しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「中世っていうと口減らしと称して平然と子供が犠牲にされていた時代だ。その頃の価値観のままずっと生きているとすれば……そりゃあ、子供を守ろうとする大人なんて端から信じようともしないのかもしれないな」- クラウス


羊の皮を被った狼

日記つけるの忘れてた。宿題のために毎日つけなきゃいけないのに。

どうせルーカスもつけてないだろって思ったら、ちゃんとつけてた。裏切り者め。

読書課題のために図書館へ行った。家にあるのコミックばっかだし。

司書の人に勧められたのを適当に借りたんだけど、よくわかんない話でちょっと後悔してる。

どうしても無理だったら今度スーザンが来た時にこっそり手伝ってもらお。

母さんがタルトを買ってきてくれた。ちゃんとぼくの好きなやつ!

ルーカスはちょっと嫌そうだったけどね。あいつ、最近すかして甘い物を食べたがらないんだ。そんなことしたってちっとも男らしくなんかないのにね。

今日も父さんと母さんは仕事で帰りが遅い。なら夜遅くまでゲームできると思ったけど、スーザンが寝なさいってさ。

でも、代わりに前借りた訳わかんない本を読んでくれた。ちゃんと返却期限まで自分で読むよう頑張るのよって言ってたけど、これで宿題は何とかなる。やっぱスーザンは頼れるね。

最近、家の近くの公園でアンナっていう子と仲良くなった。

学校が休みの間、じいちゃんばあちゃんの家に来てるらしい。なんていうか、笑顔が素敵で可愛い子だと思う。変な意味じゃなくてね!

アンナってちょっと変わった子だ。学校の女子みたいにキラキラしたものとか、可愛いものとか興味ないみたいだし。

かといって男子っぽいわけでもない。動くのは得意みたいで、運動が好きなルーカスはすっかりご機嫌だ。

悪い奴じゃないけど、ぼくは家でゲームしてる方が落ち着くかも。

なんか最近ルーカスが変だ。家にいてもずっとアンナの話してる。

でも、父さんや母さんには話さない。スーザンにも。わざわざぼくの部屋に来て、ゲームを邪魔してまで話す。

そんでもって、ぼくもなんか変だ。いつもならゲームを邪魔されるとすごく嫌なのに、アンナの話が始まると不思議と聞かなきゃって気持ちになる。

アンナに家に来るかって聞いたんだけど、余所の家にお邪魔したら怒られるからって断られた。厳しい家なんだな。

たまたま夕方に公園を通り掛かったら、もう日が暮れてきてるのにアンナがいてびっくりした。

駆け寄ってどうしたのかって尋ねても、曖昧に笑って帰れないって……厳しい家だと思ってたけど、本当にそれだけ?

うちに来たらって言ったけど、やっぱそれは駄目だって。でも一人にはしておけないし、父さんと母さんが家に帰る時間ギリギリまでルーカスと一緒に三人で過ごした。アンナの寂しさや辛さが少しでも紛れたらいいんだけど。

今日もアンナは中々家に帰らない。心配だけど、夜になり始めてるのに外をうろつくのってちょっと楽しいかも。

最近遅くまで家に帰ってないことがスーザンにバレた。父さんや母さんには言わないでくれって頼んで、渋りながらも頷いてくれた。これで怒られずに済む。

けど、友達を放っておけないからだって言ってるのに、なんで分かってくれないんだ?

スーザンがこんなに冷たい奴だなんて思わなかった。

スーザンに怒られたことをつい愚痴ったら、アンナは大人は勝手だねって笑ってた。

そうだよ、大人は勝手だ。この辺は変な奴なんていないし、ちょっと帰りが遅くなっても全然問題ないのに。あんなに怒ることないよね。

アンナは大人が何でもかんでも怒るのは、大きな体を活かして子供を支配したいからだって言ってた。傲慢でどうしようもない生き物なんだって。

ぼくもそう思うよ、アンナ。

 

「すっかり遅くなりましたね……」

「だな。一応明け方より前に着くとは思うが……明日は一日施設に滞在できるのが救いだな」

 

 

アメリカというのはどこもかしこも土地が広い。広すぎる。本来なら飛行機を使うべき距離を車で移動する羽目になった場合、一日中運転していたなんてこともざらにある。

今日の円居とクラウスがまさにそうだ。何度か運転を交代しつつ、もう彼是数時間は車を走らせ続けていた。道中いくつか寄らねばならない場所があり、尚且つ今向かっている施設がヘリポートのない小規模サイトだったことが原因だ。

 

 

「でもまあ、こうして長時間運転するのはタッグ任務ならではだな」

「あー……なんか財団職員が一人で何時間も運転してると巻き込まれる異常現象*1があるから、単独任務の時は長時間運転しないようにって通達がありましたね」

「らしい。俺はまだ幸いにして遭遇したことはないが……かなりおっかないそうだから、今後も遭遇したくないもんだ」

 

 

円居もそういったものに遭遇する機会はないだろう。あれは一人での移動でなければ発生しないそうだから。

 

 

「にしても、最後の休憩がてら一旦給油した方が良さそうだな。目的地までもつかどうかギリギリだ」

「ギリギリを攻める理由もないですし、次にガソリンスタンドを見つけたら寄りましょうか」

 

 

直後、ハンドルを握っていた円居は車の速度を落とした。

 

 

「どうした?」

「あそこ……子供がいませんか?」

「うん? どれどれ……」

 

 

助手席に座るクラウスの位置からは見えづらいが、確かに円居が指差す方に子供らしき小さな人影が見える。もう大人の帰宅時間すら過ぎた真夜中にだ。

 

 

「……声かけた方がいいですよね?」

「うーん、本来お前と一緒にいる時はあまり民間人に関わるべきじゃないんだが……さすがにこんな時間に子供を放置すべきじゃないな。円居、車を停めてくれ」

「はい」

 

 

円居は路肩に寄せて停車し、クラウスと共に車を降りた。子供に声をかける程度なら助手席にいるクラウスだけで向かってもよかったのだが、一応は監視員付きで任務に出ることになっている円居の立場を考えると、短時間とはいえ別行動はよろしくない。万が一問題が起きたら突っ込まれる弱点になってしまう。

 

 

「おーい、そこの……嬢ちゃん?」

 

 

遠目には分からなかったが、夜の道を歩く子供は男か女か判断に困る見目だった。服装からは少年めいた印象を受けるが、くすんだ金の髪は肩にゆったりと広がるほど長い。

 

 

「……おじさん、誰?」

「おじ……」

 

 

クラウスはそれなりに若く見えるはずだが、子供というのは容赦がない。色々と込み上げてきたのか言葉を失ってしまったクラウスに代わり、円居は前に出て子供と目を合わせるようにして屈んだ。

 

 

「こんばんは。君はこんな時間にどうして外にいるのかな? お父さんとお母さんは?」

「えっと……大丈夫。心配しないと思うから……」

 

 

どこかおどおどとした様子で答える子供に、これは複雑な事情があるのだろうかと考え込む。詳しく聞くべきかもしれないが、仮に何かトラブルを抱えており、それがトラウマになっていたら当人にすらまともな受け答えができない可能性もある。虐待を受けていて家から放り出されたとか、あるいは命の危険を感じて逃げ出してきただとか──いずれにせよ、やはり放置せずに警察にでも送り届けるべきだろう。

 

 

「そうなんだね。でも、夜中に外を歩くのは危ないから……よければ僕達と一緒に警察に行かないかい? どうしても家に帰りたくなければ、警察で一晩過ごす方がずっと安全だよ」

「お兄さんは警察の人じゃないの?」

「僕らは役所の人なんだ。警察じゃないけど、国の人って言ったらいいかな。怪しい人じゃない……といっても信じられないなら、ここで警察に電話してあちらから迎えに来てもらってもいいんだ。とにかく、君が安全な場所へ行くのを見届けたいんだよ」

 

 

財団は秘密組織なので、こういう時に身分の説明が難しい。とはいえ、国に顔が利くという意味では役人に近い存在なので、詭弁ではあるが子供相手ならばこういう風に言い訳するのが一番手っ取り早い。大人相手なら普通に財団所有の偽装企業の社員だとでも答えるのだが、この状況下で子供にそんなことを言ったら怪しまれてどうにもならなくなる可能性がある。

尤も、役所云々は子供に理解しづらい話だろう。警察ではないと答えた時点で、若干怪しまれて──

 

 

「お兄さんは優しい人なんだね」

 

 

ふと、円居は妙な違和感を覚えた。一瞬の沈黙に籠っていたのは、果たして本当に疑念だっただろうか。多くの異常存在を見てきた勘が、その真ん丸な瞳の奥に宿る光に警鐘を鳴らしていた。

 

 

「子供が好きなの?」

「うーん……好き嫌いの問題ではなく、大人として事情のある子供を放っておけないだけだよ」

「本当に? どうして?」

「どうしてって……」

 

 

子供の口調は怯えの混ざったものから、徐々に語気が強くなっていた。じりじりと詰めてくるように連なった言葉が不意に途切れる。その時にはもう、子供の異様さは隠し切れないものになっていた。眼差しに驚愕と敵意が過り、小さな体が弾かれたように走り出す──その足が円居の異常性圏内から外れるより先に、傍で同じものを見ていたクラウスがすかさず子供を取り押さえた。

 

 

「円居、司令部に通信! こいつ、多分何かのアノマ──」

「きゃああああっ! 誰か! 助けてっ!」

 

 

真夜中の街並みに甲高い子供の叫び声が響き渡る。それから間髪入れず近隣の住居の窓に人影が過るのを見た瞬間、円居とクラウスは示し合わせるまでもなく子供を引き摺って車に飛び乗った。クラウスが子供の口と手を拘束する傍ら、円居は目一杯アクセルを踏み込んで暗い道路を駆け抜けていく。

 

 

「この野郎、逃走の試みが手馴れてやがる……」

「司令部、緊急通信接続。こちら円居、何らかのアノマリーに遭遇。現在、拘束し移動中」

『こちら司令部。どういったアノマリーだ?』

「金髪の子供で……詳しいことは分かりませんが、状況から推察するに僕の異常性で抑制されるタイプのアノマリーです」

『子供? 現実改変者か?』

「分かりません。クラウス、映像データを司令部に送信してください」

「ああ」

 

 

運転中で手が離せない円居に代わり、子供を縛り終えたクラウスが写真を撮影して司令部に送信する。それからほどなくして、司令部から強張った声が返ってきた。

 

 

『条件に合致するアノマリーが存在するため、至急最寄りの大型施設へ移動するように。君達をバックアップするため、機動部隊ゼータ-18を送る。合流次第、ゼータ-18は追従するため君達は止まらず移動し続けてくれ』

「了解」

「いってぇ!」

「クラウス!?」

「だ、大丈夫だ……頭突きされただけだ」

 

 

後部座席からバタバタと騒々しい音が聞こえてくる。バックミラーを少し傾けて状況を確認してみると、縛られたまま暴れている子供の頭突きがクラウスの鳩尾に入ったらしいことが窺えた。

 

 

「くそ、なんて力だ……こいつ、本当に子供か?」

 

信じられない!

ここ最近の日記を読み返して、それで……僕はどうしてあんなことを?

本当に訳が分からなくて、今日家に来てくれたスーザンに必死になって謝った。自分自身何が起きたのかよく分かってなくて、そんなぼくからひたすら謝られたスーザンを余計困らせるのは分かってたけど、とにかく謝らずにはいられなかった。

みっともなくわあわあ声を上げて泣く僕に、スーザンは「お友達を気遣う、優しいあなたが大好きよ」って言ってくれて……「でも、あなたが友達を気遣うのと同じぐらい、私もあなたが心配なの」って。そりゃそうだよ。ぼくだって、スーザンに何かあったら絶対眠れないぐらい心配になるのに。

頭の奥が痺れるぐらい怖くて、今日はルーカスやスーザンと一緒に皆で固まって眠った。何か恐ろしいことが起きそうだった予感だけが残っていて、一人じゃ眠れそうになかった。

朝起きたらスーザンは変わらず隣にいた。おはようって笑うスーザンに、ぼくも「おはよう」って言えてよかった。

父さんも母さんも帰ってきていて、泣いたまま眠ったせいで腫れたぼくの目にびっくりしてた。怖い映画でも見たのか?なんて笑いながら抱き締めてくれた。

よくわからないんだよ、父さん。けど、何だかすごく怖いことが起きていた気がするんだ。

 

補遺5958-1:捕獲に成功したため、SCP-5958を施設-92に移送しました。

 

*1
SCP-7819




※メモ:Lamb(仔羊)はスラングとして使われた場合「騙されやすい人」を意味する。

タイトル: SCP-5958 - 仔羊
原語版タイトル: SCP-5958 - The Lamb
訳者: C-Dives
原語版作者: Tanhony
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5958
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5958
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-7819 - 満室
原語版タイトル: SCP-7819 - no vacancy
訳者: walksoldi
原語版作者: Rounderhouse
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-7819
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-7819
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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