しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「暫定通達:SCP-████の管理に関わる職員は、特殊なラベリングが施された記憶処理薬を常備するように。対象は通常の記憶処理薬は効能が現れない場合があり、該当職員は有事の際に備えて常に特定の記憶処理薬を所持して職務に当たることが求められる」- クレフ博士


目が覚めたら……

ふと、話し声で目が覚めた──目が覚めた?

瞬時に違和感を抱き、慌てて起き上がった。

 

 

「やっとお目覚めか?」

「……!?」

 

 

起き上がったといっても、傾いていた上体だけ起こしたという方が正しい。どうやら新幹線や飛行機のようなリクライニングチェアに寝かされていたようで、体の下に柔らかい座面の感触があった。

そして、目の前には帽子を被った外人。鍔が落とした影から覗く双眸は青と緑のオッドアイだった。随分と物珍しい風貌だが、それに感心している場合でもない。

目が覚めたら知らない場所、知らない相手の目の前──叫ばなかったのはひとえに前回の経験があるからだろう。この世の異常な側面を知っているからこそ、何か起きた時に叫んだり慌てたりするのはあまり良くないことだと分かっていた。

 

 

「随分と落ち着いてるじゃないか。それとも驚きすぎて声も出ないか?」

 

 

先程椅子について乗り物のリクライニングチェアのようだと感じたが、実際周囲は飛行機のような場所だった。何なら飛んでいる。窓の外にはよく晴れた青空が広がっていた。

しかも、映画で見るような個人ジェットの類らしく、周囲に他人の気配は感じない。機内が広々としていて何とも贅沢──なんて笑える状況じゃない。一歩間違ったら命に関わる──いや、それはないか。もし命を狙うつもりならこんな手間をかけず、どこかでさっさと手にかけているだろう。特に今の自分はもう現実改変能力のような身を守る手段もなく、襲われたらひとたまりもない。

 

 

「おい、聞いているのか? というか、そもそも英語はわかるのか?」

「……分かる」

「なんだ、喋れるじゃないか。これなら本部でも上手く暮らせそうだな。実験の度に翻訳係をつけずに済みそうで何よりだ」

「実験……?」

 

 

人を一人攫っておいて平然とした態度。犯罪者という感じでもないのに妙に泰然とした様子の外人。気絶した人間を連れて空港を通過する手段を持ち、さらには個人ジェットを出せる存在。

何やら嫌な予感がする。脳裏を過ったのは、目の前の男が財団の人間じゃないかということだった。なまじ前回は現実改変者同士の繋がりから財団のことを知り、その動向に関し常に怯えていただけに、すぐさまその可能性が頭に浮かんだ。

いやでも、何故財団が今更自分を攫うのか。今の自分は現実改変者ですらなくなった普通の人間のはずなのに。

 

 

「あの、あなたは……」

「この状況より私が誰かということが気になるのか? 肝が据わっているのか、平和ボケしているのか分からないが……私はアルト・クレフ。これから君を収容する組織の一員だ」

 

 

収容。終わった。こいつ、本当に財団の人間だ。経験上焦ってもどうにもならないと分かってはいるのに、予想だにしなかった展開に頭が真っ白になる。

 

 

「君は──」

 

 

目の前の男が続けて何か言いかけたその時、腹の底に響くような重低音が響き渡った。ドン、と重たい音と共に体が揺れる。

 

 

「はあ……招かれざる客が来たようだ」

 

 

すっと席を立った男の手が、こちらへ伸びてくる。それに反応する暇もなく、首に鋭い痛みが走った。

 

***

 

ふと、話し声で目が覚めた──けど、瞼を開けても目の前は真っ暗だ。頬に触れた布の感触から、目隠しをされているらしいことに気付いた。咄嗟に外そうと手を上げようとしたところで、全身を拘束されていることにも気付く。自身を抱き締めるような形で腕を折り畳まれ、その上からベルトか何かで縛られていた──何がどうなっている?

 

 

「お目覚めか?」

「あなたは……」

 

 

先程と違って何も見えないが、聞き覚えのある声だった。妙に威圧感のある声音は中々忘れられない響きを帯びている。

 

 

「先程名乗ったはずだが、私の名前は覚えているか?」

「……クレフさん?」

 

 

促されるまま何気なく答えた拍子に、声がする方とは別のところから息を呑む音が聞こえた気がした。先程はクレフさん一人だったはずだが、今は傍にもう一人いるらしい──けど、何故急に驚いた様子で息を呑んでいるのだろうか。

 

 

「……やはりか」

 

 

どこか考え込むような呟きを最後に、再び首筋に痛みが走った。たとえ縛られてなかろうと抵抗できなかっただろうが、何度も何度も人の首に何かを刺し過ぎじゃないだろうか。

 

 

▼△▼△▼

 

 

「クレフ博士、これって……」

 

 

困惑しているグラスを気に留めず、クレフは今目の前で起きたことについて思案していた。先程この飛行機が襲撃されたため、少年に記憶処理を行ったのだが──クレフの名を覚えているということは、明らかに記憶処理が利いていない。

 

つい先程のこと。上が危惧していた通り、財団が動いたのと同時にカオス・インサージェンシーがこの少年を奪おうと襲ってきたのだ。慎重に動くことが多い財団が研究に先んじて本部への移送を選んだ時点で何かを気取られたのだろう。

勿論、クレフと機体後尾に待機していたエージェントによりすでに鎮圧されている。何なら今も視界に入る位置で死体が転がっている。最低限袋には突っ込んだが、空の上では死体処理ができないので致し方ない。少年を縛り上げて目隠しをさせておいたのも、万が一死体に気付かれてパニックを起こされたら困るからだ。

とはいえ、本来なら別に死体を見てパニックを起こされても問題ない。大抵の問題は記憶処理すればいいだけだ。

 

だが、選択的に異常性を抑制する性質を目の当たりにした時、クレフはふと嫌な予感を覚えた。

記憶処理薬というのは基本的に何かしらのアノマリーから作られている。その原材料はいくつかあるが、中には人間を容易く廃人にしてしまうような代物が素材になっていることもある。

なら、もしも少年の異常性が自身にとって脅威となり得る対象を抑制することだった場合、そうした危険なアノマリーから作られた記憶処理は成立するのだろうか──そういった危惧から念のため目隠しや拘束具を調達しておいたのだが、予想が的中したとしても嬉しくない展開だ。財団が恙なく仕事ができるのは記憶処理の存在が大きく、それができない相手がいるとなると話が違ってくる。

 

 

「……ひとまず移動中に追加で薬を入れて、眠らせたままサイトまで運ぶぞ」

 

 

極論、今回の件は記憶処理できずとも問題ない。襲撃が起きてすぐに気絶させたため、何が起きたかはっきりとはわかっていないだろう。

しかし、彼に利くタイプの記憶処理薬があるかどうかは早急に確かめる必要がある。通常、記憶処理薬は処理の強度によって分類されており、それが『どれ』から作られた薬なのか一目で確かめることはできない。だが、本部まで戻れば材料別に試すこともできる──彼に利く薬があるといいのだが。

 

 

▼△▼△▼

 

 

ふと、話し声で目が覚めた──目が覚めた?

瞬時に違和感を抱き、慌てて起き上がった。

 

 

「お目覚めか?」

「……!?」

 

 

目が覚めたら知らない部屋だった。そこのベッドに寝かされていたらしい。ドラマなんかでよく見かけるシチュエーションだが。実際に味わうと血の気が引く展開だ。

そこは白っぽい部屋だったが病室のような場所でもなかった。病室にしては広々としており、その一方で窓が見当たらない。きちんと調度品が揃えられた部屋だが、どこか無機質で息苦しさを覚える雰囲気が漂っていた。

そして、目の前には帽子を被った外人。ベッド脇に腰掛け、何を考えているのか分からない表情でこちらを見つめていた。鍔が落とした影から覗く双眸は青と緑のオッドアイだ。随分と物珍しい風貌だが、それに感心している場合でもない。

目が覚めたら知らない場所、知らない相手の目の前──叫ばなかったのはひとえに前回の経験があるからだろう。この世の異常な側面を知っているからこそ、何か起きた時に叫んだり慌てたりするのはあまり良くないことだと分かっていた。

 

 

「私の名前は覚えているか?」

「え……?」

 

 

どこかで会ったことがあるだろうか。いや、ないはずだ。金髪の如何にも外人といった出で立ちだけでなく、この目立つオッドアイである。一度でも会ったことがあれば必ず記憶に残っているだろう。

 

 

「……よろしい。ならば自己紹介しようか。私はアルト・クレフ。これから君を収容する組織の一員だ」

 

 

▼△▼△▼

 

 

ようやく人心地ついた気分で収容室を離れ、クレフは息を吐いた。仕事だから適当にある程度の説明はしておいたが、少年が理解し切れたかどうかは分からない。さすがにそこまではクレフの仕事でもない。彼の気分が落ち着けば、人当たりのいいグラス辺りが丁寧に説明するだろう。

 

 

「……ワン博士の請願が通ってなかったことを感謝すべきだな」

 

 

クレフは独り言ちながら、ポケットに入っていた記憶処理薬に視線を落とした。一見財団職員のほとんどが持っている一般的な記憶処理薬に見えるが、先程機内で使ったものとは原料が異なる。

先程のはSCP-3000由来のもの、今ここにあるのはSCP-3171由来のものだ。何が違うのかといえば主に安全性が異なる。SCP-3000が放出する『何か』は下手をすると自我が崩壊する危険性を抱えているが、SCP-3171は薬のため採集する上でそうした事故が起きたことは一度もない──安定した採集に漕ぎ着けるまでに意味合いの異なる事故は起きたが、少なくとも人命に関わるような一大事は起きていない。だからこそ、彼にもSCP-3171由来の薬ならば効いたのかもしれない。

 

 

「機密性の問題があるから直接的な表記はできないとはいえ、今度から何かしら原材料を一目で見て取れるラベリングをさせるべきか……」

 




タイトル: SCP-3000 - アナンタシェーシャ
原語版タイトル: SCP-3000 - Anantashesha
訳者: YS_GPCR
原語版作者: A Random Day, djkaktus, Joreth
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3000
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3000
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: SCP-3171 - 如何にして財団はテレフォンセックスホットラインを運営するに至ったか
原語版タイトル: SCP-3171 - How the Foundation Came to Operate a Phone Sex Hotline
訳者: Red_Selppa
原語版作者: ZoltanBerrigomo
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-3171
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3171
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: クレフ博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Clef's Personnel File
訳者: Dr Devan
原語版作者: DrClef
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/drclef-member-page
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/drclef-member-page
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: グラス博士の人事ファイル
原語版タイトル: Dr Glass' Personnel File
訳者: Ikr_4185
原語版作者: Pair Of Ducks
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
原語版ソース: http://scp-wiki.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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