第十六話「前夜」
「起きたか」
「ここって…」
「ここは、貴様を封じ込める為の“特別な部屋”だ」
「安心しろ、貴様の飼っている猛獣でもここをこじ開ける事は出来ん」
「あ、あの…」
「なんで僕…こんなに縛られてるんですか…?」
「これは今までの記録を取り留めたものだ」
「い、今まで…ですか?」
「僕…今起きたばっかりでは…」
「今の貴様は記憶の混濁がひどい状況にある、実際に起きたのは一週間前だ…」
「体育祭から遡れば、およそ三週間程経っている」
「落ち着いて聞け…今の状況では、貴様を雄英に通わせる事は不可能だろう」
「…え」
「そ、それってどういう…」
「貴様の名が公安の関係者の耳に届いてな…多くの重要人物が集うあの体育祭の前で、あれ程の規模を起こせば仕方ない事だろう」
「危険視されるようになった事で、さらなる被害を懸念した我々はこのような措置を図ったという訳だ」
「…そう、なんですか」
「そういえば…轟君は…心操君は…!?」
「焦凍なら案ずるな…奴は頑丈だ、俺の子だからな」
「心操人使という生徒も同じくな」
「オールマイト…奴は甘過ぎるのだ、そもそも貴様なんぞを雄英に入れていなければ良かったものの…」
「とはいえあの一件では負傷者は出たものの死亡者は一人とした出していない…幸いにもな」
「僕…」
「これから…どうなってしまうんですか?」
「…貴様についての処遇は現在検討中だ」
「…しかし、難儀なものだな」
「己の個性にも関わらず、全くの制御も出来ていないとはな…」
「いや…少なくとも“個性”ではないのだったな…」
「貴様のそれは“異質”とも言うべきか」
「こんちゃーす」
そこで、羽のついた男がその飄々とした態度で重々しい空気を壊してやってきた。
「ようやく来たか、怠け者め…!」
「なんですかぁ?その言い方」
「あ、あなたは…」
「“速すぎる男”ホークス…!?」
「あれ?俺の事の知ってるんだ、君!」
「後は任せるぞ」
「もう行くんスか?」
「俺は子守をする為にヒーローになった訳でもない、ただでさえ事案に追われている状況なのだ…公安直属のお前が面倒を見ろ」
「はいはい…分かりましたよ、と…」
「では…これで失礼する」
「は、はい…っ」
「さて」
「どっから話してたのかな?問題児君」
「へぇ〜…なんとも、奇妙な話だねぇ」
「今でも、宿儺がどういう存在なのか分からなくて…」
「自分の事をあまり話さないのは何か事情があるみたいだね」
「隠し事があるのかあるいは…」
「兎に角、君が一番気になる事から話していこうか」
「まずこれからについて。雄英には暫く停学処分という程で君はこの施設にいてもらう」
「退学ではないのは唯一の救いだと思うよ」
「…はい、本当に…そう思ってます」
「まぁそう落ち込まないでよ…君はまだまだ高校生、青春真っ只中の少年だよ?あまり酷い事はさせないさ」
「ただ…君には果たさなければならない事が、一つある」
「それを実行する前に君から聞きたい事があるんだ」
「君にとって、ヒーローはどんな存在か」
「ヒーロー…」
「あの雄英に入ったんだ、君の人生におけるバイブルが知りたくってね」
「あるでしょ?そういうの」
「…僕はオールマイトが大好きです」
「オールマイトのどんな所が好き?」
「僕、子供の頃よく見てた動画があって」
「十四年前に起きたら災害事故で、炎上したビル内にいた人達を抱えて救助するオールマイトの姿が、僕にはとてもカッコよく思ったんです」
「勿論誰にも負けないパワーもあるんですけど、そう以上に僕がイメージしているオールマイトの姿はそれなんですよ」
「成程ね」
「“人を救うという行為に惹かれた”と…」
「はい、だから僕は…雄英に…入ろうとしたんですけど、結局自分の力で乗り越えた事は一回もないんですよね…」
「…」
「じゃあ、また質問」
「もし君が…大勢の命を奪ってしまうような行為をしたとしても」
「君はその思いを持っていられるかい?」
「え…」
「…」
「ごめん、これはちょっと君には厳しい質問だったね」
「暗い話になっちゃたけど、ちょっと散歩しよっか」
「え…」
「で、でも…」
「いいのいいの、さっき出動するって言ってたでしょ?そのルートに行かないようにすればバレないって…それに」
「彼もいるしね」
「相澤先生ッ!?」
「ここではイレイザーヘッドだ…緑谷」
「いやぁ〜今日も晴天だねっ」
「…なんかすみません」
「また迷惑かけちゃって」
「…本当だよ」
「(…分かっていたけど、やっぱり相澤先生は厳しいな…)」
「まぁ」
「あの場面で止めるべきタイミングが何回かあった…元はと言えば俺らの体制に甘さがあった故の結果ともいえる」
「お互い様ってだな」
「はいはい、その話はもう止めですよ…もう暗い話は沢山しましたからね」
「ホークス、例の件は…」
「ああ、そうでしたね…」
「君に“果たさなければならない事”……そう、それは【ヴィラン退治】の事だよ」
「…え…!?」
「僕が…ですか…?」
「本来ならば期末、林間合宿を終えた先に【仮免試験】を受ける予定だったが…緑谷の実力と今の不況をかねて通常より前倒しでカリキュラムを進めていく」
「その不況っつーのが…」
「“君のイメージアップ”ってワケ!」
「い、イメージアップ…ですか」
「そ、今の緑谷出久の評価は極めて悪い方向に向かっている…その事はエンデヴァーさんから聞いてる筈だからこの話はそこまで話さないけど、その解決策として“君自身が行動しなくてならない”んだ」
「確か…ネットじゃ変なウワサが広まってる…とかでしたっけ」
「そーそー、あの体育祭後すぐニュースで取り上げられてたみたいでさ…最近よく見る胡散臭い評論家の余計な一言でますます悪化してるよ」
「正直言ってあんな事言われたらこっちも酷い迷惑だよ」
「ま…どっちにしろ君は“危険な力を持つ普通ではない少年”というレッテルが貼られてる今、君がやる事はただ一つ」
「華麗なる【ヴィラン退治】によって人々へのイメージを変える!」
「それが僕の考えた解決方法だね」
「資格取得とはいえ高校生がヴィランを退治なんてそれはそれで世間突っ込まれそうだけどな…」
「もー、細かい事はいいんスよ。とにかくそんな頼れる姿を皆の前で見せつければ、それでいいんスから」
「…えーと」
「つまり…そうなると最初にやるのは…」
「【仮免取得】から…って事なんですか?」
「うん、そうだよ」
「そんなの…可能なんですか?僕だけ行くって…」
「ああ大丈夫大丈夫」
「なんとかしたから♪」
「それで…」
「どうかな?自信の程は」
「正直、僕から見ても君の力なら仮免取得程度は余裕だと思うけど」
「…僕」
「すみません、ちょっと…自信がないです」
「え〜!なんでよ、不安になる要素なんかないじゃん!」
「…」
「緑谷」
「自分のミスで雄英に迷惑かけてしまったと考えているんだったら、その思いはしまっとけ」
「だが…忘れるな。それはお前がこれから強くなる為の土台となり、自分自身を後押しする力になる」
「その積み重ねで、人は“プロ”って奴になるんだよ…」
「…多分な」
「い、イレイザーヘッド…」
「(…なんだかんだ言って熱いんだよな、この人は…)」
「……はい、分かりました。僕は今度はやってみせます」
「今度こそ絶対に果たします!」
「…立ち直ったみたいだね」
「じゃあ…早速始めようか」
「…?何を、ですか…」
「さっき話したでしょ?君は仮免を一足早く取って貰う」
「その試験をする為の会場に今着いたんだよ…!」
「え…」
「まぁ、こういう合理的な所は嫌いではないな…」
「緑谷、気張ってけよ…今度の暴走は心配するな、俺の個性で止められる事は“入試”の件で証明済みだからな」
「あ」
「そういえば、オールマイトは…」
「本当は君に会いたいと言っていたけれど、最近だとたて続きに発生している事件への対処に追われっぱなしでねぇ」
「言うべき話は一杯あるんだろうけれど、あの人にはやるなければならない事があるから仕方のない事だよ」
「…そうですか」
「あの人、責務感が誰よりも強いから…あの日の出来事が自分に責任があると思っているみたいでさ」
「僕的な意見だけど、そんな事ないんだけどなぁ…」
「そもそもの話俺の“抹消”が効くと分かっている以上、お前の世話係は俺の方が適任だったと思っている」
「あれ?じゃあ、なんで相澤センパイがそうならなかったんですか?」
「そーゆー話は出たんだよ、ただ…その気じゃねぇから断っただけ」
「だが、最近の出来事を通してその考え方が変わったって話さ」
「分かってる、いつまでも失敗した事を悔やんでも変わる事はない。むしろあの事件で死傷者や怪我人…まぁ爆豪がちと怪我したが、そこまでの被害は及ばなかった。まぁ、どれも根津校長の采配のおかげだな」
「その点に関しては僕はその場にいなかったけれど、そんなに強いの?君の飼ってる“スクナ”っていうのは」
「何よりソイツの実力はまだ底知れないからな…轟に向けたあの“炎”が奴の力の一部であれば、尚更だ」
「…」
「僕は少し聞いたことがあります」
「宿儺は実際に生きていた人間で、それは数千年前の話だって事を」
「それが、君の身体に宿ってしまったと?」
「はい」
「その辺に関しては塚内さんも現在調査中だ」
「その内分かるかもな」
◇◇◇◇◇◇
「________それでね、君には連合で入ってもらいたいんでけれども」
「断る」
ヒーロー殺しステインの前に羂索が現れる
「うーむ…僕の推測ではこれで快諾すると思っていたんだけどなぁ」
「貴様の私利私欲のままに俺が動く人間だと思っていたのか?」
「…それとも、この俺がただ人を殺める事にしか脳が無い人格破綻者だと?」
「うん、思ってる」
「貴様でヒーローであればここで刻んでいたぞ」
「いや…今ここで、血の祭りにしてやろうか…?」
「あぁ、ごめん…私は戦闘とかあまり好まないんだよね」
「RPGというよりかは、シミュレーションゲームの方が好きなタイプなんだけれど…」
「何を訳の分からん事を…!問答無用ッ!」
「おっと」
「貴様、戦いはどうとか言ったな」
「その身のこなしはどう考えても経験豊富な奴のそれだったが…?」
「…それは君“基準”での話だろ?」
「…貴様、俺が何者なのか知らんのか?」
「君を勧誘しろと命令されただけで、別に君の事は知らないよ」
「“ヒーロー殺しのステイン”…行政と今の世論に揉まれ腐敗仕切った偽りの偽善者共をこの刃で粛清してきた」
「貴様も分かるか?今のヒーロー社会の著しい衰退ぶりが…」
「興味ないかな、あんまりそういう所…」
「虫唾が走るのだ。今世に蔓延っているのはこのような奴ばかりだ…そんな奴は、今の世界には不要」
「…」
「理想、権力、名誉…全てをかなぐり捨てヒーローとはその使命を真っ当しなくてはならない、それが“ヒーロー”を担う人間の責務でありそれこそ真の善性であるのだ!」
「だがッ!!そのような者はただ一人を除いて存在しないッ!」
「だから、こんな所に彷徨ってるって訳かな…?」
「精査している、と言ってくれた方が正しいだろう」
「ま、いいや」
「君が根っからの正義好きっていうのは充分伝わったよ」
「それはそれとして」
「入ってもらえるかな?“ヴィラン連合”に」
「…この阿保が…!」
「(確か、彼の個性は【凝血】とか言ってたっけ…)」
「血を取り込んだ人間を拘束する…そういう能力なのだろう?」
「理解しているのなら、話は早い」
「おっと」
「ククッ!中々だな!貴様!」
「ナイフ…このご時世、かなり原始的だね」
「この刃に一滴でも貴様の血を吸い取れば、それで終わりだ」
「降参するのなら、今の内だ」
「いや、全く?」
「貴様は一々苛立つ奴だ…ッ!」
「丁度いい、ちょっと実験として使ってみるか」
「“鵺”」
「雷…!」
「…結構いいね」
「この世界でも、“縛り”は機能するか…」
「貴様の能力は?」
「…私に傷を一つ付けられれば、教えてもいいよ」
「…フン」
「そもそも」
「もうここで君は終わりだけどね」
「こ、これは…」
「動けんッ…?」
「君の力では“ソレ”はどうする事もできないよ…つまりは、私の勝ちってワケ」
「それじゃぁ…」
「ククク…」
「どうやら…引き分けという事になりそうだな」
「……見切れなかった」
「私が見ていない内に、既にナイフで切り付けられていたのか…」
「はぁ…まぁいいけど」
「まぁ、もう言っちゃうけどさ…私の術…個性は影を媒体として式神を操作、またはそれを現実世界へと顕現させる事が出来る」
「今のはその式神の特性だけを抽出させた技だよ」
「この影もか?」
「いいや、本来この能力は本体を後衛に式神を何体も召喚し陣形を展開するのがセオリーさ」
「しかしその使い方は取説には乗っていない、所謂“裏ワザ”」
「…最初から負けは決まっていたという事か」
「いいだろう」
「少しの間だけ、貴様らの配下になってやる」
「潔いね…その精神は賞賛するよ」
「それで…君の目的、今望む事があるのなら私達もある程度のバックアップをしてあげよう」
「これは取引って奴だね」
「俺の今の望みだと…?」
「…緑谷出久だ」
「…へぇ」
「奴はヒーローに最も相応しくない、正に“悪魔”の男だ」
「ヒーロー志望という大義名分であの体育祭で邪智暴虐の限りを尽くした悪童を…真っ先に潰してやりたいのだ…ッ!」
「その子を潰せば満足すると…?」
「これは粛清だ、俺の私情だけの問題ではない」
「とはいえ、奴のあの力は到底見逃せん______力を貸せ」
「尽力しよう」
「(フフフ…まさか、ね。)」
「これも、運命かな」