暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
錬金術の秘奥。
それは知識の秘奥でもある。
世界の深奥でもある。
そして深淵は。
常に人間を覗いている。
誰だかが言ったそうだ。
深淵を覗いているとき。
常に深淵も此方を覗き返しているのだと。
プラフタが言っていたのは、恐らくそれだ。深淵に捕らわれてしまい、それを有効活用しようと思えなくなってしまう錬金術師達。
それは深淵に心を掴まれてしまったのだ。
そして引きずり込まれ。
同類にされてしまったのだろう。
錬金術をやり始めて分かったことがある。
あたしにさえ分かる事だ。本来だったら、誰にでもわかる程度の事の筈だ。
だが、それを誰にも理解出来なかった。不思議な話だ。そう、あまりにも、色々とおかしすぎるのだ。
全ての謎に、今。
あたしは到達する準備を整えた。
まず深紅の石を作らなければならない。これに関しても、出来れば異世界アトリエの、究極調合用の錬金釜を使うべきだろう。そうプラフタは言っていた。ならばそうするだけである。別に考える必要もない。というか、そんなところにわざわざ脳みそを使いたくない。
今後嫌と言うほど苦戦するのは目に見えているのである。
丸投げできる部分は丸投げしてしまいたいのが本音だ。
空気さえないアトリエに入り。
其処で調合を黙々と始める。
まずは中和剤だが。
これはドンケルハイト製のものを使う。
理由としては、賢者の石にドンケルハイトが必須だから。
この辺りは簡単なのだ。
この辺りは。
問題は此処からである。
時々外に出て、空気を補充する。
空気が存在しないようにしている部屋だ。
魔術で空気を纏って作業しているが。
当然ながら、纏っている空気はどんどん悪くなる。その内下手をすると死ぬ事になる。
だから一定時間事に外に出て。
空気を補給しなければならない。
埃さえ入ることは許されない。
今やっているのはそういう調合で。
文字通り命がけなのである。
タイミングを見計らって外に出て。
コンテナに出来た品を収めたり。
中間生成液を順番に作っていく。
調合も複雑だ。
どの中間生成液も、ちょっとした失敗も許されないほど繊細である。外のアトリエで作業したら、多分一度だって上手く行かなかっただろう。温度から調合の比率まで、徹底的に管理しなければならない。
額の汗を拭いながら、音のしないアトリエで作業を続ける。
ふと思う。
これは、ひょっとして。
死後の世界ではないのか。
勿論そんな訳は無い。
だが、死んだ後は、このような状態になるのではあるまいか。
何も聞こえない。
ものの意思だけは聞こえるが。
故に、それが故に。いつも以上に苛立ちが募る。神経を逆なでされる。
大量の中間生成液を造り。
更にそれを、手順に沿って混ぜ合わせていく。
作業も一度には出来ない。
プラフタには錬金術そのものが出来ないのだし、あたしがやるしかない。そしてこの空間では、雑音もとい、ものの意思の声が嫌と言うほどクリアに聞こえるので。調合そのものは異常にやりやすい。
呼吸を整える。
一段落したので、アトリエを出る。
プラフタが、心配して、駆け寄ってきた。手には栄養剤。
あたしはそれを一気に飲み干す。
神経の消耗がひどかった。
「プラフタ、深紅の石は作ったことあるの?」
「ありますよ。 ただし、中和剤はドンケルハイトではありませんでしたが」
「そう……」
凄まじい疲労だ。
どんなネームドと戦った時よりも酷い気がする。
一旦異世界を出て、キルヘン=ベルのアトリエで休む。目を閉じると、四刻ほども眠ってしまっていた。
それでも疲れが取り切れていない。
外に出ると、軽く体を動かしてから。
コンテナに入り。
雑に料理をして、肉と野菜と糖分を体に入れる。
無理矢理体が動くようにしてから、調合を再開。
作業を開始する前に、プラフタと一緒にフローを組んではいるのだけれど。
そのフローが、一つでも失敗したら即失敗というレベルで過酷。
案の定、既に中間生成液を、何度か無駄にしている。
これはこれで、相当に高度な錬金術の産物なので、いずれ使い路はあると考えてコンテナにしまっているが。
コンテナも無限に容積がある訳では無い。
しかも此処は、おばあちゃんがかなり高度な錬金術を使って保存しやすいように改良をしている。
異世界にコンテナを作る場合。
それも、かなり骨が折れる事になるだろう。
さて、続きだ。
フローを見ながら、ラベルを貼った中間生成液を調合する。
時には混ぜるだけだが。
混ぜてから特定温度にしながら、一定時間を保つケースが厄介で。
時には人肌以下の温度に。
時には瞬時に人間なら消し炭になってしまうような温度に。
一瞬で切り替えなければならない。
この切り替えが極めてシビアで。
ものの意思が聞こえるから良いものの。
確かに聞こえなかったら、とてもではないが成功などさせられはしなかっただろう。
呼吸を整えながら、調合を続ける。
フローの度に釜を徹底的に洗浄しなければならないのも負担だ。
これなら何か、自分の言う事を全自動で実施してくれる道具か何かが欲しいが。まあそれはいずれ考えるとして。
とにかく今は。
出来る範囲内で、作業をしていくしか無い。
数日掛けて。
少しずつフローを埋めていく。
一つフローを処理するだけで相当な手間暇が掛かるのだが。それらの順番を間違えるだけで今までの作業が全て台無しになる。
ゼッテルに書かれているフローは長大かつ複雑。
しかも同じ中間生成液を何度も使うケースもある。
故に予定生成量の数倍を作る必要があり。
失敗することを考えると、更に必要量は多くなる。
三度目の休憩。やはりいつもより疲労の蓄積が多い。栄養剤を飲んだ上で眠るが、やはり起きだした時、体が重い。
調合の合間を縫って外に出ては、体を動かし。魔力も練っているのだけれども。
今回の調合はやはり桁外れだ。
どれだけやっても終わる気がしない。
しかもこれがまだまだ前段階だと言う事を考えると、その最終的な苦労がどれほどになるのか、見当もつかない。
深呼吸して。
井戸水で顔を洗う。
しばらく何も殺していないな。
そう思うと、いつの間にか舌打ちしていた。
匪賊はもうキルヘン=ベルに近づかなくなってしまった。本当に神殺しの渾名が拡がったらしい。
キルヘン=ベルに匪賊が近づいただけで、どこからともなく錬金術師が現れて殺される。
その錬金術師は人肉を好んで喰らうため。殺しても法的に問題が無い匪賊を狙っているのだと言う。
そういう噂まで流れているとか。
この手の話は、キルヘン=ベルに来る商人が又聞きで持ち込んでくるのだが。まああの手の輩を怖れさせるには、悪評であればあるほど良い。
ぼんやりと、周囲からネームドもドラゴンも邪神も排除した、自分の生まれ育った街を見やる。
この街の中に、ずっと深淵の者の幹部であるパメラさんがいた。
彼女は長老達よりも前からいた。
という事は、おばあちゃんがキルヘン=ベルを発展させる前からいた、という事で。
何か意味があったのだろうか。
それは当然だろう。二大国にも大きな影響力を持つ深淵の者の、しかも幹部である。理由もなくこんな所にいる筈も無い。
ぼんやりとしていても、ついつい脳を動かしてしまう。あくびをしながらアトリエに戻ると。
甘いものを口にして。
プラフタと状況の進展について確認し。
そしてフローの消化に戻った。
深紅の石について、作業の合間にプラフタから話を聞く。既に聞いてはいるが、実際の使用例や。
今までにどのように歴史に関わってきたのか。
そういう話を聞かせて貰うのだ。
プラフタは生前、世界でも上位に入る錬金術師だった。多分トップに限りなく近かっただろう。
彼女が、ルアードと一緒に経営していたアトリエには、貴重な書物も多数揃っていた筈で。
記憶が戻った今であれば。具体的にどう使われたか、話も聞けるだろう。
プラフタは少し考え込んでから、教えてくれる。
「深紅の石は、賢者の石の前段階ですが。 それでありながら、想像を絶するほどの力を秘めてもいます。 賢者の石には到達できない錬金術師が殆どですが、この深紅の石にしても相当な難易度で、作る事が出来た錬金術師は歴史上でもそう多くはありません。 故に、この非常に便利な素材は、様々なド級の道具の核となってきました」
プラフタによると。
800年ほど前。
全自動で移動する、巨大な砲台が作られたと言う。それはドラゴンに対抗することを目的としたもので、プラティーンで覆われ。深紅の石で中枢部分を管理され、自動で動いて魔術による大威力の砲撃をドラゴンに加えたそうである。
下位のドラゴンは何体かこれで葬ったそうだが。
中位以上のドラゴンには出力が足りず。
結局錬金術師ごとドラゴンによって返り討ちにされ、荒野に屍をさらしたそうである。今ではプラティーンで構成されていた事もあって、欠片も残されていないのだとか。
なるほど、それは失敗例だ。
成功例は無いのかと聞くと、プラフタは一つ挙げてくれる。
750年ほど前、ある街で、常時熱を発するための炉が作られた。
その街は雪深く、年の七割は雪に覆われているほどの過酷な気候で。周囲にネームドも多く。暖を取るために薪を集めるのさえ命がけだった。当然貧しい生活で疲弊している民だったが。
錬金術師だけは違った。
錬金術師が作った炉は、圧倒的な熱量を放出し、街中の雪を溶かして、薪を不要な生活を作った。
民は錬金術師を讃え。
余力が出来たため、周辺のネームドを錬金術師と共に駆逐。
以降、上位邪神が街を蹂躙するまでの170年間ほど、その街は栄えたのだという。
「邪神にやられたの?」
「その錬金術師は、弟子達を育成していましたが、その一人が驕り高ぶり、自分は無敵だと信じてしまったようです。 その結果、上位の邪神に戦いを挑み、敗れた上にその報復を招くという事態になりました」
「上位の邪神は、そんな伝説に残る錬金術師の弟子でも勝てないんだね」
「私も遠目に見たことがありますが、上位の邪神はもはや世界にとっての災厄が実体を得ているような存在です。 現在存在している二大国も、総力を挙げないと倒す事は不可能でしょう。 それも、総力で一柱倒せれば良い方でしょうね」
なるほど。
それならばなおさら。いずれ倒して行かなければならない相手だ。
他にも幾つかの成功例を聞くが。
結局の所、どの成功例も最終的には上手く行っていない。
昔話と現実は違う。
傑出した錬金術師は時々現れる。
賢者の石にまで到達できなくても、人々を地獄と困窮から救うレベルのインフラ改修にまでは到達できる。
だがそこからが駄目だ。
あたしはこれから賢者の石を造り。
創造神にアクセスする。
だが、その後。
それによって、深淵を覗き込み。覗き込んだ結果を、世界に還元できるのか。
キルヘン=ベルだって。
あたしがいるうちは良い。
錬金術によるアンチエイジングを習得したとして。
その後、数百年は平和が続くかも知れない。
近寄る邪神を根こそぎ倒して。
ドラゴンも徹底的に退け。
あたしの手が届く範囲であれば、平和を確保できるかも知れない。
だがその後は。
しばらく考え込んだ後。
無言で異世界アトリエに移る。プラフタも、まだまだ調合の先が長いことは分かっているのだ。
てきぱきとこの後どうするかについて、歩きながらアドバイスしてくれる。
アトリエに入り。
釜を徹底的に洗浄した後。
次の調合開始。
フローを確認してから、まだこなしていない部分から、処理をしていく。
大丈夫。
深紅の石が作れれば。
それをコルちゃんに増やして貰う事も出来る。
勿論コルちゃんは涙目になるだろうが。
それでも、中間地点にくさびを打ち込むことも出来るのだ。
そう信じて、一つずつフローを消化していく。
難易度が徐々に上がっているのもあって。
かなり厳しい作業になる。
今度は、中間生成液の一つに。貴重な素材である五日ツルをすりつぶして入れるのだが。
入れる寸前。
ものの意思が、強烈な反発を示した。
手を止める。
考え込む。
これは、入れていたら失敗した。
五日ツルの状態は悪くない。そうなると、中間生成液の方に問題があるか、或いは何か他にまずい点があるのか。
調べて見るが。
温度は問題ない。
空気も最大限遮断している。
ならば、何が。
ふと気付いたのは。中間生成液そのものの品質が決して高くない、という事だ。
脈を測って、なるほどと納得。
煮詰まりきっていないのである。
投入のタイミングを間違えるところだった。
冷や汗を掻きながら、ゆっくり丁寧に混ぜ合わせつつ過熱。出たガスは魔術でコントロールしつつ、排気する。
プラフタは、腕組みしてじっと見ていた。
必要のない所では、助けないつもりなのだろう。
それでいい。
あたしもその方が正直助かるからだ。
結局の所。
あたしは本を読むよりも。
座学での方が知識を得やすい。困った話だが、これは今後どれだけ錬金術師として大成しても変わらないだろう。
そして理論を組むよりも。
実戦の方が強い。
これに関しても、今まで散々調合をしてきて、何となくは分かってきているが。
このものの意思による反発が、今までになくクリアに聞こえる空間では。
嫌と言うほど、身に刻まれるようにして悟らされる。
中間生成液が丁度良くなった。
五日ツルを投入。
一瞬で青紫だった中間生成液が、猛毒としか思えない強烈な桃色になる。蛍光色のその液体は。
手でもいれたら、一瞬で全て溶け去りそうだった。
嘆息すると、続きに入る。
五日ツルは強烈な薬効効果を持っているが。
その成分の一部が中間生成液に、此処まで強烈な効果をもたらすのを目にすると。
今まで五日ツルを材料にしていた薬を使っていたのが、少し怖くもなる。
だが、実際に使えるなら何でも良い。
此処からしばらく煮詰めた後。
また別の中間生成液を投入。
翠色の蛍光色の中間生成液を投入すると。
釜の中で強烈に変化が起きる。
魔術で空気を操作して隔離。
ぼこぼこと強烈な熱量を発しながら二つの中間生成液が反応。様子を見ながら、適当な所で熱を止め。冷ましに掛かる。
しばしして。
音が止む。
其処には、どす黒い、タール状の液体が出来ていた。
釜の半分くらいまで減っているが。
取り出すと、もの凄く重い。
明らかに、同じ体積の水よりも遙かに重いが。
これは反応の結果、圧縮されたのだろう。
声が聞こえる。
そう、昔不愉快で仕方が無かった声だ。
今は異常にクリアで。
そして明確な意思さえ伴っているが。
「深くなった、深くなった。 もっと深くに潜りたいな」
黙れと呟きたくなるが。
アトリエからどす黒い液体を運び出し。
硝子ケースに入れると、ラベルを貼り付ける。
フローを確認して、処理する作業についてチェックした後。
釜を念入りに洗う。
プラフタは様子を見ていたが。
やがて褒めてくれた。
「五日ツル投入のタイミングを失敗しませんでしたね」
「プラフタは聞こえないんだよね。 どうやってあの辺の失敗をリカバーしていたの?」
「それは経験と試行錯誤です」
「……なるほどね」
そうか。
それはさぞ大変だっただろう。
この聞こえる、という能力自体が完全にギフト。いわゆる天からの授かり物だ。不愉快な話だが。不平等まみれのこの世界が、ソフィーを強くした。プラフタにはこのギフトが与えられなかった。
プラフタは錬金術の才能はあっても、この聞こえるという能力に欠けていたから、とにかく手数を増やすしか無かったのだろう。それでいながら、世界最高峰の錬金術師にまで上り詰めたのだから、大したものだ。
咳払いすると、作業に戻る。
まだ少し体力的に余裕がある。
この次の作業が終わると、フローもかなり埋まってくる。
複雑だったフローも、処理が終わった部分を精査していくと。最終的には一点に辿り着く。
深紅の石完成までもう少し。
そう信じながら。
あたしは調合を続けた。
まだフローはかなり残っているが。
そうした方が精神衛生上良いからだ。
時々空気を補給するために異世界アトリエの外に出ながら、あたしはもう少し、もう少しと念じ続ける。
鏡を見る余裕も無い。
身繕いなんてしている暇があったら。
調合に力を注がなければならなかった。
食事もどんどん粗末になって行く。たまたまモニカと出くわした場合は作ってもらうけれども。
それ以外では、ただ火を通しただけの肉や野草を、口に入れることも多くなっていた。
錬金術の最高峰は流石に厳しい。