目が覚めたとき、カーテン越しの朝日以上の明るさに気づいた百合子は、心の中で溜息をついた――またやっちゃった、電気、つけっぱなし。
枕の脇にある時計は五時半を指していた。もう一度寝なおそうと思った百合子は、やはり枕元にあるはずの電気のリモコンを手探りで取ろうとした。しかし、指先にまず伝わったのは、硬いプラスチックではなく、つるりとした紙、つまり本の表紙の感触だった。ぼんやりした頭の中に、ミッシングムーンを最後まで読む前に寝落ちしたんだ、という認識が形作られていく。残りの部分に描かれているだろう、千早とプロデューサーの別れのシーンや美希のその後に思いの向いた百合子は、本を引き寄せようとしたが、同時に、何か変だとも感じていた。その感覚はだんだん強くなり――文庫本、だったよね? にしては、大きいような……
違和感を具体的な言葉に変換できた瞬間、百合子は一気に覚醒した。うつ伏せのまま寝ていた姿勢から、肘に力を入れて勢いよく頭を持ち上げる。視線の先、右手の下にあったのは、ミッシングムーンではなく、二冊目のTHE iDOLM@STERと同じくらいの大きさの、白いソフトカバーの本。事態を把握するには、ひと目で十分だった。百合子は本を鷲掴みにすると、跳ねるようにベッドから降り立ち、そのままの勢いで机に向かった。椅子を荒っぽく引き出し、全体重を一気にかけて座ったとき、昨夜机上に置いたままにした残り二冊のTHE iDOLM@STER SP、パーフェクトサンとワンダリングスターも無くなっているのに気づく。それで百合子は確信した――これ、前の本が消えた代わりに、この世界に出現したんだ!
机上に乗せた両手で支える本の表紙には、「THE iDOLM@STER 2」というタイトルが、「アイドルマスター」というカナと共に記されていた。それを爛々とした目で睨みつける百合子の頭の中は、渦巻く想念で、収拾がつかなくなるほどだった――私、選ばれたの? 魔法の本の読み手に? どうして? 誰に? もし、選んだのが悪魔か何かで、これが呪われた本だとしたら? 際限なく新しい本が出てきて永遠に読み続けることになるとか、一冊読むたびに寿命が縮まるとか、これを読むこと自体が世界を滅ぼす呪文の詠唱になっているとか。でも全然違うかも。たとえば、この本の出現が、全宇宙をつかさどる大いなる神からの啓示、って可能性。そしたら、この本を読むことが、私の使命ってことにならない? あと、こうやって悩んでる私を見て笑うために、トリックスターが仕掛けたいたずら、ってパターンも……ああ、もう、読むべきなの? やめるべきなの? フロドは一つの指環のことをガンダルフに教えてもらえたし、アーサー王はマーリンからいろんなアドバイスを受けられたじゃない! なんで私には何のヒントもないの!?
持前の想像力が暴走するのを止められず、昂ぶりが頂点に達したとき、百合子は叫びそうになった。それをなんとか抑え、息を数回、吸って吐くと、体温が少し下がった気がした。その瞬間、百合子の心は決まった。ずっと夢見ていた、本物の冒険の始まりが、今、目の前にある。ここで思い切らなかったら、一生、後悔するに違いない。運命の歯車を自ら回すことへの、高揚、歓喜、不安、恐怖。それらがないまぜになっているのを示すかのような、わずかに震える指で、白い表紙を開く。
「おーい、そこで、こっちを見ている君! そうそう君だよ、君! まあ、こっちへ来なさい」
「君、確か、我765プロに入社予定の、新人敏腕プロデューサー君だね!?」
「いやいや、隠してもわかるよ。その、いい面構えで、ピーンと来た。新人なのに敏腕、それこそまさに君だ」
「ここだけの話、我が社は今、才能はあるものの、人気が今ひとつのアイドル達を大勢抱えていてね……」
「彼女らをトップアイドルに導いてくれる、プロデューサーを、大募集中なのだよ」
「では、さっそく紹介しよう。我が765プロに所属する、アイドルは……、この子達だ!」
――序文が変わってる!
今まで共通していた箇所の変化は、新たな物語を予感させた。胸を躍らせる百合子だったが、「人気が今ひとつ」「トップアイドルに導いてくれる」といった表現は気になった。「2」というナンバリングがされたタイトルから、今回は念願かなって、今までの続編を楽しめると思っていたのに、違うのだろうか。トップアイドルに輝いた春香や美希、千早達の、その後を描いた話ではないとすると――後輩が主役の話とか? それで、前作主人公が先輩として出てくるパターンかも。定番の展開だけど、やっぱり盛り上がるし。
若干の戸惑いとそれを上回る期待とにどきどきしながら、百合子は本文へと進むべく、ページをめくった。
THE iDOLM@STER 2
地下鉄の出口から道路へ出たとき、一瞬、目が眩んだ。季節は初夏、天気は上々、いい一日になりそうだな。俺にとっても、新しい生活の始まりの、大事な日だ。芸能事務所765プロダクションに、プロデューサーとして採用されて、今日は出勤初日。プロデューサーらしく、さっそうと行こう。
「んっふっふ~、ペンペン、ペンギン♪ 海の中では、ジェットでギュィ~~~ン!!」
ん? なんだ、あのヘンな歌を歌いながら、道を歩いてる女の子は?
「やっとDVD、返してもらっちゃった~♪ これでまた思いっきり、ペンギン歩きが見られるよー。せっかく貸してあげたのに、これが、つまんないとか、メッチャ信じらんないよねー」
長めのサイドテールがかわいい。服装は小学生っぽいけど、背はけっこうあって見栄えもする。出勤時間を気にしないでいいなら、スカウトしてみようか、って思うくらいだ。
「動く鳥、見てると疲れるとか言ってたけど、動かない鳥なんて、たぶんトリ肉くらいだよ。トリ肉のDVDとか、メッチャつまんなさそう。そっちの方が『あふぅ』だね~!」
すれ違ってからも、後ろから声が聞こえてくる。おもしろそうな子だな。なんの話してるのかは、さっぱりわからないけど。っと、事務所に急がないと!
「あふぅ?」
百合子は小さく呟いた。今、出てきた女の子は、今回のヒロインになるアイドル達の一人だろう。その娘が、美希のあくびの物まねをしている――やっぱり、後輩? でも、先輩に対する口ぶりじゃないっぽいかも。あと、プロデューサーは別人だよね? 出勤初日って言ってるし。なら、前のプロデューサーも、どこかで登場するかな?
次のシーンに進むと、事務所に到着したプロデューサーが、社長と対面していた。
「よく来てくれた! 私が、このプロダクションの社長、『高木順二郎』だ」
初対面ではないけど、今日からここで働くという節目になるからか、あらためて自己紹介された。高木順二朗社長はこの765プロダクション、略して765プロの代表取締役社長で、真っ黒に日焼けした初老の紳士だ。
「君の仕事は、わが社に所属するアイドル達を、プロデュースすること。目的は、彼女たちを、芸能界のトップへと導くことだ。道は険しいと思うが、がんばってくれ」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「うむ。いい返事だ! その返事をきいて、改めて私は、ピンときた! 君は将来有望そうだな! ぜひ、活躍して、我が事務所の救世主となって欲しい。実は、今回、君に担当して欲しいアイドル達は、数か月前のデビュー以来、どうもパッとせんのだよ。だから、彼女らには、若手のすごいプロデューサーを担当につける、と伝えてある。皆、とても期待しているから、よろしく頼むよ!」
「は、はい!」
今まで読んできたTHE iDOLM@STERのプロデューサーと社長を彷彿とさせる会話の中、百合子の関心が向いたのは、「数か月前のデビュー以来、どうもパっとせん」という部分だった。前の三冊では、アイドル候補生をデビューさせるところからプロデュースが始まっていたので、大きな違いだと思えた。それから、社長の名前も気になった――順一朗だったよね? 社長が変わってる?
「では、まず、プロデュースする女の子を、選んでくれたまえ!」
そう言って、高木社長はファイルを差し出してきた。そこに綴じてあったのは、9人のアイドル候補生のプロフィールだった。
天海 春香(17)
HEIGHT 158cm WEIGHT 46kg
BLOOD TYPE O B-W-H 83-56-82
歌が大好きで普通っぽさが魅力のアイドル。明るく前向き、そしてちょっぴりドジ。
星井 美希(15)
HEIGHT 161cm WEIGHT 45kg
BLOOD TYPE B B-W-H 86-55-83
スタイル抜群で、アイドルとしての才能はバッチリだが、とってもマイペース。
如月 千早(16)
HEIGHT 162cm WEIGHT 41kg
BLOOD TYPE A B-W-H 72-55-78
クールでストイックな努力家。歌が全てと考えていて、アイドル活動に少々抵抗がある。
高槻 やよい(14)
HEIGHT 145cm WEIGHT 37kg
BLOOD TYPE O B-W-H 74-54-78
素直で頑張り屋、そして家族思い。元気いっぱいで、周りを笑顔にしてくれるアイドル。
萩原 雪歩(17)
HEIGHT 155cm WEIGHT 42kg
BLOOD TYPE A B-W-H 81-56-81
気弱で泣き虫な、優しいアイドル。自分に自信がないが、シンの強いところもある。
菊地 真(17)
HEIGHT 159cm WEIGHT 44kg
BLOOD TYPE O B-W-H 75-57-78
りりしい外見で、サッパリした性格だが、内面は乙女なアイドル。女性ファンが多い。
双海 真美(13)
HEIGHT 158cm WEIGHT 42kg
BLOOD TYPE B B-W-H 78-55-77
外見は成長中。でも、中身は、いたずらっ子なアイドル。双子の妹も765プロにいる。
我那覇 響(16)
HEIGHT 152cm WEIGHT 41kg
BLOOD TYPE A B-W-H 83-56-80
沖縄出身の元気少女。自信家で楽天的だが、実はさびしがり屋という一面も。
四条 貴音(18)
HEIGHT 169cm WEIGHT 49kg
BLOOD TYPE B B-W-H 90-62-92
気高くミステリアスな、王女様のようなアイドル。その正体は多くの謎に包まれている。
百合子はあっけに取られた――デビューしたけどパッとしないって、春香や美希や千早も? なんで? THE iDOLM@STERやミッシングムーンでトップアイドルになったのに?
頭の中を疑問符であふれかえらせながら、百合子は視線を、後のほうにあるアイドルの名前に向けた。我那覇響、そして四条貴音。ミッシングムーンでは961プロ所属だった二人が、765プロにいる。いったい、どういうことだろう。その両名が入っているにも関わらず、選べるアイドルの数は九人と、ミッシングムーンの記述から変わっていないのも、気になった。さらに千早の年齢も、百合子の注意を引かずにはおかなかった。十六歳。自身と同い年だったアイドルが、一つ上になっている。前作の一年後の話だとしたら、春香達のデビューが数か月前というのは明らかにおかしい。
わからないことだらけの中、百合子はとにかく、ページをめくった。
ファイルの最初には、集合写真が挟んであった。ん? この右端の子、さっきのヘンな歌を歌ってた女の子……か? いや、それより気になるのが、真ん中に写っている、頭の赤いリボンが特徴的な子だ。他の子を見ていても、いつのまにか目が吸い寄せられている。個別プロフィールはどこに……なんだ、1ページ目か。
「天海春香……」
「お、天海春香君を選んだか。彼女は、とても歌が好きで、素直な子だったのだが……」
……だった?
「今は違うんですか?」
「いや、最近、少し落ち込んでいるようなのだよ。でも、根は明るくて、頑張り屋の、ごく普通の子だぞ」
「天海君は、朝一番で、近くの広場に向かったようだ。迎えにいき、活動を開始したまえ」
「はい!」
今回のヒロインが春香だとわかり、本を持つ手にいっそう力が入る。頂点に輝いた春香たちに何があったのか。この先を読んでいけばきっと分かるはず、と思いながら、百合子はプロデューサーと春香の出会いの場面へと進んだ。
社長によると、春香はここにいるはずだけど……あっ、あそこでダンスの練習をしている子だな。
「ワン・ツー、ワン・ツー、あれ? わからなくなっちゃった。もう一度、最初から……きゃあああ」
(どんがらがっしゃーん!)
うわっ、あの子、すごい勢いでコケたぞ!? さ、さすがにこれは助けないと。
「おい、君! 大丈夫か!? ずいぶん派手に転んだみたいだけど……」
「いたたたたた……あ、はい。平気ですっ、慣れてますから! あはははは……」
慣れてる!? あんな転び方にか!?
「……まあ、大丈夫なら良いんだけど。君、アイドルの天海春香さんだよね?」
「えっ!? はい、そうですけど、あなたは……? どうして私のことを?」
「社長から聞いてないかな? 今日から、俺が君のプロデューサーになったんだよ」
「ほ、本当ですか!? プロデューサーさんが来るって話はきいてたけど、社長の冗談だと思ってました!」
心底驚いた、って顔をしている。うーん、社長、全然信用ないんだな。
「今回の話は冗談じゃないぞ。今日から、よろしくな!」
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」
にっこり笑う春香だけど、すぐにその表情が曇る。
「あ、でも本当に良いんですか? 私、もうデビューして半年も経つのに、全然人気がなくて……同じ時期にデビューして、人気が出てる人達もいるのに、私は、レッスンぐらいしかすることがないんです」
落ち込んでいるみたいだって社長が言ってたけど、このことか。よし、ちょっと景気よくいこう。
「なんだ、そんなことを気にしていたのか。大丈夫、今の人気なんか関係ない。大事なのは可能性だ! 俺は、君となら、トップアイドルを目指せると思ってる」
「ええっ! そ、そんなこと突然言われても、まだピンときませんけど……でも、ありがとうございます!」
さすがに盛り過ぎたかなと思ったけど、受け入れてくれたらしい。素直な娘っていう社長の評価は、確かみたいだ。
「今はピンとこなくてもいいよ。これから、一歩一歩階段をのぼっていけば、実感がわいてくると思うし」
「はいっ!」
――罠じゃない、こんなの!
百合子は内心で抗議の叫びを上げた。タイトルに2とついていたので、前の三冊の続編か、そうでなくとも地続きの世界と時間を描いた作品だと、当然のように思っていた。それなのに、春香は今までの物語など無かったかのように、新人アイドルとして出てきている。要するにこのTHE iDOLM@STER 2は、前作までとまったく関係ない、パラレルワールドを描いた別作品、ということなのだろう。
トップアイドルになった春香たちの、さらにその先のお話を求めていた百合子は、落胆と憤慨を抱えながら、背もたれに寄りかかった。そしてそのままの姿勢でしばらく間をとってから、気持ちを落ち着かせるべく、目を閉じた――確かに、また二人の出会いからからやり直すことになったけど、春香がデビューしたあとにプロデューサーと出会ってるとか、前と違ってるところもあるよね。なら、ここから先も、何か新しい、わくわくするようなお話が待ってるかも。それに、これはこの世ならざる力を持った魔法の本で、私は選ばれし読み手、七尾百合子。だとしたら、この展開にも、絶対、何か意味があるはず!
気を取り直した百合子は、目を開き、ずり落ちそうになっていたお尻を浮かせ、座りなおしてから、ページをめくった。そこにあったのは、やはり今までとは違う、THE iDOLM@STER 2独自の物語だった。まず、社長はやはり交代していた。
「……社長~! 順一郎前社長から、絵ハガキが……って、あっ! プロデューサーさん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です。音無さん……あの、絵ハガキって、なんですか?」
「あ、はい。プロデューサーさんは、ご存知かどうか、わからないんですけど、実は765プロの社長は、以前は、高木順一朗社長だったんです。今は、高木順二朗社長なんですけど」
「へえ~。そうなんですか」
その順二朗社長から、プロデューサーに新たな指示が出る。
「先週は、ユニットのリーダーを選んでもらったわけだが、今週は残りの2人を選んでくれたまえ!」
「え? 『残りの2人』とは、どういう意味でしょうか?」
「ん、説明していなかったかな? 君には、3人編成のユニットをプロデュースして欲しいのだよ」
いくらかの行き違いがありつつも、プロデューサーは千早と美希を選び、春香をリーダーとするユニット「ナムコエンジェル」を誕生させる。
「春香、私達のリーダーとして、これからもよろしくね。困ったことがあったら、少しは相談にのれると思う」
「へー、春香がリーダーなんだね。なんか普通だけど、普通が一番って、ママも言ってたし、いいことなの!」
その直後には、同じ765プロのアイドル、水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美からなる先輩ユニット、「竜宮小町」と、そのプロデューサー、秋月律子が登場し……
「まぎらわしい所にいるんじゃないわよ! 新入りなら新入りらしくとっとと仕事を探しに出かけなさーい!」
「あらあら、伊織ちゃん、新人さんには親切にするものよ……あの、安心して下さいね? うちはとてもいい事務所ですから。ぜひ、のびのびと活動して、立派なアイドルになって下さいね~。ふふっ」
「うあうあ~。あずさお姉ちゃん、朝から大ボケだよ! この兄ちゃんは、新入りは新入りでも、んーと、ほらほら、前に社長が言ってた、若年寄の便せんプロデューサーだよね?」
「……それを言うなら若手の敏腕プロデューサーでしょ、亜美。ウロ覚えでわけのわからないこと言わないの! すみません、お騒がせして。私はプロデューサーの秋月律子です」
また、テレビ局のロビーでは、謎の男と遭遇する。
「じゃまだ、どけ」
「あ、す、すみませ……」
そして、その日の夜、ナムコエンジェルのメンバーとプロデューサーは、一年後に発表される「IA(アイドルアカデミー)大賞」の受賞という目標を、社長に示された。真のトップアイドルと認められた者のみに贈られる、名誉ある賞を目指すことになり、奮い立つ三人と一人。その後、社長からはさらに二つの伝達事項があった。一つは、961プロの黒井社長に気をつけるように、という忠告。もう一つは、春香たちが帰った後、プロデューサーだけに告げられる。
「実は、IA大賞にノミネートされた、ユニットのプロデューサーは、主催者である『IAU』、すなわち、『アイドルアカデミー連合協会』から、一年間のハリウッド研修に派遣されるのだよ」
「ええっ!? い、一年間、ハリウッドで研修ですか!?」
「その通り。本場のショウビジネスや、スターのマネジメントについて学ぶ、素晴らしいチャンスだ! まあ、それも、ノミネートされればの話だがね。ぜひ選ばれるよう、頑張ってくれたまえ!」
「ふぅ……」
怒涛の情報量に飲み込まれていた百合子は、ようやく訪れた段落の切れ目で、なんとか息を入れた。プロデューサーとアイドルの一対一の関係を中心に据えていた今までの物語に比べ、登場人物が増え、複雑な構成になっている。前三作では社長のファイルのところで名前を見た気のするアイドルが、事務所内の別ユニットや、主人公以外のプロデューサーとして出てくるのも、新鮮な感じがした。一方で、961プロがストーリーに絡んできそうだったり、IUと同じようにIAという目標があったりと、これまでの要素が取り入れられているのもわかった――ってことは、今回もやっぱり、プロデューサーとアイドルのお別れで終わるのかな? ハリウッド研修はその伏線かも。
続きを読み進めると、ナムコエンジェルは、同じくIA大賞を目指す竜宮小町と競い合いながら、だんだんと力をつけていっていた。IA大賞ノミネートに必要な、売上チャートのランキングでも、徐々に順位を上げていく。そんな中、とあるフェスの終了後、春香とプロデューサー、そして律子の前に、TV局のロビーの場面で出てきた男が再び現れる。
「チームワークだなんだって、甘いこと言うのは、決まって弱いやつだぜ。言い訳がましいんだよ!」
「うう……」
「……おまえ、ユニットのリーダーなんだろ? チームワークが大事って、本当に思ってんの?」
「そ、それは、あの、えっと……」
「ちょっと、からむのは、やめなさいよ! 春香が、おびえてるじゃないの」
「フン。何も言うことないのかよ。その程度の覚悟じゃ、IA大賞なんて、とてもじゃないけど、届かないぜ」
「IA大賞……? もしかして君も、IA大賞を目指すアイドルなのか!? 名前は?」
「さぁね。ま、そのうち、イヤでも耳に入ってくるんじゃない? じゃーな!」
――何なの、何様!?
心の中で百合子は毒づいた。春香が何も反論できないのにも、腹が立った――トップアイドルになったあとの春香なら、こんな男、目じゃないのに! ああ、もうっ、代わりに言い返してやりたい! たとえば、私が春香の後輩とかで、「あなたに何がわかるんですか!? トップに立ったこともないくせに!」「……なんだ、おまえ?」「分不相応だって言ってるんです! 文句があるなら、頂点の輝きを手に入れてからにしたらどうですか!? ま、無理でしょうけどね!」「ちょ、ちょっと百合子ちゃん、落ち着いて!」「春香さん、でも……」「いいから、ね?」……こんな感じで!
空想の中で無礼者を成敗し、溜飲を下げた百合子だったが、それも束の間、彼は三度登場した。舞台は竜宮小町が参加した、パフォーマンスの質を競うフェス。IA大賞を目指し、ランキング上昇を狙った律子たち四人は、勝算ありと踏んで対戦に臨むものの、敗北。事務所に戻り、プロデューサーと顔を合わせた律子は、その時のことを話す。
「たった一人のアイドルに完敗だったんです。彼は私の予想をはるかに超えるレベルで、とにかくすごかった……」
「な、なんだって? それじゃ、あいつ、そんな実力のある、すごいアイドルだったのか!?」
「……しかも、あの子、961プロの所属らしくて」
「ええっ! 961プロって、あの……!?」
「ええ、そう。うちの社長といわくつきの、あの961プロです。どうも昔からのライバルらしいですね。だから、961プロには注意するように高木社長からも言われてたのに、なすすべもなく惨敗だなんて……これで竜宮小町の、今年のIA大賞は、完全に無くなってしまったわ……」
「い、いや、そんなこと言うんなよ! あきらめるのは、まだ早いだろ?」
「いいえ、ムリなんです。今回の敗北で、竜宮小町は961プロの、天ヶ瀬冬馬に、はるかに劣ると証明されてしまった。これがランキングに与える影響は、絶大だわ。現実問題として、IA大賞は、もう……」
「ええええっ!?」
寝坊する人も多い祝日の朝には似つかわしくない頓狂な声を、百合子は止められなかった。完全に不意打ちだった。天ヶ瀬冬馬。まさかの敵役の正体――おかしいでしょ!? 天ヶ瀬さん、こんなイヤな人じゃなかったから!
ハンカチを貸してくれ、ぶしつけな質問にもきちんと応じてくれたバス停での印象と、本の中で描かれている人物像は、どう考えても一致しない。かといって、同姓同名の別人のはずもない。最初のTHE iDOLM@STERを手にするきっかけになった人物との、思わぬ形での再会。偶然とは思えない。もし、あのときの出会いも、この魔法の本に仕組まれたものだったとしたら。物語が現実を浸食してきたような気がして、百合子は何となくぞくりとした。
その後、ナムコエンジェルもフェスで冬馬に挑むことになるが、悪天候による機材故障でイベントは中断、勝負はお預けとなる。
「アクシデントも勝負のうちだ。だから今回は、引き分けってことにしといてやるよ」
冬馬のレベルが段違いなのは、中断前までのステージを見ていた誰の目にも明らかだった。そんな彼に対抗すべく、ナムコエンジェルはレッスンを重ね、団結力を武器に全国各地のライブやフェス、オーディションで結果を出していく。そしてついに売上ランキングを二十位以内にまで上昇させ、IA大賞のノミネート発表会へと招待される。
「IA大賞、ノミネート、エントリーナンバー1番、ナムコエンジェルの皆さんです! おめでとうございます! ノミネートの感想を、一言ずつお願いします」
「ありがとうございます! この場に立てたのは、応援してくれた、ファンの皆さんのおかげです!」
「応援して下さった皆さん、そして……私達を引っ張ってくれた、リーダーに感謝しています。ふふっ」
「ミキも、今日は素直にリーダーをほめてあげたい気分なのっ! いよっ、さすがはリーダーっ!」
しかし、この日の話題は、最後に発表されたユニットにさらわれてしまう。
「これまで、構成メンバー、所属事務所など、一切の情報が秘密とされてきた、人気絶頂の覆面ユニット……その神秘のベールが、この栄えあるIA大賞ノミネート会場で、ついに脱ぎ捨てられます! さあ、プレゼンターをお呼びしましょう! 961プロ代表取締役、黒井崇男社長ですっ!!」
「ウィ、ご紹介ありがとう。私が黒井です。皆さん、以後、お見知りおきを」
黒井社長は、ランキングを急上昇した謎のユニット、「ジュピター」が961プロ所属だと明らかにする。メンバーはもちろん、百合子も知る現実のジュピターの三人だった。
「な、なんと、ソロでも大人気の、天ヶ瀬冬馬君のユニットだったんですね!」
「はい! 俺単独でもIA大賞を狙える位置にいるけど、社長が最高のメンバーを見つけてくれたんで。コイツらと一緒に、確実に勝ちにいくことに決めました! ファンの皆、俺の仲間を紹介するぜっ!」
「こんにちは、僕、ジュピターの御手洗翔太です。がんばるから、皆、よろしくねっ! えへへっ♪」
「初めまして、お嬢さん達。俺は、伊集院北斗。俺達ジュピターから、一瞬たりとも目を離さないでね?」
圧倒的なパフォーマンスを見せ、IA大賞の最有力候補となるジュピター。しかし春香は臆することなく、打倒ジュピターを口にする。担当アイドルの成長を感じたプロデューサーは、ノミネート発表会の終了後、ナムコエンジェルの三人を集め、ハリウッド研修の件を伝える。
「IA大賞発表後は、俺は皆と、一緒にいられない。ハリウッドに行って、色々勉強してくる。1年で戻ってくるけど、その後に皆のプロデュースを担当できるかどうかは、わからない。もしかしたら、IA大賞が終わったら、それっきりお別れ、ってこともあるかもしれない」
「「「ええっ!?」」」
やっぱりハリウッドは伏線だったんだ、と百合子は思った。今回も、トップアイドルになった春香たちとプロデューサーの別れで話が終わるとすると――次の本も、また下積み時代からになっちゃうのかな?
先走り気味の想像を巡らしながら、さらに文字を追っていくと、ナムコエンジェルはジュピターと熾烈な賞レースを繰り広げていた。体調不良の春香がステージ上で倒れ、担架で救護室に運ばれるなどのアクシデントもあったが……
「お、起きたか、天海」
「ジュピター……悪いけど、遠慮してくれないか。春香はまだ、目が覚めたばかりなんだ」
「俺達も、病人の前で騒ぐ気はねえよ。ステージで、派手にぶっ倒れたから、ちょっと気になっただけだ」
「あの……ごめんなさいっ。冬馬君達にも、迷惑かけちゃって……」
「……まあ、まだ戦う気があるなら、とっとと復活しろよ。おまえら程度でも、いれば、盛り上がるかもな」
IA大賞発表の直前、ノミネートアイドルが一堂に会するフェスで、ついに両雄は激突する。
「今日の俺達の相手は、あのジュピターだ。間違いなく、彼らは強い。簡単に勝てる相手じゃない……だからこそ、相手にとって、不足はないよな! さあ、今までやってきたことを、このステージで、全部、残らず全て、出しきってこい! そして……そして、勝とう!!」
「「「はいっ!」」」
この最終決戦を制したのは……
「プロデューサーさんっ! 私達、ジュピターに勝ちました、勝っちゃいました!」
「ああ、ステージ袖から、みんなの勝利、俺も、しっかり見てたよ!」
「今日のステージでは、私達3人が、ひとつになるのを感じました……あれが本物の、団結なんですね!!」
「力、全部出し切っちゃったってカンジ。ホント、勝ててよかったの!」
敗れたジュピターは、冬馬が解散を宣言、IA大賞のノミネートも辞退してしまう――このせいで、天ヶ瀬さん、961プロを辞めたのかな……って、違う! これは本の中のお話! 現実じゃないから!
混乱しかけた百合子は、軽く頭を振ってから本の中へと戻った。そこでは、最大のライバルを撃破したナムコエンジェルが、国立オペラ劇場大ホールにて、歓喜の瞬間を迎えていた。
「それでは、発表します。本年度の、IA大賞に輝いたのは……ナムコエンジェルの皆さんです! おめでとうございまーーーっす! それでは、皆さんの、今のお気持ちをお聞かせください!」
「えっと、1年間、ずっと目標にしていたこの賞を、本当にもらえるなんて……とっても、光栄です!」
「皆さんのご声援が、私達を、ここに運んでくれました。本当に、ありがとうございました!」
「うまく言えないけど……、とにかく、ミキすっごくすっごくすっごく、うれしいの!」
そして、セレモニーの終了後。春香は千早や美希と帰りの車に乗るが、途中で独り降りて、プロデューサーのところに戻ってくる。
「つまり、えっと……はっきり、言います。プロデューサーさん、ハリウッドになんて、行かないで下さい!」
「ええっ!? その話は、もう前に……」
「で、でも、私達はプロデューサーさんに育ててもらったユニットです。IA大賞は終わりましたけど……まだ、教えてもらわなきゃダメなこと、いっぱい、いっぱいあるんですっ!」
「春香……春香の気持ちは、うれしいけど、もう、決めたことなんだ。それに、ナムコエンジェルは大丈夫だよ。春香という、立派なリーダーがいるからさ」
「私、立派なんかじゃないです! 全然、そんなんじゃないんですっ! いっつも1人で空回りして、みんなにも、プロデューサーさんにも、いっぱい迷惑かけて……」
「春香……」
「私が立派なリーダーに見えるとしたら、それは、プロデューサーさんが、隣にいてくれるからです……プロデューサーさんが、支えてくれなかったら、ユニットも、私も、とっくにダメになってました! だから、お願いです、プロデューサーさん。ずっと、ずっと、一緒にいてもらえませんか?」
「……」
「ずっと、私達の……私の、そばに、ずっと……!」
「……ありがとう、春香。春香の気持ち、本当にうれしいよ。でも……それは出来ない」
「ぷ……プロデューサーさん……」
「俺のほうこそ、春香が言ってくれるような、いいプロデューサーじゃない。本当に、いいプロデューサーだったら、春香の体調不良にも気が付いただろう。少なくとも、春香がステージで倒れる前に、何とかできたはずなんだ……俺はまだ、未熟すぎるんだよ」
「……プロデューサーさん。もう、すっかり、決めちゃってるんですね?」
「春香……ごめん」
「あ、あやまらないで下さいっ! もっと、悲しくなっちゃいますから。でも、お願いです。ゼッタイ、帰ってきて下さいね。これで、お別れだなんて、私、イヤです……」
「うん、必ず帰ってくるよ。春香は、俺がいない間、リーダーとしてユニットを支えていてくれ。そして、俺達のナムコエンジェルを、今よりも、もっと、素晴らしいものにするんだ! こんな大切なことを頼めるのは、春香しかいない。世界中で、春香、ただ1人だ」
「私……私、だけ……」
「……頑張れるか、春香?」
「は、はいっ……えへへっ。わ、わかりました。でも、そのかわり、プロデューサーさん。ハリウッドから帰ってきたら……絶対に、また、私をプロデュースして下さいねっ! 約束ですよ、約束!!」
旅立ちの日、プロデューサーは空港でナムコエンジェルの三人に見送られ、日本を後にする。
「プロデューサー。食事は、栄養のバランスに注意して、メニューを選ぶようにして下さいね」
「ハリウッドについたら、いっぱい写真撮って、ミキ達にメールで送ってね。楽しみにしてるから!」
「ああ、わかってるよ。皆も、元気でな。バッチリ、成長して帰ってくるから、1年後を、楽しみにしててくれ」
「私、プロデューサーさんがいない間、本当に、本当に、がんばりますから……だから、プロデューサーさんも、あの……約束、ゼッタイ、守って下さいね」
「ああ、守るよ……必ず」
お見送りの場面が終わっても、ページはまだ少し残っていた。プロデューサーとアイドルのお別れがラストシーンだと思っていた百合子は、一瞬戸惑ったものの、すぐに自身の勘違いに気づいた――そっか、ハリウッドに行くって言っても、一年研修するだけで、プロデュース終了じゃないんだ。だから、ここで終わりじゃなくて……プロデューサーが戻ってきて、エピローグ?
百合子の予想通りだった。ページをめくった先では、一年間の研修を終え帰国したプロデューサーが、765プロ事務所へと向かっていた。
ふぅ、やっと着いたぞ。それにしても、春香たちがどれだけ頑張っていたのか、いやって程、分からされたな。駅前の大型モニター、コンビニのBGM、すれ違う人が持つ雑誌の表紙。ナムコエンジェルの話題を見聞きしないでは、2分と街を歩けない、って感じだ。まあ、とりあえず事務所に入ろう。あ、入る前に、おみやげは出しておいたほうがいいかな。えっと……って、うわっ!? いきなり目の前が真っ暗に!?
「えへへっ……だーれだ?」
「え、その声は……」
明るさが戻るのと同時に振り返ると、そこにはもちろん、微笑む春香が立っていた。
「……プロデューサーさん。おかえりなさいっ!」
「ああ、ただいま……! でも、どうして、こんな所に春香が?」
「ええっ!? せっかくの再会なのに、つれないこと言わないでくださいよぉ! 小鳥さんから、プロデューサーさんが、今日帰ってくるって聞いて、それで待ってたんですよ?」
口を尖らせてみせる春香。そうそう、ときどき、こうやって拗ねていたっけ。なんだか、本当に帰ってきたんだ、って実感がわいてくるなあ。
「……ありがとう、春香。嬉しいよ。でも、本当に仕事、大丈夫だったのか? ここで俺を待つだけでも、スケジュール調整が、大変だっただろう?」
「え? どうして、それ、知ってるんですか?」
「だって、空港からここに来るまでの間、春香達の名前があちこちから、聞こえてきたぞ……もう、押しも押されぬ、超人気ユニットだな。よくやったぞ、春香!」
「……えへへっ。だって、約束したじゃないですか。ユニットの皆で、もっともっと頑張るって。あの、どうですか? 私達のユニット。プロデューサーさんがプロデュースしてた時と比べて」
「そうだな……どう考えても、俺がやっていた時より、売れてると思うぞ」
「え、本当ですか!? やったー!」
褒められると素直に喜ぶのも、ちょっと調子に乗りがちなのも、相変わらずか。
「……何だか、俺、帰って来たのはいいけど、いきなり用無しな感じだよな」
「ええっ!? そ、そんなことないですよぉ! プロデューサーさんが用無しなわけ、ないじゃないですか」
「あははは。まあ、そうかな。俺もハリウッドで、100倍くらいパワーアップしたから……正直、これくらいすぐに追いつけるぞ!」
「そうですか? ふふ、ふふふっ!」
ん? 何か含みのある笑いのような……
「それじゃ、早速ですけど、この後の新番組の打合せに、プロデューサーさんも参加して下さいねっ!」
「ええっ!」
い、今からか!?
「あの、俺、今、帰ってきたところなんだけど……社長にあいさつとか、事務所のおみやげとか、荷物の片付けとか、色々な用事も盛りだくさんで……」
「そんなの後です! 私、プロデューサーさんをずっと待ってたんですよ? だから、もう待てません!」
「わ、わかったよ……」
満面の笑みを浮かべ、さも当然といった感じで促してくる。さっきまでは、懐かしい、変わってないって印象だったのに、それが一気に吹き飛んだ感じだ。まあ、俺のいなかったこの1年、セルフプロデュースだったナムコエンジェルで、リーダーとしていろいろと経験を積んできたんだろうけど、それにしても……
「春香、しばらく会わないうちに、少し、人使いがあらくなったんじゃないか?」
「えへへっ。私の、世界一のプロデューサーさん! またプロデュース、お願いしますねっ!」
世界一とは、言ってくれる。でも、そうだよな。「ナムコエンジェルを、今よりも、もっと、素晴らしいものに」っていう俺の頼みを、春香は実現してみせた。なら、今度は俺の番だ。プロデューサーとして、春香を、ナムコエンジェルを、もっともっと輝かせる。そのために、ハリウッドに行ったんだしな!
「……よしっ! 俺も、覚悟を決めたぞ! これが、世界一への第一歩だ! まずは、新番組の打合せに行こうか、春香!」
右手でスーツケースの向きを変えて脚を踏み出すと、春香が左側から俺の顔を覗き込んできた。
「プロデューサーさんっ! あの、私、これからも、プロデューサーさんのこと、す……」
「す……?」
「あ、いえ、今はやっぱりいいです。これからも、チャンスはありますからね……」
「え? なんか、言ったか、春香?」
「えへへ、何でもないですっ! それじゃ、行きましょう! 皆で……世界の頂点へっ!」
――面白かった!
本を閉じた百合子は、白い表紙をじっと見つめた。春香がプロデューサーと出会うところから、トップアイドルになるまでを描いていたのは、一冊目のTHE iDOLM@STERの焼直しに思えなくもなかった。ただ、同じユニットの千早と美希、仲間でありライバルでもある竜宮小町と律子、倒すべき敵として立ちはだかった冬馬達、さらにはIA大賞の司会者のような端役まで、数多くの人物が物語に関わっていたのは、大きな違いだと思えた。今までよりも世界観に奥行があるように感じられたし、熱い展開や、希望にあふれるエンディングも良かった――でも、やっぱり。
トップアイドルになったあとのお話を読みたかった、という気持ちを、百合子はどうしても拭いきれなかった――THE iDOLM@STER 2、続編として作れなかったのかな? ソロで頂点の座に輝いた春香が、社長の鶴の一声で、ユニットを組んでIA大賞に挑むことになった、みたいな感じで。そしてユニットを指導するのは、かつて春香をトップアイドルへと導いたプロデューサー。一年ぶりに再会した二人は、挨拶すらもぎこちなく……うん、いけそう。
百合子の想像の翼は、THE iDOLM@STER 2のその後へも広がった。世界で活躍するアイドルに挑むナムコエンジェルとプロデューサー。黒井社長が手塩にかけて送り出した秘蔵っ子との対決。律子と竜宮小町の再起や、冬馬達の捲土重来を描く、外伝的なエピソード。そういうお話を、五冊目に期待していいのかどうか。
そういえば、どうしたら次の本が出てくるのだろう。今までの四冊は、気が付いたらそこにあった、という感じだった。だとしたら、五冊目のTHE iDOLM@STERを望んでいる今、取るべき行動は?
いろいろと考えを巡らせた末、百合子は机の引き出しにTHE iDOLM@STER 2をしまい込み、鍵をかけた。誰の目にも触れず、誰の手にも届かないところに置いておく。これで願っている通りになれば、本当の本当に魔法の本だとはっきりする。
百合子はショートパンツのポケットに鍵を滑り込ませながら立ち上がった。ベッド上の時計を覗き込むと、十時半近い。七尾家の休日の習慣、ブランチの頃合だ。百合子は足早にドアへと向かった――腹が減っては戦はできぬ、だよね。
白いソフトカバー
Xbox360及びPlayStation3で発売されたアイドルマスター2(アイマス2)のタイトル画面です。ジュピター(冬馬、北斗、翔太)はこの作品で初登場しました。
フロドは一つの指環のことを~
J・R・R・トールキンの「指輪物語」から拝借しました。百合子が読んでいるのは公式設定です。
アーサー王はマーリンから~
アーサー王伝説はいろいろな作品がありますが、百合子はマロリー版よりもサトクリフ版から入っているのではないかと想像します。
THE iDOLM@STER 2
このタイトルが表示されて以降の、百合子が読んでいる部分は、アイマス2のセリフをもとに筆者が地の文を加えて小説文化したものです。
物語が現実を浸食してきたような気がして
「現実を浸食する」は、かつてアイマスのコンセプトとして使われた言葉です。
世界で活躍するアイドル
PlayStation3の「アイドルマスター ワンフォーオール」で初登場した玲音をイメージしています。
黒井社長が手塩にかけて送り出した秘蔵っ子
PlayStation4の「アイドルマスター ステラステージ」で初登場した詩花をイメージしています。
律子と竜宮小町の再起
PlayStation3のアイマス2では、エクストラエピソードとして伊織、あずさ、亜美、律子を短期間プロデュースできます。
冬馬達の捲土重来
アニメ「アイドルマスターSideM」の第0話にあたる「Episode of Jupiter」をイメージしています。バンダイチャンネルで無料で見られるので、未見の方はぜひ。必見の名作です。