暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
その手は、錬金術師の最大の目標。
賢者の石についに届こうとしていました。
序、災厄の続き
血だらけの戦士が屋敷の入り口から出てくる。
其処は既に制圧済み。
中に抵抗する者はもういない。外にもだ。
無能。
それだけだったら許せただろう。
強欲。
別にそれくらいなら構わない。
問題は、自分の贅沢のために、税を上げはじめたこと。街中にホームレスが点々としている状況で。匪賊が街中に入り込み、暗躍し始めている状況で。更に税を搾り取り始めたその男を、生かしておく訳にはいかなかった。
勿論統治に関わる人間を皆殺しにするわけにはいかない。
故にハニトラ専門の人員がおびき出し。街の外れにある別荘へと連れ込み。
其処で雇っている匪賊や傭兵崩れの護衛もろとも、今処理したところである。
潰しても潰しても沸いてくる。
この手の腐敗官吏は、まるでゴキブリだ。
税金を私物化したり。我欲を政治に優先した場合死ぬ。
その噂は流しているし。
散々実例も示しているのに。
殆どの場合、最多数のヒト族が粛清対象になるが。たまに魔族や獣人族にも似たようなことをするものがいる。
ホムは例外で。
今までこの手の粛清対象になったことはない。
また、殺すだけではない。
アフターケアもしてある。
この街の領主には、新しくアダレットから真面目な役人が派遣されてくる。
そもそもアダレットも、人口一万を超える貴重な大都市が、背徳に汚染されていることを問題視していたらしく。
これを切っ掛けに改革が始まるだろう。
作戦の指揮を執った深淵の者の一人。魔族イフリータは。魔術を念入りに掛けて自分達の痕跡を消し。
更に生命反応も確認。
粛正対象に関しては、首を切りおとした後。
首と胴体別々に串刺しにしておく。
その前には、立て札を置いた。
「この者の罪以下の通り。 血税を懐に入れて我欲のために浪費する。 浪費のために困窮している民より血税を搾り取る。 匪賊と癒着する。 国家の機密情報を流出させる……」
立て札には、多数の罪が書き連ねられている。いずれも役人としては致命的なものばかりである。
勿論証拠も押さえてある。この別荘の中に、全て分かり易く揃えておいた。
更に、周囲は結界で封鎖。
余程の魔術師でも無い限り、気配にも気付かないだろう。目の前にあるものが、見えていない状態になっているのだ。
そして、このクズ領主が消えたことが騒ぎになり。
国から調査の役人が現れたタイミングで、この結界を解除する。
なおこのクズ領主の一族については、さぞや厳しい罰が下されるだろうが。
いずれにしても、手回しも全て完了済み。
深淵の者は、二大国の深部にまで手を回している。
今回の件も、既にアダレットの中枢の人間が、こういう粛正が起きる事を知っていて。騎士団と調査団が派遣されてきている。まだ街には到着していないが。
仕事が終わった者達を、空間への穴を開ける装置を使って、先に帰らせる。
そういえば、例のソフィーという錬金術師。十代半ばでもうこれを再現していたか。
頼もしい限りだ。確かに世界を変えられるかも知れない。
ふと気付くと。
険しい顔の女性が、此方に歩いて来るのが見えた。
ヒト族の錬金術師である。
この街はアダレットに属しているため、ラスティンを中心に所属している公認錬金術師がいることはある意味奇跡的ではある。公認錬金術師の中にも、アダレットに頼まれて出向く者はいるのだが。
その中の一人。アンネローゼ=アルセイ。
凄腕で知られ、ドラゴンやネームドを必死に撃退し続け。
でありながら、この無能領主に足を引っ張られ。
更に魑魅魍魎蠢く魔都と化しているこの街を、それでも守り続けた立派な人格者。
彼女は若干、というには気の毒なほど小柄で童顔だが。
それでもいつも背筋を伸ばしていて。
だが身繕いにまで手が回らないのか、膝まで届く黄金の髪は、手入れが足りていないのが一目で分かる。
いつも本気で錬金術に取り組み続け。
そして人々のために働いてきた。
それを誇りにしている人物だ。
深淵の者でも、何度かスカウトは掛けた。だが、その度に断られた。
戦う理由も無いのだが。
相手はこの結界の存在に気がついている。
嘆息すると、剣に手を掛ける直衛の数人を制止し。
イフリータは結界を出た。そして、最敬礼して相手に応じる。
「久しいな、アンネローゼ殿。 以前スカウトに行ってふられて以来か」
「イフリータ様。 また殺生に手を染めたのですね」
「また、か。 この街の状態を見てそのような事を良く言えるな。 貴殿は有能で尊敬できる錬金術師だが、視野が狭すぎる。 この街を良くするには、根本治療が必要だと言う事は分かっていた筈だが」
「根本治療が必要なことは同意します。 しかし貴方たちのやり方には同意できません!」
杖を向けてくる。恐らく勝ち目が無いとしても戦うつもりだ。
生真面目な人物である。
自分は死ねない。そう言って、錬金術でアンチエイジングをしているから、実際の年齢と見かけは一致していない。とはいっても、深淵の者幹部ほどの年齢でもない。正義感からアダレットに来たらしい事は調査がついているが。ラスティンで国家の重鎮をやれるような実力を持ちながら、どうして故国を離れたのかはまだ分かっていない。
何しろ彼女は草の根から偶然に錬金術を手に入れた人物だ。天才でも無い。
故にアンチエイジングを行い、ヒト族ならどうしても衰えてしまう年齢になっても若々しい判断力を保ち。
自分に出来る範囲で世界を良くしようとしている。
だが、それには限界がある。
この街の惨状が、それを良く証明しているではないか。
「レオンマイヤー家の当主と長男を昨日殺したのも貴方たちですね」
「あの家はいまや民にとって害でしか無いからな。 多くの弱者の生き血を啜る前に滅びて貰う。 それだけだ」
「貴方たちは、人の命を何だと思っているのですか!」
「人の命を何とも思わず、無意味な浪費のためだけに血税を絞り続けたのは奴らだ! あげく匪賊どもと結託し、弱者を更に踏みにじり続け、自分達だけは安全圏で嘲笑い続けていた! そのような輩に掛ける情けなどない!」
今回の作戦では。
ターゲットの用心棒になっていた魔族も殺している。
同族の恥さらしだとイフリータは考えていた。
殺すのに躊躇もしなかった。
躊躇する理由も無かった。
もはやイフリータは。
この腐りきった世界に対して、なんら容赦は出来なかった。
「戦うか? 貴殿ほどの錬金術師を死なせたくは無いが」
「……!」
「もしもやるというのなら、此方も容赦はせんぞ。 ただし貴殿が死ねば、この街を守る者はいなくなるがな。 街の外で牙を研いでいるネームドどもが街に乱入したら、民はどうにもならぬだろう」
指を鳴らす。
残しておいた獣人族の戦士達が、すっと姿を見せる。
彼らは昔、対錬金術師の暗殺訓練を受けていた一族の末裔だ。
まるごと深淵の者に取り込み。
今では汚れ仕事を一手に請け負っている。
昔は金で動くだけのクズの集まりだったが。
今では改革に改革を重ね。
あらゆる任務に己の命を賭け。
世界を変えるために死ぬ事を誇りにしている。
勿論無意味な殺生など絶対させない。
そしてアンネローゼも、この者達の存在は知っている筈だ。
錬金術師殺しの実績も。
優れた錬金術師は、破壊的な戦闘力を持ち、バランスブレイカーそのものである。
だから場合によっては殺さなければならなくなる。
アンネローゼは一人だ。
さっき殺した領主によって一人にさせられた。
護衛も傭兵もアンネローゼを守ろうとすると、あらゆる手段で妨害され。
彼女は一人で、孤独に街を守って戦い続けた。
今も。
そんな事をさせたクズの為に。
一人で戦おうというのか。
それは立派だ。
尊敬すらする。
だが、その結果、クズをつけあがらせたことは否定出来ない。だから、もしも戦うというのなら。
容赦はしない。
しばしにらみ合うが。
不意に、気配が割り込んでくる。
最初からいたかのように。
いつのまにか、その二つの気配は。
その場に現れていた。
「そこまでだ」
一人はシャドウロード。
まるで音も気配もなく。
アンネローゼの首を押さえ込み。
のど元に刃を突き立てていた。
ちなみに。
彼女らは同年代の人間である。
片方はアンチエイジングを使わなかった。それだけだ。
ただ、アンネローゼは年老いてからアンチエイジングで若返り。その結果、若い頃の長身を取り戻す事が出来なかったらしい。これは噂だから本当だかは知らない。
なお、魔術師と錬金術師という絶対に超えられない存在同士でありながらも。双方尊敬し合っている間柄でもある。
シャドウロードが手にしている刃が、ハルモニウム製で。しかも超がつくほどの毒が塗られていることは、アンネローゼも気付いたのだろう。
そのまま、身動きが取れなくなる。
普段だったら簡単に後ろなど取らせなかっただろうアンネローゼも。イフリータに集中している状態では、どうしても隙が出来たのだ。
もう一つの気配はアルファである。
此奴も此奴で。
戦闘はそれほど得意ではないが、くせ者だ。
いつの間にか、イフリータの前に立ち。
丁寧にアンネローゼに頭を下げていた。
「此処は穏便に解決するのです。 どちらも世界を憂いる存在。 殺し合っても意味がないことなのです」
「……お前達、下がれ」
音も無く、暗殺部隊が下がる。
シャドウロードも、アンネローゼから手を離し、距離を取った。
年老いても健脚なことだ。
錬金術の装備で身を固めているとは言え、十歩以上の距離は一瞬で飛び退いた。
「相変わらずお二人とも血の気が多いのです。 此処の交渉は私が担当しましょう」
「ふん、そうか。 頼むぞアルファ殿」
「私には貴方のような武力は無いのです、イフリータ殿。 適材適所という奴なのです」
イフリータが背を向けると、アンネローゼは、それ以上何も言わなかった。
アルファが冷静に話を始める。
今騎士団の鎮圧部隊が此方に向かっていること。
無意味な争いは、今路上で苦しんでいるホームレス達を一とした貧民を更に苦しめること。
急がないとくびきが外れた匪賊が街中で暴れ始める事。
下手をすると好機とみたネームドが乱入してくること。
それらを、淡々と、だが分かり易く説明していった。
腕組みしたままそれを聞くが。
相変わらず立て板に水だ。
深淵の者に多くの人間をスカウトしてきただけのことはある。
合理性と計算の怪物。
その一方で我欲は零に等しく。
子供さえ計算して作っている。
ヒト族がホムを怖がるのも無理は無いのかも知れない。
時々ホム達は、生物とは違う存在なのでは無いかと、疑ってしまうことがイフリータもある。
生殖もせずに子供を作り。
我欲も無く全て計算尽くで。極めて真面目。
ある意味怪物的だ。
アンネローゼは悔しそうに頭を垂れる。ホムの言葉を疑う事に意味がないことを理解しているのだろう。
「……」
「これより、我等の一部も協力するのです。 幸い街中にいる匪賊はまだ気付いていません。 処理を迅速に行うのです」
「人の命を……」
「貧しい民達から躊躇無く奪う鬼畜外道と、無能で残虐な領主によって貧民に叩き落とされた者達の命。 本当に平等だと貴方は思うのです?」
アルファが義手を見せる。
義眼も分かるように近づく。
匪賊によって家族を目の前で生きたまま解体されて喰われ。
自分も生きたまま解体されたアルファは。
ヒト族並みに怒りの感情だけは見せる。
そしてそれを忘れないように。
使いづらい義手と義眼を敢えて残している。
アンネローゼも、見せられたものを見て。
もうそれ以上、何も言えないようだった。
元々匪賊どもは此方で処理するつもりだったが。アンネローゼが協力してくれれば、更に早く済むだろう。
だが、アンネローゼは。
拳を固めたまま。
俯いた。
「分かりました。 貴方たちの言う事は理解しました」
「不満があるようなのです」
「私は見なかったことにします。 好きなようにしなさい。 私が街にとっての有害分子だと判断するのなら、私も殺すと良いでしょう」
「貴方はどう客観的に見ても立派な人なのです。 視野が狭いというのはイフリータ殿と同じ意見ですが。 それでも貴方は孤軍奮闘この街を守り続けたのです。 これから処理するクズ共とは違うのです。 そしてクズ共が法で裁かれない以上、誰かがやらなければならないのです。 本来は、法で裁かれるべきなのです」
その通りだ。
だが、人間は基本的に、法の穴を突くときにだけその頭を全力で使う。
そんな生物なのだ。
腐敗するのは当たり前。
それを排除するためにも。
誰かが手を汚さなければならない。
ましてや現在さえも無いこの世界だ。
手を血に染めなければ。
この世界には、明日さえも来ないのである。
イフリータが、創造神(端末らしいが)の言動を見て絶望した、あの時の頃のように。
あの頃の世界をまた再現するのは。
絶対に認めるわけにはいかない。
アルファが連れてきた部隊が、匪賊の排除に掛かる。
この街に入り込んでいる匪賊三十数名の命が、一晩で欠片も残さず消滅する。それだけである。
死体は全て領主の屋敷に放り込み。
それぞれに名前と。
犯してきた罪について、プレートを杭で死体にうち込んでおく。
後は、アンネローゼが目を光らせておけば、代わりの領主が来るまでの治安は守られるだろう。
次の領主に関しては、きちんと精査もしているし。
もしもこの街で腐敗するようなら。
また粛正するだけだ。
てきぱきと処置を始めるシャドウロードとアルファ。
アンネローゼは。涙を拭っているようだった。
どうして泣く。
貴方は立派な錬金術師として、この背徳の街と向き合ってきたはずだ。
どれだけ何もかもを押しつけられても。
それでも屈しなかったはずだ。
社会の癌を取り除いたら。
どうして無力感に泣く。
むしろ、どうして社会の癌を、自分の武力で取り除こうとしなかった。
ヒト族と魔族の違い、でもないだろう。
いずれにしても、イフリータには分からない。
翌々日にはアダレットの騎士団が到着。強行軍で来たのだろう。だが、疲れを見せず、そのまま動き始める。
流石だ。騎士団と言ってもピンキリと聞くが、精鋭は流石に出来る。
彼らは容赦なく、現場を検分し。領主の汚職に荷担していた役人達を逮捕し始める。
新しい領主はたたき上げの剛直な人物である。この街の腐敗は前から聞いていて、憤りを隠せていないようだった。
馬上で既に怒りの表情を隠していない新領主は。
必死に賄賂を差し出して懐柔しようとする愚かな役人達を一喝すると。
全員を牢に直行させた。
これでいい。
この世界の神は、因果応報というものを自分で行うつもりがない。
ならば我等がそれを実現しなければならない。
状態を見て満足したイフリータは、後はアルファとシャドウロード、その護衛に任せて引き上げることとする。
こうして世界から。
また一つ腐敗が消えた。
だが、アンネローゼのことは気に掛かる。
どうしてあれほどの人物が。
この世界そのものと戦おうとしないのか。
わかり合えないという事はつらいものだ。
それは、これだけ年を重ねても。毎年のように思い知らされる事実だった。