暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
深紅の石を作った後。あたしは三日寝込んだ。
モニカと教会でセッションをした後である。
流石にずっと三日間寝ていたわけでは無いが。
それでも、三日間は殆ど身動きできなかったのも事実だ。
ようやく四日目に起きだして。
次の段階に入る。
いよいよだ。
賢者の石を作る。
まず、プラフタと一緒にフローを作ろうと思ったのだが。プラフタは、首を横に振った。
「賢者の石に関しては、作るのは材料さえ揃っていればそれほど難しくはありません」
「そうなの?」
「あくまで製造過程は複雑では無い、という事です。 深紅の石は増やして貰いましたね?」
頷く。
元々深紅の石は、予定量の二倍作った。
その内の半分をコルちゃんに渡してきたので、後はその気になればいつでも増やして貰える。
コルちゃんは専門家である。深紅の石を見た瞬間気絶しかけたが。
その後気合いを入れたら、意識を取り戻し。泣きながらどうにかすると言ってくれたので、多分大丈夫だろう。
さて、座学もそれほど長くは無かった。
要するに、それぞれの属性の要素を、極限まで取り出して、調合すれば良い。
加工も行程は難しくない。
技術的には大変に高度なものを要求されるが。
それはそれだ。
むしろ問題なのは。
作る過程である。
プラフタは言った。
賢者の石は、低品質のものなら、完成させた錬金術師がいたと。
材料がまず揃わない。
揃った所で、今異世界アトリエに作っている空気のないハルモニウム釜を配置したアトリエなんて、用意できる錬金術師はそう多く無い。
何よりも、そもそも深紅の石にたどり着ける錬金術師が多く無い。
最後に。
賢者の石を造ると言うことは。
深淵の深淵を。
直接覗くと言う事だ。
それに精神が耐えられない。
あたしは。
耐え抜いて見せる。
今までのは、狂気に満ちた世界を見て疲弊したからでは無い。
行程が複雑極まりなくて、地獄を見たからだ。
あれについては、今回成功例を出したので。
今後理論を研究して、作成に関しての行程を短縮できるようにしたい。出来れば、もっと簡単に作れるようにしたいのだ。
そうすれば、恐らくだが。
そもそもあらゆる媒体として優秀な深紅の石を使って。
世界の技術水準も。
人類の防衛能力も。
大幅に向上するはずである。
賢者の石に関しては、素材の入手難易度が高い事もあって、必ずしも作れなくても良いだろう。
だが、深紅の石は。
実際に活用した例を聞く限り。
人類に未来を作るはずだ。
賢者の石は、更にその先。
いずれにしても、調合を開始する。
まずは、深紅の石を潰す。
その後は、順番に材料を細かく砕き。
釜に混ぜていく。
深紅の石は、一旦熱を加えて溶解させると、一瞬にして何もかもを取り込んでいく、強力極まりない中和剤になる。
文字通り究極の中和剤として機能するため。
ものを変質させる錬金術において。
核になるのも無理がない素材だ。
そのまましばし混ぜながら様子を見ているが。ふと、気付く。
雑音が。
止まった。
この空間だと、雑音が嫌にクリアに聞こえていたのだが。
それが止まったという事は。
何かあったと見て良いだろう。
失敗したのか。
いや、それならば、嫌な音が聞こえているはず。
かといって、成功しないのなら、どうして良い音が聞こえない。
む、とあたしは唸る。
自分の周囲にしか空気が無いから、そもそもあまり無駄に息をするのでさえ避けたいところなのだけれども。
これは不可解だ。
調合の過程を、さっと見直すが。
間違っている様子は無い。
これで良いはずだ。
かといって、溶かした深紅の石に変化はない。
少し考え込む。
赤い液体は、温度を一定に保たれ。丁寧に処理をした様々な素材が溶け込んでいる。混ぜてはいるが、それでも変化は生じないし。有毒のガスが出る様子も無い。
失敗したか。
舌打ちしそうになるが、そもそも普段と状況が違いすぎるのだ。
何よりも、である。
そもそも大半の錬金術師がたどり着けない深紅の石を使った調合である。
不確定要素が出るのは当たり前だが。
それにしても、何だこれは。
ものの声が一切聞こえないというのは、初の経験だ。
調合の時は、必ず目安になる声が聞こえていた。
それだというのに。
何が起きたというのか。
「プラフ……」
呼びかけて、止める。
少し自分で考えたい。
失敗したのなら、それはそれで良い。今回に関しては、取り返しが利くから、である。
今までの知識を総動員する。
今も、作業は中断したわけでは無い。温度を保って、次の段階へ行くべく準備をしている。
本来だったら、色が変わる筈なのだが。
それが起きない。
だが、そもそも賢者の石の作成に関しての成功例が少なすぎることもある。今は静かに見守るべきなのではないのか。そう自分の中のもう一人が囁く。勿論比喩だが、葛藤はある。
基本的にあたしは。
忌み嫌っていた雑音に、調合では随分助けられてきたのだなと。
こういうときに思い知らされてしまう。
あれほど憎んでいたのに。
いざ完全に消滅してしまうと。
これほど躊躇が生まれてしまう。
頭を振って、しばし状態を観察。
もう一度、最初からチェックを開始。
温度は。
間違いない。想定通り。
空気は流入していないか。
大丈夫。余計な空気は入り込んでいない。
勿論その結果、埃などが混入するケースには至っていない。あたしも気を付けているし、咳とかで変な水分や不純物も混入してはいないはずだ。
かき混ぜながら、おかしな状態になっていないか、丁寧にチェックしていく。
ざっと見たところでは、混ぜる過程の変化は、前の段階まではきちんと上手く行っている。
これに関しては、相応の数の調合をこなしてきたのだ。
調合の密度という点では、どの錬金術師にもまけていない。
胸を張れ。
間違っていない。
自分にそう言い聞かせる。
こういうときは、気分転換だ。
少し距離を取って、座り込む。
フローと呼べるほどでは無いが。
ゼッテルに書いておいた調合のメモを確認し、順番に一つずつ、行程をチェックしていく。
間違いは、ないか。
一度アトリエを出る。
空気を纏う魔術を解除。
何度か深呼吸した。
少し時間をおくか。
どうせこの後は、煮込む作業だ。
本来だったら起きるべき変化が起きていない時点で。
此処で出来る事は一つも無い。
「ソフィー?」
プラフタが異世界アトリエに入ってきていた。
飴を取り出して(果実の糖分から作り出したものだ)舐めているあたしを見て、不思議に思ったらしい。
来たのなら、言っても良いか。
状況を説明すると。
プラフタも考え込んだ。
「私も賢者の石の作成はした事がありません。 資料の中に、間違いがあった可能性は否定出来ません」
「或いは、単純に偶然出来ただけだった、のかも知れないね」
「その可能性も高いと言って良いでしょう」
「厄介だな……」
恐らくは、だが。
深淵の者でさえ、高純度賢者の石は作成に成功していない。
こんな事をいうのも、もし出来ているのなら、創造神へのアクセスをしている筈だからだ。
ドンケルハイトを一とする、貴重な材料は。
それだけ入手が難しい。
あたしの場合は、オスカーがいたりして、兎に角運が良かった。
それでも、本気で調合している今。
運を使い果たした結果、上手く言っていないのでは無いかと言う、オカルトじみた考えに捕らわれてしまう。
更に言うと。
魔力が強いあたしは、勘だって強い。
素での魔力を磨いてきた今は、相当な自信もある。
まあ流石に、予知能力に近いレベルの勘は備えていないけれども。
戦闘時にある程度の「戦況の流れ」を読むことは出来るし。
タイミングに合わせて、最良の攻撃を仕掛ける事も得意だ。
ならば、今回は何故上手く行かないのか。
魔術は使える。
そして、アトリエの外に出た今。
雑音は聞こえている。
ならば雑音が聞こえなくなるのは、賢者の石の調合を行っている、その時特有の現象なのか。
だとしたら興味深くはある。
「ひょっとして、ものの声が聞こえる錬金術師で、賢者の石を作る事が出来た者がいない、という可能性は?」
「あり得ますね。 そもそも人口千人に届かないこの街に、二人もものの声が聞こえる人間がいる時点で、色々とおかしいのです。 本来は、万単位の人間が住む街にさえ、まずいないほどなのですよ」
「そうか……」
それならオスカーにプラフタが勧誘を掛けるのも頷ける。
なお、まだ諦めていない様子で。
「植物と友達になる」をオスカーが達成したら、錬金術師にならないか、声を掛けるつもりのようだ。
いつになるか分かったものではないが。
時間の感覚が麻痺してしまっているとも言える。
プラフタはこんな体だ。
人間に仮に戻る事が出来たとしても。
もう普通の人間の体ではないだろうから。
二人でアトリエに入り。
釜の状態を確認。
プラフタも一つずつ項目をチェックしていくが。
やはりおかしな点は見つからなかった。
あたしも素材をチェックするが。
此方も考えうる限り最高のものを使用している。
ならば、おかしいのは。
伝わっていた情報の方なのか。
釜の状態はそのままにして、アトリエをまた出る。空気が限られる上に、余計な行動で全てが台無しになりかねない極めてデリケートな空間なのだ。中で話し込むのはあまり好ましい行動では無い。
プラフタは熟考しているが。
ものの声が聞こえなくなる、という点で。
ひっかかりを覚えているようだ。
「ソフィー。 ものには意思があります。 その願いに沿って変質させる事が錬金術です」
「うん。 最初に習った基礎中の基礎だね」
「貴方は言いました。 声が聞こえないと」
「そうだよ。 だから困ってる」
プラフタは、あくまで仮説ですが、と前置きした上で。
驚くべき結論を口にした。
「ひょっとすると、ですが。 既に釜の中での反応を起こしている深紅の石は、「意思あるもの」ではないのかも知れません」
「え?」
「この世界の理から外れたか、或いは……」
深淵への扉が開いたか。
だとすると、可能な限り注意深く状況を見守らなければならないだろう。
理由も確認したい。
いずれにしても、失敗したとは思えない。
更に今まで完成した賢者の石が、いずれも低品質品だったことを考慮に入れなければならない。
低品質の賢者の石の場合。
この過程が、すっ飛ばされるのかも知れない。
深紅の石の質が低かったのか。
それとも、使用する素材に不純物がたくさん混ざっていたのか。
今あたしが挑んでいるのは。
人跡未踏の調合だ。
ならば、どの可能性も考慮に入れ。勿論失敗という可能性も視野に入れながら。調合を続けるだけだ。
休憩を入れながら、調合を続ける。
プラフタが茶を淹れてくれたので、表のアトリエでそれを堪能し。また異世界アトリエに戻る。
しばしして。
不意に。強烈な「声」が聞こえた。
まるで吸い込まれるようなそれは。
どれほど難しい調合でも。
聞いた事がないものだった。
さながらそれは。
地獄でうめき声を上げる悪霊。
おぞましいまでの声の密度で。
さながら、耳元で絶叫されているかのようだった。
だが、不思議と。
耳を塞ごうとは思わなかった。
釜に歩み寄る。
其処では、世にも不可思議な変化が起こりつつあった。
今まで安定していた状態が、勝手に変化し始めた。
釜の中の深紅の石が煮立ち始めている。
完全に溶けた素材と一体になって。
ぼこぼこと、凄まじい音を立てていた。
温度を確認。
特に異常な事にはなっていない。だが、この変化の凄まじさ。今までまったく聞こえなかった声が不意に聞こえるようになったこと。目を離す訳にはいかない。
プラフタが異常に気づいて、降りてくる。
そして、状態を確認して絶句した。
あたしは、何となくだが。
気付く。
これは産声だ。
この世界に、新しい一つが誕生しようとしている。
今まで賢者の石を作った錬金術師は、これを聞いたのだろうか。
植物のネームドの中には、凄まじい音波攻撃を仕掛けてくる者がいるが。それ以上にさえ思える。
ものの声とは。
これほど激しかったのか。
やがて、深紅の石の液体は膨れあがり。
そして泡が膨れるように体積を増していき。
不意にある一点で、止まった。
落ち着いていく。
色も変わっていった。
何だろう。
この間のモニカの声。
一緒に弾いたピアノの音。
それを思い起こさせる、優しい音がした。
今まで、雑音だとしか認識しなかったし。
明確に意思のある声だと思った事もあったけれど。
それらとは違う。明らかに違う。
呼吸を整えて、釜を見る。
其処には、澄んだ液体が、さあ次の手順をと。待っているかのように存在していた。
調合を再開する。
其処からは、スムーズに動いた。
時々、上位次元への干渉が、液体の中で起きているのが分かる。
邪神との交戦経験があるあたしだ。
上位次元に異変が起きるのは、既に肌で感じ取れるようになっている。
そして悟りもする。
上位次元へ今。
あたしは邪神と同じように干渉している。
上位次元からの干渉を防ぐヴェルベティスは作った。
そういう意味で、あたしは既に邪神と同じ土俵に上がり掛けてはいた。
だが今は違う。
邪神にしか許されなかった上位次元への干渉を。ダイレクトに行っているのだ。
上位次元に何かしらの方法で干渉する道具は作れる。だがそれはあくまで魔術の極限強化などの応用技であって。
このように、自分の手で上位次元への干渉をしている訳では無い。
聞こえている音はとても優しくて。
今まで聞こえていた殺意すら感じる雑音とは、根本的に全てが違っていた。
本来、調合をするときには。
この音が聞こえるべきだったのだろうか。
ものの声が聞こえる人間にはオスカー以外会ったことが無い。オスカーは、植物限定の要素が強いし。調合をしている時に立ち会ってももらったけれども。「雑音」としては声を聞いていないようだった。声そのものは、あたしより弱いものの、聞こえてはいるようだったが。
順番に、一つずつ。
丁寧に作業をこなしていく。
そして間もなく。
その終わりが訪れようとしていた。
不意に、透明だった液体が、激しく反応し始める。
最後の中間生成液を投入した瞬間だった。
強烈な反応。
魔力という域を超えたものが、釜の中で渦巻いている。
あたしは悟る。
今、この空間で。
局所的に、世界の法則に干渉が行われている。
錬金術そのものが、ものの意思に沿って、ものを変化させるという代物だが。
これはものを変化させているんじゃあない。
世界を変化させるものを、今あたしが作っているのだ。
舌なめずりする。
なるほど、これは錬金術の究極になる訳だ。
錬金術とは。
古代の人間が、金を作り出すための術として、作り出したものという説があるのだとかいう。
プラフタの座学で聞いた話だ。
故に錬金術。
だがそれは、いつしか金を造るなどと言うくだらない目的ではなく。更に遙かに高度な存在を作り上げ、或いは干渉する技術へと変わっていった。
それをあたしは。
現実の出来事として。
目の前で見る事になった。
激しい反応が程なく収まり、釜の中の液体が縮みながら固まっていく。
声はとても優しい。
まるで、誰かに語りかけているような。
そうだ。
思い出した。
この声。
おばあちゃんだ。
あのクズから助け出してくれた後。心身ともに致命的な打撃を受けていたあたしに。付き添ったおばあちゃんは、絶対によそでは見せない優しい声をかけ続けてくれた。
もっと前。
あたしが生まれたときに。
おばあちゃんはずっと、こんな声で、初孫のあたしに接してくれていた。
一番大事な人の声だったのに。
どうして忘れていたのだろう。
涙が零れてくる。
あれ。こんな風に泣いたのはいつぶりだ。
モニカと殺し合いに近い喧嘩を何度もして。その度に大泣きしたけれど。それともまた違う。
あたしの壊れた心に。澄み渡ってくるような優しい声だ。
既に、賢者の石は出来ている。
声は徐々に消えていく。
勿論、それがおばあちゃんの声では無い事くらいは分かっている。
こんな声だった、という印象の問題だ。だが、あたしは、いつの間にか力なく、床に膝を突き。
顔を覆っていた。
そうだ、こんな風に普通の人間は泣くんだ。
あたしは、今までもこれからも、こんな風に泣くことはないだろう。
だが、今だけは。
誰にも知られず見られない今だけは。
こんな風に泣いても良いだろうか。
そう、もはや雑音がまた消え、静かになった異世界アトリエで。
あたしは、目を拭いながら、考えていた。
少しだけ感情が戻りました。
揺り戻しです。
でも、深淵に落ちたことは変わりません。
既に深淵の住人です。