ことのほか美味しかったフレンチトーストのおかげか、部屋に戻ったときの百合子は、だいぶ楽観的になっていた。鍵付きの引き出しの中には、きっと新しいTHE iDOLM@STERがある。膨らんだ期待を胸に、百合子は鼻息も荒く、大股で机に突進した。しかし、鍵を挿して引き出しを開けた瞬間、言葉を失ってしまう。ややあって、かすれ気味の声が漏れ出した。
「……なんで……」
そこには、THE iDOLM@STER 2に代わる本が、確かにあった。文庫本サイズの黒いプラスチックに画面をはめこんだ、タブレット型の電子書籍端末が。
「はーっ……」
盛大な溜息を止める気にもならなかった。スマートフォンに電子書籍アプリを入れていないほど、百合子は本に関して、断然アナログ、紙派だ。画面だと紙の温かみやページをめくるドキドキ感はないし、行間に込められた思いも感じ取れない気がしていた――だいたい、魔法の本がこれって、風情なさすぎじゃない?
百合子は立ったまま鼻を一つ鳴らすと、しぶしぶといった様子で端末を手に取った。指先が触れた画面に、タイトルが浮かび上がる。お馴染みの「THE iDOLM@STER」と「アイドルマスター」は、若干小ぶりになっていた。かわりに大きく目立つのは、その下に表示された、「MILLION LIVE!」という文字列。添えられている「ミリオンライブ」のかな書きと合わせ、こちらがメインタイトルのように見えた。
百合子は左手で引き出しを閉めながら、同時に右手の指も動かし、画面をスライドさせた。現れたのは、序文だった。
「私達と、この
笑って、悩んで、
「……みじかっ」
小さく呟き、目を画面に注いだまま椅子をひくと、机と平行の向きで座る。これが紙の本だったら、という思いは消えず、新しい物語へのときめきもあまり感じられない。百合子は半ば機械的に画面を操作し、本文へと進んだ。
THE iDOLM@STER MILLION LIVE!
都内・臨海エリア、最寄り駅から徒歩8分。目の前に広がるのは、原っぱ。もらった略地図を改めて確認する。どう見ても、ここだよな。俺、庭師じゃなくて、アイドルのプロデューサーになったはずなんだけど……まあ、突っ立っていてもしかたない。行ってみよう。
原っぱに足を踏み入れて少し進むと、まばらに生えた木の向こう側に、大型のテントが見えてくる。あれか。歩くピッチを上げると、ほどなく到着。間近に見たテントの横幕には、星やらUFOやら「がんばりまーっす!」の文字やら、自由に落書きがしてある。何というか、手作り感に溢れてるな。正面に回ると、入口脇には「めざせ! トップアイドル!!」とマジックで大書してある貼り紙、その手前には「765PRO Live THEATER」と手描きされた一本足の立て看板。うん、間違いない。今日からここが、俺の職場だ。といって、いきなり入るのもちょっとなあ。とりあえず、声をかけてみるか。
「すみませーん!」
「はーい……なんでしょう?」
返事に続いてテントから出てきたのは、 緑のベストにタイトスカートの女性。年のころは……いや、それはともかく、いかにもOLって感じの人だ。
「あの、俺は今度765プロに入社した……」
「ああっ、さっき社長から連絡がありました!」
良かった、不審者扱いされないで済みそうだ。
「はじめまして、プロデューサーさん! 765プロへようこそ! 私は765プロの事務員音無小鳥です! プロデューサーさんの活動をサポートさせていただきます!」
「こちらこそ、はじめまして。よろしくお願いします」
プロデューサーが新入社員ということは、またアイドルと出会うところからのスタートだろうか。だとすると、今回も、トップアイドルになった後の話は期待できなそうな気がした――それより、テントとか765PRO Live THEATERとかって、何?
「プロデューサーさんのお仕事はこの劇場を大きく立派にプロデュースすることですよ!」
「はい、高木社長からも聞いています」
高木社長は、フルネームが高木順二朗。俺のことを、目の前にあるテント、765PROライブ劇場の運営を担うプロデューサーとして採用してくれた、芸能事務所765プロダクションの代表取締役社長だ。何でも、765プロ所属の50人のアイドルたちは、今はまだ駆け出しだけど、人気が出てくれば劇場の増築や新築も予定していて、最終的には、100万人の観客が収容できる海上ドーム、「ミリオンメガフロートドーム」を建造するのが夢だ、とか。最後のは、さすがに冗談だろうけど。
百合子は自身の目が信じられず、三回ほど見直した――五十人のアイドル? 今まで九人とか十人とかだったのに? それに百万人の観客って……さすがに無茶苦茶じゃない?
「まずはプロデューサーさんといっしょに劇場を盛り上げていく、1人目のアイドルを決めましょう!」
音無さんが分厚いファイルを差し出してくる。
「社長によるとプロデューサーさんが『ピン!』ときた子を選ぶのがコツ……らしいですよ!」
「は、はあ……」
簡単に言うけど、50人から1人選ぶって、けっこう大変そうだな。とりあえずファイルを受け取って開くと、中の資料はいくつかのカラーインデックスで区切られていた。最初の束は、「可愛い系・真面目で頑張りや!」……なんだ、このふんわりした分類? 心の中でツッコミを入れながら、綴じてあるアイドルのプロフィールを1人ずつ確認していく。
名前 我那覇響
年齢 16歳
誕生日 10月10日(天秤座)
身長 152cm
趣味 編み物、卓球
名前 萩原雪歩
年齢 17歳
誕生日 12月24日(山羊座)
身長 155cm
趣味 MY詩集を書くこと
名前 高山紗代子
年齢 17歳
誕生日 12月29日(山羊座)
身長 156cm
趣味 ハリネズミの飼育
名前 木下ひなた
年齢 14歳
誕生日 7月4日(蟹座)
身長 146cm
趣味 ガーデニング
名前 中谷育
年齢 10歳
誕生日 12月16日(射手座)
身長 142cm
趣味 アニメ鑑賞
名前 箱崎星梨花
年齢 13歳
誕生日 2月20日(魚座)
身長 146cm
趣味 バイオリン
名前 周防桃子
年齢 11歳
誕生日 11月6日(蠍座)
身長 140cm
趣味 かわいいシール集め
響、雪歩はTHE iDOLM@STER 2にも名前が出ていた。この二人が入っているのなら、春香や千早、美希もいるのだろう。やはり今回もパラレルワールドで、今までの本とは関係なく、デビュー前後からのお話になりそうだ。そして残りの、完全に初見な五人。その他大勢というわけではなく、前からいるアイドルたちと同じように、プロデューサーに選ばれる可能性があるらしい――この五人、全然聞いたことないけど、現実の765プロにいるのかな?
次のインデックスは……「可愛い系・マイペースで個性的!」ね。また1人ずつ見ていくとしますか。
名前 野々原茜
年齢 16歳
誕生日 12月3日(射手座)
身長 150cm
趣味 スキップ
名前 水瀬伊織
年齢 15歳
誕生日 5月5日(牡牛座)
身長 153cm
趣味 海外旅行、食べ歩き
――伊織を選べるなら、竜宮小町もなかったことになってそう? そしたら、律子もアイドルに戻ってたり?
名前 宮尾美也
年齢 17歳
誕生日 4月24日(牡牛座)
身長 156cm
趣味 囲碁、将棋
名前 松田亜利沙
年齢 16歳
誕生日 6月7日(双子座)
身長 154cm
趣味 アイドルのデータ集め
――これ、五十人分、続くの?
名前 永吉昴
年齢 15歳
誕生日 9月20日(乙女座)
身長 154cm
趣味 野球
名前 望月杏奈
年齢 14歳
誕生日 5月31日(双子座)
身長 152cm
趣味 オンラインゲーム
名前 ロコ
年齢 15歳
誕生日 3月1日(魚座)
身長 154cm
趣味 物を作ること
――ああ、もうっ!
どれだけ画面をスライドさせても、延々と箇条書きが出てくるだけ。いらいらした百合子は、読みはじめたばかりのページで、思わず指を動かしてしまった。あっ、と思っても、画面は止まってくれない。流れていく文字を見送るしかない中、百合子の眉はぴくりと動いた――今、なんて書いてあった?
画面外へと消えたページに、ありえないものを見た気のした百合子は、心拍数が急上昇するのを感じた。戻って確認すればいいだけなのに、指はなかなか動かない。もし、気のせいでも見間違いでもなく、本当にその文字列が画面に表示されたとしたら。その先で何が起きるのか、自慢の想像力をもってしても、見当もつかなかない。じわじわと染み出す不安感を抑えるように、深呼吸を繰り返してから、百合子はようやく決断した。口の中にたまった唾を飲みこみ、画面を一ページ前に戻す。目に入って来る、読み飛ばしてしまった部分。そこには、一人のアイドルの名前があった。
名前 七尾百合子
年齢 15歳
誕生日 3月18日(魚座)
身長 154cm
趣味 読書
百合子は立ち上がり、手にした端末を顔の高さで打ち振りながら、本棚の前を早足で一往復した。次に、端末を放り出すようにベッドに置くと、部屋の隅にある丸い小さなローテーブルを持ち出して、本棚とベッドの間に据え付けた。最後に、ベッド上にあるお気に入りのクッションと端末を手に取り、それぞれ床とローテーブルに置くと、自身も膝を折ってクッションの上にお尻を乗せた。そして、感情を爆発させた。
「なに、これ!?」
テーブル上の端末にあらためて目をやる。何度見ても、そこには自身の名前が表示されていた――同姓同名? そんなわけないじゃない! 年齢も誕生日も身長も趣味も、全部私だし!
呼吸が荒くなり、目の奥がじんじんする。もう、残りのアイドルをゆっくり見ていく気もしなかった。人差し指で画面をどんどんスライドさせる。プロデューサーが誰を選ぶのか。百合子はほとんど確信していたが、それでも早く答えを見たかった。そうしてたどり着いた、運命のページ。プロデューサーは……
うーん、みんな有望そうだけど、音無さんの言う『ピン!』と来た子を選ぶとするなら……
「七尾百合子……」
「百合子ちゃんで決まりですね!」
予想していたとはいえ、百合子の受けた衝撃は大きかった――今から、私とプロデューサーのお話が始まるんだ! 春香や、美希や、千早みたいに! でも、なんで!? どうして私がアイドルに!?
百合子は憑りつかれたように文字を追い続け、そして……
ライブ劇場から765プロ事務所まで、ドアtoドアで小一時間。都内って広いよなあ、なんて思いながら、事務所のドアを開ける。今日はこのあと、これからプロデュースするアイドル、七尾百合子との初顔合わせだ。さっき、もう事務所に来ているって連絡があったけど……ああ、いたいた! ソファに座って読書中だ。さすが文学少女。
「……ええっ!? あの温厚そうなおばあさんがこんな猟奇的なトリックを使うなんて……!?」
どうやら、ミステリらしい。
「……あれ? でも確か、この人は第三の事件ではアリバイが……」
完全に物語に入りこんでるな。俺がいるのにも気づいてないみたいだ。約束の時間にはまだまだ余裕があるけど、ちょっと声をかけてみるか。
「ずいぶんと熱心に読んでいるようだが、その小説、そんなに面白いのか?」
「はいっ! どんでん返しにつぐどんでん返しの展開にドキドキハラハラ……もう夢中です!」
うわっ、いきなりキラキラした目で食いついてきたぞ。
「私が生まれるずっと前に書かれた本なのに、面白くて、古びない……すごいことですよね!」
「そ、そうか……すごいんだな」
「……ハッ!? す、すみませんっ! 私、夢中になるとつい興奮しちゃうクセがあって……!」
「ああ、大丈夫。プロデューサーにとってはアイドルのことを知るのも仕事のうちだ!」
「え、今なんて? ぷ、プロ……えええええっ!?」
いや、そんなに驚かなくても、と思っているうちに、百合子は本を閉じて立ち上がった。
「あなたがプロデューサーさんなんですか!? は、はじめまして! 私、七尾百合子です!」
そう言ってお辞儀をする。おお、けっこうしっかりしてる。親御さんの教育の賜物かな。
「私、歌もダンスも得意じゃないし、お芝居の勉強もしたことがない初心者ですが、いつか、この本みたいに、時代を跳び超えて人の心を揺さぶるアイドルになれたらって」
時を越えて、人の記憶に残るアイドルか。大きく出たな。うん、いいじゃないか。
「わかったよ。簡単な目標じゃないが、目指す価値はあるな! レッスンは厳しくなると思うが、二人三脚で頑張っていこう! 百合子、よろしく頼むぞ!」
「……はいっ、プロデューサーさん! こちらこそどうぞよろしくお願いします!!」
ついに登場した、今回のヒロインアイドル、七尾百合子。描写されたその姿は、多少カリカチュア化されている感じはするものの、百合子本人に違いなかった。THE iDOLM@STER 2での冬馬登場時に抱いた、現実が物語に浸食されそうな薄気味悪さが、桁違いの切迫感で、胸の中をせり上がってくる。ただ、それとは別の深刻な問題も、百合子は新たに突きつけられていた――私、やらかすよね!? さっきだって、プロデューサー相手に暴走しかけてたし! このあと、妄想が思いっきり口から出てるの聞かれたりとか、変な動きや表情してるの見られたりとか、絶対する! そんなのを読まなきゃいけないの!?
「ああああ……」
うめきとも悲鳴ともつかない声がこぼれる。どんなホラー小説よりも怖いお話。頬を両手ではさみ、気持ちが落ち着くのをしばらく待ってから、百合子は意を決して先へ進んだ。そこでは、プロデューサーのもとでレッスンを重ねた後、五人ユニットの一員として、初めてのステージに臨む百合子の姿が描かれていた。ユニットのメンバーは、百合子の他に、最上静香、箱崎星梨花、天空橋朋花、そして、天海春香。
「み、皆さん、きょ、今日は、765PROライブ劇場に、お、お越しくださいまして、あ、ありがとうござ、ござる……」
「あはは、百合子ちゃん、緊張しないで、落ちつい……っとっと、うわぁぁ! いててててて……ええと、あのう……こけちゃいました、えへへ」
春香はMCで絡むだけでなく、ソロ曲の曲振りまでやってくれていた。
「それでは、続いてのステージは、七尾百合子ちゃんで、『透明なプロローグ』です。私も一緒に、盛り上がっちゃいますねー」
――なんてぜいたく!
百合子は読んでいて、本の中の自身に腹が立ってきた――春香、ううん、春香さんが、ドームを満員にしてIA大賞に輝いて世界へはばたいたすごい人だって、分かってるの、私!? ひよっこのくせに同じステージに上がるなんて、図々しくない!? まあ、今回もパラレルワールドだし、春香さんも少しだけ先輩な感じで、トップアイドルってわけじゃないけど……
無事にデビューを果たした後も、百合子は劇場のステージに、様々な形で上がり続けた。あるときは、春日未来をリーダーとする「乙女ストーム」の一員として。
「……リーダー? えーっ、プロデューサーさん、『乙女ストーム!』って、未来がリーダーなんですかっ!?」
「そうだよ、翼……ちゃんと連絡したと思うが、マジメに聞いてなかったな……」
「ご、ごめんなさ~い! でも、未来がリーダーなんて、ホントに大丈夫なのかなぁ? 未来は、リーダーできそうなの?」
「……う~ん、改めて聞かれると、よくわかんないかも……」
「え~っ!? いきなり不安になること言わないでよ~っ! あっ、頭良さそうだし百合子ちゃんがやればいいんじゃないかな?」
「え……あ、あの……思いとどまって、翼! 私は、本が好きなだけで、頭がいいわけじゃ……」
また別のときは、永吉昴、最上静香と組んだユニット「ウィルゴ」として。
「う~ん、難しい……ダンスって、こんなに難しかったっけ~?」
「昴さん、もう休憩時間ですよ? 休む時はちゃんと休まないと……水分補給、どうぞ」
「おっ。サンキュな、百合子……てかさ、オレ達の新曲、なんか難しくないか? 静香はどう思う?」
「わかるわ……スピードについていけないとか、そういうことじゃないんだけど……みんなで合わせるところが、なんだかタイミングが取りづらくて。決めポーズの時に……その、腕が……」
「あっ、だよな! あそこで腕がプルプルしちゃうの、オレだけじゃなかったのか~。なんか安心したぜ♪」
「……それって、あんまり安心してる場合じゃないような……」
そんな中、ふだんは大人しいけれども、ステージ上ではスイッチが入ったようにハイテンションになり、見事なパフォーマンスを披露する、一学年下のアイドル、望月杏奈とは、デュオ曲をもらったり、プライベートでも遊んだりと、特に仲良くなっていった。
「あの、実はプロデューサーさんにご相談したいことがあって。実は、私と杏奈ちゃん、振り付けのことで、ちょっと悩んでるんです」
「……百合子さんと一緒に踊るところ……あるんだけど……まだ、ふたりの動きが、合わなくて……どうしよう……」
「私がダンスが苦手なせいで、杏奈ちゃんが頑張ってくれてるのにちゃんと合わせられなくて。本当にごめんね、杏奈ちゃん」
「……杏奈も、うまくできてない……杏奈、誰かと合わせるのとか、あんまり、得意じゃなくて……ごめんなさい」
「ふたりは、オンラインゲームでは誰よりもうまく連携を取って動いてるじゃないか。オンラインゲームで一緒にパーティーを組、ボスを倒すつもりで、ダンスをしてみたら?」
「ええっ? 確かに、私と杏奈ちゃんは、オンラインゲーム中では、息ぴったりの名ユニットですけど……」
「うん……百合子さんと、クエスト、いっぱいクリアしたよ……ダンスでも、ゲームと、同じこと、できるの……?」
「ふたりがその気になれば、きっとできる!」
「そっか……アイドル七尾百合子が風の精霊戦士lily knightとして覚醒すれば、この難局を無事に乗り切れるということですねっ、プロデューサーさん!!」
「いや、それはちょっと違うかもしれないが……」
「……百合子さん、やる気になってる……杏奈、ワクワク……してきた」
「杏奈ちゃん、ううん、白の聖剣士vivid rabbit!! ゲーム内のコンビネーションをダンスに反映できれば、きっとうまく行くよね! 私たちが初めて一緒にあの呪われた魔竜アビスドラゴンを倒したときのことを思い出して!」
「……あのイベントは、大変だったけど、楽しかった……ね。百合……lily knightさんがアシストしてくれたから……ラストアタック、取れたんだよ……」
「お~い。百合子ー、杏奈ー、ふたりとも、戻ってこーい」
五十人が入れかわり立ちかわりステージに立つ劇場は、改築、増築を重ね、ショッピングモールや自前のドーム会場も併設、大型クルーズ船や飛行船まで導入し、ついにはラスベガスや恐竜、古代遺跡などをコンセプトにしたテーマエリアを持つ、巨大なアミューズメントパークへと進化していった。その一方、アイドルたちは、全国各地のファンに会いに行く「全国キャラバン」に参加したり、業界最大の祭典「アルティメットライブアリーナ」でライバルと競い合ったりと、劇場外にも活動の場を増やしていく。また、歌やダンスだけでなく、さまざまな企画にも挑んでいた。百合子も、特撮番組に出演したり……
「……えっ、火薬? 盛大に爆発!? スタントなんて聞いてないです! ちょっとカントクさん、カントクさんっ!?」
バレンタインのイベントで、本物のお菓子の家をつくったり……
「プロデューサーさん、見てください! この書斎の本、全部お菓子でできてるんですよ! 中も書いてあるんです。ほとんど、私が書いたんですよ♪」
年末特番のバラエティ生放送でマグロ漁船に乗ったり……
「うぅ……ふ、船って、こんなに揺れるんですね……私、冬の海を、すっかり侮っていました……でも、負けませんからっ……が、頑張ります……」
アイドルとして仕事をする本の中の自身に、百合子はハラハラさせられ通しだった。やたらと体を張っているし、プロデューサーのセンスを疑いたくなるような奇天烈なイベントへの参加も、一度や二度ではない。THE iDOLM@STER 2まででも、冗談のような仕事はなくはなかったが、ミリオンライブはそれ以上に何でもありだった――この世界のアイドル、本当に人間?
その発想は、親しい友人と話すときの軽口のような、一瞬で消え去るはずのものだった。しかし、今回のお話のクライマックスであろう、五十人全員参加の大型ライブ終了後に、まさかの展開が待っていた。
「プロデューサーさん、お疲れさまです! ライブ当日の夜までお仕事なんて、本当にお忙しいんですね」
「仕事ですから。音無さんこそ、わざわざ事務所の鍵を開けてもらって…ありがとうございました」
「私も、これがお仕事ですから♪ あら? プロデューサーさん、おいしそうなもの食べてるんですね?」
「はい、ライブの差し入れの小籠包です。打ち上げに行けない代わりに、もらってきました。レンジで温め直したら、これがなかなか美味しくて……あれっ? なんだか、視界が暗く……うぐっ!!」
「!? プ、プロデューサーさん、どうしたんですか!? そんな、急に倒れるなんて……まさか、この小籠包に何か?」
突如として意識を失ったプロデューサー。心配してかけつけた50人のアイドルたち。そのとき、どこからともなく、謎の声が響く。
(プロデューサーを助けたければ、ミリオンワールドに行き、五つの試練を乗り越えるのです)
(すべての試練に打ち勝ち、五つの小籠包を集めれば、小籠塔への道が開かれるでしょう)
(それ以外、プロデューサーを目覚めさせる方法は、ありません)
――ミリオンワールド? 五つの試練? 小籠塔?
戸惑う百合子に、ミリオンライブは追い打ちをかける。
「ここは観念して本当の姿に戻った方がいい気がするべさ。プロデューサーの命もかかってるしねぇ……」
「そうね。手段を選んでいる場合じゃなさそうなのは確かね……」
「じゃ、細かいことは後で考えるとして……皆、行くよ! せ~の、それっ!」
実は五十人のアイドルたちは、みんな超常の力を持った人にあらざる存在で、今まではそれを隠してステージに立っていたのだった。春香は悪の女王、千早はセイレーン、美希はピエロ、そして百合子はヴァンパイア――何それ?
超人的な描写もあったとはいえ、あまりにも唐突なファンタジー路線。百合子はやや呆れつつも、夢落ちか何かだろうと思いながら、指を動かし続けた。進んだページでは、本当の姿になったアイドルたちが、ミリオンワールドでの試練に打ち勝ち、小籠包を集め、小籠塔を登っていた。そして、その最上階。
「みんな、お疲れさま! よく、この螺旋階段を登ってこれたわね。ふふ……びっくりした? なんと! 謎の声の正体は、765プロの影のボス、音無小鳥でした♪」
小鳥によると、この先、本当の姿に戻って生きるならアイドルを続けることはできなくて、アイドルとして進むなら超人的な力を捨てなければならない、ということらしい。どちらかを選ぶよう言われた五十人が出した答えは……
「ぱんぱかぱーん! 満場一致で、私達の選んだのは普通のアイドル! でした♪」
プロデューサーを救い、アイドルとして生きていく。五十人全員の意思が一つになった、そのとき。
「マイガー!? なにこれ、小籠塔の壁が消えていく……あ、アタシ達、こんな高いところにいたの!?」
「Wow……! みなさん、大変です! 私達、浮いています!」
小籠塔が消え、宙に漂うアイドルたちの見下ろす先で、異様なまでに巨大化していた765PROライブ劇場が、巨大な布に覆われていく。
「あなた達の超自然的な力が一箇所に集まったことにより、暴走してしまった世界……それが劇場よ。あなた達が普通の女の子に戻れば劇場の進化も止まるでしょう。そして、幻想は消えるわ」
「消えるって……今までのこと、全部なかったことになるの? 桃子、そんなのやだ……」
「そんなことないよ! わたし達がしてきたこと、消えたりしないよ! そうでしょう? 小鳥さん!」
「ふふっ、そうね! みんながそう信じているなら、そうかもしれないわね」
全てを包み込んだ布は、だんだん小さくなる。やがてその姿が、一番最初の手作りのテントへと変わったとき、全員の想いを背負うかのように、春香が口を開いた。
「ありがとう……私達の、思い出いっぱいの、大切な劇場!」
冗談じみた展開だったが、ありったけの感謝をこめた春香のセリフには、百合子もしんみりとさせられた。同時に、劇場が元に戻る描写から、次の本はまた最初からになりそう、という予想もついてしまった――ああ、もう、春香さんたちに言いたい! 駆け出しから始めるのはそろそろ終わりにして、トップアイドルになった先の世界に行ってください、って……
「……まさか……」
不意のひらめきを得た百合子は、小さく呟くと同時に、全身の血管が凍っていくような感触を覚えた――私がミリオンライブに出てきたのって、
次のページに進んだら、後戻りできなくなる。そう予感したし、怖くもあった。ただ、読むのをやめようとは思わなかった。百合子は強張った指をどうにか動かし、画面上に現れた文字列を、食い入るように見つめた。
「だっ、だめですっ! 待ってくださいっ!」
「百合子ちゃん? どうしたの?」
「春香さん……だって……だって、このままじゃ、また最初からやり直しになっちゃうじゃないですか!」
「やり直し?」
「私、春香さんたちを、ずっと見てきたんです! 悩んで、頑張って、キラキラ輝いたトップアイドルになって……でも、いっつも、それが無かったことになって……」
――やっぱり私が……この私、私だったんだ!
ついさっきまで、アイドル七尾百合子は、実在の百合子と同じ名前、同じ性格、同じ特徴を持っていても、あくまでも本の中の住人として振る舞っていた。けれども今の台詞は、五冊のTHE iDOLM@STERを読んできた、現実世界の百合子にしか言えないものだ。読み手の自身が、登場人物になっている。いくら魔法の本とはいえ、あまりにも不可思議なストーリー。しかし、百合子はこの展開を知っていた。
「はてしない物語……」
百合子はからくり人形のような動きで、顔を本棚へと向けた。下から二段目。あかがね色の絹張りの表紙の本、ドイツの児童文学者ミヒャエル・エンデの代表作、「はてしない物語」は、いつもの場所に収まっている。このファンタジー小説には、想像力豊かな主人公、バスチアンの読んでいる本の中に、その本を読んでいる彼自身が出てくるという、今、百合子の目の前で起きていることとそっくりのシーンがある――ううん、それだけじゃない。バスチアンは本を盗んだし、その前は雨の中を走ってたよね? それにバスチアンが読んでる本、途中で最初からの繰り返しになって、お話が先に進まなくなるじゃない! THE iDOLM@STERみたいに!
もし、自身にバスチアンと同じことが起きているのなら、運命の瞬間は、すぐそこまで迫ってきているはず。百合子は血走った目を画面に戻した。
「そっか……そうだよね。でも、百合子ちゃん。私たち、プロデューサーさんと出会って、アイドルとして活動して、お別れして、それでまた出会って。ずっとそうやってきたから、それ以外のことなんて、わからないよ?」
「春香さん……」
「百合子ちゃんは知ってるんだよね? 私たちがこれから歩いていく道のこと。私たち、どこに行けばいいの?」
――春香さんが、幼ごころの君!
はてしない物語で、バスチアンの読む本に出てくる異世界、「ファンタージエン」の女王、「幼ごころの君」は、読者のバスチアンに呼びかける。私に新しい名前をつけて、と。そうすれば、ファンタージエンは同じお話の繰り返しをやめて、新しく生まれかわれると。その願いに応え、バスチアンが本の中の幼ごころの君に与えた新しい名前は……
「
「
呟きながら進めた次のページ。本の中の百合子が発した言葉は、現実でのそれと一致していた。
「えっと……それ、違うんじゃないかな?」
次の行の春香の返事は、百合子の目だけでなく、耳にも届いた――幻聴……じゃない! 本当に聞こえた! だってほら、文字の向こう側に、苦笑いしてる春香さんがいるし! あと、なんだかむっとしてる千早さんと、きょとんとした美希さんも! 私、春香さんと千早さんの顔、知らないはずなのに!
「百合子ちゃん、お願い。今度はちゃんと教えて」
文章は春香の問いかけで途切れていた。しかし、その続きの、まだ白紙の部分に記されるべき答えを、百合子はすでに用意できていた。頂点を極めたアイドルの、次の行先に相応しい呼び名。それを口にしたら、どうなるのか。はてしない物語では、幼ごころの君の呼びかけに応えたバスチアンは、本の中、ファンタージエンへと旅立つ。その冒険は波乱に満ち、彼は一時、現実に帰れなくなりそうな危機にも陥る。しかし、それを踏まえた上でも、もはや百合子に迷いはなかった――今なら分かる! 春香さんたちを前に進ませるのが、私の役割! このときのために、THE iDOLM@STERの読み手に選ばれたんだ! だから!
「春香さんたちは、行かなければいけないんです! トップアイドルになった、その先へ……」
「春香さんたちは、行かなければいけないんです! トップアイドルになった、その先へ……」
自身の声がリアルタイムに画面へ反映されるのを見ながら、百合子は絶叫した。
「輝きの向こう側へ!」
直後に、画面からまばゆいばかりのオレンジ色の光が溢れ出した。そのきらめきは、無数のイメージを形作り、百合子の網膜に焼き付けていく。宣材写真を撮ってもらう伊織。地方のお祭りでシャウトする雪歩。弟や妹の世話をするやよい。ウェディングドレス姿のあずさ。事務所を遊び場にする亜美と真美。公園で鴨を見ている美希。動物番組に出演する響。遊園地ではしゃぐ真。竜宮小町のステージに立つ律子。悪徳記者を投げ飛ばす貴音。音響トラブルに負けず歌う千早。そして、みんなをまとめあげる春香。ミリオンライブよりも前からいた十三人のアイドルの顔形が、はっきりとわかる。
「ああっ!」
光の奔流が勢いを増し、息もできないほどになる中、百合子は画面上に新たに映し出された、
「THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!」
という文字を、かろうじて読み取った。そして、それを最後に、百合子の意識は途切れた。
本に関して、断然アナログ、紙派~
GREE版ミリオンライブ(グリマス)の百合子のセリフの引用です。
私達と、この劇場で~
グリマスのデモ画面に表示されるキャッチコピーです。紬、歌織を除くミリオンスターズ37人はこの作品で初登場しました。また、百合子を含む37人は、765プロの物語の範疇で考えた場合、アイマス2でのジュピターの次に追加されたアイドルと言えます。百合子が冬馬との出会いの中で本を手にしたのは、そのことをイメージしてのものです。
THE iDOLM@STER MILLION LIVE!
このタイトルが表示されて以降の、百合子が読んでいる部分は、グリマスのセリフをもとに筆者が地の文を加えて小説文化したものです。
星やらUFOやら「がんばりまーっす!」の文字やら
GREE版ミリオンライブの最初の劇場、「みんなのぶどーかん」の外観の描写です。「Thank You!」の歌詞にある「てづくりのぶどーかん」のほうが有名かもしれませんが、ゲーム内では「みんなのぶどーかん」でした。
百合子の他に、最上静香、箱崎星梨花、天空橋朋花、そして、天海春香
ミリオンライブの最初のCDシリーズ「LIVE THE@TER PERFORMANCE」の02に出てくるメンバーです。このあとのMCや曲振りは、CDドラマの再現になっています。
――ミリオンワールド? 五つの試練? 小籠塔?
GREE版ミリオンライブのサービス終了前の、お祭り的なイベント「Dead or Alive! ミリオンアドベンチャー」の再現です。
月の子(モンデンキント)
「はてしない物語」の登場人物ですが、同時に「アイドルマスター ゼノグラシア」に出てくる組織の名前でもあります。春香はモンデンキントに所属していたので苦笑いし、千早は敵対組織にいたのでむっとし、美希はゼノグラシアに出ていないためきょとんとしています。
まばゆいばかりのオレンジ色の光が~
ウルトラオレンジ(UO)はアイマスのライブにおいて、総合プロデューサーだった坂上陽三氏の登場時などに使われたサイリウムの色です。
宣材写真を撮ってもらう伊織~
2011年放映のアニメ「アイドルマスター」(アニマス)の各話をイメージしています。
「THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!」
2014年公開の映画のタイトルです。