暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
世界を代表する二人の賢者にして錬金術師が、袂を別つ事件がありました。
プロローグ、手遅れ
何もかもが既に遅すぎた。
アトリエに戻ってきたとき。
其処は、本当に二人で作り上げた、世界の未来を作るための場所かと疑うほどに異形に包まれてしまっていた。
それぞれの成果を好きなように反映して良い。
そういう決まりで使っていた二人のアトリエだが。
今やそのアトリエは、周囲から全ての力を吸い上げ。
悪夢と狂気を蓄える要塞になっていた。
無数の触手を備える異形の者が傅く。
此方へ。
ルアード様がお待ちです。
声には出さず。
テレパシーで直接伝えてきた。
生唾を飲み込むと。
歪んだそのアトリエの中を歩く。
無数の本棚の間には、おぞましい影が蠢き。
必死に集めて来た貴重な物資は変質し。
そしてあらゆる錬金術の貴重な道具類は、それぞれがおぞましいまでの変貌を遂げていた。
最奥。
星を観測することが出来るその場所で。
プラフタのパートナーとして世界のために働き続けてきた錬金術師ルアードは、既に完膚無きまでに壊れてしまっていた。
一目で分かった。
すれ違いは極限に達し。
もはや意見が一致することはあり得なくなっていた。
どうしてそうなったのかは理解出来ている。
全て気付かなかったせいだ。
周囲が自分達二人をどう見ているか。
どうしてもっとよく観察しなかったのだろう。
プラフタの知る限り最高の錬金術師の一人であるルアードは、その才覚を誰にも認められていなかったのだ。プラフタ以外には。
それが彼を苦しめていたことを。
どうして気付けなかったのだろう。
周囲が明確にプラフタを持ち上げているのに。
ルアードを貶めている事を。
どうしてこうも悟れなかったのだろう。
優れた錬金術師だから。
大丈夫だろう。
そんな事を考えてしまっていたのだ。どこか心の隅で。
故に見落としてしまった。
完膚無きまでに深遠に落ちてしまったパートナーの苦悩を。
プラフタは妙齢の錬金術師だ。
それでいながら世界でも上位に食い込んでくる錬金術師として名を馳せていたが。
不思議に思っていた。
自分と同格であるルアードが。
どうしてそう評価されていないのか。
もっと早くに疑問を感じるべきだった。真剣に調べるべきだった。
後悔してももう遅い。
ルアードとは。
此処で決着を付けなければならない。
このままだとルアードは。禁忌の中の禁忌によって、この世界そのものを滅ぼしてしまうだろうから。
周囲には、「深淵の者」達。
いずれもが、この世界に「招かれた」者達の中で。
「創世した者」にやる気がないと判断。
自分勝手に動き始めた者達を指す。
種族は様々だが。
屈強な種族も多く。
中には招かれる前には魔族と呼ばれていたり。
巨人や獣人と呼ばれていた者もいる。
勿論人間も含まれる。
どの者も、盗賊や匪賊などと呼ばれる連中とは格が違う。この世界のやる気が無い神々では手に負えないほどの力を持つ者ばかりだ。
いずれもが、既にルアードに忠誠を誓っているようだった。
それも当然だろう。
ルアードが身に纏っている力は尋常なものではない。
これこそ。
恐らくは根絶の錬金術。
禁忌の中の禁忌。
この世界を壊す力にて。
本来のルアードだったら、絶対に手を出す「筈が無かった」代物だ。
言葉は、何も無い。
自分の責任が一番重いからだ。
あの時。
昔。共に錬金術師を志したときのルアードはもういない。
そして、言葉も届かない。
もはや思い知らされてしまった。
言葉による説得で人が変わってくれたら、どれだけ楽だろう。
説教で人が心を改めてくれるのなら、どれだけ簡単だろう。
世界に正義と悪だけがあるのなら。
どれだけ人は楽に生きられるのだろう。
疑問にさえ思わなかった。
視野が狭すぎたのだ。
顔を上げる。
戦いを始めなければならない。
もっとも信頼するパートナーで。自分に匹敵する実力を持ちながら。この世界そのものに押し潰されてしまった存在と。
そして根絶の錬金術に手を出した以上。
もはやルアードは、尋常な手段で倒せる相手では無い。
最初から。
命を捨てて。
差し違える覚悟でいかなければならなかった。
そして分かりきっている。
ルアードは自分の意思でこの道を選んだ。
だから、その意思を変えるには。
説教などでは無駄だ。
現実を変えなければならない。
そして現実を今変えられない以上。
言葉など届く筈も無いのだ。
しかし、この世には神はいる。
どれだけ怠惰でも。
世界を作った神は確かに存在している。
創造神が怠惰であるが故。各地でその眷属が好き勝手に縄張り争いをしているけれども。それでも祈ることくらいは許されるはず。
今は、祈ることしか出来ない。
「ルアード。 その力は未来を奪うものです。 今なら間に合います。 手放しなさい」
最後に祈りながら。
願いがかなうはずは無いと分かっていても。言わなければならなかった。
ルアードは、体の周囲に無数に揺らめく触手の中に立ちながら答える。まだ、敵意は無い様子だ。
「何を馬鹿な事を。 プラフタ、君も知っているはずだ。 この世界には、未来どころか現在さえないのだと」
「……っ」
「だからまずは現在を作らなければならない。 それだけのことだ。 君も勿論協力してくれるだろう。 世界で唯一、私を「醜悪のルアード」と呼ばなかった君であれば」
俯く。
分かっている。
握りこんだ拳が震える。
やはりそうだ。
世界そのものがルアードを追い詰めた。そして世界を変えることは自分には不可能だ。そしてルアードが言う事は。あながち間違っていない。
確かにルアードはそう呼ばれていた。
プラフタを口説こうとした男の中には、こういった者もいた。
あんな醜い奴じゃ無くて、俺と一緒になれよ。
そうすれば、国の偉いさんに口利いてやるからよ。
そもそもゲテモノ好きにも程があるんだよ。
あんなのと一緒にいるから、あんたも男運がなくなるんじゃないのか。
その男は、強烈な平手打ちを食らって、一瞬後には意識を失ったが。
似たような事は何度もあった。
ルアードと男女の関係になった事は今までに一度もないし。
最高のパートナーではあるが、それ以上に竹馬の友として。
この世界を少しでも改善するべく、錬金術師として一緒に歩いてきた仲だ。一緒に戦って来た仲間だ。
邪推は不愉快だったし。
愚かな連中だとしか思わなかった。
だが、そうとしか思わなかったプラフタが。
本当は視野が狭かったのだ。
創世の神がやる気を無くしたこの世界。
彼方此方の世界から、居場所を失った者達が集められたこの世界には。
秩序が存在しない。
国家と呼ばれるものは二つあるが。
いずれもがこの混沌を収め。
多くの種族を束ね。
そして創世の神を説得して、中断している世界の構築を進めさせるだけの「力」を有していない。
プラフタとルアードは偶然から、多くの奇蹟が重なった結果錬金術師になった。
だが錬金術師になって力を得てからは、無責任にそれを行使したことは一度もない。
それを誇りにしていた。
だがプラフタはこうなるまで分からなかった。
どれだけ自分が無邪気で視野が狭かったか。
ルアードは知っていた。
そもそも誰も、未来など望んですらいない事を。
あらゆる暴虐が許され。
あらゆる嘆きと哀しみがふみにじられる今。
確かにルアードの言う「現在さえ存在しない」世界であることは、一理はある。
だがそれでもプラフタはそれを認めてはならない。
二人の原点である事を。
忘れるわけにはいかないからだ。
「もう一度言います、ルアード。 その力は、未来を奪うものです。 現在だけは改善しても、未来が無くなってしまっては意味がありません」
「聡明な君らしくも無い。 それとも、私の言うことを、他の連中と同様に聞く必要がないと考えているのか」
ルアードの反論は。
むしろ言葉そのものは優しい。
だが、今までの鬱屈が。
炸裂するような激情が。
確実に籠もっていた。
「私を醜いと見下し続け、私の業績を全て無視し、私が救っても遅いだのお前などが来たから災厄が降りかかった等とほざいた連中と同じように、私の言葉の全てを君も否定しようというのか」
「ルアード。 私は……」
「この力は渡さない。 なぜなら、この根絶の錬金術以外で、この世界を変えることは出来ないし。 怠惰な創世の者を目覚めさせることも出来ないからだ。 あの怠惰の権化を働かせるには、圧倒的な、超越的な力がいる。 あらゆる神々でも出来なかった事を為す程の力が、だ。 事実、賢者の石すら作れない今の錬金術師どもを見て、それに気づけない君では無いだろう。 感情論で私の言葉を否定する前に、現実を見なければならないのは君だ。 現実すらもが、地獄であると言う事実をだ」
嗚呼。
駄目だ。
平行線だ。
ルアードの今手にしている力は凄まじい。
此処からでも、びりびりと感じる。
本能が告げている。
逃げろと。
死ぬぞと。
それに周囲にいる深淵の者達だけでも、周辺の軟弱な国家を薙ぎ払うには充分な実力があるだろう。
魔王、と呼ばれるクラスの実力者だけでも数名を数える様子だ。
プラフタは、顔を上げる。
もはや、決意が其処にあった。
「もう私の言葉は届かないと判断します、ルアード。 現実が如何に過酷かは分かっています。 それでも未来のために、世界を消耗することだけはあってはならないのです」
「そうか、プラフタ。 私にとって、この力は希望だ。 希望を奪われるわけにはいかない」
深淵の者達がざわめく。
プラフタが敵対することは、想定していなかったのだろう。
各地で暴虐の限りを尽くす悪逆を撃ち倒し。その中には下級とは言え邪神さえ含まれた。
多くの災害を収めてきた。多くの者を無償で救ってきた。
深淵の者達の中にも、プラフタが救った者がいる。
がむしゃらに働いてきたから。
それだけの業績をプラフタとルアードの「二人」で上げる事になったのだ。
決してプラフタだけの功績では無い。
それをもっと。
もっともっと、世間にアピールしていかなければならなかった。
全ては、視野が狭く。
パートナーの名誉を貶める連中への反論を怠った自分の責任だ。
「ならば貴方を倒さなければなりません、ルアード」
「残念だ。 君が一緒にいてくれれば、この未完成な世界に秩序をもたらし、誰もが笑って過ごせる世界を作れると思ったのだが」
「貴方のやり方ではそんな世界は来ません」
「来るさ。 なぜなら私は、力を手に入れたからだ」
ルアードは言う。手出し無用と。
凄まじい威圧。
ルアードに従う深淵の者達は、それだけで動きを止めた。
そうだろう。
ルアードはフェアで真面目な性格だった。
そうするだろう事は分かっていた。
だからこそ。
命を賭けて、止める事が出来る。
いや、命を賭けるだけでは不足だ。
星の瞳と呼ばれた瞳孔に炎を燃やす。
勝機はほんの一瞬。
それに、全てを賭けるしか無い。
だが。
認識するよりも早く。
プラフタの腹を、ルアードの周囲に蠢く触手が貫いていた。
内臓が傷ついた。
盛大に吐血する。
触手が引き抜かれ。
大量の血が飛び散った。
床に赤い血だまりが出来ていく中、膝を突き、そのまま倒れ伏す。
ルアードは。
静かな目で此方を見ていた。
「ずっと、そうして私は見下ろされてきた。 どれだけの実績を上げても、どれだけの努力をしても、周囲は私を醜いという理由で認めなかった。 この世界にいる者達も。 恐らくは他の世界にいる者達も。 「自分より下の存在」を作って安心しなければ怖くて生きていけない愚劣な存在だ。 だが、私は違う。 このようにして他者を見下して、何がどう楽しいというのか」
距離を保ったまま。
ルアードの声はあくまで淡々としていた。
強い。
しかも油断もしていない。
分かっている。
こうなることは覚悟の上。
だから、捨てる。
それしかない。
「君は違うと信じている。 道を違えてしまった今も、君が私をこう見ていなかった事だけは信じたい」
「……」
歯を食いしばると。
手にしていた、次元干渉対消滅爆弾を、その場で起爆する。
ルアードは。
流石に防御する暇も無かったはずだ。
全てが。
一瞬にして消し飛ぶ。
嗚呼。
ごめんなさいルアード。
私が、周囲の愚かさに少しでも気付いていれば。
こんな結末は避けられたのに。
プラフタの嘆きは。
全てを吹き飛ばす殲滅の爆風に乗って。
そして消えた。
思い出す。
最初の時の事を。
二人も最初は。世界の命運などに関わる立場に無く。
ただの無力な子供に過ぎなかった。