死体。死体。死体。
どこを見ても死体が転がっている。
頭に風穴が空いた死体。首が千切れた死体。泡を吹いて倒れたと思しき死体。高い所から落ちたと思しき死体。
サイト-657には死の気配が充満していた。
「こ、れは……」
「酷い有様ね……」
「……急ごう。何としても生き残りを見つけ、SCP-444-KOに関する詳細情報を手に入れなくては」
吐き気がする。死体を見た拍子に、胃が重く感じられたのは随分と久々のことだった。
しかし、ここで立ち止まっている暇はない。円居は浅くなりかけた呼吸をどうにか整え、同行者の二人と共に静まり返ったサイト-657の奥へと進み始めた。
「まずは……どこへ向かいますか?」
「封鎖された後のサイト-657がどんな指揮系統だったのかすら分からないのよ? 片っ端から手掛かりになりそうなものを探すしかないわ。適当にこじ開けられていてPCが無事な部屋を探しましょう」
死体ばかりになった施設内は空気さえ重く感じられる。サクサとヒガシは互いに目配せをし、円居を真ん中に維持しながら慎重に歩いた。
辺りに散らばる死体はいずれも“普通”のものだ。つまりはバラバラに引き裂かれて細かな肉片になっていたり、原型も留めないほど焼かれて炭化していたりはしない。他殺かどうか曖昧なものを除けば、いずれも射殺や撲殺といった死因が一目で分かるほど普通の死体ばかりだ。
それが夥しい死体の山の前ではかえって悍ましく思えた。化け物が人々を襲ったり、兵器で大勢が蹂躙されたのではなく、彼らは一人一人が互いに一般的な方法で殺し合ったということだ。事件が起こるまでは皆で共に働く仲間だったにも関わらず、彼らは堰を切ったように凶器を手に取った。
「いくつか無事なPCがありますが……彼らはやはりメールでやり取りをしていたようですね」
先日、サイト-657が情報災害によって封鎖された。該当施設はSCP-444-KOとして指定された山荘を監視するために建設された場所であり、そのScip絡みで何か事件が起きたのだろう。
だが、それが何なのかは分からない。情報災害とはそういうものだ。知れば後戻りのできない罠のようなものであり、外から迂闊に手を出すことはできない。
かといって手を拱いているわけにもいかない。財団施設が封鎖されるほどの騒ぎということは、施設内での封じ込めに失敗すれば世界そのものが脅かされるかもしれない。運よく閉じ込められた職員の誰かが上手い解決法を見つける可能性もあるが、淡い期待を元に動くほど財団は甘くない。
上層部はすぐに円居を呼び出し、エージェント・サクサとエージェント・ヒガシの二名と共にサイト-657を調査してくるよう命じた。詳細が分からないので名目上は調査だが、現場判断で無力化を求められる任務だ。
本来、施設が封鎖されるほどの事件となれば機動部隊が投じられるが、あまり人数が多くても円居の異常性を受けられずかえって危険が増す可能性もある。上空から監視する限りでは、建物が倒壊するような騒ぎは起きておらず、円居の異常性を受けられる人数で突入することが優先された。
「いいかい、今回の任務では全て君達の現場判断に任せる。情報災害がどの程度の強さか分からない以上、通信で司令部から指示を出すことはできない。同行者の二人はクローズドシナリオに挑んだこともある経験豊富なエージェントだから、荒事に関しては心配いらないだろうけど……逸樹、君自身もいつも以上に気をつけるんだ。特に、閉じ込められた職員達がどんな心理状態か分からない。仮に精神影響なんて関係なく襲ってくる奴がいたら……分かっているね? 今回、君は世界を守るために何としても情報災害を食い止めなければいけないし、そのためには君自身の命を守らなければいけない」
「……分かっています」
「よろしい。それじゃあ……次に話すのは、SCP-444-KOを無力化してからだ。幸運を祈るよ、逸樹」
「……回収記録が行方知れずになった? 穏やかじゃないわね」
「話の流れからして、持ち出したのはマーカス博士のようですが……」
いくつもの研究室を梯子した結果、三人はいくつかのことを把握した。
SCP-444-KOに指定された山荘では五人分の死体が見つかり、その内のどれかが、あるいは全てが情報災害の源だったのだろう。これに関しては詳しいことが分からないままだ。何せ、回収記録が持ち去られたままなのだから。
記憶処理すらできない情報災害に見舞われ、サイト-657はすぐさま封鎖された。職員は極限状態の中でもしばらくはそれなりに上手く暮らしていたようだが、今日遂に限界が来たらしい。
14時頃に皆が久々に集まった際、何かが起きた。連鎖的な殺し合いが起きたのだ。エントランスからここに至るまで、無数の死体が見つかったのはそのためだろう。最早片づけられる状況ではなくなってしまったのだ。15時頃に理事官は遅ればせながら各自一人で待機するように指示を出したが、果たしてどれだけの者がその指示を受け入れたのかは分からない。
「まさか、昼過ぎの騒ぎで皆……?」
「どうでしょうね……ないと思いたいけど、こういう特設サイトでは極端に防備を固めた強化セーフティルームなんかは作らないことが多いから、昼間の騒ぎで全滅している可能性も否定し切れないわ」
大型施設では危険度の高いアノマリーが収容違反した場合に備え、化け物ですらそう簡単には押し入れないレベルの強化セーフティルームなどが用意されている。しかし、サイト-657は元々ただの山荘と思われていた場所を監視するためだけの施設であり、専属の機動部隊すら置いていなかった小規模サイトなのだ。どの部屋も安全とは言い難い。
「試しに全職員宛てにメールを送ってみるか?」
「いいえ。いくら非戦闘員ばかりとはいえ、囲まれたら厄介よ。円居の効果圏外から手榴弾でも投擲されてみなさい、私達はバラバラになるわ。文字通りね」
円居が近づけば得体の知れない殺意も解かれるはずだが、異常性の圏外から攻撃されては意味がない。勿論、こちらは銃を持っているのだから死角を取られない限りは応戦できるが、人数次第では対応し切れない可能性もある。理性を失った群衆の恐ろしさを侮ってはならない。
「なら、マーカス博士にコンタクトしてみますか? どちらにせよ回収記録は読むべきですし……」
「……そうね。ここの研究員の端末を借りてメールを送ってみましょう」
「マーカス博士、オリーブの枝を持ってきました」
「入ってください。そして、すぐに鍵を閉めて」
足早にドアの隙間を潜り、後ろ手に施錠する。酷く緊張した様子のマーカスは三人を見て目を細めると、疲れ果てた様子で椅子に座り込んだ。
「はじめまして、マーカス博士。我々を信じていただけたことに感謝します」
「あの文面を見れば、内部の人間でないことはすぐに分かります。少なくとも、ここひと月の極限状態を味わった職員からは『いらっしゃったら』などという言葉は出てこないでしょうから」
「……もしや施設内では今日以前にも殺人が?」
「ええ。ですが、ここまで大きな騒ぎが起きたのはこれが初めてです。もしかすると、今日がサイト-657の終わりの日なのかもしれませんね」
「あなた以外の職員は全員犠牲になったのですか?」
「分かりません。カフェテリアで乱闘が起きた時、私を含めてそこから逃げ出せた者はいましたが……その後も遠くから銃声が聞こえていました。追加で何人か死んでいてもおかしくはありません。あるいは、逃げ延びて一旦は部屋で息を潜めている者達も、いつ何時凶器を手に取って繰り出してくるか分かりません」
三人は思わず息を潜め、周囲の気配を探ってしまった。辺りには静けさが横たわるばかりだが、その中に息を潜めた誰かがいるかもしれないと思うと酷く不気味だ。その誰かが突然殺意を抱き、襲い掛かってくるかもしれないとなれば尚更。
「ですが、我々のことはどうだっていいのです。最早これまでと思っていましたが……SCP-████がいるのならば、あなた方にならあれをどうにかできるのかもしれません。その希望を垣間見れただけでも、どん詰まりで死ぬばかりだった我々に意義が生まれたのではないかと思えます」
「メールを拝見した限り、あなたは死体の回収記録を改めて持ち出していたようですが……新たに何か分かったのですか?」
「我々は当初、SCP-444-KOが山荘で見つかった奇妙な死体達だと考えていました。しかし、違ったのです。SCP-444-KOは──」
最初、見つかったのは酷く捻じれた首吊り死体だった。捻じれたというのは物理的な話ではなく、情報そのものが適切に認識できないということだ。身元どころか、それが男か女かすら分からない状態だった。ただ一つ分かったのは、触れると強烈な絶望感を感じさせる死体だということだけ。
そして、そこで終わっていれば幸せだったのだろう。だが、財団は徹底的に山荘を調査し、追加で四人分の死体を見つけた。それらは捻じれておらず、動かせない以外に目立った異常性はなかった。身元の特定も済み、財団は死体がある山荘全体にSCP-444-KOとしてナンバーを割り振ったのだ。
しかし、調査チームがサイト-657に帰還した時点で雲行きがおかしくなり始めた。施設内で不審な殺人事件が連続して起こるようになり、瞬く間に28人もの職員が命を落としたのだ。それらは死因が特定できないものを除けば、いずれも明確に他殺だと断定できる状況だった。
理事官は犯人を見つけるためにも、サイト-657の職員に下山を禁じた。だが、そうこうしている内に犠牲者は増え続けた。そこでようやく何かがおかしいと気付き始め、SCP-444-KOはただの異常性を持った死体群ではなく、殺人を誘発する情報災害ではないかと仮定された。
つまるところ、SCP-444-KOは殺人劇そのものである。山荘の死体について知った人間は、必ずそれらの犯人を捜さなければならない。そして、捕まえなければならない。そうでなければ死んでしまう。探している間は延命できるが、いずれにせよ犯人が見つからなければ死んでしまう。
それからというもの、サイト-657の職員達は必死になって山荘の殺人劇について考えを巡らせ続けた。一人、また一人と山荘から齎される殺意に負けていっても、助かりたい一心で考え続けた。けれど、マーカスは気付いてしまったのだ。あの殺人劇に犯人などいないと。
あの五人は互いに殺人事件を起こし、最終的に残った一人が首を吊って終わった。だから、犯人はいない。もう死んでいるから捕まえることはできない。犯人を捕まえれば終わるなどという幻想は、納得できない理由で殺された者達が作り出した虚構に過ぎなかったのだ。
「出所は分かっています。しかし、我々にはどうすることもできません……ですが、あなたならば違うのかもしれません。これが財団職員として無責任な発言であることは承知していますが、わずかな望みを懸けて伝えておかねばなりません。この殺人劇を動かしている執念は、今もあの山荘に結びつけられた縄に留まっているはずです」
まるで死んでいないかのような死に顔だった。首吊り死体というのは本来かなり悲惨な死に顔になるのだが、首に青黒い痕がついている以外は蝋人形のように綺麗なままだった。それほどまでに絶望の浮かんだ表情は生々しい。今にもその口が開き、苦鳴を上げてもおかしくないように思えた。
「……-5の死体は歪曲して詳細が分からないと聞いていたが、ぱっと見た感じは普通の死体だな」
「円居の異常性がきちんと働いている証拠ね」
深夜の山荘に踏み込んだ三人は、互いに顔を見合わせた。すべきことは分かっている。果たしてそれが──マーカスの推測が正しいかは分からないが、全ての殺意はこの歪曲した死体から発せられているという。それらは縄によって現世に括り付けられており、縄を解けば全て終わるのだ。
しかし、マーカスはそれに気付きながらもどうにもできないと諦めかけていた。単純に縄を解いただけでは、殺意が消えることはないだろうと予測していた。殺意は今や怪物となり、縄を解けばそれが解き放たれるだろう。しかし、もしも目に見えない殺意すら一方的に断ち切れるのであれば──
「俺が解こう。二人は警戒していてくれ……何が出てきてもいいように」
「分かったわ」
ヒガシとサクサが短く頷き合う。以前、サイト-657の職員が縄を解こうとした時は上手くいかなかった。試みた職員は皆どこかへ消えてしまったという。
円居がいればそうはならないはずだが、前例がある以上危険な行いであることに変わりはない。だから、ヒガシだけが椅子の上に立ち、天井の梁から伸びる縄に手をかけた。固く閉じられた結び目に指を差し込み、力を入れてこじ開ける。
その瞬間、三人は信じられないものを見た。そして、聞いた。
「おかしい」
五人目の死体は──エイラ・ストリンガーは血走った目を見開き、憎悪の籠った目で世界を睥睨していた。こちらを見ていた。罅割れた唇から幾人もの声を迸らせ、無念を叫んだ。
「どうして私達だけが死ななきゃいけないの」
「こんなのおかしい」
「あいつが私を追い詰めたのが悪いのよ」
「あんたみたいなアバズレを雇ってやった恩を仇で返すなんて」
「どうせ俺を愛していたわけじゃなくて家を愛していたんだろ」
「どうして裏切ったの」
おかしい。おかしい。おかしい。
こんなのおかしい。だから、お前も──
「黙れ」
最も近くにいたヒガシの片手が伸び、死体の口を塞いだ。顎を砕かんばかりの力で握り締められ、怨嗟の声が骨の軋む音に上書きされる。
「お前達にどんな事情があろうと、それは無辜の人々を道連れにしていい理由にはならない」
結び目が解かれた。支えを失った死体が宙に浮き、一拍遅れて床に転がる──その瞬間、耐え難いほどの腐敗臭が鼻をついた。
思わず口元を押さえて室内を見渡せば、死んだ時そのままになっていたはずの死体がどろりと崩れていくのが目に入る。止まっていた時間が動き出したかのように、黒ずんだ肉の欠片がぼろぼろと崩れ落ちた。
再び目の前に転がった死体に視線を戻す。うつ伏せになったそれを引っ繰り返せば、肉の溶け落ちた眼窩がぽっかりと空いているばかりだった。眼球を失った顔からは何も読み取れない。
「今のは一体……」
「やば、吐きそう……」
「円居、耐えろ。全ての死体を確認し、完全に終わったことを確認しなければ」
三人は全ての死体を一階のダイニングに並べた後、山荘の窓と扉を封鎖した。死体が何故か五つ以上あったのだが、その辺の確認は後始末をする他の職員達に任せるとしよう。三人にとって重要なのは、山荘に蟠っていた異常性がすでに存在しないということだけだ。
その事実を確かに確認し、三人は白み始めた空の下、サイト-657への帰途についたのだが──
「……最後のあれ、何だったと思いますか?」
「幽霊……にしては色々と妙だったわね」
やはり気になるのは、縄を解こうとした時に起きた謎の現象だ。首吊り死体は確かに死んでいたはずなのに、まるで生きているかのように動き出した。死体が腐敗した今はもう動かないはずだが、もしかしたらと何度も不安になるほどに鬼気迫る勢いだった。あれは一体何だったのだろうか。
「……もしかすると、あの首吊り死体は生前からアノマリーだったのかもしれないな」
「異能者だったってこと? まあ、軽い異常性だと財団も気付かないことがあるし、あり得ない話じゃないでしょうけど……どうしてそう思うの?」
「異能者の中には、死して尚異常性が残る者もいる。今回のようなケースだと、一番あり得るのは所謂サイコメトリーだな」
サイコメトリー、人を含め物体の思念を読み取れる異常性のことだ。テレパシーと混同されやすいが、思念を受信するのがサイコメトリーであり、送信できるのがテレパシーである。勿論、これら両方を併せ持つ異能者も少なくない。
「サイコメトリーは本人の口さえ堅ければ、その異常性は一生誰にも知られないことも多い。しかし、中には突然気が狂ったように暴れ出して秘密が露呈する奴もいる。そういうのは往々にして、他者の強烈な思念に感応してしまい、正常な判断力を失うからだ」
「……つまり、五人目が最後の生存者だったけれど、先に死んだ四人の無念を読み取ってしまって自滅したと?」
「確かに筋は通っていますが……」
「ああ。筋は通っているが、証拠はない。おそらくは今後も見つからないだろう。だから、これはただ単に──」
ふと、もう見えなくなった山荘の方角を振り返る。何かが追いかけてくることもなければ、誰かの悲鳴が聞こえてくることもない。まるで最初から何もなかったかのように、世界は普通のままだった。
「大勢死んだ事件には何か原因があったはずなんだと、生き残った奴が尤もらしい言葉を並べて納得しようとしているだけなんだろうな」
タイトル: SCP-444-KO - 無間地獄
原語版タイトル: SCP-444-KO - 무간지옥
訳者: (user deleted)
原語版作者: lanlanmag
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-ko
原語版ソース: http://scpko.wikidot.com/scp-444-ko
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: 山荘と基地
原語版タイトル: 산장과 기지
訳者: ban-tarou
原語版作者: Nareum
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/nareum-tarot-10-wheel
原語版ソース: http://scpko.wikidot.com/nareum-tarot-10-wheel
ライセンス: CC BY-SA 3.0