林檎の蜜煮、酒精を効かせたプディングに、カスタードの海に種々の木苺を
それぞれが緑と赤に染め分けられた
王家御用達の菓子店でもお目にかかれないような、凝りに凝ったこしらえの菓子たちが銀のワゴンや金彩を施した磁器に盛りつけられて所狭しと並ぶのは、半透明をした石英の地べたである。
そんな菓子の一群れの両端に、淡い灰紫色の籐椅子が向かい合わせに設えてあった。
卵を縦割りにしたような形状に編みあげて真銀色の鎖で吊りさげた――鎖のもう一方は天に向かって真っ直ぐに伸び、闇空の彼方に紛れて端がどこに繋がっているのか定かでは無い――椅子には、繻子織りのクッションのいくつかと共に、歳若い男と女がめいめい腰を落ち着けていた。
「……それじゃあ、雪山に登った時は? ビバークした時の寝言が可愛かったんだけど」
青年が言う。蜘蛛の糸のように艶めいて、か細く、真白な髪を緩く纏めて背中へ垂らしている。
どこか遠くを見つめたような表情なのは、実際にここでは無い場所へ想いを馳せながら記憶を辿って喋っているからだ。
「そうだねえ。宮殿でわたしが夢魔につけ込まれた時みたいに、彼も弱るとああなるんだなあって。あ、それじゃあ郊外の洞穴から繋がってる遺跡は行った事ある? あそこの書庫って基本は手つかずだからシーフォンがすごく張り切ってくれて」
鈴の音のような声音でころころと笑いながら応答した少女は、青年に良く似て光を弾くように白い髪の毛を、やっぱり長く伸ばしていて、こちらは側面の髪だけを掬って頭環のごとく編み下げにしていた。
とにもかくにも肌も髪の毛も初雪のように
性別が異なりながらもはっとするほど似通って見えるのは、白子であるばかりが理由では無い。
服装と髪型のおかげで見間違うことこそ無いが、年の頃も同程度なら、目鼻立ちやすんなりとした身体つきが良く似ている。まるでひとまとまりの生地からそれぞれに分かたれて、同じ
そっくり同士の白子の男女は、思い思いに菓子をつつきながら談笑している最中である。
「――良く覚えてる。偶にマグマだまりに繋がったりするけど、あれは大丈夫だった? うっかりロープを掛け損ねて足を滑らせたり……」
「……あったあった。正直、あそこが探索してて一番ヒヤっとしたかも」
「それってホルムの地下遺跡も込みの話?」
「もちろん。あとは宇宙も」
「正直いうと、僕も同じ」
「だよねえ~。大質量と超高熱の組み合わせは、ちょっと」
「後は運動神経を問われると、辛いね僕ら」
「うん……」
しんみりと頷いた少女が、何かを思い出したのか、「あ」と声をあげる。
「でもシーフォンは足が速いから、そこはちょっと羨ましい」
「わかる。フランのような軽業とは別物だけど、それでもね」
「なんか……足が速くなるおまじないとか知って無かったっけ……色々なことに詳しくって凄いなあって思ってて、わたし」
「あと人工精霊をさらっと精製して見せてたけど、あれってもっと勿体ぶって使う術だったみたい」
「そうなの?」
「うん。王都から来たって挨拶に来た学士さんに八号のことを話したら変な顔された」
「へえ~。……うん? わたしの所にはそういう偉そうなヒトって来なかったなあ」
「ああ……それは……うん。君が女の子だったからというか、僕が男だったから……?」
「ふむふむ」
「えっと、色々と仰々しい話ぶりだったけど、丸めると貴族令嬢との縁談を……させられそうに……」
「わあ」
「でも僕より先にシーフォンが察して叩き出してくれたから未遂で済んだ」
「……ふーん」
ぱり、と微かな音がたつ。両者を隔てる空間に、ごくごく僅かな瞬間紫電が走る。
少女が発する雰囲気がほんの僅か硬くなった、それだけの要因による。
「おっとっと」
村娘が被ったスカーフの乱れを気にするのに良く似た気安さで少女は自身の粗相を一言で総括してみせ、埋め合わせとして空中放電に良く似た力を再び収束させて一つのかたちを生成してゆく。
かくして魔力の奔流は、金色のカップとソーサー、そして湯気の立つホットチョコレートに姿を変える。
少女が手招きすれば、ホットチョコレートは器ごと宙を飛び、音も無く彼女の手元に収まった。
両者はこの御業を、談笑の片手間に次々と行ってみせている。虚空から実体を、触媒も無しの完全な徒手から構築するというのは地上に存在するどのような高位の術師であっても、一生の内に達成できるかどうか。そんな領域のものである。
端的には、「人の業ではない」とされる類の行いだ。
――空間内に並ぶ甘味たちは全てが、少女あるいは青年が、自身の持つ膨大な魔力に任せて生成した産物であった。
両者の能力の程と同様に、今現在の彼らが存在する空間もまた尋常のものでは無い。
上空は全ての色を吸い取るような暗夜、地面は見渡す限りがほの光るような石英質の濁った白色で、両者の接する地平線は見慣れたものに比べると随分と急角度の弧を描いている……地球上では無いのだ。彼らの脚でも一昼夜も歩き通せば一周できてしまう程の小さな矮星である。
そして、この星……そしてそこに乗っかった幾ばくかの有象無象が、全宇宙で最後に残された形ある物体の全てで、見上げた空に星の一つも見えないのはそのためだ。
太陽も月も無い恒久の暗夜にあって、光源はごく僅かである。
一つは少女の額のわずか上空に浮かび上がり、もう一つは青年の手元を照らす。共に熱を持たない魔術的な光だ。
――そして、矮星を照らす光は更にもう一つ。
青年と少女が相対する形で腰を落ち着けている籠椅子は、大股で歩いて二十歩ほどの距離が開いている。
三つめの明かりは、両者のちょうど中間地点に存在する。
宙に浮かんでいるかのように見える三つめの蛍火は、よくよく目を凝らせば黒い蛇の鼻先に灯っているのがわかる。
蛇は翡翠の葉の生い茂る枝と絡み合って一体となり、長杖を形づくっている。古代の技の精髄が惜しみなく注がれた見事な彫刻細工であり、古のとくべつ強い魔力が込められた焦点具でもある。
蛇と翡翠の杖がすっくと立った地面には曼荼羅の織り込まれた絨毯が幾枚か敷き詰められ、様々な形状の枕やクッションが小山のように積み上がっている。
そんな色と、質感と、文様の入り乱れたごた混ぜの中心に埋もれるように、一人の少年が座していた。
――件の蛍火は樹枝型杖を握りしめた彼によって灯されている。熱を持たない光があかがね色の髪の毛と血色感の無い肌とを青白く照らす……そんな中で少年の
少年の名はシーフォン。現在、怒りの爆発を寸前で堪えている最中である。
非常に遺憾ながらそういう間柄になってしまった
ぶっちゃけ照れるし、それ以上に腹立たしさがあるし、とはいえ大っぴらに文句も付けづらい。シーフォンにとってみれば不機嫌さを隠さず周囲に振りまくことが精一杯の抗議の表明手段なのだ。
そして、気位の高い彼からしてみれば、己が消極的な態度を取らざるを得ないこともまた盛大にむかっ腹が立つ要因に足る。
そんな訳で矮星にやって来てからのシーフォンはさしずめ不機嫌の永久機関と化しているのであった。
◇◇◇
――一体全体、何が起こり、現在の彼らがどのような状況下に置かれているのか?
一連の経緯を整理すると、以下の通り。
詳細は省くが、とある魔術的な災害によって異なる宇宙同士が接触するという事態が起きた。この現象そのものは、当世のもっとも力有る魔術師によって解決できた。の、だが。儀式の余波によって術者が宇宙と宇宙の間隙に発生したエアポケットのような狭小異空間に弾き飛ばされてしまうという事態が起こってしまう。
……ここまでが、少女と青年の両者に共通した記憶だ。
そう、この二人こそが、おのおのの宇宙における「もっとも力有る魔術師」なのである。
どうやら産まれ付いた性のほかは殆ど同じといって構わない程に同じ道程を重ねて術者の頂点にまで昇りつめているようで、また、めいめいの周囲を固める人々もまた同一人物といって差支えないほどにそっくりなのである。
出生の経緯があまり真っ当でないというか、込み入っているのも同様であったが、とはいえここまで容姿が似通っているのならきっと同じ「胎」から出て来ているだろう……というのも両者で見解の一致するところであった。
性別を除けば、同じように暮らし、同じようにものを考え行動し、取り結ぶ人間関係も殆ど相違ない。
となると、ひっきょう『踏み込んだ間柄』となる者もまた被るのであった。
つまり、少年と少女とは各々の宇宙のシーフォンと似たような流れで知り合い、紆余曲折(それはもう、本当に本当に
ここで、狭間の宇宙の矮星に流れ着いた人員を今一度列挙する。
一人目。白子の青年……ある宇宙における「もっとも力有る魔術師」。
二人目。白子の少女……もう一方の宇宙の「もっとも力有る魔術師」。
三人目。シーフォン……「もっとも力有る魔術師」の想い人。
奇数である。
ペアを作ると一人余る。
――問題は正にそこだ。今この場に存在するシーフォンにとっての「もっとも力有る魔術師」は
余された残りの一名のペアは、当人が本来身を置いていた方の宇宙に置き去りにされていると目される。
厄介なことに、今ここに居るシーフォンは時空乱流に巻き込まれた余波で一時的な健忘にかかっていた。
具体的には、ネス公国の辺境で起こった異変の現場に訪れて以降の記憶がそっくり抜け落ちている。
精神体の繋がりが捻じれてしまい認識阻害を起こしているというのが魔術師的な解釈だ。これは異空間そのものが悪影響を与えているが故なので、なんにせよいずれかの宇宙に統合されれば自然と解決が期待できるのは救いであった。
が、しかし。どのみち矮星に流れ着いたシーフォンが『どっち』からやって来たかを確定することは現状では不可能なのであった。
そんな訳で、双方『このシーフォンを連れ帰るのは自分である』の一点を譲れずにお互いに無からおやつを生成しながら威嚇し合っているのである。この男女の高位魔術師たちは。
……生まれ持った性以外の全て、生育環境、生きて来た道程、それによって養われた思考様式に至るまでに殆ど差異の無い二名はまったく同じ判断に至り、膠着状態に陥って久しい。
そして懸念事項にすら上らない、本来の宇宙への帰還方法であるが。
実のところ、彼らにとっては宇宙と宇宙を隔てる膜(観念的なものであるが)へ横穴を開けて侵入することはさほどの難事では無い。
同時代に二人と現れない程の高位術者が複数名存在するというのは、その手の無理を通すにあまりあるアドバンテージであった。
ただし、それも二人がかりで一つだけの場合に限る。
この場の全員でかかれば造作の無い儀式であっても、残りの一名(遺憾ながらと言うべきか、シーフォンの存在の有無は誤差の範囲に丸めてしまえる)で再現しようとすれば相応の手数と、何よりも時間を要する。
宇宙行きポータルの二つ目を開くには、主観時間で数百年ほどの期間を要する目算であった。
果たしてこの矮星と、帰還先の宇宙とでどの程度時間の流れにズレが生じているかは未知であったが、この件に限るならば白子の術師にとっては我慢できる範囲の事柄だ。
周囲の大切な人々とはいつ前触れなく別れても悔いはない。それだけの交流を持てていた自信はあるし、それ以上に「仕方ないな」で許してくれるだろうと信頼できる。……仮に置き去りにされた方のシーフォンが居たとしても、どうせ何らかの手段で延命してでも自分を待ち受けて居るだろうし。これは客観的には驕りかもしれないが、当人は「シーフォンならそうする」と確信している以上疑う必要を感じていないのである。
だからこそ。
この白子の賢者たちが恐れる事態は『移動した先の宇宙のどこにもシーフォンが居なかった』という一点だけなのだ。
己の宇宙へ帰還し、その先にシーフォンが居てくれる可能性はまったくの半々だ。しかしそれはあくまで巨視的な観点によるものであり、個人の目線にとっては確定した1の事実だけが動かしがたい現実である。
そして、白子の術使いにとって赤毛の少年が不在の世界はまったく生きるに値しない。とてもじゃないが許容できるリスクでは無いのだ。
だから、今ここに居る『シーフォン』を手放すことは、できない。
「私にとって『シーフォン』は一人だけなの。失うなんて耐えられない」
「それは僕だって一緒。この件に関しても意見が合ってしまうようだね」
「……つうか、お前らそうして僕様を引っ張り込んだ先にもう1人の僕が居たらどうするつもりだ」
シーフォンの指摘に、はた、と気付かされた表情をする白子の男女。
そして殆ど同じタイミングで首をかしげ、同時に言い放ったのが以下の文言である。
「――二人はちょっと、多いかも?」
「お前らソレで本当に僕と懇ろになってたと言うつもりか! ?」
冗談じゃないぞ! 天を仰ぐシーフォンの叫び声が矮星をキンキンと軋ませながら虚ろな天球に吸い込まれて行く。
怒りに任せたシーフォンは「大体なあ、」と更に畳みかける。
「今の僕は手前らがどんだけの事を成したかなんざ知ったことじゃ無いが、雁首揃えてダッサイ真似をしてるのだけはよーくわかる。手習い前のガキじゃあるまいし、つるむ相手が居なないと何にもできないんです~とでも言うつもりか? たかだかダチ……だか、えー、こ、恋人? の有無ごときで意地張ってるわけ? くっだらねえ」
「くだらないって何! ?」
「……いくらシーフォンでもシーフォンの事を貶められるのは、良い気分じゃないな」
「お前ら結局誰の味方なんだよ!? ……たく、聞けば有り得ないような高みに達した術師が雁首揃えて連れてくだ連れてかせやしねえだの……」
「言っとくけど、こっちはシーフォンの大学時代の顛末は聞いてるからね」
「うん」
「――ぐゥッ」
白子の少女がジト目で釘を刺し、白子の青年も同調して頷く。
「……死別とは訳が違うだろうが」
「それは、そう」
「……本当の意味で避け得ないお別れはあるし、死んでしまうのは最たるものだものね。でも、」
青年が静かな口調で発した言を、少女が継ぐ。
「でもね、だからお互いに譲れないの。今この場でなら、まだ取り返せるから。その可能性が、目の前に居るから」
「……あー、一応の確認だが、僕はマジでどっちの宇宙でも存命だったんだよな? どっちかが既に死んでる僕をどうにか取り返すとか、その手のどんでん返しなんて無いよな。……だよな?」
ぽかんとしている。
こりゃあマジで思いつかなかったという表情なんだな、と彼らとの思い出を一時的に失ったシーフォンにも徐々に理解が及ぶ。
なまじ、ほとんど同一人物と言えるほど一致した人生を送っているせいか、どうも白子の魔術士二人は双方だけでやり取りをすると思考の幅が妙なところで狭まるきらいがある。
決して愚鈍な人物でないのはこれまでの問答や、何よりも行使する術の精妙さで痛いほどに理解できているだけにシーフォンにとっては意外な事実であった。
あるいは、同じ人間ばかりが立ち並んでもそれほど大きなことは成せない、という事なのかもしれない。
であれば、もしかするとこの場に居る人間は3人ではなく、ある意味では二人きりなのだろうか。
ならば、遭難者同士きちんと協力し合うのが冴えた態度と言えるのでは。
実のところ、当人の主観では初対面に近い人物から格の違う振る舞いの数々を見せつけられて、シーフォンは萎縮していた。悔しいが、それが事実だ。
しかし、それでも彼の中に去来するある考えはあり、そして今、きちんと確認すべき事項なのではと判断を改めた。
なので、シーフォンは口を開く。
「で、だ。確認事項がもう一つあった。お前らが軽くこなせますが? と言い切った『ポータルの開通』とやらだが、そいつを通るのに人数制限って、有るのか?」
噛んで含めるように問いかけながら、視線をゆったりと左右に巡らせる。
白子の術士は女の方も、男の方も、目が合うとおもむろに首を横に振った。
「そうか。……じゃあこれが最後の質問だが、ある宇宙の内側から別の宇宙に移動するための門を造るのは、お前とお前と、――あとは一応僕も居るが、そんな面子が雁首揃えても不可能な難事な訳?」
シーフォンを見つめる二対の赤い瞳がわずかに揺れて、お互いへと視線を向きなおして、数秒ののち。
「――あぁ~」
「そっかあ! !」
シーフォンの言わんとする事に思い至った両名がお互いを指差し、声を上げて得心する。
◇◇◇
とある宇宙の片隅の星の、とある大陸の国同士の境にほど近い小さな街。そのはずれにささやかな庵が建っている。
ひなびた風情の一方で建物自体は真新しく、家主である若者に似合いの清かな雰囲気をまとっていた。
街を救った英雄が唯一求めた異変解決の報奨。それが庵の再建であったという。以来、若い白子の魔術師が一人で住み続けている。
とはいえ、日中の来客はそこそこある。生活力にやや欠ける白子の英雄の家にわざわざ泊まるよりは己の家なり逗留先なりに招く事を選ぶ者のほうがずっと多いのだ。
ただ一つの例外が、時折訪ねて来る赤毛の魔術師の存在であった。
修行という名目の放浪の合間にふらりと訪れては、そこそこの期間を英雄の住む庵で過ごす。
――そして何かにつけて喧嘩を始めては郊外の荒野で大魔術をぶっつけ合うのがお定まりの流れであった。
異変解決から数年が経った今ではもはや不定期に催される祭りのような扱いで、見物人すら出始めている。先ごろはとうとう弁当売りが現れた。
「奴らの間の空気がヤバくなるのに最初に気付くのは大抵俺なんだよ。というか、あいつら自分らがどんだけピリついてるかわかってないフシがあるんだよな……」
とは喧嘩見弁当の販売に先鞭をつけたぱりす屋店主の言である。
ともあれ、高位魔術師同士の『喧嘩』が与える被害は詠唱される術の規模にしては信じ難いまでに軽く済むことが常だった。結構な割合の魔力が激突にあたって相殺されるためのようで、ともかく現在のホルムは復興も進みひところに比べればずっと穏やかな時間が流れるようになっていた。
そんな中、つい最近になって街の様相にちょっとした変化が生じた。英雄の住まう庵に住人が増えたのだ。
いつの間に住みだしたのか正確なところは誰も知らないが、ともかく新たな同居人の素性を疑う者はほとんど居なかった。
なにしろ、白子の魔術師と瓜二つなのだ。性別こそ異なるが、顔も背格好はおろか特殊な容貌も共通していたので『事情があって最近まで生き別れていたきょうだいである』という説明には否応なしの説得力があった。
無論、共に遺跡深部まで探索してホルムの英雄の出生の秘密を知る者は色めき立ったのだが、事情に通じた彼らには真実……『並行宇宙の自分である』という旨を明かすことに躊躇する理由は無かった。
人払いしたひばり亭に秘密裏に呼び出されたかと思えば突飛な話を聞かされた探索者達は相応に混乱もしたが、最終的に知恵ある竜の総括が場をおさめた。
「つまり、おまえはエンダとは別のエンダのおかーさんなんだな」
「わかんないよ、お父さんかも……」
「「自ら積極的に話を拗らすなよ」」
『こっち側じゃない方』が真顔で混ぜっ返しにかかるのをすかさず制したのはシーフォンだ。……尚、この際の発言は何故か二方向から発されている。
「まあ、話はわかった。――が! お前なあ! 勝手に大儀式をおっぱじめて次元のあわいにかき消えたと思ったらなんで二倍になって来やがってるんだよ! 何もかもおかしいだろうが!」
「結局こっちにも居るじゃねーかよ『僕』が! あほくせー。当てずっぽうで開いた側に戻っておけばそれで丸く収まったんじゃねえか何だったんだあの大騒ぎ!」
先ほどユニゾンしたかと思えば今度はめいめいで手前勝手にまくしたて始めている。
宇宙規模の衝突事故の解決に(勝手に)乗り出したことを寸前に感付いたシーフォンの内、『たまたま現場に間に合った方』と『紙一重で間に合わなかった方』に分岐したのが、殆どそっくりな過程を経た二つの宇宙の数少ない差異なのである(もう一つは『完全な器』として完成に至った御子の性別である)。
「シーフォン、それは結果論だよ」
「そーだそーだ。残った方が総取りする可能性だって有ったんだから、やっぱりこの選択が一番良かったんだよ」
「おかげでどっちのシーフォンも寂しい思いをさせずに済んだし」
「ねー」
「ね」
澄ました顔で取り成すのは白子の魔術師の男女である。
つまりどういうことか。
時空の狭間の矮星に流れ着いた白子の賢者二人と由来不明のシーフォンは、一旦片方の宇宙に全員で移動することに決めたのである。
鍵の書を継承するだけの高位魔術師が、それも限りなく全盛期に近い状態で同時に存在するというのは本来有り得ない現象である。ならばこそ通せる無理が有る。
宇宙の膜の内側から別の宇宙に跳躍する方法も、この座組ならば見つけ出せるかもしれない。そして、上手くすれば向かう先には取り残されたシーフォンも居る。
比較対象が英雄級の者であるため、当人含めて感覚がマヒしきっているが、本来ならば葬送の秘伝書から独自の殺傷術を構築するというのも、孫う事無き天才の業なのである。
そんな人物が3、上手くすれば4人で力を合わせればできない事なんてそこまで無いのだ。
何より、矮星に比べればホルムは使えるリソースや資料の量と質も段違いなのだ。
そして、彼らは賭けに勝った。
3人がかりで開いたポータルをくぐった先には、シーフォンが腰を抜かしていたのだから。
頭が痛いのは、移動した先に元から存在した方のシーフォンである。
何しろ、突然世界から姿を消したライバルの再会直後の発言が『これ』である。
『――ごめんシーフォン、君がもう1人増えちゃった』
「言うに事欠いて『増えちゃった』ってお前!! !」
当時の憤りを思い出して頭を掻きむしっている『こちらのシーフォン』の様子を、もう1人のシーフォンがせせら笑う。
「せいぜいそうやって悩むんだな。こちとら主観時間で数日間はこいつら共々亜空間に押し込められてたんだ。ちったあこの面倒くささをお前も味わえ」
「――時空間まるごとヨソ者のごくつぶしが吠えるじゃねえか。もう1人のアイツ共々とっとと元の宇宙に帰りやがれ。――あっ無理なんですっけ!? さしもの大賢者様に自称魔王が雁首揃えて『方法はこれから考える』んでしたっけか!」
「お前も僕ならコトの難易度くらい概算できるだろうが! ちったあ筋の通った挑発をしやがれ!」
「まあまあシーフォンたち」
「自分同士で争うのはみっともないよ」
ベンチに並んで腰掛けた白子の男女が鷹揚な口調で取り成す。が、この関係性の常としてシーフォンにとってはこの手の発言はかえって火に油を注ぐ結果となる。
「うるせー! 暗黒宇宙の隅っこで共食い寸前の諍いを延々やらかしてたのはどこのどいつらだ! !」
「……え、このトンチキとトンチキそっくりのトンチキがいがみ合ってたのかよ。へえ~意外と大人げない所があるじゃねえか」
「うわバカ! 掘り返すな!」
『こっち』のシーフォンがからかいの種になりそうだと見るや、にやけて委細を掘り返そうとするのを、『別の方』のシーフォンが慌てて押しとどめる。
……が、時すでに遅く、ぽっぽと頬を火照らせて賢者の弟子たちは黙り込んでしまう。
「あー……俺、理由に見当ついちまったかも」
「そんなのこっちのシーフォン以外みんな察したと思うよ」
蚊帳の外に置かれていた幼馴染たち、元無頼漢(現・ぱりす屋店主)と雑貨屋の娘(兼・鍛冶手伝い)に、ホルム在住の元探索者たちが追従する。
「あざといことにシーフォン君は自分の事になるととんと疎いからね」
「そういう年頃なんだと思います。あたしの弟と同じくらいですから……」
天秤の巫女にNINJAもとい領主付きメイドまでが頷きあう。
「なんだか、二人ずつに増えたのにやり取りが変り映えしないわね」
気が付けばすっかりホルムに腰を落ち着けていた異郷の獣使いがトドメを指す。
……特に縁深かかった探索者の中でも、男性陣は無頼漢の青年以外は街を後にして久しいのであった。例えばこの場にボンボン騎士あたりでも居てくれたらもう少し場の空気も変わったのでは……と一瞬思考を巡らせるも、いやもっとアレな事を言い出すに決まってるなとシーフォンは即座に打ち消し、椅子を蹴り飛ばさん勢いで立ち上がって杖を引っ掴む。
「くそっ! お前ら言いたい放題しやがって! もう我慢ならねえ、僕は出てく! コトが解決できる目途が付いたら便りでも寄越せよ、魔力の分け前くらいは出してやらあ」
「ハァ~!? 馬鹿野郎そんな言い分が通るか! 僕だけでこいつらの相手をしろってのか!? 一人でも手が余るんだぞ、二人は多い! 二人は多すぎる! お前も片方引き受けろ!」
啖呵を切ってすぐにでもその場を後にしようとするシーフォンに、もう1人のシーフォンが血相を変えて掴みかかる。
流石に自分に向かって致死的攻撃を加えるのは気がひけるのか、専門外である肉弾戦でぽこすかと争い始めたのを、ホルムの英雄AとBは微笑まし気に眺めている。
「止めねえの?」
「「? どうして?」」
「……悪い、なんでもない」
完全に同レベルの個体同士による見苦しい争いを前に、気を利かせたつもりの幼馴染の発言は、白子の英雄の耳と言語野をきれいに滑り落ちていった。
そんな訳で、とある宇宙のホルムは今日も概ね平和である。