「……またクロステスト?」
アーキビストは溜息を吐いた。これで何度目だろうか。あまりにも頻繁に舞い込むものだから、おちおち食事もできない。
「今度は何? Anomalousアイテム……3127の研究チームはこんなくだらないテストまでしているの?」
「私に言われましても」
申請書類を持ってきた研究助手が肩を竦めた。決めているのはもっとクリアランスの高い研究員なので、末端の助手にはどうしようもない。たとえ心底うんざりしたアーキビストに詰め寄られても、大したことは言えない。というより、こうも頻繁に実験をしていれば資料管理を担うアーキビストが嫌がるのは誰にだって分かるからこそ、下っ端に面倒な役目が押し付けられているのだろう。
いっそのことアーカイブ部門を通さずに実験ができたらお互い楽なのだろうが、財団の規則上そういうわけにもいかない。どんな些細なことだろうと、いつ予期せぬことが起こるか分からないのだ。有事の際に確かな経緯を知る手段として、アノマリーに対して行う全ての実験は記録する義務がある。
「大抵予想を超える結果は出ないっていうのに、3127収容チームは何がしたいのやら……」
「そりゃあ……出世したい人でもいるんじゃないですか?」
「ふん……コンドラキ博士みたいに?」
財団で出世したい場合、手っ取り早いのはアノマリーの管理方法を確立させるか、管理しているScipの有用性を示すかだろう。勿論、もっと確実なのは両方を実現することだ──コンドラキ博士のように。
コンドラキは元々それほど期待されている研究員ではなかったが、既存の技術では視認困難な光学系アノマリーの記録方法を確立し、おまけにSCP-408を手懐けたことで一気に昇進した。SCP-408の擬態能力は傍にいる人間にも及ぶため、SCP-408に懐かれているコンドラキから一時的に貸与されれば、潜入任務などは格段にやりやすくなる。コンドラキが出世した後に散々問題を起こしたにも関わらず、中々罷免されないのはその辺りの事情も絡んでいるのだろう。
「まあ、実際他人の感情や思考に干渉するタイプの異常性は便利ですから。自由に感情を植え付けられるわけじゃないのが少し不便ですが、それでも3127の異常性は気性の荒いアノマリーを宥めるのに使えますし」
「3127の有用性ぐらい改めて説かれなくても分かっているわ。ただ、それが出世したい誰かさんの望む水準には達しなかったということでしょう」
「あー……まあ」
「複雑な思考や感情を持っている人型オブジェクトの時点で、砂糖を与えれば簡単に言うことを聞いてくれる408と同じにはならないわ。上層部が人型オブジェクトの運用を大っぴらに認めるとすれば、それは機動部隊に入れるほど戦闘に適したタイプか、あるいは当人の精神状態に関わらず異常性が発現し続けているタイプでしょうね」
「機動部隊入りできるようなタイプは採用された後もトラブルが絶えないとも聞きますし、やっぱ一番望ましいのは後者みたいなタイプなんでしょうね。ほら、SCP-████みたいな」
アーキビストはぼんやりと件の人型オブジェクトについて思い起こした。SCP-████の異常性は非常に有用で、エージェントになる前から様々なクロステストが行われていたと聞く。しかも、それらのクロステストは最初からO5のお墨付きがあったとかで、いくつもの施設を転々と移動して行われたのだ。
研究員からしてみれば新たな実験結果が得られて、エージェントからしてみれば人員の損耗が抑えられて嬉しいばかりだろうが、アーキビストからしてみると管理に手間がかかるクロステストの資料が延々と増え続けるのは悪夢としか言いようがない。SCP-████が収容されているサイト-17勤務のアーキビストの胃が心配だ。
「……そう思うとサイト-43勤めなのはまだマシね」
無機質な白い部屋。中央にはテーブルがあり、対面する形で椅子が二脚置かれている。本来ならPoIなどの尋問に使う部屋なのだが、まさか拘束されて入る日が来るとは思ってもみなかった。
「やあ、サイト-43管理官殿。君の担当は私だ……やれやれ、私もこんな真似はしたくないんだがね。お鉢が回ってきたのなら致し方ない。君達が起こしてくれた騒ぎのせいで、どこも少しばかり人手不足なんだ」
管理官の震えに合わせ、足首と椅子を繋ぐ手錠が小刻みに音を立てる。無理もない。何せ、目の前にいるのはあのクレフ博士なのだから。
気に入らない相手がいれば即ショットガンをぶっ放すと噂の問題児。勿論、今も彼は愛用のショットガンを膝に乗せ、手持無沙汰に指先で銃身の輪郭をなぞっている。その銃口がいつこちらに向けられるのかと心配せずにはいられない。
「それで? ぶっちゃけクロステストの資料を破棄したのは君だろう?」
「ち、違います……」
「おいおい、意地を張るなよ。閲覧は誰でもできるような資料でも、削除のコマンドを実行できる人間は限られる。当たり前の話だろ? そして、該当資料でその権限を持っていたのはアーキビストか管理官だけだ」
「きっと、アーキビストが──」
言葉に詰まりながらも必死に口を動かそうとしたその時、クレフの両目が色を変えたように見えてぎょっとした。比喩ではなく、本当に目の色が変わったのだ──いや、見間違いだろうか。瞬きした時にはもう青と緑のヘテロクロミアに戻っていた。ストレスと疲労で幻覚でも見たのかもしれない。
「これは私なりの親切心から言ってやるが、尋問を引き延ばすのはあまりおすすめしない。今は財団も君のキャリアを尊重し、人間的な振る舞いをしているが……上の奴らが本気になったらどうなるか、本当に想像すらできないのか? 自白剤を打ち込まれ、質問に答えるには必要のない余罪までぽろぽろと喋っちまいたくないだろう?」
「余罪など……」
「本気でそう思ってるのか? あるいは自覚がない? 管理官が何故直接的にアノマリーの管理を行わなくていいのかは知っているだろう? アノマリーの代わりに人員の管理をする役職だからだ」
「わ、私はこれまで懸命に……」
「おおい、ティーンのガキみたいなこと言わないでくれよ! 努力すれば認められるなんて甘い夢はとうに終わった年齢だろ? 財団が求めるのは結果だ。どれだけ努力しても実を結ばなければ意味はないんだよ。君は3127収容チームが功を焦って無茶な行動をしつつあるのを察しながらも、中々有効な手が打てなかった……それが我々に届けられた唯一の事実だ」
やはり見間違いではない。今度ははっきりと見えた。前髪から覗く青色が滲むように榛色へと変化していく。鮮やかな花が枯れるように。
管理官ははくはくと間抜けに唇を戦慄かせたが、当のクレフは気にした様子がない。榛色の目で不気味な威圧感をかけられると、目の前で起きた異様な出来事を指摘したくともできなかった。
「おまけに、事が起きてしまった後の対処も最悪だ。折角の資料を捨てちまったもんだから、何が起きたのか分かりゃしない。確かに一部のScipは後天的に異常性が変化することもある。が、3127のようにクロステストを実施したことのあるScipは、まず真っ先に何らかのアノマリーとの相互作用を疑うべきだ」
「それは、分かっていますが……」
「分かっていて消したのか? そうすれば責任の所在を有耶無耶にして言い逃れできるとでも? あるいは……3127収容チームに懇願されたのか? クロステストの資料には、誰がどのアノマリーを掛け合わせたか載っているからな。責任問題になり、どれが原因だったか明確に特定できれば、そいつだけに全てを被せられる。それが恐ろしくなった犯人から縋られ、お優しい管理官殿は断り切れなかったのか? そいつは君と懇意にしている間柄なんじゃないか? でなければ、君は精々収容チームの暴走を抑えられなかった責任を追及されるだけで済んだ……今のこの状況は君にとって無用なリスクを背負った形になる」
青色、緑色、榛色。猜疑、失望、嘲弄。様々な色がぐるぐると混ざり合い、移ろっていく。目が回る。目が三つある。いいや、もっとたくさんの目に見られているような気がした。恐ろしい怪物の目の前にいるような気がした。
「消すのは……簡単でした。笑ってしまうほどに……逡巡して、後戻りする間もないぐらいに」
財団の施設には基本的に大型の焼却炉がある。廃棄物やら死体やら、何かと燃やして処理するものが多いからだ。今日は死体である。
「……円居、大丈夫か?」
「ええ、まあ」
SCP-3127の死体を焼却炉まで運んだ職員達は、炉が点火されるのを見届けると足早に去っていった。今ここにいるのは終了処分を行うため、余所から派遣されたエージェント二名だけだ。
「なんというか、ここの奴らは薄情だな……自分達のせいでアノマリーを死なせたってのに、誰も見送らないのか」
「そうですね……ただ、彼らも今は自分のことで手一杯なのかもしれません。危うく施設全体が機能不全に陥りかねない騒ぎを起こしてしまった以上、近々サイト-43全体に監査が入るでしょうし」
「3127関連の失態そのもので直接処罰を受ける奴は限られるだろうが、その中に管理官がいるってことは施設の運営が上手くいっていなかったことを認めるようなもんだからな……管理官自身、あるいは管理官を唆した奴がそこまで理解していたのかどうかは分からないが」
「昇進を夢見て散々無茶をやったのに、結局は真逆の結果になりましたね」
円居は肩を竦め、炉からもう少し距離を取った。焼却炉は分厚い壁でできているが、一般の火葬と違って骨すら残さない温度で燃える炉の傍はさすがに暑い。熱と煙を出しながら轟々と燃える炉を眺め、小さく鼻を鳴らした。
「……人の焼ける匂いがしますね」
タイトル: SCP-3127 - 19歳のジェシカ・ランバートと異常な大きさの雌豚よ、永遠に
原語版タイトル: SCP-3127 - Nineteen Year Old Jessica Lambert And A Female Pig Of Abnormal Size, Forever
訳者: C-Dives
原語版作者: Tanhony
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3127
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3127
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-408 - 幻想蝶
原語版タイトル: SCP-408 - Illusory Butterflies
訳者: 訳者不明
原語版作者: Dr Kondraki
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-408
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-408
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: コンドラキ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Kondraki's Personnel File
訳者: (user deleted)
原語版作者: Dr Kondraki
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-kondraki-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: ライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Sophia Light's Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: Sophia Light
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-light-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-light-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0