はてしないTHE iDOLM@STER   作:765歌劇場P

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 百合子の自室は、一方の壁が一面、本棚になっている。幼少期から物語が好きで、両親に()()()()をせがみ続けた百合子は、文字が読めるようになると、たちまち本の虜となった。百合子にとって、本は未知の世界への扉だった。どんな困難にも決して屈しない勇気、身を切られるような犠牲をはらっても守り通す友情、実らないと知っても貫く愛……本を読んでいる間、幼い百合子の心は、登場人物といつも通じ合っていた。読み終えて本を閉じたあとでも、新しい世界の扉が開いたままになっていることも多かった。そういうとき、百合子は自身で考えた、本の続きの()()()()を、両親に聞かせたものだった。

 成長して学校に通うようになってからも、百合子の本に対する情熱は変わらなかった。国語と道徳の教科書は毎年もらったその日のうちに読み終え、学級文庫も四月中には読破した。中三になった現在も毎日のように足を運んでいる図書室では、広げた本の前で、 理想に燃える革命家もかくやといった高揚感に包まれていたり、解きがたい謎を前にした探偵といった風情で頭を抱えていたり、恋人への未練を断ち切れずにいるかのごとき切なさを漂わせたりしていたりするのが常だった。ときには興奮のあまり立ち上がったり、閲覧テーブルの周囲を早足で歩き回ったりすることさえあった。その姿をしばしば目撃する同級生からは、「図書室の暴走特急」という二つ名も頂戴していた。

 そんな百合子は今、本棚と向かい合う壁側に据えられたベッドに、汗だくの服を着替えもしないまま腰掛け、早鐘のような胸の鼓動を聞いていた。その目は、膝の上に乗せた一冊の本、バス停のベンチから持ってきてしまったTHE iDOLM@STERに注がれていた。

 どちらかというと小心で臆病な性質だと自覚している百合子は、信じられない思いだった。今、見下ろしているものは、自身の所有物ではない。どうして忘れ物として警察に届け出なかったのだろう。百合子は、中一のときの国語の教科書に載っていた、「少年の日の思い出」という小説を思い出していた。蝶集めに夢中になっていた少年が、友人のコレクションにあった珍しい蝶を盗む話だ。少年は魔が差して罪を犯したが、直後に良心に目覚め、友人に蝶を返そうとする。しかしポケットに入れていた蝶は、羽が破れ、脚や触覚は無くなっていて、既に取り返しのつかない状態になっていた、という筋だった。

 あのバス停で、私も魔が差したんだ、と百合子は思った――どうしても続きが読みたくて、他のことが考えられなくなっちゃったんだ。でも、今はそうじゃないから。これを持って帰ってきたのがいけないことだって分かってるし、それに、少年の日の思い出の蝶と違って、THE iDOLM@STERは破れても無くなってもいないんだし。 今から警察に行っても遅くないよね……

 そう思いながらも、百合子の右手は表紙を開いていた。バス停で読んだ序文が目に飛び込んでくる。心臓の音がまた一段、大きくなった気がした。自身のしていることが、なすべきことと違っているのは分かっていた。それでも、指の動きは止められなかった。息をつめ、目を大きく見開きながら、百合子はページをめくった。

 

 

THE iDOLM@STER

 

 「アイドル」

 それは

 女の子達の永遠の憧れ

 だがアイドルの頂点に立てるのは

 ただ、1組‥‥

 

 そんなサバイバルな世界に

 今9人の女の子と

 1人のプロデューサーが

 足を踏み入れる!

 

 東京・渋谷の裏通りに面した、1階にだるい家という居酒屋が入居している小さな雑居ビルの前で、俺は深呼吸した。快晴とまではいかないものの、十分に晴れて、気持ちのいい朝だ。初出勤の日としては上々。ビル内に足を踏み入れ、薄暗い階段を3階まで上がると、「芸能事務所 765プロダクション」と書かれたドアの前で、もう一度深呼吸する。いよいよ俺がアイドルをプロデュースする日がやってきた……そんな感慨にふけりながら、ドアを押した。

 おはようございます、と言いかけた言葉を飲み込んだのは、ドアの向こう側に女の子が立っていたから。ショートカットにリボンを2つつけていて、ピンクのインナーに白いジャケット、青いスカート姿。高校生くらいに見えるし、明らかに社員じゃない。とりあえず、何か言わないと。

「あ、え、え~と、キミー……運命の出遭いを信じてる?」

 挨拶代わりにしては珍妙な問いかけになってしまった。それに戸惑ったせいか、あるいは見知らぬ男ってことで警戒したのか、女の子は何も言わないまま、にっこり笑って会釈すると、俺の横を通って事務所を出て行った。あの娘、アイドル候補生の女の子かな……そんなことを考えながら、俺は社長室に脚を向けた。

 

 

 765プロダクション。芸能界に明るくはない百合子だが、その名前は知っていた。最近、勢いのあるらしいアイドル事務所だ――じゃあ、これってノンフィクション?

 

 

「おはようございます」

「よく来てくれた! 私がこのプロダクションの社長、『高木』だ」

 初対面ではないけど、今日からここで働くという節目になるからか、あらためて自己紹介された。高木順一朗社長はこの765プロダクション、略して765プロの代表取締役社長で、真っ黒に日焼けした初老の紳士だ。

「君の仕事は、わが社に所属するアイドル候補生たちを、プロデュースすることだ。目的は、彼女たちを芸能界のトップへと導くこと。道は厳しいと思うが、がんばってくれ」

「はい! がんばります!」

「では、まず、プロデュースする女の子を選んでもらおうと思うのだが、今の君はまだ新人だから、1人しかプロデュースすることはできない。が、経験を積んでいけば、いずれ2人、3人のユニットをプロデュースできる日もくるだろう。プロデューサーとしてのランクを上げることが、トップへの近道でもある。まずは、ひとりのアイドル候補生をしっかり育てて、腕をみがくのだ。では、選びたまえ」

 そう言って、高木社長はファイルを差し出してきた。そこに綴じてあったのは、9人のアイドル候補生のプロフィールだった。

 

 天海春香(あまみ はるか)

 Age 16

 158cm 45Kg B83 W56 H80

 歌が好きな普通の女の子。基本的に素直で前向きだが、感情がたかぶると手がつけられない。

 

 水瀬伊織(みなせ いおり)

 Age 14

 150cm 39Kg B77 W54 H79

 少々ワガママで高飛車、負けず嫌いのお嬢様。うまく乗せて、実力を引き出すのがコツ。

 

 高槻やよい(たかつき やよい)

 Age 13

 145cm 37Kg B72 W54 H77

 いつもパワー全開、明るい笑顔の元気娘。素直で扱いやすい反面、歌やダンスは少し苦手。

 

 三浦あずさ(みうら あずさ)

 Age 20

 168cm 48Kg B91 W59 H86

 人を惹き付け和ませる、癒し系お姉さん。いつでもマイペースなのが、長所であり短所。

 

 如月千早(きさらぎ ちはや)

 Age 15

 162cm 41Kg B72 W55 H78

 クールでストイックな努力家。歌の才能に富むが、真面目すぎるため少々扱いずらい面も。

 

 萩原雪歩(はぎわら ゆきほ)

 Age 16

 154cm 40Kg B80 W55 H81

 気弱で泣き虫。臆病で傷つきやすい彼女の心を理解すれば、必ず期待に応えてくれるはず。

 

 秋月律子(あきづき りつこ)

 Age 18

 156cm 43Kg B85 W57 H85

 勝気な女の子ではあるが、頭が良く冷静なので筋の通った対応を行えば、実力を引き出せる。

 

 菊地真(きくち まこと)

 Age 16

 157cm 42Kg B73 W56 H76

 りりしく精悍、王子様のような外見とは逆に、誰より女の子らしい内面を理解するのが重要。

 

 双海亜美(ふたみ あみ)

 Age 12

 149cm 39Kg B74 W53 H77

 いたずら好きで手がかかるが、テンションはいつも高く扱いやすい。双子の妹、真美がいる。

 

 

 百合子も聞いたことのある名前がいくつかあったが、ノンフィクションの書き方ではないように思えた。推理小説でよくある、登場人物紹介みたいなもの――というか、ゲームのキャラクター選択っぽい?

 

 

 ファイルには写真も貼ってあったが、そのうちの1人に目が吸い寄せられた。さっきすれ違った娘だ。やっぱりアイドル候補生だったらしい。名前は……

「天海春香……」

「お、天海春香君を選んだか。彼女とは、たしか先ほど、顔を合わせていたな」

 ……ん? さっきの入口でのやりとり、見られてたのか。 

「はい。とはいっても、かるくアイサツしただけなので、なにもわかりませんけど」

「あの子は……まあ、普通の子だから、君でもさほど苦労することはないだろう。天海君は、どうやら近くの公園に行ったようだ。早速、迎えにいき、活動を開始してくれたまえ」

「はい!」

 

 

――やっぱりキャラ選択だ。

 そもそも、文体からして小説というよりゲームに近い。オンラインRPGなども嗜む百合子には、わりとなじみのある書き方だったが、本で読む文章としては、なんだか新鮮な気がした。

 読み進めていくと、プロデューサーは公園に向かい、天海春香を見つけていた。

 

 

「あ~あ~、ドレミレド~♪ ちょっと音程、ずれたかな。もう1回!」

 必死に練習してるな。まだまだ未完成だけど、歌に対する真剣さが伝わってくる……

「うーん、なんかこのクツ、歩きにくいなぁ。ああっ、私、スリッパで出てきちゃった!」

 ……え? あ、よく見ると、確かに……

「……ぷっ! くっくく、あははは! ドジだなあ」

「えっ、だ、誰っ? あなたは、さっき事務所で会った……」

 俺が思わず笑ったら、びくっとしてから振り向いて話しかけてきた。うん、リアクションも面白い。社長は普通の子、って言っていたけど、案外逸材かもしれない。

「おっと。驚かせてゴメン。……歌の練習?」

「はい……。私、これでも、デビューを待つアイドル候補生なんです」

 そうだね、今までは。

「歌うことが大好きなんですけど、とくにうまいわけでもないので、こうして、練習を……」

「そうか、感心だな」

「と、ところで……あなたは誰なんですか? ま、まさか――!」

「そう、その、まさかだよ。俺は――」

 一呼吸置く。今日でアイドル候補生は卒業だよ、と心の中でつぶやいてから、俺は言葉を継いだ。

「君の、担当プロデューサーだ」

 

 

 担当プロデューサー。初めて目にする単語だった――一人のアイドルのプロデュースを専門にするってことだよね? 現実のアイドルにも、そういう人がいるのかな?

 実際、そこから先のページでは、レッスン、営業、オーディションといったアイドルとしての物語が進んでいったが、それらはすべて、プロデューサーと春香の二人三脚で紡ぎだされていた。最初のころは、仕事の規模も小さく、プロデューサーも春香も、ちょくちょく失敗していた。

 

 

「さっき、春香が隣のオジサンのジョークにツッコミ入れたときは、少々肝を冷やしたぞ」

「ど、ど、ど、どうして? 私、何か言っちゃいけないことを?」

「あのディレクターには、髪の毛の話はご法度なんだよ」

「ええっ!! そ、そうだったんですか! ああ、しまったぁ……」

「うかつに口を滑らせて、仕事が吹っ飛んだ奴もいるとかいないとか」

「うわぁ! ど、どどどどどど、どうしよう……どうしましょう! プロデューサーさん! せ、せっかくのチャンスがっ」

「そんなにパニクらなくても。笑い飛ばしてもらえたから大丈夫。今回は問題ないよ」

「うううっ、恥ずかしい。私、もうあのディレクターさんに会えませんよぉ~」

「お、落ち着けって!」

 

 

 しかし二人はだんだんと成長し、一人前のプロデューサーとアイドルになっていく。

 

 

「録りのほうは順調に進んでるのかな?」

「うーん、なんだか、コーラスがきれいに決まらなくって。うまくハモってなくて……でも、何回やっても、なんだか変なんですよ」

「そうなのか……なぁ、もしかしたら、譜面がちょっとミスってるんじゃないか?」

「えっ!? うーん、言われてみると、確かに、難しすぎる譜面かもですね。もしほんとにミスなら、スタッフさんに伝えなきゃ! ああでも、勘違いだったら……」

「春香に思うところがあるなら、堂々と言ったほうがいいよ!」

「は、はい! ……そうですよね?」

「黙っていてずっと気にするよりは、思い立ったときに訊いてみたほうがいいさ」

「そうですね。話が早い、ってやつですよね! 録りが始まる前に、ちょっとアレンジャーさんに確認してみます」

「俺からも伝えておくよ」

 

 

 仕事以外の部分でも絆を深めていった二人は……

 

 

「私のお母さんも、お菓子作りと歌が大好きなんですよ! というか、私の趣味が、お母さんの趣味に似たのかなぁ」

「春香のお菓子好きはお母さん譲り、ってことかな?」

「あっ、はい。そうですそうです。私もいつか、お母さんみたいになりたいなぁ♪」

「なれるさ! もちろん!」

「ほんとですかっ?」

「いや、きっとなるさ」

「そうだったら嬉しいな♪ お母さんみたいに、明るいキッチンで、お料理つくって……」

「春香が家庭持ちになったら……歌とケーキに囲まれた楽しい家庭になりそうだな」

「わぅ、そ、そうかな……が、頑張ります! 期待しててくださいね、プロデューサーさん!」

「あ、ああ。頼むぞ」

「はい! ふふふーん♪ ふんふんふふーん♪」

 

 

 ついにはトップアイドルの座にまでたどり着く。

 

 

「プロデューサーさんっ! ドームですよっ! ドームっっ!」

「ははは……落ち着け春香」

「落ち着いていられないですよ! だってだって、あのドームスタジアムですよ! 見てください! どうです、この大きさ!」

「ああ、さすがに広いな!」

「ええ、すっごく広い……うわっ! 客席の向こうが、かすんで見えますっ!」

「スタジアム全体が熱気に包まれているからね」

「でも、この広いドームいっぱいに、お客さんが来てくれるなんて……! こんなにお客さんが集まってくれるなんて、まるで夢みたい!」

「ああ、でも夢じゃない。満席だ。ちょっと信じられないけど、本当なんだ」

 

 

「んっ……」

 百合子は手で本を押さえたまま、顔を上げると、首と肩を軽く動かした。集中して読んでいると、つい身体に力が入ってしまう。強張った筋肉が少しほぐれたのを感じてから、百合子は膝の上に目を戻した。物語が佳境に入りつつあるのは明らかだった。軽く腰を浮かせて座りなおすと、期待をふくらませながらページをめくる。ところがそこにあった展開は、思いもよらないものだった。

 

 

「お疲れ様でした、プロデューサーさん」

「ああ、お疲れ様」

「あんなにファンの人が増えたなんて……ますます頑張らなくっちゃいけませんね!」

 事務所の入口を背にそう言うと、春香は帰っていった。今週もよく頑張ったな……っと、俺の仕事はまだ終わりじゃない。高木社長に呼び出されていたんだった。それを思い出した10秒後には、俺は社長室にいた。事務所の狭さがよくわかる。

「社長、お疲れ様です!」

「うむ、お疲れ様」

 入ってきた俺にそう言ったきり、社長はなかなか話を切り出してこない。何かマズいことでもあったか? でもこのまま2人して黙っていても話は進まないし、ここはこっちから聞いたほうが……と思っていると、社長は軽くため息をついてから、口を開いた。

「さて……実に言いにくいのだが……天海春香君のプロデュースは、終了してもらう!」

「…………!」

「今まで、本当にご苦労だったね。ここまでのアイドルを育てあげるとは……予想以上だった。君はまだ続けたいかもしれないね。でも私は、その力でまた、新しい芽を育ててほしいのだよ」

 

 

「へ?」

 百合子の口から声が漏れた――ちょっと待って。プロデュース終了? せっかくトップアイドルになったのに?

 困惑する百合子をよそに、THE iDOLM@STERのストーリーはそのまま進んでいった。プロデューサーはあっさりと社長の指示を受け入れ、春香も少しごねたものの、結局はプロデュース終了に同意する。二人の最後の仕事となったコンサートもあっという間に終わってしまい、そして……

 

 

 終演してから数時間、日付が変わるまでもあと僅か。ドーム周辺は静まり返っている。時折通る車の音と、搬入口で撤収作業を続けるスタッフの声とが、遠くに聞こえる程度。春香のファンたちであふれかえっていた開演前の光景、あれはひょっとして幻だったのか、と錯覚しそうなくらいだ。もちろん、そんなわけはないけど。

「ふぅ~、外の空気、ひんやりしてて、気持ちいいです♪」

 隣を歩く春香の声は、達成感に溢れている。

「ステージの上は、すごい熱気だったもんな」

 俺の言葉に、飛び切りの笑顔で答える春香。多くの言葉は必要はない。自分たちが何を成し遂げたのか、俺も春香もよくわかっているんだから。2人で会場の回りを歩きながら今日の余韻に浸る、この至福の時間がいつまでも続けばいいのにな……でも、そうもいかない。

「……で、話したいことって?」

 頃合いを見計らい、立ち止まって促した俺に、春香は2、3歩先まで進んでから振り返って口を開いた。

「あ、えっと……ひとつ、お願いが」

 今までで、いちばん真剣かもしれない顔つきで、俺をまっすぐ見つめ、春香は言葉を続けた。

「プロデューサーさんっ。これからも、ずっと私といてください! お別れなんてイヤです!」

 おいおい、いきなり、なんてことを……いや、違うか。いきなりなんかじゃないんだ。プロデュース終了のこと、春香はずっと、納得できていなかったんだろうな。でも、それをおくびにも出さずに、今日のステージを大成功させたわけだ。本当に成長したよ。だからさ。

「もうトップアイドルなんだし、俺の助けなんて……」

「必要ですよぉ!」

 っと、今日の春香は押しが強いな。

「ここまでこられたのも、全部プロデューサーさんのおかげですし、それに……」

 口ごもった春香は、目線を外す。

「も、もし、よかったら……私のこと、今より、もっと近いところに、置いてほしいなって」

「は?」

 いったい何を……

「って、おい、それ……ヤバい意味じゃないだろうな?」

「全然、ヤバくないです! だって、これって、自然にわいてきた気持ちだしっ!」

 再度俺の目を見て、春香は強く言い切る。

「それぐらい……プロデューサーさんのそばにいたいんです……」

 ……俺は、動揺している、らしい。想像もしていなかった、春香からの告白……想像もしていなかった? 本当に? 心のどこかで感じていなかったか? わからない。ただ、はっきりしていることもある。アイドル天海春香のプロデューサーとして、言わなければいけないこと。それは。

「そこまで、思ってくれるのは、うれしいけど……ここからは、やっぱり別の道をいこう」

「え、どうしてです? わ、私じゃ……ダメってことですか?」

「そうじゃないよ。俺はただ、春香の将来を、大切にしたいだけだ。スキャンダルで、人気に影を落としたくはないし」

「アイドルとしての将来の方が、私の気持ちより、大切なんですか!?」

「う、そうは言わないけど……わかってくれ。今の人気は、一緒に苦労して作り上げたものだろ」

「それも、そうですね……私たちの時間は、全部そのために使ってきたようなものだし……」

 俯いて少しの間考えていた春香が、顔を上げたとき、そこには穏やかな表情があった。

「わかりました。今はこれ以上、考えるの、やめにします」

 ……ほっとしたのが8割、残念なのが2割、って感じかな。そんな気分の俺に向かって、春香は言葉を続けてくる。

「でもっ! いつか、アイドルを辞めたら、戻ってきても、いいですか?」

「ああ。その時は、この話の続きをしよう。もし、気持ちが変わっていなければ」

「変わるわけないですっ。プロデューサーさんは、今も、そして、これからも……私にとって、生涯ただひとりの、代わりのきかない人ですから」

 迷いのない春香がまぶしい。アイドルとして、1人の少女として、最高の輝きを放っている。その姿を前にして、俺は今までのすべてが報われた気がした。

「ありがとう、春香……それじゃあ、また、いつか!」

「はいっ! 今日まで……今日まで、本当にありがとうございましたっ!!」

 深々と頭を下げてから、春香は車が待っている搬入口へと下りていった。中に入る瞬間、こちらを振り返って笑顔で手を振ってきたのに、俺も手を上げて応える。そしてそれを最後に、彼女の姿は俺の視界から消えた。

 こうして、俺が育てた少女は、ひとつの約束を残し、トップアイドルとして巣立っていった。俺たちの活動は、いったん終わった。けれど、これまでの記録が、色あせることはない。どんなに時が経とうと、記憶の中で、光を放ち続ける。それが、真のトップアイドルだから。

 

 

 最後のページを読み終えた百合子は、本を両手でぱたんと閉じてベッドの上に置いてから、一つ息をついた。ライトノベルのようなタイトル、ゲームを思わせる文体からは想像できない、ほろ苦い別れのエンディングだった――プロデューサーも春香も、どうしてプロデュース終了を受け入れられたのかな。いくら社長に言われたからって、私だったら絶対、納得できないと思う。

「んー……」

 今度は息と同時に声も鼻から抜きながら、百合子は両腕を支えにして上半身を後ろへ傾け、天井を見た――二人はこのあと、どうなるんだろ? 春香はアイドルを続けて、プロデューサーは新しいアイドルを育てて。もしかしすると、その新人アイドルと春香が出会ったりして。新たなトップアイドルとなるべくプロデューサーに鍛えられた少女の登場、とか、お約束だけど、熱いよね。かつて想いを寄せ告白までした相手と、その傍らに立つ後輩を前にしたとき、春香は……

「百合子ー!」

 階下からの母親の声で、百合子は現実世界に帰還した。枕元にある時計を見ると、すでに六時近かった。

「百合子ー! お風呂入っちゃってー!」

「はーい!」

 大声で返事をした百合子は、腰を前にずらしてフローリングに膝をつき、ベッド下の収納ケースから下着とTシャツ、ショートパンツを取り出した。そして、それらを持って立ち上がると、ベッド上のTHE iDOLM@STERにちらりと目をやってから、自室を後にした。




百合子の自室
GREE版ミリオンライブのカード「幸せ読書トーク」のイラストをイメージしています。

THE iDOLM@STER
このタイトルが表示されて以降の、百合子が読んでいる部分は、アケマスのセリフをもとに筆者が地の文を加えて小説文化したものです。

運命の出遭いを信じてる?
アケマスでの最初の選択肢のうちの一つで、プロデューサーがアイドルに初めてかけた言葉でもあります。ミリオンライブの10周年記念曲「Crossing!」の2番の歌詞にも出てきました。

双子の妹、真美がいる
真美は姉のはず、と思われた方がいるかもしれませんが、アケマスでは亜美が姉、真美が妹でした。

ドームですよっ! ドームっっ!
アイドルマスターを象徴する言葉の1つになっています。

プロデュース終了
アケマスは一定期間プロデュースすると、お別れコンサート→エンディングという流れになります。
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