しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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※一部ジョークSCPが含まれますが、夢オチなので今回は番外編に含んでいません。



huhcat

窓の外を流れる雲を眺め、ひとつ欠伸を零す。到着までもうほとんど時間が残っていないのだが、ここにきて酷く眠たくなってきた。今回乗っている飛行機が財団所有の、他に客のいない機体だというのもあるだろう。機内は静まり返っており、微睡むような眠気が忍び寄ってくる。

 

 

「おい、円居。起きろ、着いたぞ」

「んぁ? あー……はい、起きます。うん、行かないと……」

 

 

結局眠ってしまったらしい。隣に座っていたエージェント・ジョーンズに肩を揺さぶられ、目を擦りながらふらふらと席を立った。まだ眠いが、早いところ日本支部から借りたアノマリーを返さなければいけない。

 


 

「まずはこれを受け取れ」

「突然の斧……!」

 

 

任務のミーティングのためクレフ博士の研究室に赴いたら、突然デスクの上に消防斧が登場した。何を言っているか分からないかもしれないが、事態に直面している円居が一番分かっていない。

 

 

「えっ、ほんとに何?」

「これはSCP-3535-JP、破壊耐性のあるものを破壊できる斧だ」

「へえ、すごいですね……ということは、今回はこれを使って何か壊してこいと?」

「ああ。ただ、完全破壊じゃなくて部分的破壊だ。対象はSCP-3318……聞いたことは?」

「あー……あります。一定範囲に入った人間を汚染して、それが見えているって言わせる死体群ですよね? 見えていると言ったら最寄りの人間が新たな死体として吸収されるとか……この前また新たに被害者が出て、ちょっとばかし噂になってました」

「そうだ。死体を取り込む毎に異常性は強化され、八人取り込んだ今じゃかなり小賢しくなっている。死体を減らせば知能も元に戻ると考えられているが、問題は有効範囲に入った際の汚染は記憶処理でも解除できないってことだ」

「それで僕に話が回ってきたんですね」

 

 

酷い話だが、ただ単に犠牲者が出るだけならDクラスを使えば済む。ただ、財団としてはSCP-3318の異常性を消したいわけではない。SCP-3318が死体を取り込みすぎて収容が難しくなる前に、初期発見時の状態──つまりは一匹と一人の死体だった状態に戻したいのだ。

しかし、Dクラスの中には無謀にも財団に歯向かってくる奴もいる。そして、誰が歯向かってくるかはその時にならなければ分からない。こいつなら大丈夫だろうと思って送り込んだとしても、急に気が変わって猫ごと破壊するかもしれないのだ。そんな悲惨なことが起きては困る。

 

 

「でも、確かSCP-3318って破壊耐性はあっても破壊不能ではないですよね? 何故わざわざこんな便利なアノマリーを持ち出したんですか?」

「ギリギリ破壊可能なオブジェクトを破壊する場合、プレス機なんかが必要になる。お前とその同行者だけでプレス機を運びたいんなら話は別だが」

「ありがたくお借りしますね!」

 

 

完全破壊なら重機なり銃器なり方法はいくらでもあるが、部分的破壊となると細かく作業できる道具でなければならない。斧で死体解体なんてあまり気乗りはしないが、こういう場合は致し方ないだろう。

 

 

「SCP-3535-JPは使い終わり次第、日本支部に返す必要がある。ついでにお前が行ってこい。次の任務は日本だから」

「分かりました」

 


 

斯くして円居は無事にSCP-3318の異常性低減を成し遂げ、斧を背負って日本まで飛んだ。そして、そのフライト中に転寝してしまった。有用な貴重品を持っている時に気を抜くべきではないのだが、正直なところ死体の解体というのは中々に重労働だ。たとえ死体を見慣れていたとしても。

不幸中の幸いは、破壊耐性のお陰で腐敗臭はしなかったことだろうか。ただ、破壊耐性のせいで死んだ直後のままだったため、斧が入った途端に鮮やかな血が噴き出した時は心底驚かされた。お陰で日本へ出発する前に一度着替える羽目になったのだ。最悪な体験だった。

 

 

「日本に入国禁止!?」

 

 

重労働を終え、ようやく日本に来たのにまさかこんなことになるなんて。

 

 

「一体どうして……」

「現在、日本ではアンニュイ・キャット・プロトコルが実施されています」

「アン……なに?」

「アンニュイ・キャット・プロトコルです」

 

 

財団私有地の空港に着くや否や、現れた職員が妙なことを言い出した。最近はすっかりアメリカ暮らしにも慣れたとはいえ、いくらなんでも一生日本に入れなくなるのはあんまりじゃないだろうか──いや本当になんでだよ。

 

 

「SCP-040-JPはご存知ですか?」

「え、ああ……入ったら猫の認識災害が発生する井戸小屋ですよね?」

「ええ。当初財団は井戸小屋を封鎖し、収容を行っていましたが……事案が発生し、大規模な収容違反に至りました。その結果、アンニュイ・キャット・プロトコルが実施されることになったのです」

「どういうこと……?」

「つまり、誰もがねこを見れるようになれば、それは異常ではなくなります」

「認識災害を豪快に広めるってこと!?」

 

 

そんなことがあって堪るか。収容の理念はどうした。

いっそのこと今からでもドッキリ成功のプラカードが出てきてほしいと切に願ったが、応対している職員の表情は至って真面目だ。この会話が聞こえているであろう周囲の職員達も真面目に働き続けているため、本当に日本支部では誰もが承知している事実らしい。恐ろしい話だ。悪い夢でも見ているのかもしれない。

 

 

「よく考えてみてください。これは決して悪いことではありませんよね?」

「財団的には完全に悪いことだと思いますけど……?」

「誰もが常に可愛いねこと見つめ合えるようになるんです。猫アレルギーで猫を飼えない人にとっては特に朗報でしょう。すでに猫を飼っている人は愛猫が嫉妬してしまうかもしれませんが……いずれ皆がねこと和解できると確信しています。私も先日16時間ほどねこと見つめ合い、充実した休日を過ごすことができました」

「狂ってる」

 

 

失礼ながら嘘偽りのない本音が零れてしまったが、相手は特に気を損ねた風もなく肩を竦めた。というより、寧ろ円居を見つめる目にはどことなく憐れみすら感じられる。

 

 

「エージェント・円居はその異常性ゆえに、決してねこを見ることはできないですよね……その境遇には心の底から同情しますが、ねこと分かり合えた皆の絆を破壊されては困るんです」

「まあ、僕が近づいたら認識災害に過ぎないねこは消えちゃうでしょうけど……」

 

 

財団的には消える方が正しいでしょ、と言える空気ではない。そんなことを言おうものなら、憐れみが敵意へ変わるのは容易に想像がつく。憐れまれるのも嫌だが、ここで派手に揉めるのも望ましくない。日本支部にいる誰もが最早まともでないなら尚更。

 

 

「ただ、我々としても不幸な仲間外れを作りたいわけではありません。今後研究を進め、円居くんの異常性を一時的に緩和できる装備品を作りたいと考えています。可能かは分かりませんが、何事もチャレンジあるのみですから」

「認識災害を封じられることこそが、僕がエージェントとして使われている大きな要因なのに?」

「致死性の異常相手だとか、空間に出口を担保するだとか、他にも仕事はあるじゃないですか」

「それはそうかもしれないですけど、やっぱりそういう問題じゃない気がします……」

 

 

初めて実感したことだが、人は集団の中でただ一人異なる意見を持つと混乱してくるらしい。財団の人間としては間違いなく自分の方が正しいを思いたかったが、こうも曇りのない眼で説得されると考えに自信が持てなくなってくる。認識災害を受けた時の気分というのは、もしやこういうものなのだろうか。

 

 

「じゃあ、まあ……もういいです。SCP-3535-JPだけここでお渡ししますね」

「あ、待ってください。エージェント・ジョーンズだけついてきてもらえますか? 本部にも布教する良い機会だと思うので!」

「え!?」

「ふむ、そうだな。折角の機会だし……」

「待ってください! そんな気軽に!? 食べ物一口頂戴、みたいなテンションで!?」

「では、こちらへどうぞ。円居くんはこちらで待機していてください。今、別の者が待機室に案内しますから」

「ちょ、待っ……ジョーンズ!」

 

 

あまりに無慈悲な展開に目の前が真っ暗になった。もしこのまま本部にまで広まったら、円居の居場所はどうなるのだろうか──

 

 

「おい、円居。起きろ、着いたぞ」

「はっ……!?」

 

 

びくりと体が痙攣するように跳ね上がり、混乱した頭で辺りを見回した。何の変哲もないが、人気のない機内の様子が目に入る。窓の外にはすでに滑走路が見えており、たった今着陸したばかりだと分かった。

 

 

「日本に、着いた……?」

「ああ。寝惚けてるのか? これからSCP-3535-JPを返すため、日本に来たんだろ」

「あ、ああ……そう、ですよね?」

 

 

どうやら本当に悪い夢を見ていたらしい。起きたばかりだからか、夢の中の出来事がまざまざと蘇ってくる。これといって身の危険を感じるような夢ではなかったはずなのに、異様な緊張感のある夢だった。

 

 

「ジョーンズ……」

「どうした?」

「ねこって、怖い生き物なのかもしれませんね……」

「……本当にどうした?」

 




※huhcatは猫ミームの一種。ヤギがめちゃくちゃ早口で何かを語り、相対する猫がハァ?となるアレ。


タイトル: SCP-3318 - ぼくがみえますか
原語版タイトル: SCP-3318 - CAN YOU SEE ME
訳者: C-Dives
原語版作者: Tanhony
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3318
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3318
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-3535-JP - マスターキー
作者: kyougoku08
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3535-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-040-JP-J - ねこですよろしくおねがいしません
作者: snoj
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-040-jp-j
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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