暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
あたしは皆を見回す。
可能な限りの装備類。
物資も充分。
キルヘン=ベルという都市そのものはバックアップしてくれない。だが、あたしが「私物」を持ち出すことに関しては、一切禁止されなかった。キルヘン=ベルの最大戦力の一人であるフリッツさんも、来てくれることになった。
ただし、フリッツさんは、この仕事が終わったら、キルヘン=ベルを離れるそうである。
この人なりに。
色々と思うところがあったのかも知れない。
元々傭兵とは金で戦う仕事だ。
彼の場合は指揮官級の傭兵と言う事で、戦略的な価値のある存在。
彼方此方で剣を振るうだけの仕事では無く。
それこそ、街や。下手をすると国で軍を率いて戦う立場にもなる。
キルヘン=ベルに一年以上もいてくれただけで。おばあちゃんのコネのすごさがよく分かる。
こんな小さな街に、本来いてくれるはずの人員ではないのだから。
モニカに確認。
「あたし達がいない間、ネームドに襲われても平気?」
「大丈夫。 現在の自警団の戦力なら、ドラゴンや邪神以外なら退けられるわ」
「それは良かった」
あたしの周囲には。
十二の拡張肉体が浮いている。
ちまちまと増やしていたのだが。これで予定数達成だ。砲撃の時は、左右に六つずつ分かれ、六倍砲撃を二つ。あたし自身は真ん中で直接砲撃をするように調整した。三つの魔術砲撃が目標を狙うことも出来るし、広域殲滅も出来る。
荷車は二連。
薬と爆弾。
最悪の場合、撤退するための旅人の道しるべ。
とはいっても、撤退する事はあまり想定していない。更に、できる限り途中で消耗を避ける為にも、今回は旅人の靴で目標地点の至近距離にまで一気に接近する。
プラフタに確認して。斥候から聞いた絵を、既にゼッテルに描いてあるが。
なるほど。
確かに、不可思議な建物だ。
この中に、あたしが使っているような空気の無いアトリエや。
星を読む場所。
膨大な蔵書。
他色々が詰まっているのか、と感心する。
本当に世界最高クラスの錬金術師が二人で作り上げた、錬金術を行うための場所だったのだな。
それが、心ない愚かな者達によって。
希望は奪い尽くされ。
世界を改革する事が可能だったかも知れない二人の錬金術師は喧嘩別れした。
プラフタとルアードを追い詰めたのは。
この世界そのものというよりも。
むしろ周囲の愚かな人間達だった。
ルアードがやったことは許されないが。
其処まで。
根絶にまで手を出させ。
この世界には現在さえも無いと認識させたのは。
間違いなく愚かな周囲の人間達だ。
だが、それでもなお。根絶の力に手を出す事は許されない。
現時点で、根絶の力は感じ取ることが出来ないが。
いずれにしても、既にこの辺りは。
雰囲気からしても、尋常では無かった。
周囲には、血の跡が点々としている。
何かが死んだのだ。
量から言って人では無いだろう。
ネームドが仕掛けて返り討ちにあったか。
まあ無理もない。
中から感じる気配の凄まじさ。
この間イフリータという魔族にあったが。あれも明らかに魔族の上限を超えた能力を持っているようだったが。
明らかに、あれと同レベルの使い手が複数人いる。
魔王と呼ばれるクラスの魔族は、世界に何人もいないらしいが。
それを鼻で笑う使い手が、此処にはそれ以上の数集まっていそうだ。
荷車は全自動なので、別に常に誰かが引いていなくても良い。管理はコルちゃんに任せる。
アトリエらしきものの近くに接近すると。
不意に、無数の影が出現した。
それは不定形で。
無数の触手を有していて。
音も気配もなく現れた。
周囲は既に囲まれている。
此奴らか。
プラフタが言っていた。
ルアードは生命を創造する実験もしていたと。
言葉を解することも出来るそれは。
500年前には実用化されていたらしい。
姿は聞いたままだが。
500年前から何も進歩していない、という事はあるまい。
恐らく相当に改良、強化をされている事は間違いないだろう。
しばし、睨みあいが続くが。
そもそも相手には目らしきものさえない。
何をどう見ているのか。
それさえ分からない状態だった。
剣に手を掛けているフリッツさんとジュリオさんだが。彼らにも、プラフタからこの「深淵の者」の話はしてある。
当初は彼らが尖兵となって、色々な戦いに赴いていたらしいし。
給仕などもしていたそうだ。
だが、必ずしも好戦的な性格では無かったという事で。
仕掛けてくるまでは手を出さないように、とも言われていた。
あたしも既に戦闘態勢に入っているのだが。
向こうもゆっくりと包囲を維持しながら、触手を動かしているだけ。
どうやら此方を分析しているらしい。
そう気付いた時には。
声がしていた。
「どうやら来たようだね、プラフタ」
「ルアード!」
上からだ。
アトリエは目の前なのに。
上空にいるのか。
そう思ったが、違う。
アトリエの前面に、何やら音を出す装置がついているらしい。前にノーライフキングの住処にモニカの聖歌を流し込んでやろうかと思った事があったが。それと同じような仕組みだろうか。
遠隔で声を届けることが出来るとすれば。
あたしが作った、ただ声に指向性を持たせて増幅するだけのものよりも、数段上の代物だが。
「皆、道を空けよ。 客だ」
「分かりました。 主様の仰せのままに」
「喋った……」
「……」
レオンさんが呆れたようにぼやいて、槍を収めるが。
ハロルさんはまだ何だか腑に落ちないようで。無反動大型銃を構えたまま、周囲を油断無く見張っていた。
プラフタは悲しそうにする。
彼らは、深淵の者における尖兵。
生物として新しく作り出されたもの。
まだいるという事は。
深淵の者では、人的消耗を避ける為に。未だに生命を作り出し続けていると見て良いだろう。
あたしとしては、技術を知りたい所だが。
勿論それを口にするつもりはない。
「正面に入り口を用意する。 少し待ってくれるかな」
「好きなようにしなさい」
返事は無い。
そのまま、不可思議な建物の正面壁が、何の音も無く消滅する。
そこからハルモニウム製と思われる板が斜め下に伸びてきて。地面にかつんと当たった。
しばし無言で皆はいたが。
プラフタが促したので。
あたしが先頭に立って歩き出そうとして。
ジュリオさんが制した。
「いや、どんな危険があるか分からない。 僕が先頭に立つよ。 装甲は僕が一番厚いからね」
「そうですか。 お願いします」
「ああ」
ジュリオさんは剣に手を掛けたまま。
慎重に前に出る。
あたしが賢者の石を作っている間。
モニカはずっと頑張ってくれたし。
ジュリオさんも律儀に。異国の錬金術師のために戦い続けてくれた。
この戦いが終わったら。
皆、少しずつキルヘン=ベルを離れていくだろう。
オスカーでさえもだ。
ある意味、皆が揃う最後の瞬間かもしれない。
生きて此処を出られるかさえも、分からないのだから。
坂を登り切ったジュリオさんが、一度建物の中に消え。
そしてしばしして、顔を出し、手を振って来る。
殿軍をフリッツさんに任せ。
続いてあたしが。
プラフタとモニカが続き。
コルちゃんをハロルさんが守りながら、坂を上がってくる。
後は順次皆が坂を上がりきり。
そして、内部に入ってきた。
あたしはその時には既に。
其処を見て、呆然としていた。
本の山だ。
エリーゼさんの店とは、比べものにもならない。とんでも無い量の本が、無数の書架に収まっている。
これは人類の宝だ。
こんな所で戦う訳にはいかないだろう。
周囲には無数の気配。
此方に敵意さえないが。もしも敵意を向ければ、即座に全員で襲いかかってくるだろう。此処に誰かよその勢力の者を入れた事はない。そう判断して間違いなさそうだ。
護衛用に、調教した猛獣まで入れているようで。
獣の臭いがする。
フリッツさんが最後に入ってくると。
目を細めた。
「ラスティンの大図書館と同等か、それ以上に凄まじい規模だな」
「私がルアードと共に研究をしていた頃の、十数倍の蔵書です。 各地で戦禍に焼かれる所を、救い上げた本も多そうですね」
「エリーゼさんを連れてきたら、ずっと籠もっていそうね」
「……」
フリッツさんが、ハンドサイン。
以降、無駄話は避けるように、という意味だ。
さて、どう出る。
不意に、目の前に何かが舞い降りた。
鳥かと思ったが違う。
プラフタのような、浮かぶ本だった。
錬金術師が作った意思ある本が、遺跡で人間を襲うケースは珍しくないと聞いているが。その類だろうか。
だが、武器を構える皆の前で。
その本は冷静に喋り始める。
「お客様をご案内します。 此方へ」
「客人というのであれば、主人は出てこないのか?」
「あくまで用心深く振る舞わなければならない立場なのです。 お客様を迎え入れることそのものが、そもそもとても珍しい事なのでして」
ゆっくり、本が進み始める。
途中階段があったが。
階段の脇に坂状になっている場所がある。
荷車は其処を通した。
或いは、このアトリエ。
荷車を行き来させることを想定し、最初から設計されているのかも知れない。
プラフタは目を細めながら、周囲を確認している。
二人が錬金術師をしていた頃と、変わっていないのだろうか。
いや、蔵書が昔の数十倍と言っていたのだ。
変わっていない筈が無い。
無駄話は避ける。
巨大な球体が浮かんでいる空間に出た。
そこも、無数の人影が周囲にいて。
此方が余計な事をすれば、即座に襲いかかるという姿勢を崩していなかった。
戦うつもりなら受けて立つが。
何も喧嘩を此方から売る事もあるまい。
相手は匪賊では無いのだから。
匪賊がルアードのアトリエを占領して好き勝手やっている、と言うのなら、容赦なく鏖殺する所だが。
違うのだし、此処はしばらく様子見である。
球体を見上げる。
それは赤く。
脈打つ不思議な球体で。
その周囲には、それよりも小さな球体が。
多数回転していた。
「これが星読みの装置?」
「そうです。 一部の「運」を操作する錬金術を使う時などに、これを用います。 貴方には教えていませんでしたね」
「いずれ覚えれば良いよ」
声を低くして、プラフタに聞く。
なるほど、これは凄いアトリエだ。
ラスティンの最新鋭のアトリエにも、まるで劣らないのではあるまいか。
500年がかりで、最高峰の実力を持つ錬金術師が、作り上げていったアトリエなのである。
流石と言うほか無い。
ふと、プラフタが足を止めた。
じっと一角を見ている。
小さな戸がある。
其処の周囲は、バリケードで封鎖されているようだった。
何となく分かる。
恐らくあそこから先が、プラフタのパーソナルスペースだったのだろう。
そして殺し合いになって、何もかもがご破算になった後も。
ルアードはあの部屋には、一切手出しをしなかった。
紳士的云々というよりも。
喧嘩はしたが、竹馬の友であり、比翼の存在であるのだと、今でも認めているという事だ。
何となく、だが。
あたしはルアードの事が分かった気がした。
今までプラフタにその人柄は聞いていたが。
これを見て決定的だと思った。
この世界で、真面目に生きて行くには。
ルアードは優しすぎたのだ。
人間の方が荒野に満ちる野獣よりも残虐なのは。
各地に跋扈する匪賊の凶行からも明らかだ。
そんな連中の中にいながら。
しかも差別を受けながらも。
大まじめに人々を救おうとした立派な人物。
プラフタの事を女として見ていたかは分からないけれども。
それでも最大の信頼を寄せ。
そして自分が迫害されていることも、心配させないために隠していたという事だった。
聖人とまではいかないが。
それでも、偏執的な愛情や。
執着のようなものは感じない。
あくまでプラフタを対等の相手として考え。
あの時の喧嘩別れに終わってしまった問答をもう一度するため。
500年、本当に待ったのだと、分かってしまう。
多分レオンさんもそれに気付いたのだろう。
唖然としてしばらくプラフタを見ていたが。
何だか切なそうに視線を下げた。
先天性の異常で、ルアードには生殖能力が無かったという事だけれども。肉体的に欠陥があろうとも。
ルアードが本当に真面目で公平な性格であり。
どれだけ憎まれても人々のために尽くす存在だったことは、これを見るだけでも明らかだろう。
更に、とんでも無い事をプラフタは言う。
「どうやら私のパーソナルスペースに関しては、時間を停止している様子です」
「!」
「誰かが悪戯をするのを避ける為、なのでしょう。 ルアードらしいですね」
「行くぞ」
フリッツさんが、あまり機嫌が良く無さそうだ。
まあこんな敵地でベラベラ喋っていたら、機嫌が悪くなるのも分かる。
勿論油断はしていない。
拡張肉体12個は、常に全力展開して、周囲を警戒しているし。
ジュリオさんもハロルさんも、会話には参加せず、常に周囲を警戒してくれている。
案内役が触手を動かして、此方を招く。
此奴も此奴で。
律儀に待ってくれていたようだった。
「此方にございます」
巨大な球体。
その周囲を回る小さな球体の群れ。
大がかりな装置だけではなく。
床にも無数の魔術による模様が刻まれ。
そして光りながら、ずっと何かの数字や文字を、移動させつつ表示させていた。
恐ろしいほど高度な技術が詰まっているアトリエだ。
あのドラゴンどもが、監視を始めたのもよく分かる。
こんなとんでも無い代物。
あの撃墜されたという、飛行要塞にも搭載されていなかったのではあるまいか。
足を止める。
見覚えがある人物が、姿を見せたからである。
魔族イフリータだ。
「来たようだな、錬金術師プラフタ」
「この間ぶりですね、魔族イフリータ」
「人形に魂を移すとは。 生前の面影があるとはいえ、大胆な行動に出たものだ」
「ルアードの所に案内をしてくれますか」
しばし、沈黙が流れる。
戦うつもりか。
それならば、受けて立つが。
だが、イフリータは。鼻を鳴らしただけだった。
「此処で双方が戦力を消耗させても仕方が無い事だ。 これから殴るべき相手は他にいる、つまりお前達では無い」
創造神のことだな。
あたしはすぐに見当がついた。
プラフタからこのイフリータの話は聞いている。
短い期間しか一緒にいなかったらしいが。
この世界をいい加減に作った創造神に本気で怒りを覚え。
引き裂いてやりたいと公言していたそうだ。
あたしもそれには同意だが。
今、それが故に。
戦わなくても良いという事は、好ましいと言えるだろう。
また、階段を上がって、ついていく。
監視役らしい人影は、ずっと周囲を包囲したまま、追従してくるが。いずれもが、一騎当千の強者ばかり。
プラフタは、イフリータに試すように言う。
「アンチエイジングを使いましたね。 魔族の寿命は200年程度。 昔と変わらぬ姿であるのは不自然です」
「その通りだ。 俺はあの忌々しい創造神を殴るまでは死ねぬのでな」
「変わっていないのですね」
「当たり前だ。 ……いや、むしろ丸くなったか。 俺の怒りは、今や創造神だけに向いている。 他の奴は、殺すにしても機械的に処理出来るようになった。 前は世界そのものが憎かったがな」
それはあたしに対する皮肉か。
イフリータ一人でさえ、正直な所戦えばかなり手間取るだろう。
案内をするというのなら。
出来るだけ平和的に済ませたいが。
少しばかり今の発言は苛つかされた。
まあいい。
我慢する。
また書架に出た。明らかに外から見た建物よりも、内部の方が広い。いつの間にか、異世界に紛れ込んでいるのかも知れない。
先と同等か、それ以上の膨大な本。
いつのまにか、後ろを守るように。
腰の曲がった、だが気配からただ者では無い老婆がついていた。
「シャドウロード。 迎えは俺だけで良いと言っただろう」
「この辺りの本はわしが生涯を掛けて集めたものであるからな。 もしも戦禍に巻き込まれたら泣くに泣けん」
「シャドウロード、だと」
「いかにも」
フリッツさんが反応する。
ジュリオさんもだ。
あたしは聞いた事がないが。
有名人なのか。
レオンさんも、知っているようなそぶりを見せていることからして。
傭兵や職業軍人の間では、知られている存在なのだろう。
「誰なんですか」
「歴史の影に潜む者と噂される魔術師だ。 世界各地に現れて、あらゆる本を読み尽くしていくと言われている。 常に強力な使い手を従えていることから、ついた渾名が闇の君主。 老婆だとは聞いていたが、まさか深淵の者に所属していたとは」
「わしの歴史調査は既に完了したが、これらの本は研究のために一生涯を掛けて集めたものばかりだ。 いずれもが二束三文で売り払われていたり、戦禍に巻き込まれるところを危うくサルベージしたものばかり。 これらなくして、わしの研究が成就することは無かっただろう」
それ以上は、後で話してやる。
シャドウロードは、そう言うと。
さっさと行くように促す。
足を止める理由は無い。
更に奥。
やはり、既にいつのまにか異世界に入り込んでいたらしい。
或いは最初からかも知れない。
通路の周囲には、星空のような、奇怪な空間が拡がっていた。
此処は、外とは別の世界。
あたしがアトリエを作った異世界と、同じ場所かも知れない。
座標が違うだろうから、あたしのアトリエが見えるようなことは無いだろうが。
それでも、石を積んだりしている時に。
こんな光景は、何度か見た。
通路の左右には手すりもあるが。
その外側には、安全装置らしいものも用意されていて。
もしも通路から落ちてしまっても、救助が出来るようになっている様子だ。
色々細かい所まで作っているなと感心している内に。
膨大な。
圧倒的な気配を感じる。
二つ、いや四つ。
強い、とても強い気配がある。
イフリータが戸を開ける。
なるほど、凄まじい気配なわけだ。
其処には、多数の人影があった。
深淵の者の幹部達に間違いない。
当たり前のようにパメラさんもいる。他の戦士も、いずれ劣らぬ凄まじい使い手ばかりである。剣士なら文字通り驚天の技を。魔術師なら当たり前のように魔王と呼ばれてしかるべき魔力を。持っているのが一目で分かった。魔族も何人かいるが、いずれも途方もない使い手ばかり。
特に目を引くのが獣人族の中でも、特にレアであり。滅多に存在しないという、四足二腕の巨大な存在。ケンタウルス族の戦士が二人。
そして更に奥には、ケンタウルス族の力と、魔族の魔力を併せ持ったような、とんでもない巨体がいて。それは全身を錬金術の装備で武装していた。
そして、その巨大な存在の足下。
顔をフードで隠し。
全身をローブで覆い。
足下から無数の触手を生やしている人物が。
待っていた。
なるほど、これが。
ルアードの真の姿。
アトミナとメクレットでいる理由が無くなったから、だろう。
プラフタも、唇を噛み、わなわなと震えている。
つまり、相討ちになった時と、同じ姿をしている、というわけだ。
「その姿に、戻ったのですね」
「根絶の力を使ったのはあの時だけだ。 以降は視点を増やすために二人になっていたが、その理由ももう失せた。 君との話し合いをきちんと終えるまでは、この姿を解除するつもりもない」
「結論は、変わらないと判断しても構いませんか、ルアード」
「それは君もだよ、プラフタ」
火花が散る。
周囲は既に、冗談では済まないような手練れで囲まれている。
しかもこの空間。
どれだけ戦っても、被害を気にする必要はないだろう。
先に、用件を済ませるべきだな。
あたしはそう判断。
咳払いして、前に出た。
「始原の錬金釜とやらはどうなっていますか、ルアードさん」
「此処に用意している」
目を細める。
それは、巨大で。美しい錬金釜だった。
恐らくハルモニウム製で。
全体に非常に複雑な魔法陣が彫り込まれている。
なるほど、超級の錬金釜だ。
アレを使えば、それこそどんな錬金術でもやりたい放題だろう。勿論、それ以外の用途もある。
あたしが瓶に入れたそれを取り出してみせると。
ルアードは、目を見張った。
「賢者の石か!」
「はい。 争うのは何時でも出来ますが、まずはこれを使って、現在進行形で舐め腐った真似をしてくれている創造神のツラを拝みませんか」
「ソフィー!」
「黙っていてよ、プラフタ。 あたしも正直な所、創造神にはブチ切れる寸前なんだから」
同感だと、イフリータが言う。
凄絶な笑みを浮かべていた。
此奴も錬金術が使えない魔族ではあっても、深淵の者の幹部であれば。話くらいは聞いているはずだ。
始原の錬金釜。
プラフタとルアードの知識。
それに高純度の賢者の石。
これらが揃えば。
文字通り、神への道を空けることが出来る。
不安そうな声を上げた者もいる。
シャドウロードだ。
「創造神が襲いかかってきた場合は」
「その時には備えもある」
ルアードが促すと。
錬金術師らしい男が出てきて、額縁に入った絵を見せる。
それは恐らく、いわゆる不思議な絵画だろう。
実物を見るのは初めてだ。
「これで奴の力が十全に発揮できない空間に切り替え、魔王の力を使って畳みかける」
「……」
立ち上がる、巨大なケンタウルス族に似た影。
そうか。
あれは魔王と言うのか。
力持つ者の称号としての魔王ではあるまい。
そういう名前の生物兵器なのだろう。
「プラフタ。 君は賢者の石を弟子に作らせることに成功した。 幸運がたくさん積み重なったというのもあるだろう。 だが、それを成し遂げた事に私は純粋な敬意を評することにする。 始原の錬金釜は自由に使うと良いだろう。 それを使って、創造神へのアクセスを行ってくれるか」
「おい、ソフィー、大丈夫なのか」
「大丈夫」
不安そうにするオスカーをなだめる。
まあプラフタの事だ。
ドジを踏むことは無いだろう。
それに錬金術師にしか錬金術は使えないが。
人形になった今のプラフタでも。
錬金術の道具は使う事が出来る。
それに、戦いはまだ始まってもいない。
もうルアードも分かっている筈だ。
勿論プラフタも。
今の世界には、現在すらも無い。
それは事実だ。
しかしながら、未来を奪うことも間違いだ。
それも事実なのだ。
なぜなら。
この世界は。まだ始まってさえいない。
管理さえされていない。ルールさえ無い。この世界はただ、無秩序な発展と、それをドラゴンや邪神が圧倒的な力で叩き潰すだけ。その繰り返しでのみ成り立ってきた。技術は継承されず。ロストテクノロジーになっては作り直され。
錬金術師だけが対応出来る邪神にしても、倒してもその内復活する。
ドラゴンに至っては、常時世界に同数がいるという有様だ。
そんな世界には。現在も未来もあったものではない。
其処を、変えない限り。
何一つ、解決する事などないのである。
始原の錬金釜に触れ、プラフタが何か魔術を展開する。
とても簡単な、ありふれた魔術だった。
だが、それで起動した。
其処へ、賢者の石を投入する。
賢者の石は、光り輝きながら、あたしに問いかけてくる。
何を望む、と。
ものの声だ。
今までに聞いたどんな声よりも。
はっきりと、強烈な意思を感じた。
なるほど、此奴は確かに凄い。
ものの意思に沿ってものを作り替える。
それが錬金術だが。
此奴は、そもそも自分の意思に沿って、自分で勝手に造り変わる訳だ。錬金術師が手を入れなくても、その意に沿って勝手に造り変わる素材。
確かに究極である。
「創造神へのアクセスを」
「承知」
反応が始まる。
世界が歪み始める。
おおと、誰かが声を上げた。
ついに、この世界の歪みきった歴史が。
変わる時が来たのだ。
物わかりが無茶苦茶良いルアードですが。
これはルアードの頭が年老いていないからです。だから、第三の選択肢が出て来た場合は、すぐにその選択肢を選べます。
世界を変える。その根本的な目的は、500年前とルアードもプラフタも変わっていません。
ただ、方法論が違ってしまっただけなのです。