しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「役所に一生関わらず生きていける立場なのは、ある意味で幸福なのかもしれません」- 円居



レッドテープ

すぽん。

 

 

「……なんか、こういうゲーム*1があったような?」

「人を余所に転移させるゲーム?」

「いや、人が穴に吸い込まれていく感じの……」

 

 

綺麗に磨かれた床に穴が開き、底の見えない暗闇へ向かって人が消えていく。明らかに異常な光景だが、それを眺める円居とクラウスは何の反応も示さない。もう幾度となく見た光景であり、最早何の感想も浮かばないのだ──穴を開ける度、頑張ってくれているモーガンには申し訳ないのだけど。

 

 

「しっかし、暇だなぁ……」

「思ってても言っちゃ駄目ですよ。モーガンが頑張ってくれているんですし」

 

 

今回、円居は珍しく三人編成で任務に当たっていた。普段は余程危険な状況が想定されていない限りタッグで任務をこなすのだが、今回は何故か三人。というのも、その原因は先程からせっせと一人で仕事をしているモーガンにある。

 

 


 

 

がこん。

 

 

「逸樹はさ、魔術師に会ったことってなかったよね?」

「魔術師……えっ、魔術師? 魔法使い?」

 

 

まるでファンタジー小説だと面食らう円居を余所に、ブライトは自販機から出てきたコーヒー缶のプルタブを引っ張った。

 

 

「あんまり大きな声じゃ言えないんだけど、財団は魔術師を組織的に雇用しているんだよね。そこまで多いわけじゃないけど……財団がどう否定して、科学的手法で全てを管理したいと足掻いたとしても、やっぱり未だに儀式的手法が必要不可欠な場面も多いから」

「人型オブジェクトは公然と雇用できるのに、魔術師の存在はなるべく秘匿しているってことですか?」

「君達アノマリーの能力は個々人に依存していて、広まる危険性はないからね」

「……魔術は一種の技術や知識だから、訓練すれば誰でも使えるのがまずいと?」

「そういうこと。勿論、血筋に依存する魔術とか特殊なものは限られた人間にしか使えないんだけど……なれるかなれないか明確に線引きされるアノマリーと違って、魔術師は後天的になれる可能性が極めて高い存在だ。だから、ヴェールの存在を常に心配している財団としては公然と認め難い」

 

 

魔術師、財団やGOCではタイプ・ブルーと呼ばれる存在だ。戦術神学部門よりもさらに実践的な知識を持つ人々を指し、財団ではタウ-9やシグマ-3などの機動部隊が魔術師の集団に当たる。意外に思えるかもしれないが、こうした魔術師の集団はGOCにも存在するのだ。主義主張に関わらず習得できるからこそ、魔術は厄介なのだということがよく分かる。

 

 

「とはいえ、便利なのは事実だ。何の魔術を習得できるかはある程度適性に左右されるとはいえ、大抵は一人で複数の魔術を習得できるからね」

「つまり、次の任務は魔術師と一緒なんですか?」

「ああ。といっても、魔術師と君のタッグではないんだけどね」

「三人編成? 何か危険な仕事なんですか?」

「いや、ただの救出任務だ……少し時間はかかるだろうけど。三人編成なのは、君の異常性が魔術に対してどう作用するか今ひとつ予測しにくいからだね。場合によっては君の近くだと魔術が発動しないかもしれないし、そうなると君と魔術師がかなり距離を取って仕事をしなきゃいけなくなる。そういう時のため、君の傍に残る同行者を一人つけるってわけ」

 

 

ふと、以前TTT社の神格実体が使っていた魔術を通りすがりに剥がしてしまったことを思い出した。あれは認識災害系の魔術だったために無効化できたのだとばかり考えていたが、魔術全般を抑制できる可能性もあるということだろうか。

 

 

「本当にどうなるか分からないんだけどね。魔術って色々と複雑で……さすがの私も魔術にはあまり詳しくないから説明が難しいんだが、タイプ・グリーンはタイプ・ブルーの上位互換だとされる場合がある。つまり、魔術は限定的に現実性を揺らがせ、結果として超常的現象を起こしているってことだ。事実、魔術師の拘束にSRAが役立つこともある」

「SRAで拘束できるってことはもうほぼ現実改変では……?」

「そうではないものもあるから難しいんだ。ともかく、魔術師と組む以外は君がこれまで受けてきた任務と大差ない。そんなに心配しなくていいよ。寧ろ今回大変なのは同行するタイプ・ブルーの方だろうし、君にとっては退屈な仕事になるかもね」

「退屈な仕事?」

「うん。SCP-502-JPという日本の市役所っぽい異空間で、これまでに取り込まれた人員を救出してほしいんだけど……はいこれ、書類」

 

 

差し出された書類によれば、SCP-502-JPは日本国内の空き地に転移する市役所らしい。尤も、転移には“建物や内部の人員が傷つけられる”あるいは“転移後の地域で40人以上を取り込む”というどちらかの条件を満たす必要があり、財団が特別収容プロトコルを確立してからは転移していない。

本来なら転移しなくなって良かったね、で話は終わりだ。しかし、問題はSCP-502-JPが利用された場合にその相手をアノマリーの一部として取り込む性質も備えており、そのせいで特別収容プロトコルが確立されるまでに5桁もの人的損害が出たことである。

財団は通常、こういう場合は民間人だろうと原則として救出はしない。一度取り込まれたものを下手に取り出したら何が起こるか分からない上に、すでに確立された手順が通用しなくなってしまう恐れもある。

とはいえ、5桁となるとさすがの財団も見捨てるのが躊躇われる数字だ。世界の命運が懸っているのなら見捨てられる数字だろうが、なまじ助ける手段がなくもないとなれば一考の余地がある微妙な数字とも言えるだろう。

 

 

「意外ですね。財団はこういう時、大抵見捨てるもんだとばかり……」

「まあ、今回の救出任務も不測の事態が生じたら即刻取り止めだけどね」

「やれるだけやってみようってことですか?」

「というより、日本支部向けのパフォーマンスに近いと思うよ。上は勿論そんなこと言わないけど、膨大な人員の効率的な救出のためとか銘打って魔術師を貸し出す辺りそんな感じじゃないかな。こういうパフォーマンスは定期的にやってるしね」

「魔術師を動員することに何か特別な意味が?」

「んー……前にもちょっと話したことがあったかもしれないけど、本部と日本支部は少し関係が複雑なんだよね」

 

 

今でこそ一支部の扱いだが、戦前の日本支部は蒐集院という全く別の組織だった。全く別といっても、正常性を保ち民間人を守るという理念は財団と同じだ。しかし、そのアプローチは大きく異なる。

 

 

「日本支部の前身である蒐集院は、人々を守るためなら異常性に頼るのも良しとしていた。だから、いくつかのアノマリーは科学的に証明できない儀式とかで管理されていたんだ」

「けど、財団とはそのスタイルが相容れなくて揉めたと?」

「端的に言えばね。尤も、当時の情勢があまり良くなかったのもある。日本支部と揉めた当時はちょうど冷戦真っ只中でね。財団は超法規的な秘密組織ではあるけど、社会からの影響を全く受けないわけじゃない。職員だって財団施設から出れば普通の人間と一緒に暮らしていて、世間の風潮からいくらかの影響は受ける」

「冷戦中っていうと、アメリカとソ連が科学技術合戦をしていた時期ですよね……」

「そうそう。当時はとにかくアメリカのどこであっても科学というものが持て囃されていたもんだよ。あれはもう一種の宗教さ。科学と銘打てばどれだけ胡散臭くても通用して、オカルトと言われればどれだけ効果があってもペテンだと謗られた」

 

 

円居にとっては生まれる前の話なのでピンと来ないが、冷戦時代もリアルタイムで生き抜いたブライトからすると色々と思うところがあるのだろう。ブライトの表情には苛立ちや疲労感、呆れや諦めといった感情が入り混じっている。

 

 

「そういう複雑な時期に日本支部から『うちは昔から儀式を執り行って管理していたんです!』と言われても、アメリカに本部を置いている財団としては中々『はい、そうですか』とは言いづらい。そもそも色々とひりついていた頃にそんな申し入れをされること自体、上層部からしたら神経を逆撫でされただろうね」

「職員の心情を抜きにしても、冷戦は財団にも影響を与えていたんですか?」

「そりゃあね。特に影響が大きかったのはGRU-P局だよ。あいつらはヴェールなんてそっちのけで、異常性のある兵器やらプロパガンダやら連発していたからね……1681なんて未だに財団とGOCにとって頭痛の種だ。不幸中の幸いは、ソ連が閉鎖的な国だったからヴェールが辛うじて守られたことぐらいだな」

 

 

実は他にも財団が苛立っていた理由がある。現在、O5の不老性を支えているSCP-006だが、あれはロシア国内で見つかったものだ。財団は冷戦中すでにSCP-006の存在を認知していたが、情勢を考えると下手な真似ができず足踏みする羽目になった。SCP-006の有用性、加えてその情報が広まった時の影響を考えれば、冷戦時代に財団が神経質になっていたのも無理からぬことかもしれない。尤も、SCP-006の秘匿性を考えればこれはほとんどの人が知る由もない事情だ。勿論、日本支部も含めて。

 

 

「当時の日本支部のスタンスは、なんというか……火薬庫の前でタップダンスするようなものでね。本部との仲は拗れに拗れたが、紆余曲折あって今も日本支部は支部のままでいる。本部としても冷戦後は儀式的手法を再考するようになったから、当時のお詫びも兼ねて政治的パフォーマンスをすることがあるってわけ」

「本部もお詫びとかするんだ……」

「勿論。財団が世界征服でも決心しない限り、一般社会と同じように各国間の協力関係は重視する必要がある……当然できる範囲でだけど、元々国交ってそういうものだろう?」

「できる範囲……」

「世界とヴェールが危険に晒されない限りってことだね」

 

 

円居は渋い表情を浮かべ、何も言わず肩を竦めた。知らぬ間に政治的アレコレに巻き込まれた身としては、勘弁願いたいというのが本音だ。

 

 

「今回の任務の……裏事情について、他のエージェントは知っているんですか?」

「クラウスには伝えてあるよ。魔術師のモーガンは……うーん、彼らは財団の中でもある種独立的存在だから、他の職員からはあれこれ言いづらいんだ。上級研究員であってもね。ただ、彼らを取りまとめているムースは……まあ多分、自分達が複雑な立場に置かれていることを理解している。だから、今回のようなケースならモーガンにも上手いこと伝えているんじゃないかな」

「……大丈夫なんですよね?」

「大丈夫、大丈夫。上の思惑がどんだけこんがらがっていようと、君達がすべきことは罪のない人々の救出だけだよ。今の話は頭の隅に押し込んで、何か起きない限りは埃を積もらせておけばいいさ」

 

 


 

 

すぽん。

 

 

「お、モーガンが戻ってくるぞ。そろそろ移動か?」

「休憩じゃないですかね? かなり疲れた顔してますよ……」

 

 

目の前にある待合室から最後の人影が消えると、作業を行っていたモーガンが二人の元へ戻ってきた。その顔には薄らと疲労の色が見て取れる。先程から延々と魔術を使っているのだから当然だ。

 

 

「お疲れさん。少し休むか?」

「ああ……はあ、固定された座標へ飛ばすだけだし、大したことない魔術なんだがこうも連続で使うとさすがに疲れる。まあ、救出対象が喚いて暴れ出さないだけまだマシだが……」

「異常現象に巻き込まれた民間人を救出する場合、怯えて逃げ出してしまうパターンも多いですからね」

 

 

どのSCP-502-JP-2も円居の異常性の影響を受けて正気に戻ると多少動揺していたが、想定よりは遥かに落ち着いた態度だった。日本人の「周りが騒いでいないなら自分も騒ぐべきではない」という価値観に加え、見た目だけはごく平凡な役所であるということが功を奏したのだろう。事情を知っている側からすれば、その日常的な役所の光景こそが彼らを取り込んだ原因であり、周りが落ち着いているのもSCP-502-JPの影響を受けているだけなので皮肉な話にも思える。

 

 

「にしても、彼らを落ち着かせる時に『少し手続きが長くかかっているだけです』と言うだけでいいのは……なんというか、どの国の役所事情も同じなんだと痛感するな」

「アメリカでも役所で何かするのは重労働ですよね……」

「重労働どころじゃない。不愛想な役人の前に立ち、恐る恐る『SSN*2の申請をしたいのですが』と言ったら、如何にも嫌そうに『今は対応できない、担当者が来るまで待て』と舌打ち混じりに吐き捨てられる。で、時間まで待ったら『担当者がトラブルに巻き込まれて来れなくなった、隣の市で相談しろ』と言われる……全く以て気が狂いそうになる話だ」

「分かるぞ。特に担当者が来ないパターンが多くてうんざりする。苛々しながら何故来ないのかと尋ねれば、DV野郎と警察の銃撃戦が起きていて道が使えなくなった? 迂回してでも来いよ」

 

 

お役所仕事が煩雑でストレスフルなのはどの国も同じだが、担当者が銃撃戦を理由に欠勤する辺りが何ともアメリカらしい。銃の所持が州の許可制でない土地ではどこでも起こり得る話だ。あるいは、潜在的にはどの州も抱えてるリスクである。何せ、かつては許可制だった州も「修正第2条*3に反する」という反発を受け、許可不要になった州もあるのだから。

 

 

「その点、日本の役所の方がまだマシそうだな。少なくとも担当者が来ないなんてことは少ないんじゃないか?」

「公務員がむやみに休むと『税金使ってる癖に!』と叩かれるので、確かに滅多なことじゃ欠勤しないでしょうね。出勤さえしていればクビにならないとか揶揄されることもあるぐらいですし……ただ、クビにならないのも良し悪しみたいですけどね。要は環境が変わらないわけで、公務員は年功序列が厳しいという噂も聞きます」

「あー……無能な上司を飛ばせないってことか。確かにそれはストレスが溜まりそうだ」

「同感だ。俺も色々と難しい任務に当たってきたが、そういう時に限って担当する研究員が無能なのはどうにかならないのか? 現場の状況を全く理解せず、無茶振りしてくる研究員の声を聞くと……正直呪ってやりたくなる」

「魔術師って呪いとか使えるのか?」

「……ノーコメントだ」

 

 

ごほん。不意にインカムの向こう側から咳払いが響いた。

 

 

『君達の過酷な労働環境は重々承知しているが、過激な発言は控えるように』

 

 

異常空間の探索を行う場合、可能であれば常時司令部と通信を繋いだままにすることが多い。異常空間ではGPSが停止してしまう場合があり、そういう状況でもエージェントの状態をリアルタイムで知る手段になるからだ。

実際はバッテリー問題などから繋げっぱなしにできることは少ないのだが、今回はSCP-502-JPからいくらでも電気を貰えるので繋いだままになっていた。つまり、財団の官僚体制に対する“ささやかな会話”も筒抜けになっていたわけで──三人は顔を見合わせると、肩を竦めて役所内の無機質な廊下を歩き出した。

 

 

「さて、休憩はそろそろ終わりにするか」

「早く終わらせて観光でもしたいもんだ」

「そうですねぇ……」

 

*1
Donut County

*2
Social Security Number:社会保障番号。日本でいうマイナンバーに近いものだが、アメリカではより広範な状況で用いられる。

*3
アメリカの憲法において、誰もが銃を持つ権利があると宣言している部分。但し、ワシントンなど政治的に重要な地域では憲法を差し置いてでも厳密な規制が敷かれている。




※レッドテープ(Red tape)は英語版お役所仕事の表現。かつてイギリスでは公文書を赤い組紐で縛る風習があったことから、赤い紐がお役所仕事を表す言葉になったらしい。
※DV野郎と警察の銃撃戦は本当に発生している。銃社会であるアメリカではDVが即時殺人事件に発展する可能性が高いため、警察がかなり強引に押し入ってくる。どのぐらい強引かというと、自宅に立て籠もってもドアをハンマーで破壊して入ってくることがある。




タイトル: SCP-502-JP - 終わらないお役所仕事
作者: ukit
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-502-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-1999-JP - 杞憂の終末論
作者: hata_suke
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1999-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-1681 - 米帝の偶像
原語版タイトル: SCP-1681 - American Idols
訳者: gnmaee(NoTranslator)
原語版作者: Crayne
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1681
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-1681
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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