はてしないTHE iDOLM@STER   作:765歌劇場P

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 蒸し暑い七月の、三連休の中日となる日曜、昼過ぎ。折から降り出した大粒の雨の中、人通りのあまりないバス通りの歩道を、中学生くらいの少女が、編み込みの入ったボブヘアを揺らしながら走っていた。半袖のサマーカーディガンを通した両腕には、やや小ぶりなハードカバーの本が抱えられている。その目は、二十メートルほど先にある屋根付きのバス停に向けられていた。短めのスカートからのびる脚で、ラストスパートだと言わんばかりに強く地面を蹴った少女は、ほどなく目的地へと到着した。

 風がないため、バス停の下に雨はほとんど吹き込んでこない。少女は息を切らしながらも、ほっとした表情で、腕の中の本を見下ろした。その際、ベンチに座っている男の姿が視界に入ったはずだが、それはあまり気にならなかったようだ。少女は立ったまま本を開くと、ページをめくり始めた。

「おい」

 突然聞こえた声に、少女は顔を上げた。その声が自身に向けられていて、さっきちらりと見えた男が発したものだと理解するのに、少女はしらばく時間を要した。だから、男が座ったままハンカチを差し出しているのにも、何のリアクションも取れなかった。

「拭けよ。風邪ひくぞ」

 少女は改めて男を見た。年上のようには思えたが、男というよりも少年と言ったほうがいい年齢、高校生くらいに見えた。赤いシャツにジーンズ、スニーカーといったいでたちで、眼鏡の奥のたれ目に、どこか見覚えがあるような気がした。

「遠慮すんなって」

「は、はいっ!」

 再度促され、反射的に返事をした少女は、本をベンチの端に置くと、四つ折りされた真っ白なハンカチを受け取った。そして、手中の物体と少年の顔とに視線を数度行き来させた後、前髪のへばりついたおでこと首筋、それから腕を軽く拭くと。

「あっ、ありがとうございましたっ!」

 上ずった声で、ほとんど叫ぶように言いながら、顔を伏せ気味にしてハンカチを差し出した。それを受け取りショルダーバッグにしまう少年の横顔を、そっと窺っていた少女は、少し逡巡の様子を見せた後、思い切ったように口を開いた。

「あのっ! ジュピターの天ヶ瀬冬馬さん、ですか?」

「……ああ」

 手をバッグに突っ込みながらの少年の肯定に、少女はぱっと顔を輝かせた。

「友だちに天ヶ瀬さんが好きな子がいて、ブロマイドを生徒手帳に入れて持ってて、それで……」

「声がたけぇよ。抑えてくれ」

「あっ、はい、すみません」

 少女は軽くあたりを見まわした。二人の会話が聞こえるような距離に、人影は見当たらなかった。少女はあらためて、声を落とし気味にしながら、話を続けた。

「その、私の友だちなんですけど、天ヶ瀬さんが961プロをやめちゃってから、ちょっと元気がなくなっちゃって。このまま引退しちゃうのかなって……」

 少女がそこまで言ったとき、低くゆったりとしたエンジン音とともに、バスが到着した。天ヶ瀬冬馬が立ち上がり、乗車扉へと向かうのを、少女はその場に立ったまま、目で追った。冬馬はバスのステップに足をかけながら振り返り、怪訝そうな表情を浮かべた。

「乗らねぇのか?」

「あ、はい、雨宿りしてるだけなんで」

「ふぅん……お前、名前は?」

「え? えっと、七尾百合子です」

「じゃあ七尾、その、俺のファンの子に言っておいてくれ。今はこのあとどうするかとかは言えねぇけど、俺は絶対、みんなの期待を裏切ったりしないぜ、ってな」

「は、はい、伝えておきます!」

「じゃあな」

 扉が閉まり、エンジン音が再スタートする。ウインカーを点滅させて出発していくバスを見送りながら、少女、七尾百合子の胸のうちには、抑えがたい興奮が湧き上がっていた。人見知りがちな百合子にとって、初対面の異性との会話は、それだけで冒険だった。しかも、相手はテレビの向こう側の存在だと思っていた人気アイドルだ。百合子は自身の勝ち取った素晴らしい成果を友人たちに報告すべく、ブラウスの胸ポケットからスマートフォンを取り出そうとした。しかし、ベンチに置いた本が目に入ると、一瞬でそちらに気を移し、手を動かす先を変えた。買ったばかりの新刊本、うっかり置き忘れでもしたら、泣くに泣けない。

「あれ?」

 本に手を触れる寸前、思わず声が出る。ベンチの反対側の端に、もう一冊、本が置かれていた。冬馬の身体の影になる位置だから、今まで気が付かなかったのだろう。冬馬が置き忘れたのか、それとも、もっと前にここに座っていた他の誰かのものか。判断はつかなかったが、とにかく百合子は、ベンチの前に足を踏み出し、そちらの本を手に取った。

 本はハードカバーで、青い表紙には、アルファベットのAに顔と翼をつけたような、見ようによっては天使と受け取れなくもないマークと、ごく小さな「Advanced Media ★ Creation Girls!!」という文字とが、それらを取り囲む歯車状の文様とともに、一体感のあるデザインとして施されている。その図柄を地とした上には、「THE iDOLM@STER」という白抜き文字のタイトルが、「アイドルマスター」とカタカナ書きを添えて、記されていた。

 THE iDOLM@STER。知らない本だった――アイドルの話? なら、やっぱり天ヶ瀬さんが置き忘れたのかな。というか、ハードカバーだけどタイトルはライトノベルっぽいような……

 百合子は何気なく本を開いた。そこは、いわゆる序文のページのようで、こう書いてあった。

 

 

「あー、そこでこっちを見ている君! そう君だよ、君! まあ、こっちへ来なさい」

「ほう、何といい面構えだ。ピーンと来た! 君のような人材を求めていたんだ!」

「わが社は今、アイドル候補生たちをトップアイドルに導く、プロデューサーを募集中だ」

「わが社に所属する、アイドル候補生の女の子は……この子たちだ!」

 

 

 とりたてて特別なところのあるわけでもない、ごく普通の文章だった。しかし、それを読んだ瞬間、百合子は心の中で、何かのスイッチが動いた気がした。

 本を閉じて辺りを見まわすと、いつの間にか雨は止んでいた。通り雨だったようだ。バス停の周囲に、人影は相変わらずなかった。百合子はベンチに置いたままだった自身の本も手に取り、二冊合わせて胸に抱きかかると、ふたたび走り出した。




ここでは、ネタばらしというか、アイマスの過去作をご存じない方のための注釈を入れていきたいと思います。

天ヶ瀬冬馬
アイドルマスター2で初登場したアイドルです。

青い表紙~
一番最初のアイマスである、アーケード版アイドルマスター(アケマス)のタイトル画面です。この画面に映し出されたマークはAMCGエンジェルといって、今でも765プロオールスターズのシンボルとして使われています。ミリオンライブのアニメの9話で、ミリオンスターズのシンボルであるパピヨンマークと合体するシーンは印象的でした。

「あー、そこでこっちを~
アケマスのデモ画面でのセリフです。「ピーンと来た!」が、「ティンときた!」と聞こえるというネタは、今でも使われることがあります。
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