冷戦時代のビジネススーツを着た男。財団職員なら一発でピンと来る姿を前に、ブライトは慌てることなく口を開いた。
「私の夢に何の用だい、SCP-990」
「おや、名前を尋ねてくれないのかい?」
「どうせ固定の名前なんてないんだろう?」
「やれやれ、つれないね。██████████博士は丁寧に自己紹介から始めてくれたというのに……まあいい」
良く言えば親しみやすく、悪く言えばふざけている。SCP-990の態度はそういうものだったが、いずれにせよブライトは気にすることなくベンチに座った。それに合わせてスーツの男も隣に腰掛ける。
「それで? 今回はどんなことを告げに来たんだ?」
「とあるアノマリーについて教えに」
「また世界が滅びそうなのか?」
「いいや、それそのものが直接的に世界を滅ぼし得るわけじゃない。ただ、放置すれば次第に大きな被害を齎し得る。特に、君達にとってね」
「どんなアノマリーなんだ?」
「彼は日本に住む16歳の少年だ。自身の近くにある他の異常性を抑制できるアノマリーだね」
「そりゃまた……随分と便利そうだ」
「だろうね。誰もがそう考えるだろう。取り分け、その少年の異常性がミーム異常や認識災害、反ミーム性をいとも容易く剥がせると知れば……彼を利用して秘密を探ろうとする輩は五万といるだろうね」
「……なるほど」
人間の認知に干渉する異常性は対策が困難なため、その少年がいれば財団としては研究がしやすくなって便利──などと単純な話ではない。反ミーム性を始めとして認知の阻害は、財団もセキュリティシステムの一環として利用している。これらは先述した通り対策が困難だからこそ意味があるのであって、それを一方的に容易く解除できる手段があるとなれば大変な問題になってしまう。
他にも、SCP-990は「自身の近くにある他の異常性を抑制できる」と述べた。つまり、その少年とセットで危険性の高いアノマリーを運搬し、敵対組織の傍に放置して自分達は少年の異常性を利用して安全に遁走──なんていうとんでもない芸当もできてしまうかもしれない。
似たようなアノマリーにSCP-514が存在するが、あれも異常性が発覚した途端に利用しようとする集団が殺到したのだ。どういう方向性であれ、脅威を一時的に抑制できるという便利な代物は大抵碌でもない思惑の的になる。しかも、だ。
「その少年が抑制できるのは異常性だけか?」
「そうだね」
「……まずいな」
「そうだろうとも」
SCP-514が辛うじて悪用を免れたのは、その異常性が捕獲しようとしてくる人間の意志すら抑制できたからだ。鳩たちに関してはその異常性の広範さゆえに、財団が開発した誘導装置がない限り意図して操ることすらできない。
だが、その少年は聞く限り単純な物理的攻撃から身を守る手段は持ち合わせていない。異常性に対する便利な性能はそのまま、訓練されたエージェントを数人用意するだけで簡単に捕縛できることになる。おまけに鳩ではなく人間なのだから、説き伏せるなり痛めつけるなりで簡単に従わせることもできるだろう。
つまり、財団は他の要注意団体が少年に気付く前に、可能な限り迅速にその少年を確保・収容・保護しなければならない。幸い、少年の異常性は普通に暮らしている分には全く発現しないだろうから、他の要注意団体の目に留まる可能性は低いだろう。尤も、それは財団にとっても見つけづらいということなのだが──
「その少年がどこにいるのか、もう少し具体的に教えてもらうことは……」
アノマリーの言葉をあまり鵜呑みにすべきでないとはいえ、参考意見としてもう少し情報を引き出せないものかと思った矢先──突然ブライトの視界がぐらぐらと揺れた。
「ふむ。現実で誰かが君の肩を揺さぶっているようだ」
「こんな大事な時に一体誰だ!?」
「それは君自身が起きてから確かめるといい」
▼△▼△▼
「……クレフ」
「ようやく起きたか。ただでさえ忙しい時期なんだから、昼寝せずに仕事してくれ」
「それどころじゃない。夢でSCP-990に会った」
「……どんな内容だ?」
机に突っ伏していた体を起こし、傍にいたクレフにSCP-990から教えられた少年について伝える。SCP-990とのやり取りは誰にでも教えられるものではないが、他ならぬクレフ相手ならば問題ないだろう。
「他の異常性を抑制する人型オブジェクトか……日本在住なのはわかっているなら、日本支部に連絡を取って捜索の要請を出すか?」
「いいや、賭けてもいい。この報告を受けたO5は十中八九、本部のセキュリティクリアランスが3以上ある職員を直接派遣するはずさ」
「……日本支部が引き渡しを渋るかもしれないからか」
「少年の異常性を知れば、大抵の支部は自分達の手元で管理したがるのは目に見えている。取り分け、日本支部は成り立ちも特殊だしね」
ただでさえ島国という本国から干渉しにくい立地に加え、歴史的に200年以上も外との繋がりを絶っていた国だ。その200年の間に日本では完全に財団の代わりを務める正常性機構が出来上がっており、現在の支部はその前身組織と併合する形で設立されたものに過ぎない。これは一応のところ前身組織である蒐集院と合意の上で成立したものだが、やはり閉鎖的環境だったせいで全員が全員納得するはずもなく、日本支部の中には未だ財団の方針に反発する蒐集院の残党が潜んでいるという噂もある。
そんな場所で利便性に優れた異常性を持つ人型オブジェクトの存在が発覚したらどうなるか──複雑な経歴を持つクレフには容易に最悪の展開が想像でき、溜息を吐いて人事書類をブライトのデスクに放り出した。
「なら、ややこしい出張に駆り出される不運な職員が誰になるかってところだな」
「……アルト」
「何だ?」
「日本ではそういうのをフラグと言うそうだよ」
タイトル: SCP-990 - ドリームマン
原語版タイトル: SCP-990 - Dream Man
訳者: 訳者不明
原語版作者: Dave Rapp
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-990
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-990
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-514 - 鳩の群れ
原語版タイトル: SCP-514 - A Flock of Doves
訳者: 訳者不明
原語版作者: SpoonOfEvil
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-514
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-514
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0