とりあえず、この場に留まっていても仕方が無いので私は歩き出すことにした。
周囲を見てもどこを見ても、見たことのない建造物と構造物だらけだ。
手袋をしたままの手で触ってみたら、石とはまた違う感触……。
「どうやら私は、また夢を見てるらしい」
かつてゲールマンは言った。これは夢のようなものだ、と。
ヤーナムと拠点である狩人の夢を行き来していたのも、夢の一種だからだと思うことにしていた。
悪夢の間違いじゃないか、とも思うが。自嘲気味に笑う。
「ハハハ……もはや、私にはどこからどこまでが夢で、どこからどこまでが現実かもわからなくなってしまっている……やはり、あのときにゲールマンの介錯を受け入れていれば……」
顔を押さえ、漏れ出す笑いを抑える。だが、それでも出てくる自虐の言葉。
私はなぜ、ゲールマンの介錯を……そして月の魔物を……いや、そもそも青ざめた血を求めた理由も……カインハーストに招待されていた理由すらもわからない……。
とぼとぼと歩き続けると、いつの間にか目の前の光景が変わった。
町並みが終わり、いつの間にか砂漠地帯のような場所に来ていたのだ。砂に埋もれた石柱? のようなものと、先ほどまで見た建造物のようなものが砂にまみれて寂れた光景。
すわ、これも夢か!? 警戒したが……後ろを見れば、なんてことはないただ歩き続けて違う地域に足を踏み入れただけだ。
どこまで行って、どこに行けばいいのかわからない……ざ、ざ、と砂を踏みながら進む。どうやら砂の下に、さっきまでの町と同じような石畳のようなものがあるらしい。
一つ気づいたことがある。
「……なぜ、さっきから人と出会わないんだ……獣にすら会わない……」
照りつける太陽でロングコートとフードの下、あと帽子の内側で汗を流しながら呟く。
さっきから誰一人として、出会わない。獣にすら会わない。
ヤーナムにいた頃は、街の人々は建物に引きこもっていた。同じ狩人は共に街に出て獣を狩り、狂っていった。もしくは狂っていたものばかりだった。
たいがい出会うのは獣か……狩りの中で知った上位者と呼ばれるものたちだけだ。
なのに、ここは……建物の中に人の気配がない。獣がいる物音もない。
何より、ここは……ここは。
「おかしい……何故だ、何故……血の匂いがしない……酔うほどの血の匂いが……」
私の鼻にいつもついて回っていた鉄錆のような独特の匂い……頭が酔うほどの血の匂いが、ここには全くしない。
人の死体も獣の死体もないからか……? それにしては……私はもう一度周囲を見て、確信を得る。
「そもそも……獣どころか人すらいない……のか……?」
そうとしか思えない。試しに建造物の中に入ると、机や椅子、その他生活雑貨はある。見たことのない四角い箱もあるが……人が暮らす場所だったのは間違いない、はずだ。
はずなのに……机の上の埃、どころか砂まみれに指を沿わせて擦れば、厚い砂と埃の層ができている。
これからわかるのが……人がいなくなって随分経つのか……?
「上位者どもも……獣も……人すらもいない……血の匂いがない……こ、ここはどこなんだ……? ここは、本当に人の住んでいる、いや、住んでいた場所なのか……? 医療協会がいた様子もなく、火薬庫の硝煙の匂いも……うん?」
私の鼻に、懐かしい匂いが届く。血の匂い、臓物の香りではない……銃槍や爆発金槌を使ったときの匂いがする。
わかる、懐かしい、狩りの匂いだ……つまりは。
「だ、誰かいるのか?」
心細さが限界に達していた。誰かが、私と同じ『狩人』が、狩りをしているのか……!
狂ってるかどうかなんて関係ない、誰かに会いたかった。
獣しかいなかろうが、寂しくて仕方が無い。
なんやかんやとヤーナムにいた頃は、カインハーストに侵入してた頃は、医療協会の奥で暴れていた頃は、獣との戦いや狩人たちとの交流で心が寂しいとは思わなかった。
思う暇もなかっただけだが。
でも、でも、だ。ここには誰も居ない。
私は走り出していた。
ローブの下の腰鞄と仕込んでいた変形武器、銃器をガチャガチャと鳴らしながら、私は走る。
硝煙の匂い、人のいる匂いを辿る。
段々と、私は認識していった。
私は戦場に、狩り場の近くに来ている、と。
建造物に弾痕が目立つようになり、明らかに新しい破壊痕が増えていく。
「近いぞぉ……硝煙の匂いがしてきた……!」
昂揚していく、興奮していく、顔に喜色の感情が宿る。
人がいる、人が……っ!
……人?
「おかしい……硝煙の匂いと共にくる……この血の匂い……この匂いは……」
段々と戦場が近くなったのだろう、銃撃音と打撃音といった戦場の音が響いてきたのだが、私の鼻がおかしくなったのか眉を顰める。
血の匂いはする。するのだが、この独特の匂いの混じり方は……っ。
「人の血の匂いじゃない……上位者に連なるものどもの……!!」
思い出すのは、医療協会の奥。悪夢の向こう側。
診療台に寝かされた、あるいは診察衣に身を包んだ、実験台ども。
海水を注入されることで膨れ上がった頭部をふらつかせながら、脳に瞳を得ようとした狂人どもによっていじくり回された人たちの、恍惚とした様子。
上位者のせいで! 彼らは! 彼女たちは!
「狩る……っ!!」
瓦礫を飛び越えた私は、ローブの下に携えていた武器を取り出す。
右手には上位者を狩るため、彼奴輩どもに連なるものである眷属どもを殺すのに相応しい回転ノコギリを持つ。
左手には獣狩りの短銃を装備。水銀弾の装填の確認、そして骨髄の灰を加える。
そうして飛び出した先には、
少女たち三人が銃器を持って、謎の存在と戦っている場面だった。
少女たちは……馬? のようなものを中心にし、近づく……なんだ、獣とも眷属とも違う……硬質的な肌? を持つ存在と戦ってる。
どうやら硝煙の匂いは、彼女と敵の武装から放たれているものらしいな。
まるでルドウイークの長銃のような銃器を持つのが二人、散弾銃を持つのが一人、か。
気怠げな様子で正確無比に敵のド真ん中へ銃撃を加える少女の動きに合わせ、残りの二人が戦っている。
見事な連携だ。だが、敵は無数に近い。どこから湧いてくるのか、どんどん出てくる。
同時に、空を見る。
空からも、敵がやってきていた。
敵は、空から、来るのか?
私の頭の中に閃くのは、聖歌隊が残したメモ。
『宇宙は空にある』
馬鹿馬鹿しい、と思っていた。上位者どもが住処にしていた地下遺跡、聖杯の先にある遺構こそが宇宙だと思っていた。
だが、どうだ? 敵……眷属のような奴らが空を飛んで少女たちを襲っているじゃないか。
ヤハグルで遭遇した再誕者と呼ばれる奴も、空から現れた。
そうか。私は確信した。
上位者どもは、宇宙から来たのだ。
宇宙とは聖杯の先の遺構ではない。あそこはあくまでも、人と上位者が出会っていたに過ぎない。
上位者どもは、空の向こう側にある宇宙から来たのだ。
もう一度少女たちを見る。
「くそっ、ラプチャーがどんどん来るぞ! おいシュガー、バイクは動かねぇのか!?」
「無理ね。パートナーを送ったときに燃料が切れたもの」
「……めんどい」
互いに声を出しながら敵を倒しているが、押され気味か。生意気な様子の少女と、のんびり屋の少女と、怠惰で眠そうな少女の三人組で、このままほっといても、押し返すかもしれない。
同時に、私の脳内に蘇る記憶。
――かつて、かつてヤーナムで救えなかった、ガスコイン神父の家族。
妻と娘二人。
今でもこの手に感触がある。
放置された妻のブローチ、豚の腹の中から取りだしたリボン、街の中で落ちていたもう一つのリボン。
「貴様らぁ」
口の端から、怨嗟の声が漏れた。
「貴様ら眷属どもは!! また!! また、少女たちから奪うのかぁ!! ハハハハハハ!!」
硝煙の匂い、眷属どもの血の匂い、狩り場の匂い。
匂いに酔った私は、咆吼を上げながら少女たち目掛けて駆ける、駆ける、駆ける!!
懐に忍ばせた古い狩人の遺骨に意識を向け、秘儀を発動させた。
一歩、ステップの速度が上がる!
「アハハッハハハッハッッハッハッッッハハアハハハァアアアア!!」
雄叫びを上げ、高速化した私の槌鉾が敵……丸っこい胴体の背中から頭頂部へ叩きつけられる。
ぐしゃ。
あっけなく、敵の体の半分まで槌鉾をめり込む。え、えぇ……弱いのか、こいつ?
あまりの手応えのなさに、一瞬だけ理性が戻ってしまったほどに。
「……は?」
生意気な様子の少女の目が、私を捉えて呆然としていた。
その目に、私は自分の姿を見た。
背中から敵が来ている、と!
右脇腹から短銃の先を向け、引き金を引く。
骨髄の灰により強化された水銀弾が敵の胴体を貫き、一瞬で行動不能にした。
……おかしい。
私は目線だけ後ろに向け、敵を見る。
水銀弾はあくまでも牽制の類いだ。これで獣を一撃で仕留める、なんてことはそうそうない。
なのに、だ。おそらくこの敵は骨髄の灰を加えなくても殺せるだろう。
それだけ柔らかい。多分、獣よりも、弱い。
だが、これは好都合だ。
私は骨髄の灰の装填を止め、次の水銀弾を素早く込める。眠そうな様子の少女の後ろから迫っていた敵目掛けて撃つ。
眠そうな様子の少女はこっちを見て周囲の警戒を疎かにしていたようだから、襲いかかってきた敵を撃ち落とす必要があった。
だが、コレが契機となったのだろう。
周りの敵どもが、やたらと騒ぎ出して私目掛けて襲いかかってくる。
上等だ。
短銃をローブの下にしまい、槌鉾を背中のノコギリと連結、変形させる。
背中から取り出したのは、巨大な丸ノコギリを携えた、回転ノコギリ。
手元で操作してやると、ノコギリが高速回転し始める。
火花を散らし、轟音を鳴らし。
敵を蹂躙する無数の刃が、唸りを上げる。
「死ね、眷属どもが。やはぁ」
口からハッキリと、喜悦の声が漏れた。
そのまま私は敵の胴体目掛けて回転ノコギリを叩きつけた。
轟音と火花によって殺意を漲らせる回転ノコギリの刃が、敵の体を千切り破壊し蹂躙する。