「博士、有望株に目を輝かせるのはいいですけど、今度こそ新人の前で倒れないでくださいね。ああいうことが続くと、ただでさえ人気のないオネイロジストでさらに人材確保が難しくなるので……」
「あの時は倒れたんじゃないわ。立ちながら寝たのよ」
「余計に悪いですね」
「こんにちは、エージェント・円居。私はサイト-19管理官のギアーズといいます」
「……はじめまして」
奇妙な居心地の悪さを堪えながら、円居は小さく頭を下げた。別に感じの悪い人というわけでもなく、管理官という立場を考えれば寧ろ腰が低いとも思えるほど丁寧な言動だ。しかし、何やら居心地が悪い。
「普段、あなたのミーティングはブライト博士やクレフ博士が行いますが、今日はどちらも別件で手が離せないため、サイト-19管理官の一人である私がミーティングを行います」
「はい。よろしくお願いします」
あくまで仕事の付き合いなので当然なのだろうが、とにかくお堅い。普段なら初対面の研究員やエージェントでも、こちらに悪感情がない限りは愛想笑いや雑談の一つでも交わされるものだが、ギアーズ博士の表情や言動には一切の無駄がない。にこりともしなければ、口から出てくるのは淡々とした声音の説明ばかりだ。特段文句を言うことではないにせよ、おそらく居心地の悪さはこの異様な無機質さが原因だろう。
まだ仕事は始まってもいないというのに、円居は妙な試練を課せられている気分になった。勿論、真面目に仕事をこなすのは寧ろ良いことなのでとやかく言えるはずもなく、円居としても表面上は涼しい顔で耳を傾けるしかない。
「今回、あなたにはアナ・ゴールウェイという下級研究員の様子を確認してもらうことになります。彼女は半月前から反ミーム性を備えた異常実体がサイト-19内を徘徊し、職員と近隣住民を襲い死なせていると主張しています。しかし、O5-8*1の判断によればそういった事実は存在しません」
反ミーム性の厄介なところは、それが何をしたとしても周りは理解できないということだ。仮にそいつら*2が街中を堂々と闊歩し、人々を恐怖に陥れたとしても、誰もそのことを覚えておくことはできない。収容した財団ですら、どうやって確保したのかすら分かっていない。
何かあったかもしれないし、何もなかったかもしれない。この不気味さが反ミームの厄介な問題だが、一方で反ミームを専門的に取り扱う人々もいるからこそ致命的な事態は避けられているとも言われている。但し、誰もその部門についてはよく知らない。それもまた反ミーム性による影響だと言われているが、味方のことですら“いるかもしれないし、いないかもしれない”なんて話になってくるのだから、反ミームというものがどれだけ頭の痛い問題かが分かるだろう。
「当然ながら、彼女にはそういった事実が存在しないことは伝えました。しかし、彼女は頑なに『反ミーム性のせいで分からないのだ』と主張しています。彼女は財団が反ミーム性に対し有効な手段を持っていないと認識しており、外部からの介入によりこの認識を覆すことは不可能でした」
確かに反ミーム部門自体は謎の存在だが、少なくとも反ミーム性に有効とされる記憶補強剤はそれなりに有名な代物だ。記憶処理剤との併用ができないため大半の職員は実際に飲んだことはないだろうが、存在は広く知られている。それすらも分からないとなると、ただ単に狂って妄想に憑りつかれているというより、何らかの異常性の影響を受けて認知が歪められている心配をしなければならない。
「また、彼女の被害報告にも疑問が残ります。このサイト-19は周辺数キロ圏内には民間人がおらず、近隣住民というものはそもそも存在しません。こうした矛盾点を踏まえると、彼女が果たして自分の所在地を正確に認識できているのかも怪しくなってきます」
サイト-19は財団最大の施設であり、その広大な敷地を確保するために市街地を避けて建設された。以前サイト-19の研究棟が一部走り出した時も、ヴェールが捲られる危険がなかったのはひとえにここら一帯が無人の地だからだ。
サイト-19の近隣はそれこそ何キロも離れたところにある街であり、そこで人が死ぬのと、サイト-19で人が死ぬことが同列で語られるのは距離的にもかなりの違和感がある。つまるところ、ゴールウェイは自分が今サイト-19にいることすら理解できていないのかもしれないのだ。それこそサイト-73のような市街地ど真ん中にある施設だと誤認している可能性もある。
「これまでいくつかの矛盾点を挙げましたが、実際のところここから原因を特定するのは容易なことではありません。それでも重要な懸念点は早期に判断しておく必要があります。そのためにも、あなたにはゴールウェイ研究員と面談をしてもらいます」
円居が近づいても尚認知が歪められたままなら、少なくとも現実改変や精神影響によるものではないと分かる。あるいはもし円居の接近によって症状が改善するなら、あまり考えたくはないが施設内に現実改変者が忍び込んでいたり、財団も把握していない内にゴールウェイがどこかで精神影響系の異常性に曝露した可能性が出てくる。いずれにせよ、候補を絞る消去法としては手っ取り早い手段だ。
「こちらのファイルを渡しておきます。確認事項についてはそちらを確認してください。但し、中身をゴールウェイ研究員に見せないよう気をつけてください」
「ギアーズ博士、ただ今戻り……ラメント?」
「やあ、円居。お帰り」
面談を終えてギアーズの研究室に戻った円居だったが、出迎えたのは部屋の主ではなく見慣れたエージェントだった。無表情だったギアーズとは打って変わり、にこやかに笑みを浮かべたラメントがひらひらと手を振っている。
「ギアーズ博士は急遽連絡が入って出ていったから、代わりに僕が出迎えるように言われたんだよ」
「管理官ともなれば忙しいんでしょうね……けど、なんでラメントなんですか? ギアーズ博士の助手だったりするんですか?」
「んー……ギアーズ博士の助手はアイスバーグだよ。けど、最近ちょっと調子が悪いみたいでね。彼がいない時は僕が手伝っているんだ」
「へえ、大変ですね」
「マン博士を補佐するよりは楽な仕事さ。急に妙なことを言って走り出したりしないし」
ふと、円居の脳裏に「いいことを思いついた!」と言って走り去るブライト博士の姿が思い浮かんだ。そして、その様を青筋立てて睨みつけるディオゲネスの様子も。
円居はマン博士とあまり交流がないので人柄について詳しくないのだが、もしかするとブライトと似たような人物なのかもしれない。
「それはともかく、ゴールウェイとのインタビュー中に装着していた記録媒体を回収するよ」
「ああ、はい」
「それと、実際に対面した君の所感も聞いておかなきゃならないんだけど……どうだった?」
「事前に聞いていた通り認知に齟齬が見られ、会話中にそれが正常化することはありませんでした。一方で、話していると齟齬の生じ方がなんというか……自然? ただ単に記憶が空白になっているわけではなく、自分がそれを知らないことへの理由付けがちゃんと成されているのがかえって違和感を覚えました」
「うーん……話を聞く限り、夢界実体に憑りつかれているような感じもあるね」
SCP-2012-JPのような事例を見れば分かる通り、夢の中の出来事というのは時に重大な影響を与える。睡眠という人間が最も無防備になる瞬間に、頭の中で好き勝手暴れ回る存在がいたらどうなるかという話だ。物理的な被害が出せないからといって、決して無害だとは言えないだろう。
「確か、財団には夢界学者という人々がいるんですよね?」
「オネイロジストだね。とはいえ、彼らは数が少ないから今回のように実害が限られる場合、保存的対応を主張するかもしれないけど……まあ、その辺は彼らに調査を依頼してみないと分からないね」
「保存的対応?」
「SCP-1646-JPみたいな収容方法だね。要は夢界実体の収容を維持するため、敢えて何も知らない職員を常に一人差し出すってことさ」
「それは……」
「まあ、もしオネイロジストがSCP-2455-JPの憑依条件を割り出せたら話は別だけどね。例えば明晰夢を見る人間なら誰でもいい場合、素質のあるDクラスを探し出して明晰夢訓練を受けさせることでゴールウェイは助かるかもしれない……ただ、SCP-1646-JP然り特定の精神性を持つ人間を好んで憑依する夢界実体は珍しくないから、そういう場合Dクラスじゃ条件を満たせないことも多い」
「なんというか、色々と上手くいくことを願いたいですね……」
「まあね。何にせよ、まだ何も決まっていない内に悲観するものじゃないさ。円居も今日は騒がしい上司二人から解放されているんだし、軽く気晴らしでも──」
その瞬間、全ての音をかき消すような音量で警報が鳴り出した。各部屋に設置されたスピーカーから『収容エリア8で収容違反。機動部隊は直ちに出撃してください。研究員は最寄りのセーフティルームに入り、指示があるまで外に出ないでください』というアナウンスが流れてくる。
「……正直なところ、反ミーム実体が何人も殺し回っていると言われても、咄嗟に何の感想も浮かんでこないのは日常的に事件が絶えないせいだと思うんだよね」
「反ミーム性があるということと、破壊耐性があるかどうかって別の問題なので……下手したら実在したとしても何かのインシデントに巻き込まれ、誰にも知られない内に死んでる可能性すらありそうですからね」
タイトル: SCP-2455-JP - ] - 私を殺すもの
作者: stengan774
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2455-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: 未定義 - 収容チャンバー#3942
原語版タイトル: UNDEFINED - Containment Chamber #3942
訳者: UtsuroShip
原語版作者: Jack Ike
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3942
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3942
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-3000 - アナンタシェーシャ
原語版タイトル: SCP-3000 - Anantashesha
訳者: YS_GPCR
原語版作者: A Random Day, djkaktus, Joreth
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3000
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3000
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-2012-JP - ざんその教会
作者: toritsukushima
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-2012-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: SCP-1646-JP - 全ては夢の中で
作者: amamiel
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1646-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0
タイトル: 知名度のそれほど高くない財団キャリアのためのトレーニングセミナーの抜粋
原語版タイトル: Excerpts from Training Seminars for Lesser Known Foundation Careers
訳者: C-Dives
原語版作者: Ihp
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/excerpts-from-training-seminars-for-lesser-known-foundation
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/excerpts-from-training-seminars-for-lesser-known-foundation
ライセンス: CC BY-SA 3.0