日本某所の住宅にて、何とも奇妙な光景が出来上がっていた。
本来の家主がいない家の中には、銃刀法をも無視して武装した黒スーツの男が二人。そして鍛え抜かれた彼らが持っているのは、1990年代に流行った某卵型の玩具──傍らには真新しい鶏卵。ちなみに、鶏卵はきちんと数パック分の予備が用意されている。
事情を知らない第三者が見ればシュールな光景に失笑してしまいそうだが、当事者は至って真剣である。何せ、これは歴とした財団エージェントの調査任務であり、紛れもなく正しい世界の行く末が懸っているのだから。
「先輩、隣家に接近する人影あり。これは……東隣の家に住んでいる男子高校生ですね」
「よし。彼が家に入り次第、もう一度SCP-885-JPを使用するぞ」
SCP-885-JPとは、先輩エージェントが手に持った小型ゲーム機のことである。一見するとあの卵から孵った生き物をウォッチするゲームに似ているが、その実態は全く異なる。
画面に卵が表示されるところまでは同じなのだが、これはそれを割る玩具なのだ。しかもこれ、画面内の卵と共に現実側で最も近くにある実物の『卵』も割れてしまう。製造者である"博士"曰く、博士のわくわく卵割りマシーン。
海外で活動するワンダーテインメント博士のパチモン。一応は子供を楽しませようという意志はある本家と違い、徹底して幼稚な悪意しか持っていないド三品──そんな博士が作ったものなのだから、ただ単に卵が割れるだけの可愛らしい商品であるはずもなく。
このオブジェクトの厄介なところは、卵の定義が広すぎる点だ。端的に言えば、これは本来卵生でない生き物の『卵』──哺乳類の子宮も卵と見做して割ってしまう。この特性のせいで、財団が確保するまでに数多くの妊婦が子宮破裂による大量出血で命を落としている。一番最初のオブジェクトはたまたま財団のエージェントが発見したからまだよかったのだが、2個目のオブジェクトは何も知らないただの子供が手にしてしまったためだ。この2個目も今は財団が確保しているが、性質の悪いことに最低でもあと4個は未収用のオブジェクトが存在する──いや、今回で3個目は確保したため残り3個だ。
SCP-885-JPは悪趣味極まりないオブジェクトだが、研究も概ね済んでいるため、以降は発見次第確保でいい──はずだった。事がそう単純でなくなったのは、不審死のカバーストーリーを流布させるべく被害状況を確認していた時のことだ。
「──SCP-885-JPを所有していた人物の家宅を一時的に接収しての実地調査? なんでまた?」
「念のためだ。単に3個目が粗悪品だったというだけの可能性もあるが……今回は被害状況に妙なパターンがある」
「というと?」
「夜間だけは一件も被害が出ていない。被害が出なくなる時間帯にはばらつきがあるが、少なくとも19時から6時までは被害件数ゼロだ。加えて、土日もゼロとまではいかずとも被害が激減している……にも関わらず、サイト内での実験においては時間帯を問わず異常性の発現が見られた」
「……発見された家宅周辺に、異常性の発現に関わるような誰かがいる?」
「断言はできないが、人が家にいる可能性が高い時間帯や曜日によって変化が現れるのなら、それを確認する必要がある……場合によっては長期の調査になるだろうが、しっかりと頼むぞ」
担当研究員からの指示に、現地エージェントは何とも言えない顔で頷いた。都会という人が密集して暮らしている土地柄を考えれば、人の移動を考慮した現地調査なんて気の遠くなるような話だ。
とはいえ、まだ救いもある。財団的にいえば、少なくとも極めて危険な物品そのものはすでに回収済みで、その後の調査は取り急ぎ人の生き死にや世界の正常性には関わらないこと。また、すでに挙げられた時間帯の傾向から、関わっている人物は主婦や子供である可能性が高い。勿論、19時に帰宅できる職種の社会人もいるだろうが、それはそれであまり多くはないだろう。ひとまずは主婦や子供を対象として、近隣住民の出入りに合わせてSCP-885-JPの起動を試みることになったのだが──
「……割れて、ない? 先輩、ちゃんとボタン押しました?」
「間違いなく押した。画面に悪趣味な映像も流れている。これは……当たりか?」
接収した家に張り込んでからすでに数時間が経過しているが、幸運にも早い段階で訪れた転機にエージェント達は顔を見合わせた。数時間で早いのかと思われそうだが、現地調査は下手をすれば数か月かかることも珍しくないため、これは桁違いの幸運に恵まれたと言っていいだろう。
SCP-885-JPの画面上には相変わらず悪趣味な卵割り映像が流れているが、肝心の卵が割れる気配は全くない。これまでの実験から最も近くにある卵が割れるはずだが、被害を出さないために用意された鶏卵には傷一つついていなかった。
「カント計数機の数値は?」
「ヒューム値は正常。現実改変の兆候なし」
「なら、担当職員に連絡を頼む」
「了解」
人間の移動によって他の異常性に変化が現れるとなると、最もあり得るのが現実改変者が潜んでいる場合だ。普通なら原理も分からない異常性を問答無用で封じるなどあり得ないが、その『あり得ないこと』を実現できてしまうのが現実改変者である。そのためエージェント達は異常性の失効時にヒューム値を計測するよう指示されていたが、カント計数機に表示された数値には一切の乱れがなかった。つまり、対象は改変に頼ることなく他の異常性を抑制できる可能性が高いということだ。
勿論、異常性の定義は最終的に担当研究員の裁量だが──奇妙なこともあるものだと首を傾げながら、SCP-885-JPを持っていたエージェントはそれを厳重にケースへとしまい込んだ。確認のため持ち出してきたが、万が一にも紛失しては本末転倒である。危険物が決して再び世に出回ることのないよう施錠まで済ませた時、博士と連絡を取ったエージェントが奇妙な表情を浮かべながら戻ってきた。
「どうした?」
「実は、本部の人員がすぐ確認に向かうからそこで待機するようにと……件の少年が移動する場合は尾行するようにとも言っていました」
「は? 本部の人員?」
「ほら、一昨日から噂になってた例の……」
「……あの有名な博士のことか? しかし、なんでまたそんな有名人が……?」
「さあ……?」
エージェント達の脳裏を過ったのは、支部内で広く駆け巡ったとある噂だ。
曰く、本部でも有名な問題児博士が日本に来ていると。これだけだと一体どの問題児なのか分からないが──いや、問題児の該当者が複数人いるのもどうなのかと思うが──今回噂に上ったのはいつもウクレレとショットガンを携え、にやにやとチェシャ猫のように笑っているというクレフ博士だ。
表面上は本部からの監査という名目だったが、支部内の誰もが目的は別にあるのではないかと勘繰っていた。何せ、寄越されたのがあのクレフ博士なのだ。有能であるが故にセキュリティクリアランスは高いが、その言動を知れば誰もが素行に難ありと断じる人物である。間違っても監査に向いた人物ではない。一応クレフ博士のお目付け役らしき研究員が一緒に来たらしいが、簡単に制御できる人物がいるなら問題児はその名を轟かせてはいないだろう。
勿論、日本支部で何か重大なインシデントが起きた後とかなら、まだわかる。そういう場合はどれだけ普段の素行に問題があろうと、荒事も含め様々な状況に対応できる人員を送り込むだろう。だが、幸いなことにここ最近の日本は中々に平和である。いつもどこかで事件は起きているが、財団の体制や正常な世界を脅かすほどのことは起きていない。
だが、推測できるのはそこまでだ。本部の挙動に怪しいものを感じたとて、具体的に何に起因するものなのかは分からない。報告するなり遥々飛んでくるというのだから、あの少年に何かあるのかもしれない。が、さすがにそこから何かを断じるには材料が足りない──そもそも何か気付けたとしても、本部に相対する決定権を持つのはもっと上の人間だ。怪しくは思うものの、現場の人間はただ言われた通りにするしかない。幸い、不審ではあっても危険ではなさそうなことを感謝するべきだろう。
「……というか、どこから来るんだ? 噂は別のサイトから伝わってきたはずだし、少なくとも最寄りのサイトからじゃないよな?」
「都内にはいるみたいですし、夜までには来ると思いますよ。深夜にはなるでしょうから、今日中に対象と接触するのは難しいかもしれませんが……」
「……はあ。今晩はここで泊まりだな」
当初の捜査目的が早々に果たされたため、今日は早く帰れると喜んでいたが──どうやらいつもと同じように残業のようだ。
タイトル: SCP-885-JP - 博士のわくわく卵割りマシーン
作者: north_country
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-885-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0