星が見える。本来顔があるべき位置には何のパーツもなく、ただ無数の輝きが込められていた。頭部らしい形状すら見当たらない。電球にラメ入りの黒い塗料を流し込んだら、こういう風になるのではないだろうか。あるいは、ビーズを縫い込んだビロードか。
しかし、それには妙な生々しさがあった。到底作り物とは思えない感覚だ。本当に手が届く位置に星空が下りてきたような錯覚を抱く。それは首から下のゆらゆらとした揺れに合わせ、ちかちかと小さく瞬いた。
「今日は特別なお客様がいらしたようですね」
口はないが流暢に発話している。滑らかな男の声に思えたが、どこか奇妙な響きを帯びているようにも思えた。
「もしや、最近よくいらっしゃる方々のお仲間でしょうか?」
「あなたは……」
「嗚呼! その先は少々お待ちを。あなたとしては、私のことより憐れな彼らの方が気になるのでは?」
男の口調は朗らかだが、声音には微かな嘲りが眠っている。ともすれば思い過ごしと考えてしまいそうなほどわずかなものだが、本能が「こいつは好意的な存在ではない」と感じ取っていた。
「折角特別なお客様がいらしたんです。とびっきりのおもてなしはいかがでしょう? 例えば……そう、あなたが気にしている彼らとのプライベートな対面だとか。勿論、公平にどちらとも話させてあげましょう!」
「……何故そんなことを?」
「何故? 何故って? そりゃあ……」
繰り返すが、そこに口はない。しかし、確かに理解できた。目の前の存在が嗤った。
「興味があるからです。ずっとずっと待ち続けた救いの糸が垂れてきた時、彼らはどのような顔を見せるのでしょうね?」
「どうでしたか?」
開演まであと数分という段階になって、再び受付の男が近づいてきた。そもそもこいつが男なのかすら分からないが、少なくとも声音は男性的だ。
「どちらを助けるおつもりですか? 最初の被害者? それとも二番目の被害者?」
「まだ決めていません。次に来る時までに決めておきます」
「おや、まだ演目も始まっていないのに帰られるのですか?」
「武器を取ってこなければいけませんから」
男は早々に立ち去ろうとする様子にわずかな苛立ちを垣間見せたが、続いた言葉に調子を取り戻した様子だった。
「それはそれは……では、次のお越しを楽しみにお待ちしております」
「で、結局神格実体だったと……受付の顔面にSCP-5993-1特製手榴弾でもぶち込んだの?」
「顔はなかったですけどそんなことしてません。穏便にSCP-5993-1製ミストを入ってすぐのところで噴霧してみたところ、強烈な拒絶反応が出たことで攻撃に移ったんです」
「うーん……穏便だ」
ブライトは軽く頷き、モニターから顔を上げた。神格実体という厄介な案件を処理していたからか、彼の目元にはわずかに疲労の色が見て取れる。
「にしても、本部はよくすぐに神格存在だろうと判断しましたね」
「まあ、消去法的にね。あのサーカスが百年以上も存在していることを考えれば、人ではないものが意図的に関わっている可能性が高い。勿論、人間であっても魔術師や現実改変者なら百年生き続けるぐらいは簡単だけど……正直なところ、人間が百年も同じことを馬鹿みたいに続けるのは何かしら強い動機がないと難しい」
「そういうものですか?」
「ああ。私からの実体験だ」
「……なるほど」
すごい説得力だと頷き、円居はブライトから差し出された休暇許可証を受け取った。円居やアイリスのような特殊エージェントにも休みはあるのだ。
「確かに人間同士が殺し合う類の儀式は実在するが、その割にテント内には儀式的な準備が見当たらない。この時点で人間の関与はほぼあり得ない……百年も続ける動機がないからね。ついでにいうと、悪魔が関わっていると仮定するならテントの中に地獄的な要素がなければおかしい」
「地獄的な要素……」
「これは色々あるんだけど、一番分かりやすいのは悪魔が人間を責め立てるという構図だな。人間が人間を苦しめるんじゃなくて、重要なのは悪魔が人間を苦しめるということだ」
「地獄に獄卒の鬼がいないとおかしいみたいなもんですか」
「そこだ。鬼。実は我々には日本特有の鬼という概念は理解が難しくてね。デーモンと訳されるが、悪魔学的な悪魔とは全く異なる……まあ、この話は長くなるから置いておこう。幸いにして鬼がやらかした事件はたくさん報告が上がっているから、それらと比較して鬼でもなかろうという話になった。彼らも悪魔とは理由が違えど、見て楽しむためだけに人間を嬲り殺すことは滅多にないようだからね」
ふと、以前如月工務店が作った公園を調査したことを思い出した。あれも生きながらにして幼い子供を人柱にするという胸糞悪い代物だったわけだが、確かに楽しむためにやったわけではなかった。鬼と一口に言っても様々なようだから例外はいるかもしれないが、少なくとも財団が認知している中では何かしら目的があってやらかすことが多いようだ。だから良いというわけではないが。
「勿論、世の中にはカテゴライズできないような未知の異常存在もいるだろうが……何の利益も生まないと分かっていながら、ひたすら人間を嬲って嗤っている様がどうにも神っぽいんだよな。SCP-5993-1は神格存在相手でなければ無害だし、試してみて損はないという判断だったんだろう」
「暇を持て余した神々の遊び……」
「ま、そんな感じ。神っていうのは大抵人間に敵対的で、おまけにスキルもフィジカルも凄まじいときた。それをさっさと処理できるんだからSCP-5993様様だ。尤も、あれもむやみやたらと使えるほどの量はないから、今回はサーカスに転移能力があるであろう事実も評議会の判断を後押ししたんだろう」
「そういえば、各地を転々としながら子供を攫っていたみたいですが……普通に考えたら、あんな目立つサーカスが公然と興行していたらさすがに噂になっているでしょうし、多分SCP-1003-JP-Bの力で転移していたんでしょうね」
「あんなもんが大手を振って道を歩いていたら、蒐集院がすっ飛んできてしばき倒していただろうな」
あのサーカスができた当時、財団はまだ日本に存在しなかったわけだが、その代わりとなる蒐集院が世間を監視していたのだ。しかも、蒐集院は時に財団よりも過激な手段を取ることがあったため、その目を逃れるためには何らかの力を使っていたと考えるのが妥当だろう。
「……あの子供と、キャストはどうなるんですかね?」
「んー……あれはもうそういう生き物として成立してしまっているからな。実際、SCP-1003-JP-Bが消滅しても彼らの状態は元に戻らなかった。蒐集院の遺産にはもしかすると人間の魂を自由に入れ替える術式なんかがあるかもしれないが、財団が似たようなことをするのは制度的にも難しい。少なくとも、双方あの体で過ごしてもらう他ないだろうね」
「そう、ですよね……」
サーカスに売られ、死ぬまで非人道的な労働をさせられる苦痛から逃れたいと願った障害者。何の咎もないのに攫われ、訳も分からないまま百年の苦痛を背負わされた子供。体を奪った側と、百年も延々と責め苦を与え続けた側。
先に手を出したのは障害者だが、彼らはまさしく藁にも縋る思いだったのだろう。
「現代の医療技術なら欠損に関しては優れた義肢があるし、ある程度の奇形は整形によって違和感を減らせる。少なくとも百年前よりは生きる苦痛も少ないだろうが……そういう問題じゃないと言われてしまえばそれまでだな。あとはクラスF記憶処理でこれまでの人生の大半を消去して、元からそういう人間だったとして生きていくか……人道的観点での是非はともかくとして、自覚的な苦痛は減るだろう」
「こういう人型実体の扱いって倫理委員会が監視していますよね? 彼らはどう考えているんですか?」
「うーん……彼らの考えは正式な勧告が出るまで部外者には窺い知れないからね。ただ、倫理委員会の一存で全てを決められるわけじゃないし、財団にとっての利害も含めてクラスF記憶処理による人格の調整案になるんじゃないか?」
クラスF記憶処理は現状財団にとっても試験的な手法であり、その効能の強さから濫りに実験できずにいる。つまり、財団は今回の件でクラスF記憶処理の貴重なデータを得られるし、倫理委員会としても彼らの自覚的な苦痛を減らせるという意味では悪くない選択肢だろう。
勿論、人生を全て奪い去るという決断は“倫理的”とは言えないが、財団にも全ての物事を元に戻すことはできない。財団が選べるのは現状維持で彼らの憎悪をそのままにしておくか、倫理的に危うい行為であることを承知の上で彼らの人生を書き換えるかだ。
「まあ、興味があるなら決まった時に教えてあげるから、今日はもう休みなさい。逸樹も疲れただろう」
「……はい。それでは失礼します」
タイトル: SCP-1003-JP - 自由を求めたサーカス団
作者: Reset Button
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1003-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-5993 - 俺たちはお前らに天国に来てほしいんだ、だからそのミツバチどもに関わるな
原語版タイトル: SCP-5993 - We want you to come visit Heaven, just don't fuck with those bees
訳者: C-Dives
原語版作者: ch00bakka, Deadly Bread
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-5993
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-5993
ライセンス: CC BY-SA 3.0