暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
二つの小さな人影。
どちらも、虫を思わせるかぶり物をしていて。
旅装に身を固めている。
顔は殆ど隠しているが。
異常に落ち着いた目が。この二人を、ただ者では無いと周囲に知らしめていた。
二人は子供だ。
この荒野で、子供が二人だけで移動するなんて行為は、それこそ自殺同然。あっという間に匪賊か猛獣に襲われ、殺されるか奪われるか。
いずれにしても、死。
もしくはそれに近い運命しか待たない。
だが、この二人に関してはそれはない。
なぜなら二人の側に立つのは、深淵の者。
世界に対して反旗を翻した、強大なる力の持ち主達。
匪賊などには特に怖れられていて。
彼らは、深淵の者が来たと聞くと、そそくさと逃げ出してしまう。
猛獣は、きゃんと情けなく一声鳴いて、去って行く。
更に言えば。
二人の肉体は。
ヒト族のようでいてそうではなく。
ホムのようでいてそうでもなかった。
そして更に言うならば。
実際には子供ですらも無いのだった。
ついでにいうと。
代わりさえ利くのだ。
「アトミナ。 感じ取った気配は、間違いなく彼女のようだね」
「そうね、メクレット。 ようやく、ね。 あの時以来、ずっと行方不明になっていた彼女が、ようやく姿を見せてくれた。 という事は、世界を変えうる何かを見つけた、と判断して良さそうね」
「世界を変えるときが来たのですな」
側で傅く者が。
おおと声を上げた。
年老いた魔族である。
背中の翼は大きく欠け。
紫色の肌には、彼方此方消えようが無い傷が残っている。
主に二人の護衛を担当してくれている魔族で。
名前はソーシャルコーンという。
なお。本名では無いらしい。
彼は元々、深淵の者になる前には、面白半分に「魔族狩り」をしていた邪神によって、一族を皆殺しにされ。
ヒト族のタチが悪い奴隷商に売られたという過去がある。
邪神の中には、ヒト族のアンダーグラウンドと連んでいる連中がいて。
エサの提供を受ける代わりに、ヒト族のアンダーグラウンドに手を貸しているケースがあるのだ。
もっとも邪神の方が絶対的に立場が有利で。
交渉を試みようなどと考えれば。
その場で即座に殺されてしまうものだが。
深淵の者に所属する魔族は。
主にヒト族よりも、創世神の手を離れた邪神達に怒りの矛先を向けている。
それと、創世神そのものにも、である。
二人はその辺りの事情を知っている。
何よりも、ある理由から深淵の者達は、二人に対しては絶対服従の立場だ。勿論二人にとっても、深淵の者は非常に重要な戦力である。
彼らは強者揃い。
各地を乱す世界の敵を滅ぼすために、助力を受けなければならない。
何より二人は。
「今は」力を失ってしまっている身。
どうしても、深淵の者と連携して動かなければならない。
それに、深淵の者達は、服従を自主的にしてくれている。
これについても理由があるのだが。
わざわざ毎回諭す事も無い。
此処は小さな丘。
キルヘン=ベルの街を見下ろすことが出来る。
此処には、数十年前から監視を続けていた。
非常に優秀な錬金術師が根城にしていて。
或いは彼女なら、と思ったからである。
だが、彼女は。
手が届かなかった。
残念な事に。
不運も重なり。
才覚も足りず。
世界を変えるまでの力を手に入れる事は出来なかった。
その子息は無能極まりない男で。
むしろ世界を乱す側に荷担した。
なお、その子息を処分するのに、アトミナとメクレットは影から協力している。
匪賊狩りは深淵の者の重要な仕事だが。
その情報網を使い。
匪賊と。
クズ男を消すために、錬金術師をけしかけさせたのである。
というよりも、クズ男をさっさと殺さないと。
未来の有望な錬金術師が死ぬかも知れず。
それは避けなければならなかった。
不意に、側に気配が現れる。
まったく音もなく近づいて来た彼女は。
この街の顔役。
そして、誰にも知られていないが。
深淵の者の幹部だ。
もっとも、深淵の者としては、荒事はほぼ担当しない。情報網を司ってはいるが。
最古参の幹部である彼女は。
世界を変える最初の好機だった事件が破綻する場所に居合わせた、深淵の者最高幹部の一人でもある。
「パメラ。 君が来たと言うことは、間違いなさそうだね」
「ええ。 プラフタの復活を確認したわ」
「それは良かった」
くすくすと、二人は笑う。
復活と言っても、まだ本に魂が宿った状態だから、本調子とはほど遠い様子だが。
しかしながら、復活したことに意味がある。
「それで、やはり原因はあの子かい?」
「ソフィーちゃんね。 魔術師として優れた実力を持つ事に加えて、錬金術師としても怪物級の才能の持ち主、という主様の判断、間違っていなかったのね」
「今までは才能を上手に引き出せていなかっただけよ。 いずれ挨拶にでも伺おうかしら」
アトミナ。女の子の方が言うと。
男の子の方であるメクレットは、肩をすくめた。
アトミナは何事にも興味津々で。
昔抑圧されていたことを、その分発散しようとしているかのようだ。
一方メクレットは穏やかで。
その分若干陰湿でもある。
抑圧されていたことで溜まっていた怒りや憎悪が。
沈殿しているような性格である。
そもそも二人が男女に分かれているのも。
視野を多角的にして、世界を見る為。
本当はもっと「増えても」良いのだけれども。しばらくはこれでいい。不足は感じていないからだ。
「しばらく監視は任せるよ、パメラ」
「ええ、行ってらっしゃい。 お土産はいらないわ」
「ふふ、相変わらずね」
可愛く手を振るパメラに一礼し、身を翻すと。
二人はキルヘン=ベルから離れる。
まだしばらくは、此処に直接的な用は無い。
どうせプラフタは記憶も失っているだろうし。会いに行くのはもう少し先で良い。
やる事は幾つもある。
ほんの少し前に、ラスティンの首都で、史上最年少の公認錬金術師が誕生した。
ライゼンベルグという街での出来事である。
其処は、現在錬金術師の聖地である。
色々な出来事があった結果。
深淵の者とラスティンが共同し。
錬金術師の質を上げるために作り上げたのだ。
深淵の者の情報網と技術力を流し。
裏側から、多大な協力をした。
ラスティンの上層部の中から、無能者を排除し。
有能な錬金術師が優遇される仕組みを確立させ。
公認錬金術師と呼ばれる精鋭錬金術師を育成する仕組みを作り。
世界に蔓延っていた錬金術師もどきから、その地位を奪った。
地位にしがみつこうとするエセ錬金術師は。場合によっては暗殺した。
社会が正常に動くように。
必死に影働きを続け。
そしてようやく、此処までの状態に落ち着かせたのだ。
命が短いヒト族でも。
社会に関心が薄い魔族でも。
こんな長期的な活動は出来なかっただろう。
いずれにしても、錬金術師もどきは詐欺師にまで落ちぶれ。過去に優れた錬金術師がいたからといって、その遺産だけで街を支配できるような者はいなくなった。
同時に、目に余る被害を出している匪賊やドラゴンを処分して回り。
各地で安定した街を造り。
人が安心して暮らせるように尽力もした。
人間を敵視し、殺して回っていた邪神の何体かも封印した。
結果、現在は公認錬金術師と呼ばれる、精鋭錬金術師がそこそこ大きめの街には必ず常駐していて。治安と平穏を守り。
大きめの街では、機械文明の保存が行われ。
もう一つの大国、武王の立てたアダレットと緩やかな対立関係を築いている。
本当はアダレットに全土を統一させる計画も最初はあったのだが。
そうすると、どうしても堕落が始まる。
唯一絶対の統一政権は駄目だ。これについては、古い文献を幾つも調べ。この世界に招かれた種族達の情報を集める過程で確認した。
総力戦をやるほど激しく対立せず。
かといって、油断すれば寝首を掻かれる。
その程度の関係が丁度良い。
そう判断して。
今も腐敗が起きないように監視し。
有能な人材には唾を付け。
世界のために動き続けている。
およそ五百年掛けて。
世界を力尽くでゆっくりゆっくり変えてきた。
その行動をもって、アトミナとメクレットは、深淵の者の盟主に収まり続けていると言っても良い。
力を失ったとしても。
頭脳や理想は失っていない。
そして、プラフタが蘇った今。
ついに最終計画を起動できる。
だが焦るな。
五百年も待ったのだ。
焦って詰めを誤っては何の意味もない。
それに、その計画が失敗したら、全てが破綻してしまうのでも駄目だ。
何か失敗したときのために、常に手を打っておく。
それこそが。
深淵の者達と共に。
少しずつでも、世界を変えてきた二人の原動力。
アトミナは少し擦れ始めている。
メクレットだって、あまり気分は良くない。
人は変わらない。
何百年経っても。
だが、今度こそ。
世界を根本的に変えることが出来るかも知れないのだ。
近くの遺跡に移動。
既に護衛の深淵の者達が待っていた。
「お待ちしておりました、主様」
「それで、例の子は、もう故郷に戻っているの?」
「間違いありません。 ライゼンベルグの試験突破年齢はやはり史上最年少で、話題になっている様子です」
「実力は?」
中々だと。
深淵の者の一人。
錬金術師でありながら、深淵の者になった男。ヒュペリオンが率直に述べる。
側にいるケンタウルス族の獣人、レンデルセスが。牙を剥いた。
彼女は理から外れたティオグレン王の末裔で。
深淵の者の中でも現在最も期待されている若手だった。
とはいっても、長命種なので、既に五十を超えているが。
「同族だからと言って、贔屓しておるまいな」
「幼児でありながらあの試験を突破したのだ。 間違いなく天才と言って良い。 ただ少しばかり家庭環境が不幸でな。 其処が少しばかり不安ではある」
「まあまあ二人とも。 それは現地の深淵の者にサポートさせれば良い。 では案内してくれるかい、ヒュペリオン」
「主様の仰せのままに」
メクレットが声を掛けると。
恭しく、ヒュペリオンが空間転送の道具を起動させた。
その場には何も残らない。
深淵の者数名もろとも。
アトミナとメクレットは。
姿を消していた。
(続)
ソフィーとプラフタの出会いが、閉じた世界を動かし始めます。
それがどれだけ強大で強力な歪みを伴うとしても。
そしてそれを見守る影もまたありました。
五百年掛けて、世界に一定の秩序をもたらした集団。
深淵の者です。