暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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2、戦士のあり方

アトリエにソフィーがこもり始めてから一週間以上が過ぎた。

 

時々掃除に出向くが。

 

ソフィーは死んだように眠っていることが多くなり。プラフタと話す事の方が多くなった。

 

勿論調合時に話しかけるわけには行かない。

 

今ソフィーは凄まじく複雑な調合をしていて。

 

しかもそれで作っているものが、深淵の者と話し合いをするために絶対に必要なのだという。

 

ならば邪魔は出来ない。

 

たまに起きている時にもでくわすが、その時は掃除よりむしろ食事をねだられる。実際問題、かなり雑なものばかり食べているようなので、モニカとしてもあまり放置しておくわけにはいかないのだ。

 

ソフィーは才能の不平等を憎んでいる。自分に才能がある事を憎み、その延長線上で自分自身さえ憎んでいる。

 

故に身繕いは雑になるし。

 

適当で済むなら適当で良いと考える。

 

土台は良いのに化粧っ気は皆無だし。

 

寝癖が盛大に跳ねたりしているのも、それが理由だ。

 

普段は多少は緩和しているのだが。

 

今のソフィーは、本当にそれどころではないらしく。最低限の身繕いしかしないし、目の下に隈も作っていた。

 

体力自慢で、体術も相当な実力を持つソフィーがこれである。

 

如何に過酷で、難しい調合をしているのかは、敢えてプラフタに聞かなくても明らかな程だ。

 

今日もソフィーは寝ていて、プラフタに近況を聞いて。掃除をして、それで終わり。様子だけは見に行くようにホルストさんに言われているので、モニカとしては最低限の義務は果たした形になる。

 

茶を淹れてくれたので、プラフタと軽く状況を話す。

 

ソフィーには話していないが。

 

プラフタには話してある。

 

実は、ソフィーがこの超高難度調合を開始してからというもの。

 

ネームドが押し寄せるようにして、キルヘン=ベルに迫っている。

 

プラフタにも協力を願うこともある。

 

やはりソフィーとプラフタがいないと、撃退はかなり厳しいのだ。

 

流石に今までソフィーが作った強力な装備があるから、簡単に負けるようなことは無いけれども。

 

それでも毎回負傷者が出る。

 

備蓄はどんどん減ってきている。

 

街の防護壁の修復箇所を狙って攻めこんでくるネームドもいて。

 

それらはいずれも非常に狡猾。

 

撃退ではだめで。

 

どうしても、その場で殺しきらなければならなかった。

 

素材については、プラフタを呼んで、解体してコンテナに入れているが。

 

それさえ、ソフィーを起こさないように、気を付けながらやっていた。

 

色々と気苦労が絶えない中。

 

モニカも自身の戦いで、ストレスをため込み続けていた。

 

ソフィーは鋭い。

 

眠っているように見えても、起きている事がしょっちゅうある。

 

だから、重要な話をするときは。

 

プラフタをアトリエから連れ出してから、が常になっていた。

 

茶を飲み終えてから、恒例の大事な話、に移る。というか、今回はプラフタから促された。

 

「モニカ、気付いていますか?」

 

「何か問題ですか」

 

「貴方の頬の傷、完治していません。 かなり無理をしている証拠です」

 

「!」

 

薬は塗り込んだのに。

 

傷跡というのは、ずっと残るものではなくて、いずれ消える。それも、体の調子が良いほど、消えるまでに掛かる時間は早くなる。

 

この傷は半月前にネームドから受けた。

 

ヴェルベティスの装備で強固に守られているとは言え、相手は猛獣の枠組みを超えた相手。

 

どうしても戦っていれば手傷を負う。

 

まして戦ったのは、巨大なカニのバケモノ。

 

その鋭いハサミの切れ味は、生半可な刃物の比では無く。しかもカニとは思えないほどに素早かった。水辺には陸魚と縄張り争いをするような巨大なカニがいる事があるのだが、それのネームド版だったのだ。

 

迂闊に近づいた自警団員が一瞬で腕を飛ばされ。ハルモニウム製の武器でも、一撃必殺とは行かなかった。

 

腕を切りおとされた自警団員は、生命の蜜ですぐに腕をつなげて事なきを得たが。流石に腕にダメージが残っていて、しばらくは後方任務に回されている。

 

こういう損害が、蓄積してきているのだ。

 

モニカにも、である。

 

鏡を見る暇も無くなっていたから、傷が治っていない事にも気づけていなかった。口惜しい。

 

モニカだって、身繕いに興味があるのだ。

 

正直な所、まともな伴侶を見つけることはもう諦めている。

 

この街のために働かなければならないことが多すぎる。

 

だからこそ、娯楽として、最低限の身繕いをしていたのだが。

 

今更ながらに。

 

頬の傷で、余裕のなさを思い知らされてしまう。

 

少し悲しくなってきた。

 

眼鏡を外すと、顔を洗う。

 

泣いていても敵は待ってくれない。

 

この街の周囲を緑化していると言っても、ネームドがまた増え始めていて。それを街に近づけないようにして退治していくとなると。どうしても激務になってしまうものなのである。

 

ましてや、今は深淵の者との問題もある。

 

世界を裏側から牛耳っているような相手だ。ソフィーが頑張ってくれているが、もたついているとしびれを切らすかも知れない。

 

しかも、今ソフィーと一緒に戦って来た面子は。

 

いつまでも街にいてくれるわけじゃない。

 

特にフリッツさんは、一段落したら別の街に行くはずだ。

 

何しろあの人は傭兵である。

 

あの人は優秀だ。指揮を執ってくれたから、ここ最近の自警団は見違えるほどに戦力が上がったし。

 

更に言えば、モニカはそれと同等の能力を今後求められていく事になる。

 

残念な事に、ラスティンは軍が弱い。役人はまともな人もいるが、兎に角国が戦力を送ってくれることは期待出来ない。

 

街はそれぞれ、自分で自分を守るしか無い。

 

モニカは聖歌隊も指揮したいと思っているが。

 

こんな事で、出来るのか。

 

ましてやもう一つ教会を作って、それを任される等という話になったら。

 

体が壊れてしまわないか。

 

プラフタに肩を叩かれて。

 

甘い蜂蜜入りの茶を勧められる。

 

またアトリエに戻り。

 

無言でしばらく、甘すぎるほど甘い茶を啜っていると。

 

プラフタは、ソフィーが眠っているのをもう一度確認した上で、言う。

 

「深紅の石の作成は順調。 このままだと、賢者の石を作成するのに、予定の一ヶ月を超えることは無いでしょう」

 

「ならば、もう少しということですね」

 

「そうです。 恐らく集まって来ているネームドは、この調合の気配を何処かから察しているのでしょう。 或いは光のエレメンタルが倒れた影響かも知れません。 古くから、強い錬金術師はそうやって集まってくる難敵に対抗するために知恵を絞り。 そして倒し切れずに葬られていったものです」

 

難敵は、何も獣やネームドばかりでもない。

 

そんな事はモニカにも分かる。

 

名声が広まれば、ろくでもない連中も集まってくる。

 

ソフィーはそんな奴らに遅れを取るようなタマでは無いが。

 

それでもモニカは。

 

その負担を今後減らすことを考えなければならない。

 

強くなれとは言うが。人間には強くなれる限界がある。

 

溜息が止まらない。

 

プラフタは、敢えて何も言わない。モニカも、ストレスで全身がおかしくなりそうだった。

 

甘いものでもだめか。

 

そして、である。

 

外に気配。

 

伝令だ。

 

ベンさんである。

 

「モニカ、此処にいたか」

 

「ネームドですか」

 

「いや、タチが悪い商人が来ていてな。 何だか高価そうな楽器を持ってきている。 お前、聖歌隊の備品として欲しいと言っていただろう。 カフェにあるのより立派な奴、確か……そう、ピアノだ」

 

「!」

 

プラフタは首を横に振る。

 

今は、ソフィーを放置出来ない、と言う訳だ。

 

モニカはすぐに出る。

 

商人の応対は、基本的にコルネリアさんがやるのだけれども。

 

彼女は基本、実利に関しての計算が多く。

 

嗜好品に関しては非常に厳しい判断をする。

 

モニカが今、教会に子供達と聖歌をやるために、大きめの立派なピアノを欲しがっていることは、伝えてあるので。

 

連絡が此処まで来たと言うことだ。

 

だが、モニカの手持ちでは、ピアノは少し高すぎる。

 

良いピアノになると、尋常では無いほどの値段がする。

 

これも機械職人の腕がモロに出るし。

 

一部の技術はロストテクノロジー化している。

 

途中でハロルさんに声も掛ける。

 

専門外だがなと言いながらも。

 

ハロルさんは、二つ返事でついてきてくれた。

 

商人は、コルネリアさんの所にいた。

 

護衛にタチの悪そうな連中を連れていて。

 

大きめの荷馬車に、それを積んでいた。

 

一目で分かる。

 

ピアノだ。

 

それも、カフェにあるのよりも本格的な代物。いわゆるグランドピアノである。

 

モニカもよその街に行った時、一度だけ目にした事がある。

 

これを持っているのは、基本的に余程の音楽好きの好事家か、それとも大きな教会だけである。

 

どちらかが何らかの理由で手放したか。

 

職人が新しく作ったのか。

 

一目で、後者だと分かった。

 

だが、にやついている商人には、品性が感じられない。

 

これは恐らくだが、相当に商人はぼったくられたのではあるまいか。

 

「ほら、言い値じゃ無いと売らないと言っているだろう? 珍しい新品のピアノだ。 買い手は幾らでもいるし、いらないならよそに持っていくよ」

 

そう、中年女性の商人は言う。

 

痩せこけていて、それでいながら目ばかり光ったヒト族だ。

 

余程強欲な商売ばかり続けて来たのだろう。

 

気の毒に、連れているホムのまだ幼い子供は、目が死んでいた。

 

まずコルネリアさんに事情を聞く。

 

彼女によると、カフェにあるピアノの推定値段の、およそ十七倍の値段を提示されたと言う。

 

「キルヘン=ベルとしても、コルネリア商会としても、品物として扱うわけにはいかないのです。 この街を守るためにも、この街の人々が生きていくためにも、必要な物資では無いのです」

 

「それは……分かっているわ」

 

「モニカさん、断った方が良いのです。 商人として断言するのです。 あれは、相当にふっかけているのです」

 

「そうでしょうね」

 

柄が悪い護衛が、周囲にメンチを切っている。

 

本当だったら即座にキルヘン=ベルを追い出したいくらいなのだが。

 

此奴ら、さっき商売として、山師の薬を此方の言い値でかなり買い取ったらしい。そういう意味では立派な客だ。

 

買い物だけしないでえらそうな口だけ叩くようならば、即座に追い出せるのだが。

 

此方の言い値をきちんと聞いて商売をしている以上、害客であっても悪客ではない。

 

しばし悩んだ後。

 

妥協案を出す。

 

モニカとしてもそのピアノは欲しいが。

 

モニカの手持ちではとても足りないし。

 

値切るしか無い。

 

「提案です。 此方としては、そのピアノが音をきちんと出せるかどうかを、確認したいのですが」

 

「ほう。 言ってくれるねえ。 まだ若いようだけれど、調律は出来るのかい?」

 

「それなら俺がやる」

 

ハロルさんが顎をしゃくる。

 

メンチを切ろうとした護衛が、視線を向けられて一瞬で黙る。

 

悟ったのだろう。

 

自分とは桁外れの敵を相手にしてきた、歴戦の猛者だと。

 

ハロルさんは格闘戦は得意ではないが。

 

それでも荒野では力不足な長身銃を振り回して、猛獣やネームドと戦って来たのだ。こんなチンピラ崩れに遅れは取らない。

 

すっと、前に出たのは。

 

いつの間にか来ていたヴァルガードさんだ。

 

「ピアノを降ろすのなら俺がやるが」

 

「どうします? きちんと音が出せるならば、商売は考えます」

 

「……ちっ」

 

舌打ちする商人。

 

ヴァルガードさんが浮遊の魔術を展開して、ピアノを降ろす。

 

そして開けてみて、ハロルさんが眉をひそめた。

 

「これは調律を一切していないどころか、部品が幾つも欠けているな。 このままでは動かないぞ」

 

「騙すつもりだったのです?」

 

「そうだろうな。 この有様では間違いなかろう」

 

商人が露骨に怯む。

 

すぐ側に、明確に歴戦をこなしている魔族が目を光らせていること。

 

今までの異常な強気が反感を買っていること。

 

コルネリア商会が、最近では近隣の街にも名を知らしめている、大型商会になりつつあること。

 

計算すればするほど。

 

自分が不利になる。

 

この性格が悪そうな商人だ。

 

しかも詐欺も平気でやるヒト族商人である。

 

すぐにまずいという事は悟ったのだろう。

 

「見てくれは立派だが、幾つか重要な部品がないまま出荷されたと見える。 さてはピアノ職人に無理を言って作らせたな。 売り切ってしまえば勝ちと思ったか」

 

「さ、さあ知らないね」

 

「商人ならば、商品が完品かどうかくらいは、きちんと確認してから売りに出すのです」

 

ぴしりとコルちゃんが一刀両断。

 

何だてめえとコルネリアさんに掴みかかろうとしたゴロツキだが。

 

一瞬でコルちゃんは、その顎を蹴り挙げていた。

 

一撃でゴロツキの意識が消し飛ぶ。

 

棒立ちになったゴロツキが顔面から地面に落ちそうになったので。首根っこを掴んで、顔面がぐちゃぐちゃになるのを防いでやる。

 

他の護衛は顔面蒼白。

 

まさか、此処までホムがやるとは思わなかったのだろう。

 

コルネリアさんも、歴戦をくぐり抜けて鍛え抜かれているし。

 

何よりソフィーの作った装備で身を固めている。

 

いつ何があっても不思議では無いから。

 

そうしているのだ。

 

「な、なな……!」

 

「そのピアノ、貴方の提示している金額の10分の1でなら買い取りましょう」

 

モニカは冷ややかに言う。

 

ハロルさんと先に耳打ちで会話した。

 

部品の調達料金などを考えると、その辺りが妥当だそうである。

 

そして、その金額なら。

 

モニカの給金で払える。

 

今までキルヘン=ベルの経済規模は拡大を続けており。モニカも相当なお給金を貰っている。

 

今までため込んできたのは、こういう「いざという時」のため。

 

使うのは、今だった。

 

悔しそうに唇を噛みながらも、商人は値上げ交渉をしようとしたが。

 

コルネリアさんが、ぴしりとはねつける。

 

「貴方の行動については、しっかり覚えたのです。 既に幾つかの街に、コルネリア商会の関係商人がいるのです。 役人にも知り合いがいるのです。 商売が出来ないようにするのは簡単なのです」

 

「脅すつもりか!」

 

「そうです」

 

「……っ!」

 

コルネリアさんも、気の毒にソフィーと接してきたのだ。

 

あの子の狂気は、生半可な覚悟では相対することが出来ない。

 

コルネリアさんはいつも怖がっていたが。

 

逆に言うと、ソフィーといつも接しているのだ。

 

こんな程度の相手、怖くも無いだろう。

 

「わ、分かった。 その値で売るよ……」

 

「毎度あり、なのです」

 

口元を抑えるコルネリアさん。

 

更に彼女は、目が死んでいるホムの助手を此方で引き取りたいと提案。値段はどういう理屈かは分からないが、この交渉も成立していた。

 

予想利益を相当に下回ったのだろう。

 

肩を落として街を出て行く商人。

 

正直、二度と戻って来るなと吐き捨ててやりたいが、そうも行くまい。

 

私は嘆息すると。ヴァルガードさんと一緒に、教会にピアノを運び込む。

 

そして、ハロルさんに、必要な部品について確認すると。

 

まず、コルネリアさんに、有り金をはたいてピアノ代を出す。

 

そうすると、コルネリアさんは、二割ほどまけてくれた。

 

「これは、あの子を手に入れる時、ふっかけたので、その分なのです。 モニカさんが強気の値段提示を最初からしてくれたので、此方としてもやりやすくなったので、そのお礼なのです」

 

「そう。 あの子は……」

 

「恐らくは、大都市で暮らせなくなったストリートチルドレンなのです。 騙されて、安値でこき使われていたのです。 真面目で数字に強いホムでも、幼い頃からそうだとは限らないのです」

 

「……可哀想に」

 

コルネリアさんは、きちんと適正な給料で、適正に働いて貰うと言うが。

 

まあ彼女になら任せても大丈夫だろう。

 

コルネリアさんが教会から帰ると。

 

神父様が、ピアノを見て少し嬉しそうにする。

 

「これで聖歌隊も、少しは良くなるな」

 

「まだ動きません。 これから私の自腹で、動くように調整します」

 

「其処までしてくれるのか。 すまないな、モニカ」

 

「いえ」

 

モニカは、聖歌が好きだ。

 

正確には、歌が好きだ。

 

ソフィーと信仰の事で何度も対立したモニカだが。実のところ、モニカは信仰そのものよりも。歌が好きなのである。勿論敬虔な教会の信者であると自負はしているが、それはそれ。多分自分の中での優先順位は歌が上だ。

 

絶対に口には出さないが。

 

元々歌には元気をくれる力がある。

 

モニカは街の中でもそこそこ裕福な暮らしをしている家に生まれたけれども。それでも、所詮多寡が知れていた。

 

教会に入り浸る内に剣術と魔術の才能を見いだされ。

 

眼鏡を貰うほどに優遇をされたけれど。

 

その一方で、強い責任意識を持つようにもなった。

 

教会には不幸な子供も多い。

 

面倒を見てもらっている不幸な子供には、心が荒んでいる子も多い。

 

無理矢理集団行動を強いて、歌を嫌いにさせるような教え方はしない。

 

それは最低条件だ。

 

だが、歌の楽しさを教える事については。

 

モニカは自信がある。

 

荒んだ心の子供でも、きちんと面倒を見られるパメラさんもいるし。

 

そんな子供達のためにも。

 

モニカは聖歌隊をしっかりとしたものにしたい。

 

そしてそんな子供達が安全に暮らせるようにするためにも。

 

街に近づく邪悪は、滅ぼさなければならないのである。

 

ソフィーが、教会嫌いで。

 

教会に関する話で、モニカとは何度も殺し合い寸前の喧嘩をしながらも。

 

未だに信頼関係があるのは。

 

恐らくは。モニカを強い責任意識を持っていて、皆の幸せを願っているという点で、信頼してくれているから、だろう。

 

モニカもその点では、ソフィーを信用している。

 

あの闇と狂気に心をむしばまれたソフィーも。

 

モニカの真面目に街のことを考えている所は認めてくれているし。

 

この間渡されたグナーデリングで、最悪の場合は自分を殺せ、等という事を告げてくれたのも。

 

モニカのことを信頼してくれている証だ。

 

ロジーさんの所に出向き。

 

ピアノの部品について注文を終えると。

 

カフェに出向く。

 

気分転換ではなく。

 

情報収集のためだ。

 

ホルストさんに、ピアノを買ったことを聞かれたので、素直に答える。ホルストさんは、見ていたと言った。

 

「実はあまりしつこいようなら、私が出るつもりでした。 良く適切に商売をする事ができましたね」

 

「いえ、私だけでは」

 

「良いのですよ。 値段の専門家としてはコルネリアがいました。 自警団の次期団長になる貴方には、他の人と手を取り合って、この街を守って行く技量と心の広さが要求されるのです。 武力だけではつとまらない。 貴方に白羽の矢が立ったのは、そういう理由からなのですよ」

 

そう言われると、少し赤面してしまう。

 

咳払いすると、ホルストさんは本題に入る。

 

「またネームドが確認されました。 巨大な百足です」

 

「場所は」

 

「東の街の少し北です。 既に東の街では厳戒態勢を整えています」

 

「分かりました。 すぐに対処します」

 

装備品を確認すると、既に待っていたフリッツさんとジュリオさん。オスカーとレオンさん。他に自警団の戦士達と共に、東の街に向かう。

 

あれからソフィーが物資を造り続けてくれた結果、旅人の靴はこれから出るメンバー分くらいは揃っているし。

 

最初の頃に作ってくれた品とは、マイスターミトンも友愛のペルソナも品質が比較にならない。

 

疾風のように東の街に到着すると。

 

ミゲルさんに情報を聞く。

 

どうやら西、つまりナーセリーの方から来たらしく。

 

今は街の外で、獣を貪り喰い散らかしているらしい。

 

いつ街に牙が向くか知れたものでは無い。

 

すぐに撃退する必要があるだろう。

 

「モニカ君、錬金術師殿がいなくても大丈夫か」

 

「平気です。 あの子が作ってくれた装備品がありますから」

 

「おうよ」

 

オスカーが自慢げに、アンブロシアの花冠を親指で指さす。

 

どういう仕組みなのか。

 

作ってからかなり経つのに、まったく花が枯れる様子が無い。

 

フリッツさんが、外に出て、状況を確認してきた。

 

「かなり手強いネームドだが、この面子ならやれるはずだ。 速攻で仕留める」

 

モニカは頷く。

 

ソフィーはソフィーで、近隣の命運を賭けた戦いを続けてくれているのだ。

 

モニカはモニカで。

 

この周辺を守るための戦いを続けなければならない。

 

一度休憩を取り、食事をして一眠りして。

 

それで疲れを取ってから、獲物に仕掛ける。

 

ネームドの戦闘力は流石で、簡単には勝たせてくれなかったが。

 

それでも、激しい戦いの末に、勝利することに成功する。

 

手傷も受けたが。

 

それでも、最小限にとどめた。

 

だが、プラフタの言う通りだ。疲労の蓄積がどうしても隠しきれない。普段なら受けないような手傷を、幾つも貰ってしまっていた。

 

それでも。ジュリオさんは、褒めてくれた。

 

ちなみに、百足を仕留めたのは、ジュリオさんの一撃だった。

 

「その腕ならば、アダレットの騎士団でも重鎮になれるよ。 此方に来ないかい?」

 

「いいえ。 私には、キルヘン=ベルがありますから」

 

「そうか。 でも、ソフィーを通じて縁がある。 もし離れてもいずれまた共闘する時が来るだろうし、その時は頼む」

 

「はい」

 

獲物を解体し。

 

深核を見つける。

 

これはソフィーが喜ぶだろう。

 

後は獲物の肉を焼き。ある程度はその場で食べてしまう。

 

甲殻については、金属を含んでいるらしく、持ち帰った後プラフタに見せれば喜ぶかも知れない。

 

向こうは向こうで、今熾烈な戦いの真っ最中だ。

 

少しでも、喜んで貰えるようにしてあげたい。

 

フリッツさんが手を叩いて、撤収を指示。

 

オスカーは、少し東の街に残るそうだ。

 

緑化作業中の、森の様子を確認するという。問題があるようには見えないが、手の届く範囲内では、植物に優しい世界にしたいのだろう。今のオスカーは戦士としても一人前だし、一人でも大丈夫だが。フリッツさんが指示をして、自警団員が何人かつく。これについては、オスカーの森林知識を学べ、という意味もあるのだろう。

 

ミゲルさんにネームド討伐の報告を終えてから、キルヘン=ベルに戻る。

 

さあ、ソフィーは今、きつい仕事をしているのだ。

 

私は。

 

キルヘン=ベルを少しでも良くするために。

 

戦いでも。

 

それ以外でも。

 

力を振るわなければならない。

 

神父になって欲しいと言う話は、今後どうするかまだ決めていない。非常に悩ましいが、断るべきかも知れない。

 

聖歌隊。

 

自警団団長。

 

どちらもこなすだけで厳しいのに。

 

神父まではやっていられないからだ。

 

帰り道、フリッツさんに言われる。

 

「モニカ。 随分と悩んでいるようだが」

 

「ええ。 二足のわらじだけではなく、もう一足となると厳しいですから」

 

「たまにはレオンの作った服でも着てみてはどうか? 着飾ってみるとだいぶ気分転換になると言うが」

 

「幾つか既に作ってもらっています。 ただいつ有事があるか分からないので、しばらくは……」

 

そうかと、フリッツさんは呟く。

 

少し黙り込んだ後、フリッツさんは話してくれる。

 

「私の娘は人形劇と人形劇の脚本作りにしか興味が無くてな。 戦士としても相応に鍛えたのだが、傭兵としての仕事は非常に評判が悪い。 人形劇の脚本は私以上の才能を持っているし、剛力で言えば夜の魔族並みなのだが、二足のわらじというのはやはり厳しいようでな」

 

「フリッツさんは、人形師と傭兵、どちらも高レベルでこなしています」

 

「そうなるまでにこの年まで掛かってしまったよ」

 

「……」

 

そうか。

 

それもそうだ。

 

この人でさえ、そうだとすると。私は一体、二足のわらじをきちんとこなせるようになるまで、どれだけ掛かるのだろう。

 

キルヘン=ベルに到着。

 

ソフィーは調合中。

 

コンテナに戦利品を格納し。

 

掃除だけして帰ろうとすると、プラフタが来た。

 

「良い素材が入ったようですね。 またネームドとの戦いですか」

 

「ええ。 手強い相手でした」

 

「いや、恐らく迷いが手強くしているのでしょう」

 

分かっている。

 

だが、プラフタは、責めるようなことはしなかった。

 

「聖歌隊が、子供達のためだと言う事は聞いています。 集団行動を強制することはなく、一人一人に丁寧に歌の楽しさを教えているそうですね」

 

「ソフィーから聞いたのですね」

 

「ええ。 あの子も、モニカを時々褒めています。 自分にはできない事を出来るから、羨ましいと」

 

しばし言葉を飲み込んでから。

 

目元を拭う。

 

もう少し、頑張ってみよう。

 

今日はもう、休む事にする。

 

プラフタから傷薬を貰って、手傷を治すと、自宅に直行。

 

そのまま、後は何も考えずに眠ることにした。

 

二足のわらじを履き続けるのは厳しい。

 

レオンさんにしても、傭兵としての仕事は殆どしていないに等しいのだ。戦士と傭兵は違う。

 

ましてや、三足なんて。

 

目が覚める。

 

疲れが余程溜まっていたのだろう。

 

完全に熟睡してしまっていたようだった。

 

だが。気持ちはとても晴れやかだ。

 

モニカはカフェに出向く。

 

そして、ホルストさんに、開口一番に告げた。

 

「申し訳ありません。 以前から打診があった、新しい教会の神父に、という話については、断らせていただきます」

 

「ふむ、モニカなら、と思ったのですが」

 

「ごめんなさい。 私は聖歌隊と自警団の団長で限界です。 その代わり、聖歌隊を通じて子供達に歌の楽しさを伝え。 自警団の団長として、次世代のこの街を守ります」

 

「分かりました。 その二つを全力でこなしてくれるのであれば良いでしょう。 神父に関しては、人員を此方で探します」

 

周囲が驚いた様子で此方を見ている。

 

モニカが断るのははじめて見た、という顔の者もいた。

 

モニカはそのまま、ロジーさんの所に出向き。出来上がった部品を受け取ると、ハロルさんと一緒に教会に。

 

数日後に、完全に直ったグランドピアノを弾く。

 

流石だ。

 

素晴らしい音色である。

 

しばしピアノを堪能してから、子供達と一緒に歌う。

 

下手でも構わないのだ。

 

歌なんて、楽しければそれで良い。

 

勿論モニカは上手である必要があるけれど。子供達は最初に「楽しい」を知れば良い。

 

街の人間が増えるにつれて、不幸な出来事によって親を失い、教会に引き取られた子供も増えてきた。

 

目には光がないことも多い。

 

そんな子供達に、最初に「楽しい」を教えるには、簡単な事が一番だ。

 

そしてモニカは、そんな「簡単」な「楽しい」を教えたい。

 

「ちょっといい?」

 

ふと気付くと。

 

側にソフィーが立っていた。

 

少し疲れているようだが。だが、満足げである。

 

「どうしたの」

 

「深紅の石完成。 これから賢者の石に移るから、その前にちょっとね」

 

プラフタに97点を貰ったと、自慢げに言うソフィー。

 

そうか。

 

やったんだな。

 

モニカは頷くと、ピアノを譲る。ソフィーも時々ピアノに触っていたが、はてさてその腕はどれだけ向上したか。

 

ソフィーがピアノを弾き始める。

 

この曲は。

 

昔、良くパメラさんが。

 

大げんかして二人とも泣いているモニカとソフィーに、歌ってくれた。

 

分かり易くて明るい曲調の。

 

楽しい歌だ。

 

モニカは咳払いすると、童心に返ったつもりで歌い始める。

 

何でもそうだが、最初に始めるときは技術なんていらない。「楽しい」で良い。

 

ソフィーも、教会も聖歌も嫌っていたが。歌が楽しい事だけは否定しなかったし。ずっと接している内に、ドブより濁っていた目にも、少しずつ狂気と怒りが大半とは言え、光も混ざり始めていた。

 

二人のセッションは。

 

しばし続く。

 

ソフィーは多分錬金術の道具で誤魔化しているのだろうけれど。それでも、とても素人とは思えないほどにグランドピアノを弾きこなし。

 

モニカも、とても楽しく歌うことが出来た。

 

歌が終わると。

 

子供達がわっと沸く。

 

満足だ。

 

これが、私の求めていたもの。

 

モニカは頷くと。

 

三足は無理でも二足のわらじなら、履いていけると思った。




たとえ、ある部分では決定的にわかり合えないとしても。

王道と魔道だとしても。

時に妥協点はあるのです。
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