しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「任務中より走り回った気がしますが、たまにはこういう平和な理由で走るのもいいですね」- 円居


実は昔GOCに……えっ、あんたも?

「お、おい待て、向こうから猫が……」

「ロス博士!? ちょっ、待っ……止まって! ロス博士!」

 

 

イヌハッカはいいぞ。あれはこの世で最高の植物だ。神が創り給うた最高の恩恵だ。

一嗅ぎすれば気分は最高潮。全身に擦りつければ終日ハッピー。これがなきゃ幸福は語れないといってもいい。

 

 

「くそっ、脇に除けて……」

「間に合いません!」

「う、て、手が……滑っ──」

 

 

イヌハッカ以外の全ては些事だ。騒音、妨害、事故、あらゆることに煩わされなくなる。これがどれだけ最高なのかは誰にだって理解できるはず。

人間だって集中したい時にはカフェインを、気分を上げたい時にはアルコールをキメるだろう。それと同じ。猫はこれらを一挙に獲得できるから優れている。そう、イヌハッカでね。

 

 

「異常存在を確認! 対象を排除する!」

「うわっ、こいつ勝手に起動して……いってぇ!」

「馬鹿、早くそいつを木箱に戻せ!」

「つっても、こいつ、速……あっ!」

 

 

イヌハッカはいいぞ!

 

 


 

 

「何だ今の? なんか玩具みたいなのが猫を追いかけていったけど……グリーン? どうしたんだ?」

 

 

ご機嫌な猫の声と、甲高い機械音声。それらがえらい勢いで廊下を横切っていったのを見遣り、ナヴァッロは隣にいたグリーンに視線を移した。ちょっとした話題のつもりだったが、相方の顔色は何やら奇妙なものに変わっている。魚の小骨が喉に刺さったような顔だ。

 

 

「今のは……」

「どっち? 猫? 玩具?」

「猫の方はおそらくロス博士だろう。サイト-77でよく暴走していると聞く」

「ロス……博士? えっ、あの猫ってアノマリーとかペットじゃなくて職員なの?」

「インターネット上のミーム的脅威の監視と記録を行う職員だ」

「へえ。まあ、言われてみればミームって人間にしか効果のないものも多いし、ある意味理に適ってるのか……いや、よく暴走するのは本当に理に適ってるのか?」

「さあな。上が良しと判断したなら別にいいんだろう」

「そりゃそうだ」

 

 

とはいえ、やはり猫が職員というのは好奇心が刺激される。果たして雇用後猫になったのか、人間並みの知能を持った猫を雇用したのか。後者だったら財団がふざけすぎているので、やはり前者だろうか。もしかするとSCP-3270にでも曝露したのかもしれない。

 

 

「じゃあ、玩具の方? 驚いたな。あんたに童心を忘れない趣味があったなんて」

「違う。厳密にいうと玩具自体というより、あの形状は……」

「形状? あの一瞬でよく見えたね」

 

 

ナヴァッロの目には人型のロボットであることぐらいしか分からなかった。しかし、グリーンの微妙な反応と兵器を結び付ければ何となく話が見えてくる。

 

 

「……もしかしてGOCの兵器を模した玩具?」

「……いや、きっと見間違いだろう」

「見間違いって顔じゃないけどな」

 

 

見えたものは一瞬だったが、玩具となれば大体予想はつく。大方ワンダーテインメント博士がGOCの兵器を模した玩具を作り、GOCより先に発見した財団が回収したのだろう。

正直、これは玩具にとって幸運な展開かもしれない。よりにもよってアノマリーを作ってはばら撒く輩に自分達の兵器を真似されるなんて、GOCからしてみたら堂々とした挑発行為以外の何物でもない。仮にGOCに見つかっていたらすぐさま破壊されていたことだろう。

その点、財団なら心境はどうあれ壊しはしない。今回は被害に遭ったのがGOCだし他人事だからという話ではなく、財団は自分達がおちょくられた時にもその玩具*1を破壊しなかったのだ。発見したエージェントが何を思ったにせよ、保護の信条は守られているわけである。

 

 

「まあまあ、ワンダーテインメント博士は財団のことも揶揄ってるし」

「だからいいってもんじゃないだろう。もし奴が『これで君も今日からタイプ・ブルー!簡単魔法セット!』なんて玩具を売り出したらどう思う?」

「……悪趣味だな」

「そういうことだ」

 

 


 

 

「ぶっ……あははははっ!」

 

 

突如として笑い出したブライトを後目に、円居とラメントは呆気に取られて顔を見合わせた。唯一動じていないのは変人仲間のクレフだけだ。

 

 

「ブ、ブライト博士……?」

「ああ、ごめんごめん。今、廊下を面白いものが通り過ぎていったから……」

「面白いもの?」

 

 

廊下に背中を向けていたので気付かなかった。言われてから振り向いてみるが、もうとっくに通り過ぎたのか今は何も見えない。

 

 

「多分ワンダーテインメント博士の玩具だろうね。ところで、逸樹はロボットって好きかい?」

「え? まあ、嫌いではないですけど……子供の頃はTFの玩具とかゲームとか持ってましたし」

「なら、あとであれの実験をする時は混ぜてもらえるか聞いてみてもいいかもね。今ならGOCの秘密兵器で遊べるぞ!」

「は?」

 

 

ブライトはさりげなくクレフの様子を窺ったが、彼は顔色一つ変えていない。今更この程度で動揺するとも思っていなかったが、予想通りすぎてつまらない。

 

 

「GOCには状況に応じていくつかの装着型兵器が用意されているんだが、その内の一つに凶暴な敵性実体や重武装の人間との戦闘を想定したやつがあるんだ。通称オレンジ・スーツ、正式名称はマークⅢ超重交戦殻だったかな」

「なんかすごくロマン溢れる名前だ……!」

 

 

ちょっと目を輝かせた円居を前に、ブライトは再び笑い出さないように腹筋に力を入れていた。U-HECⅢの名前やデザインは確かにロマンがある。男の子の心を刺激するあれこれが詰まっている。ただ、もしGOCの中でも限られた実体験を持つエージェントがこの言葉を聞けば、おそらくは内心何とも言えない気持ちになっていることだろう。

何せ、U-HECⅢの乗り心地はロマンとは程遠い。有体に言えば最悪だ。おまけに、U-HECⅢが必要とされるような敵相手の作戦は命の危険を伴う。実物は建築物すら発砲スチロールのように蹴散らせる暴力の化身のような代物なのだが、アノマリーの中にはそれすら上回る脅威も平然と存在しているのだ。GOC排撃班でも選りすぐりの兵士といえど、U-HECⅢに良い思い出がある者はあまりいないだろう。

 

 

「……何でもいいが、あれで遊びたいんならさっさと捕まえてくることだな。情報災害用の研究棟に入られたら、お前は追いかけられなくなるだろう」

「そうだった……!」

 

 

このサイト-77は情報災害の研究が盛んで、それ専用の研究棟がいくつかある。そして、円居はそういった研究棟にいきなり入ることはできない。普段はクラス4特権のお陰で大抵の施設に移動できるのだが、精神影響系の研究区画だけはサンプル用の異常性を無効化して回るので大迷惑をかけてしまう。任務のため申請してから入ることはあっても、まさか玩具を追いかけているので入れてくださいとは言えない。

 

 

「ラメント、手伝ってください!」

「ええ?」

 

 

僕は関係ないじゃん。とでも言いたげな顔だったが、この場で一番頼みやすいのが自分であることも理解していた。ブライトは肉体労働を嫌がるし、クレフは──頼まない方がいいだろう。

 

 

「……しょうがないな。まあ、玩具とはいえ収容違反を放っておくのも良くないしね」

 

 


 

 

「あれは……オレンジ・スーツ?」

「あら、ロス博士と……玩具? ワンダーテインメント博士かしら」

 

 

情報災害用研究棟から出てすぐ、目の前を凄まじい勢いで何かが通り抜けていった。常人には判別が困難な速度だが、鍛えられたエージェントであるサクサとヒガシにはきちんと見えている。猫と小型ロボットだ。お互いがそれぞれ別のものに注意を引かれたことに気付いたのか、二人は思わず顔を見合わせた。

 

 

「オレンジ・スーツってGOCの?」

「ああ。大方GOCがまたちょっかいをかけて、怒ったワンダーテインメント博士が報復として挑発に使ったんじゃないか」

「あり得るわね……あなたはオレンジ・スーツに乗ったことはあるの?」

「いや。日本じゃああいう大規模戦闘を想定した兵器はあまり出番がなかったからな」

 

 

驚異的な殲滅力を誇る代わりに、一度出撃すれば辺り一帯を更地にしかねない代物だ。日本ではテロリストという言い訳を使っても怪しまれるし、大規模な戦闘の跡は隠し切れない。それでもGOCがその気になれば隠蔽はできるだろうが、海外よりは使うハードルが高いのは否めない。

 

 

「しかし、何故ワンダーテインメント博士の玩具が勝手に廊下を──」

「ラメント、さっきこっちに曲がりましたよね!?」

「多分……!」

 

 

猫と玩具に続き、今度はスーツ姿のエージェント二人が廊下を駆け抜けていく。その内の片方はサクサとヒガシにとって見慣れた相手であり、二人は思わず去っていった円居の背中を目で追った。

 

 

「今のは円居よね? 収容違反の収拾を手伝っているのかしら。もしそうなら私達も手伝った方が……ヒガシ? どうしたの?」

「ん? ああ、すまない……ただ、財団も随分と変わったものだと思ってな」

「……雇われ猫を異常性のある玩具が追いかけていって、それをさらに異常性を持つ人間が追いかけていったことについて?」

 

 

サクサとヒガシはそれなりに長い付き合いだ。また、ヒガシが財団に来てから最も厳しい立場に置かれた時、成り行きとはいえ傍に居続けた人物でもある。サクサはヒガシがどういったことを感慨深く思っているか正確に言い当ててみせた。

 

 

「GOCで残酷な行いをすることに疲れ、財団に来たはいいが……正直、あの時はここも外から見るほど良い場所じゃないと思ったよ。勿論、古巣よりはマシだが」

「時期が悪かったのもあるわ。オメガ-7の騒ぎがあって以降、上層部はずっと人型オブジェクトの扱いについて揉めていたもの。散々揉めたからこそ、今はようやく態度が軟化したとも言える」

「そうだな……サイト-17とか人型オブジェクトが多い施設では、許可を得た面々がお互いに会って話すことすら認められているんだろう?」

「らしいわね。財団の理念は保護だけど、あくまで管理する側が彼らの心をケアしてやるには限界があるもの。保護の理念を諦めてでも厳格でいるか、なるべく理念に準じるか考えた時……後者を選べる余裕ができたのは、きっと財団にとって良いことだと思いたいわね」

「ああ。私もそう思う」

 

 

財団を取り巻く環境は収容状況によって刻一刻と変わるため、今の良い状態がいつまでも続く保証はない。それでも、今が最悪の状況ではないと実感できるのは幸せなことだ。

 

 

「捕まえた! ラメント、何か入れ物を探してください」

「入れ物って言われても、こいつ結構でかいしな……」

 

 

ぼんやりと感傷に浸っていた二人だが、少し遠くから聞こえた話し声で我に返った。

 

 

「……手伝い損ねたな」

「そう言わずに、様子を見に行ってみましょう」

 

*1
SCP-2228




※メモ1:エージェント・グリーンとエージェント・ナヴァッロの関係性はSCP-2162のFigure and Ground参照。ざっくり説明すると、グリーンは元GOCの対タイプグリーン暗殺者。ナヴァッロはタイプ・ブルー(魔術師)
※メモ2:エージェント・ヒガシはSCP-5858に登場する元GOC。5858報告書内ではその後どうなったか不明だが、拙作では一時的な降格に留まり、以降職務に復帰した扱い。


タイトル: SCP-3871 - ワンダーテインメント博士の隠喩的異常性一掃進撃自動人形
原語版タイトル: SCP-3871 - Dr. Wondertainment's Allegorical Anomaly-Annihilating Assault Automaton
訳者: NegiHyacinth
原語版作者: Alabaster-Alabaster
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3871
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3871
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-3270 - 貴方を毛玉にする絵
原語版タイトル: SCP-3270 - The Painting That Makes You A Furry
訳者: (user deleted)
原語版作者: JanitorCakeworth
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3270
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3270
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-2228 - 財団ごっこセット
原語版タイトル: SCP-2228 - Foundation Playsets
訳者: gnmaee(NoTranslator)
原語版作者: LordMetalton
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2228
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-2228
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-2162 - … as normal as blueberry pie
作者: psul
ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-2162
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: Figure and Ground
作者: psul
ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/figure-and-ground
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-5858 - 見知らぬ者の思いやり
原語版タイトル: SCP-5858 - The Kindness of Strangers
訳者: RAY_AFT
原語版作者: T Rutherford
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5858
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5858
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ロス博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr. Roth's Personnel File
訳者: Tenten_518
原語版作者: Blaroth
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-roth-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-roth-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: エージェント・ラメントの人事ファイル
原語版タイトル: Agent Lament's Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: TroyL
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/agent-lament-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/agent-lament-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: ブライト博士の人事ファイル
原語版タイトル: Personnel Director Bright's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: AdminBright
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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