「すっかり遅くなりましたね……」
「だな。一応明け方より前に着くとは思うが……明日は一日施設に滞在できるのが救いだな」
アメリカというのはどこもかしこも土地が広い。広すぎる。本来なら飛行機を使うべき距離を車で移動する羽目になった場合、一日中運転していたなんてこともざらにある。
今日の円居とクラウスがまさにそうだ。何度か運転を交代しつつ、もう彼是数時間は車を走らせ続けていた。道中いくつか寄らねばならない場所があり、尚且つ今向かっている施設がヘリポートのない小規模サイトだったことが原因だ。
「でもまあ、こうして長時間運転するのはタッグ任務ならではだな」
「あー……なんか財団職員が一人で何時間も運転してると巻き込まれる異常現象*1があるから、単独任務の時は長時間運転しないようにって通達がありましたね」
「らしい。俺はまだ幸いにして遭遇したことはないが……かなりおっかないそうだから、今後も遭遇したくないもんだ」
円居もそういったものに遭遇する機会はないだろう。あれは一人での移動でなければ発生しないそうだから。
「にしても、最後の休憩がてら一旦給油した方が良さそうだな。目的地までもつかどうかギリギリだ」
「ギリギリを攻める理由もないですし、次にガソリンスタンドを見つけたら寄りましょうか」
直後、ハンドルを握っていた円居は車の速度を落とした。
「どうした?」
「あそこ……子供がいませんか?」
「うん? どれどれ……」
助手席に座るクラウスの位置からは見えづらいが、確かに円居が指差す方に子供らしき小さな人影が見える。もう大人の帰宅時間すら過ぎた真夜中にだ。
「……声かけた方がいいですよね?」
「うーん、本来お前と一緒にいる時はあまり民間人に関わるべきじゃないんだが……さすがにこんな時間に子供を放置すべきじゃないな。円居、車を停めてくれ」
「はい」
円居は路肩に寄せて停車し、クラウスと共に車を降りた。子供に声をかける程度なら助手席にいるクラウスだけで向かってもよかったのだが、一応は監視員付きで任務に出ることになっている円居の立場を考えると、短時間とはいえ別行動はよろしくない。万が一問題が起きたら突っ込まれる弱点になってしまう。
「おーい、そこの……嬢ちゃん?」
遠目には分からなかったが、夜の道を歩く子供は男か女か判断に困る見目だった。服装からは少年めいた印象を受けるが、くすんだ金の髪は肩にゆったりと広がるほど長い。
「……おじさん、誰?」
「おじ……」
クラウスはそれなりに若く見えるはずだが、子供というのは容赦がない。色々と込み上げてきたのか言葉を失ってしまったクラウスに代わり、円居は前に出て子供と目を合わせるようにして屈んだ。
「こんばんは。君はこんな時間にどうして外にいるのかな? お父さんとお母さんは?」
「えっと……大丈夫。心配しないと思うから……」
どこかおどおどとした様子で答える子供に、これは複雑な事情があるのだろうかと考え込む。詳しく聞くべきかもしれないが、仮に何かトラブルを抱えており、それがトラウマになっていたら当人にすらまともな受け答えができない可能性もある。虐待を受けていて家から放り出されたとか、あるいは命の危険を感じて逃げ出してきただとか──いずれにせよ、やはり放置せずに警察にでも送り届けるべきだろう。
「そうなんだね。でも、夜中に外を歩くのは危ないから……よければ僕達と一緒に警察に行かないかい? どうしても家に帰りたくなければ、警察で一晩過ごす方がずっと安全だよ」
「お兄さんは警察の人じゃないの?」
「僕らは役所の人なんだ。警察じゃないけど、国の人って言ったらいいかな。怪しい人じゃない……といっても信じられないなら、ここで警察に電話してあちらから迎えに来てもらってもいいんだ。とにかく、君が安全な場所へ行くのを見届けたいんだよ」
財団は秘密組織なので、こういう時に身分の説明が難しい。とはいえ、国に顔が利くという意味では役人に近い存在なので、詭弁ではあるが子供相手ならばこういう風に言い訳するのが一番手っ取り早い。大人相手なら普通に財団所有の偽装企業の社員だとでも答えるのだが、この状況下で子供にそんなことを言ったら怪しまれてどうにもならなくなる可能性がある。
尤も、役所云々は子供に理解しづらい話だろう。警察ではないと答えた時点で、若干怪しまれて──
「お兄さんは優しい人なんだね」
ふと、円居は妙な違和感を覚えた。一瞬の沈黙に籠っていたのは、果たして本当に疑念だっただろうか。多くの異常存在を見てきた勘が、その真ん丸な瞳の奥に宿る光に警鐘を鳴らしていた。
「子供が好きなの?」
「うーん……好き嫌いの問題ではなく、大人として事情のある子供を放っておけないだけだよ」
「本当に? どうして?」
「どうしてって……」
子供の口調は怯えの混ざったものから、徐々に語気が強くなっていた。じりじりと詰めてくるように連なった言葉が不意に途切れる。その時にはもう、子供の異様さは隠し切れないものになっていた。眼差しに驚愕と敵意が過り、小さな体が弾かれたように走り出す──その足が円居の異常性圏内から外れるより先に、傍で同じものを見ていたクラウスがすかさず子供を取り押さえた。
「円居、司令部に通信! こいつ、多分何かのアノマ──」
「きゃああああっ! 誰か! 助けてっ!」
真夜中の街並みに甲高い子供の叫び声が響き渡る。それから間髪入れず近隣の住居の窓に人影が過るのを見た瞬間、円居とクラウスは示し合わせるまでもなく子供を引き摺って車に飛び乗った。クラウスが子供の口と手を拘束する傍ら、円居は目一杯アクセルを踏み込んで暗い道路を駆け抜けていく。
「この野郎、逃走の試みが手馴れてやがる……」
「司令部、緊急通信接続。こちら円居、何らかのアノマリーに遭遇。現在、拘束し移動中」
『こちら司令部。どういったアノマリーだ?』
「金髪の子供で……詳しいことは分かりませんが、状況から推察するに僕の異常性で抑制されるタイプのアノマリーです」
『子供? 現実改変者か?』
「分かりません。クラウス、映像データを司令部に送信してください」
「ああ」
運転中で手が離せない円居に代わり、子供を縛り終えたクラウスが写真を撮影して司令部に送信する。それからほどなくして、司令部から強張った声が返ってきた。
『条件に合致するアノマリーが存在するため、至急最寄りの大型施設へ移動するように。君達をバックアップするため、機動部隊ゼータ-18を送る。合流次第、ゼータ-18は追従するため君達は止まらず移動し続けてくれ』
「了解」
「いってぇ!」
「クラウス!?」
「だ、大丈夫だ……頭突きされただけだ」
後部座席からバタバタと騒々しい音が聞こえてくる。バックミラーを少し傾けて状況を確認してみると、縛られたまま暴れている子供の頭突きがクラウスの鳩尾に入ったらしいことが窺えた。
「くそ、なんて力だ……こいつ、本当に子供か?」
補遺5958-1:捕獲に成功したため、SCP-5958を施設-92に移送しました。
※メモ:Lamb(仔羊)はスラングとして使われた場合「騙されやすい人」を意味する。
タイトル: SCP-5958 - 仔羊
原語版タイトル: SCP-5958 - The Lamb
訳者: C-Dives
原語版作者: Tanhony
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5958
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5958
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-7819 - 満室
原語版タイトル: SCP-7819 - no vacancy
訳者: walksoldi
原語版作者: Rounderhouse
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-7819
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-7819
ライセンス: CC BY-SA 3.0