。だが……妙だな。警備員ならこういう時は必ず数人単位で行動しているはずだ。なのに、聞こえる足音が一人分だけとなると……」

「Dクラスの脱走ですかね?」

「足音の様子からしても、今のところはその可能性が高いが……少し違和感もあるな」

 

 

どうやら騒ぎが起きている場所はここから然程遠くないらしく、足音が聞こえてくる。警備員やエージェントが走っているにしては、バタバタと忙しない。おそらくはDクラスだろう。銃声の後にDクラスが走り回っているとなると、最も考えられるのはDクラスが何らかの手段で警備員から拳銃を奪い、元の持ち主を射殺して脱走を企てているという線だが──さすがにそこまで無謀なDクラスは見たことがない。

Dクラスならば誰もが一度は脱走を夢見たことがあるだろうが、思いつくのと同時にそれがどれだけ非現実的な願望か思い知っているはずだ。よしんば警備員を一人倒せたところで、セキュリティ施設は原則として職員証とIDナンバーがなければ出入りできない。職員証は奪えばいいが、IDナンバーは聞き出さない限り分からないだろう。建物からは出られないのに、そこまで危ない橋を渡る輩はいない。

勿論、大規模な収容違反による停電時などであれば話は別だが、今のサイト-73はそういった様子でもない。違和感はあるが、施設機能自体は平常通りだ。

 

 

「……サイト-73から今すぐ出ますか?」

「……いや、そこまで大きな騒ぎが起きている様子でもない。ひとまず、何が起きているのか把握しよう」

 

 

もしも手ぶらのタイミングだったなら、円居の安全のためにもすぐさま外へ出たかもしれない。施設内で何か起きているのなら、そうするのも一つの手だ。円居は自分の命を最優先にすることが認められている。

だが、同時に命が脅かされない限りはきちんとエージェントとしての役割を果たすことも求められている。サイト-73に入れなかったからといってふらふらと外をほっつき歩いている内に、万が一にもSCP-2658を失くしたりしたら洒落にならない。一般人の目に触れても世界の正常性がすぐに脅かされるわけではないが、このアノマリーのカラクリに気付いた人間が悪用しようとすれば大問題になる。

仮にこれが人死にが出るほどの騒ぎでないのなら、最善策はさっさと事態を収拾してSCP-2658を安全な保管庫へ届けることだ。そして、微妙な違和感はあるものの、比較的静かな状態を保っているサイト-73ではまだその最善策が現実的なものに思えた。

銃声が聞こえた時点で静かではないだろうが、財団基準で言えばまだ静かな方だ。少なくとも、凶暴なアノマリーが唸り声を上げて突進してきそうだとか、緊急時に財団の存在を隠蔽するための偽装爆破装置が起動しそうな雰囲気ではない。

 

 

「足音が……どこかの部屋に入った?」

「……近いな」

 

 

バタバタと走り回っていた足音がぷつりと止み、二人は足早にそちらへ向かって歩き出した。この辺りは職員向けのロッカールームやシャワールームがある並びのようだが──ふと、各ドアを眺めている内に違和感に気付いた。

あまりにも静かすぎる。いくら勤務時間中とはいえ、人の出入りが多い職員棟は常に人影があるものだ。しかし、今この並びにある部屋からはいずれも全く物音がしない。普通なら任務帰りのエージェントや、実験のために着替える研究員がいるものなのに。

しかし、それを明確に異変だと断じるのは難しい。サイト-73は比較的に小規模な施設なので、当然ながら規模相応の人員しかいない。だから、たまたま人が全くいないタイミングもあるのだと言われれば、確かにそれもそうだと頷ける程度の違和感だ。

だから、少しばかり首を傾げながらも構わず歩き続けたのだが──すぐにその考えは甘いと突き付けられた。前方の部屋から身の毛がよだつような悍ましい悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

 

「円居、下がれ!」

 

 

慌てて円居が下がり始めたのと同時に、蹴破るような勢いで前方にあるロッカールームのドアが開かれた。そこから現れたのは見慣れたオレンジ色のつなぎ姿──Dクラスだ。袖の番号は1974。

D-1974は単に脱走してきてロッカールームに潜入していたという様子でもなく、顔面蒼白で今にも崩れ落ちそうなほど恐慌状態に陥っていた。恐怖に引き攣った顔がこちらを向いたかと思えば、緊張しすぎて耳障りなほど罅割れた声が叫び出す。

 

 

「た、助け……職員が……」

 

 

プレザンスは一瞬対応を迷ったが、円居に待機するよう伝えてから自分だけロッカールームを覗き込んだ。そして、そこに広がる光景に思わず息を呑む。

室内には尋常ではない状態の死体が転がっていた。まるで顔面から突き刺されたかのように、眼窩に大きな穴が開いた男が横たわっている。余程勢いよく刺したのか、頭部から噴き出したであろう血飛沫は天井まで真っ赤に染めていた。その後、凶器を乱雑に引き抜こうとしたのだろう。赤い汚れは反対側のロッカーにまで歪に飛び散っている。

だが、奇妙なことにその死体を作り上げたであろう存在がどこにも見当たらない。状況的に見ればD-1974が怪しいが、プレザンスはすぐにそうではないと気付いた。こんな刺し方をすれば当然犯人も血塗れになるはずだが、D-1974の身体に目立った汚れは見当たらない。

かといって、誰かが隠れているという様子でもない。少なくとも認識阻害で隠れることは不可能だ。傍に円居がいるため、そんなことをしようものなら隠れようとして隠れられなかった間抜けな犯人の姿が丸見えになっていただろう。

 

 

「……D-1974、何があった?」

「スラッシャーが来たんだ! サバーブ・スラッシャー! そいつが追ってきて、ロッカーに隠れていた俺達を襲って……けど、急に煙みたいに消えちまった!」

「切り裂き魔?*1

「……サバーブ・スラッシャーだって?」

 

 

怪訝な顔をする円居とは裏腹に、プレザンスはまるで嫌なことを思い出したと言わんばかりの様子を見せた。

 

 

「何か知っているんですか?」

「SCP-5733に出てくる殺人鬼のことだ。以前、実験に参加したんだが……5733については知っているか?」

「確か、このサイト-73に収容されたビデオですよね。作中の被害者が語り掛けてくるけど、どう足掻いても助けられないとかいう……」

 

 

SCP-5733はホラー映画が記録されたVHSテープだ。内容は至ってシンプルで、パーティーを楽しんでいた子供達が家に忍び込んできた切り裂き魔によって一人ずつ殺されていくというもの。

異常性が発現するのは終盤、本来テープがもう終わる頃になってから。最後に残った少女ヘザーが画面の視聴者に対し「見てないで助けて」と語り掛けてくるところからだ。

このヘザーは視聴者と画面越しに意志疎通が可能で、地下室に逃げ込んだ彼女に対して様々なことを教えられる。しかし、どんなことを教えても、どんな逃走手段を提示してやっても、ヘザーは決して魔の手から逃れることはできない。どれだけ画期的な方法に思えても、何故だかスラッシャーはそれを上回る方法を編み出せてしまう。

しかし、それもそのはず。最後の実験でようやく垣間見えたスラッシャーの顔は、なんとその時実験に当たっていたカーペンター博士と同じだったのだ。この時点でSCP-5733の利用は現実と何らかの相関性がある可能性が考えられ、以降の実験は中止されている。

 

 

「その5733から殺人鬼が這い出てきたとでもいうんですか?」

「分からんが、あの妙なビデオの存在を考えるとあり得ないとも言い切れないな。ひとまず、こいつを拘束して──」

 

 

プレザンスは当面の脅威は存在しないと判断し、ようやく強張っていた肩から少しだけ力を抜いた。尤も、辺りに漂う血の匂いのせいでリラックスするところまではいかない。

 

 

「……警備隊を呼んで、死体を片づけてもらう必要があるな」

 

 


 

 

ドンと鈍く重い音を立てて死体が転がる。その様をしばし眺めた後、円居はソファーに座ってポップコーンを食べているブライト博士に視線を移した。

 

 

「何故麗らかな午後の休憩室でホラー映画が流れているんですか?」

「ここに流される映像って、基本的に各職員が適当に持ち寄ったものなんだよね」

「……つまり?」

「……休み時間にも死体を見ている方が心安らぐ精神異常者がいるってことじゃない?」

「バーンズ博士とか?」

「あいつは作り物なんかじゃ満足しないよ」

 

 

嫌な方向に説得力があると頷きながら、円居は任務完了の報告書をブライトに渡した。事前に電話であらましは伝えてあるが、形式上書面での報告は欠かせない。

 

 

「にしても、5733に続きがあったとはね。しかも、マリア*2が頭を抱えていたよ。どっちもデータベースを底まで浚っても、どういった経緯で回収されたのか全く記録されていないって」

「新たなビデオは6733に割り振られたと聞きましたが……そっちは現実改変の性質があったから分からなくもないですけど、5733は本当にどうして突然降って湧いたんでしょうね」

 

 

あの日、サイト-73が奇妙な雰囲気に包まれていたのはSCP-6733のせいだった。プレザンスが言っていたビデオ、SCP-5733の続きに当たるホラー映画VHSテープだ。

SCP-5733はあくまで作中に変化が起こるアノマリーだったが、SCP-6733は視聴した人間に特定の現実改変能力を付与し、その人物を軸として周囲を『サバーブ・スラッシャーの復讐』という作品の世界に落とし込んでしまう。あの時、サイト-73は謂わば映画撮影のセット扱いになっていた。

D-1974が騒いでいた切り裂き魔も、結局はSCP-6733の影響下にあった彼自身が作り出したものだったというわけだ。おそらくは実体のある存在というより、D-1974の行動に合わせて適宜出現する現象に近かったのだろう。だからこそD-1974がどこまで逃げても、壁や距離をものともせず先回りでき──だからこそ、円居が接近したことによって存在を維持できなくなって消えてしまった。

 

 

「まあ、不幸中の幸いはどっちも見る人間がいなければ無害ってことだ」

「すでに見てしまった人間は……」

 

 

ブライトはへらりと笑い、首を搔っ切る仕草をしてみせた。

 

*1
スラッシャー(slasher)=切り裂き魔

*2
マリア・ジョーンズ管理官。RAISA主任。




タイトル: SCP-2658 - 説得力あるプロキシ
原語版タイトル: SCP-2658 - A Convincing Proxy
訳者: C-Dives
原語版作者: eggs
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2658
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-2658
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-6733 - 包丁。悲鳴。暗転 II
原語版タイトル: SCP-6733 - Knife. Scream. Cut to Black II
訳者: C-Dives
原語版作者: Dysadron
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-6733
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-6733
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-5733 - 包丁。悲鳴。暗転。
原語版タイトル: SCP-5733 - Knife. Scream. Cut to Black.
訳者: C-Dives
原語版作者: Dysadron
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5733
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5733
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: バーンズ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Burns Personnel File
訳者: kotarou611
原語版作者: Arlecchino
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-burns-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-burns-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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