暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ごくまっとうにやっただけのこと
なにひとつまちがってはいない
まちがっていたとしたら
あいてのおろかさをみあやまったことくらい
それは子供に見えた。
周囲に巨大な翼を展開している子供。翼と言うよりも、巨大な団扇が四つ連なっているようにも見える。昆虫のような翼で、鳥のものとはかなり構造が異なる。翼も透けていて、それぞれが四大元素に対応しているのか、感じる力も違った。
性別は分からない。それくらい幼い姿だったからである。薄いローブのような服を着ているが、ヒト族に似ていて、それでいて違う。ただ、何となく女性的かなとはあたしは思った。
足下には杯。
巨大な杯を台座にして、その上に浮かんでいる。
その杯からさえ、途方もない。
考える事さえ放棄したくなるような、おぞましいまでの力を感じ取ることが出来る。
此奴が創造神か。
なるほど、感じる力が総体としても体の各所のパーツとしても、いずれにしても想像も出来ないほどに凄まじい。
ゆっくり上空から降りてきたそれは。
光の粒子をまき散らしながら、周囲に凄まじいまでの「ものの意思」、つまり「声」を轟かせていた。
それは圧力。
言葉が圧力となるのだと、あたしは知っている。多くの場合、悪意を持って圧力を掛けるために言葉を悪用する人間が多いのだが。それとは違う、ただ存在するだけで圧力になる、悪意無き暴力的なまでの力だ。
思わず眉をひそめるほどである。
出現しただけで。
周囲にあるあらゆる全てが。
恐らく空気までもが。
騒ぎ立てるのか。
ものがいずれも震えている。
恐怖では無く、おののいているのだ。
創造神は。
人間に似ているそれは。
大あくびをして、口に手を当てていたが。
誰もが、文句を言うことも。
罵声を浴びせることも出来なかった。
違う。
存在そのものが。
桁外れにも程がありすぎる。
この世界にいる最強の錬金術師が束になろうが。ありとあらゆる秘奥の技を使おうが。いや、既に亡くなった錬金術師を全てかき集めて来ても、この存在には到底勝てるとは思えない。
多分心が弱い人間が見たら、一瞬で発狂する。
そればかりか、カエルのように這いつくばるだろう。
モニカを見る。
自分が信仰していた神が本当に降臨したのだ。
涙でも流して喜んでいるかと思ったが、違う。
彼女は、立ってはいたが。
それだけで精一杯のようにしか見えなかった。
結論から言う。
勝てる相手では無い。
神を相手にした。下位のものだが。その延長線上の存在ならば、手段を尽くせば勝てると思っていた。
だが、此奴は延長線上どころでは無い。
次元が幾つも違う存在だ。桁が違うとか、そういう話ですらない。
上位次元からの攻撃を行うとか、そういう話ですらもない。
我々がそのまま何かを絵に描くように、そのまま世界を作り出す事が出来。
我々が気に入らないから紙を破くように、世界を無茶苦茶に出来る。
その気になれば、瞬く瞬間に、世界そのものを完全破壊する事も可能なのではあるまいか。
何だこのバケモノは。
光のエレメンタルなど、此奴を構成する毛の一本、それどころかその先端にすら及ばない。完全体でも同じだ。
なるほど、納得である。
これほどのバケモノであれば、世界を作れるわけだ。
創造神は目を本当に眠そうに細めて、あくびをもう一度すると。
本当に面倒くさそうに告げた。いや、口は動いていないので、多分脳に直接語りかけてきている。
言葉は、我々の使う統一言語だった。
「とりあえず全員の脳を解析完了。 ふあーあ。 無理矢理起こされたと思ったら、まだ最後の作業をしてから3027年しか経過していないじゃん。 こちとら2700京年もぶっ通しで働いていたんだけれどなあ。 もうちょっと休ませてくれないかなあ」
美しいクリーム色の髪の毛。腰まであるそれを、手で梳きながら。その創造神らしき存在は呟く。
流石に愕然とした。
京。
それはたしか、兆の上の単位だ。
普通、万の上の億という単位さえ使う事は無いが。その上の上。
しかも年数。
此奴が嘘をついていないのだとすると、一体どういうことなのか。
唖然としているプラフタとルアード。
流石にとんでも無い言葉がいきなり出たので、思考がフリーズしているらしい。
あれだけ飄々としていたルアードが。
常に錬金術に対して、真摯に向き合っていたプラフタが。
世界でもトップクラスの実力者二人が、完全に凍り付いている。
想像を超えるにも程がありすぎる実力者に対して、更に予想などできる筈も無い言葉が出てきたのだ。
無理も無い事だろう。
あたしだって、全身を冷や汗が伝い続けている。
動く事は何とか出来ているが。
これは至近距離で、世界の終わりを目にしている気分だ。時間を止めようが巻き戻そうが、どうにも出来ない状況に置かれた時くらいしか、これほどの驚愕は感じないのではあるまいか。
肩を叩かれる。
モニカだった。
彼女も真っ青になっている。
恐らく、信仰に思考停止してしまえば楽だっただろう。
それなのに、彼女は必死に、目の前の現実に向き合っている。
貴方が今動くべきだ。
そう告げられている気がした。
オスカーも頷く。
ずっとあたしとモニカの間に立って、喧嘩を止めてくれたバカ三人組一番の苦労人。
完全に病んでいるあたしを避けもせず。
回避できない正論をぶつけるモニカをたしなめ。
殺し合い寸前の喧嘩を何度しても。二人が無事で良かったと言ってくれる街の良心。
植物の声が聞こえるオスカーは、今この空間に満ちている異常すぎる圧力も察している筈だが。
それでも立っていた。
あたしも脳が麻痺しそうだったが。
どうにか心身の態勢を整える。
見ると、深淵の者の幹部達も、皆立っているだけで限界の様子だ。
上位邪神とやりあった事もあるだろうに。
それでも、到底どうにもならない、という事である。
あたしが、やるしかない。
何度か深呼吸した後。
眠そうに目を擦っている創造神に、話しかける。
それだけで、どれほどの苦労が必要だったか分からないが。血を吐くような苦労は報われた。
「貴方は創造神ですか」
「キミ達の住まう世界を作ったのが創造神だというのならそうだよ。 名前はパルミラ。 現在この世界に配置している端末達には創造の乙女と呼ばれているね。 普通、私が本体を置いている17次元にアクセスするなんて出来ないんだけれども……私がわざと残した力を上手に圧縮したんだね。 大した物だよ、錬金術師ソフィー」
「名前を? どうして!」
「脳を全部解析したって言ったでしょ。 だからなんで「お怒りなのかも」分かるけれどねえ。 こっちとしても、他に方法が無かったんだよ」
話が早い。
ではその理由とやらを聞かせて貰おう。
少しずつ、超絶的な圧力にも慣れてくる。そして相手は対話に応じる様子だ。それならば、どうしてでも応じて貰おうじゃあないか。
無理矢理に、全身を奮い立たせる。
この世界の理不尽のために。
どれだけのものが泣いてきたか。
その理由に相応しくなければ。
即刻ブッ殺してやる。
気迫を練り上げる。
立つだけで終わるな。
戦いの意思を捨てるな。
あたしは、此奴を殴るためにここに来たのだ。
あたしの意思を察したか。
創造神パルミラとやらは、もう一つあくびをする。2700京年とやらがどれほどの時間なのか見当もつかないが。
もし自己申告が本当だとすれば。
3000年なんて、その時間に比べれば、一瞬に過ぎないだろう。
「まあ私の本体にアクセスした事には本当に敬意を評するし、全てを教えてあげるけれど、きっと不幸にしかならないよ? 良いんだね」
「構わない。 さっさと理由とやらを教えて貰いたいのだけれど」
「分かったよ。 じゃあ警告はしたからね」
すっと、パルミラが手を横に振ると。
意識が飛んだのが分かった。
何となく理解出来る。
パルミラの記憶を追体験しているのだと。
多分、あの場にいたあたし以外の全員が、同じ情報を脳に叩き込まれているはずだ。
最初は偶然。
無数の世界が重なり会う世界に生まれたパルミラ。その生まれすらも、あまりにも天文学的に低い確率の中から、偶然に生じたものだった。
膨大な力を持ったパルミラは、すぐに自分の存在を理解した。隅々まで、どういう者なのかを把握した。
それだけの性能を有していたのだ。
容易いことだった。
内を把握した後は、次に外の情報をパルミラは求めた。
最初に聞いた声は、優しかった。
耳を澄ませてご覧。目を開いてご覧。
世界は光に満ちているよ。
そんな声だった。
誰の声かは分からない。
或いは、この重なり会う世界全てを統括する神か。或いは世界そのものの声だったのかも知れない。
少なくとも、パルミラよりも上位の存在からの言葉だったことは確かだ。
しかし、その通りにしてみたら。
世界に満ちていたのは悲鳴だった。
何処もかしこも殺し合い。
自己正当化、他者否定。その繰り返しで、延々と殺し合いを続ける生物たち。知的生命体になればなるほどその傾向は強くなり。どのような文明であろうとも、その宿痾からは逃れる事が出来なかった。
例外は無いのか。
もしも例外があるのなら、それに倣えば良いものを。
意味のある殺し合いならばまだ良いかも知れない。
だがその全てが。
ただの資源の浪費に過ぎなかった。
宇宙にある資源には限界がある。
それを無駄使いしつつ、他者を否定して、自分だけで全てを独占する。それを正当化するために、あらゆる文明があらゆる自分勝手な理屈をぶち上げ。更に言えば知的生命体だけではなく、そのほかの生物も全てが同じ事をしていた。
宇宙の全てを把握したパルミラは、他の宇宙も調べて見た。
だが、価値観こそ違えど。
結局知的生命体がやっている事は同じだった。
神を自称する程に進化した知的生命体でも。
それには何ら変わりが無かった。
パルミラの存在に気付いて接触を持ってきた者もいたが。
それらも全てが、我欲によって。
パルミラを利用しようとするものだけだった。
頭を抱えてしまう。
どうすればいい。
自分には力がある。
対処する義務がある。
このような悲劇を、どうすれば食い止めることが出来るのか。
しばし困惑した後。
パルミラは助けを求める者を。助けることにした。
最初に助けたのは。
ある世界で、魔族とも悪魔とも呼ばれる者達だった。
その世界では。
絶対なる神と呼ばれる高次元生命体が存在し。
自分のお気に入りである「天使」と、自分の似姿である「人間」の当て馬として、「悪魔」を作り出した。
そして悪魔に人間を誘惑させ。
堕落したと判断したら、天使によって殺させていた。
全ては自己満足のためである。
自分の思い通りに世界をコントロールしなければ。そればかりか、全ての命が自分の思うとおりに動かなければ。その神は満足できなかったのだ。
絶対なる神が気に入らなければ、文字通り人間を皆殺しにすることさえ何度もあった。その場合は、新しくまた人間を作るのだった。
絶対なる神は気に入った人間だけを寵愛し。
悪魔の誘惑に落ちた人間は、全てを容赦なく殺し。
その精神すらをも地獄という異空間に閉じ込めて、徹底的に否定した。
そして時が経ち。充分に人間がお気に入りの存在に「進化した」と考えた絶対神は。
悪魔を用済みと判断した。
後は徹底的な虐殺が始まった。
所詮悪魔など神の掌の上にいる存在に過ぎない。
戦力は絶望的。
一瞬にして押し潰されていく悪魔達。
彼らは絶望した。
神に命じられるまま、人間に堕落を促すのが仕事だったからだ。
悪魔達は、神にひれ伏し。
そして問う。
我々は貴方に忠実だった。
貴方が言うまま人間を堕落に導いた。
それなのに、何故このような無道をなさる。
神は、全身ズタズタに傷つきながらも、天使と人間の軍勢を突破した悪魔に。せせら笑いながら言った。
お前達はもはや必要のないゴミだ。
この世界は私が創造した。
ならば私の思うように作り上げていくだけだ。
その過程で当て馬が必要だったから当て馬を作った。
そして必要なくなれば消去する。
悪魔は絶望した。
今まで、神が行う凶行。
気に入らなければどれだけの数の人間でも平然と殺し。
自分の直接の配下である天使ですら容赦なく殺し。
そして徹底的に世界を管理統括して来た。
何か深慮があり。
この世界を憂いているのではないのか。
そう考えて、必死に責務を果たし続けて来た。
それだというのに。
神の真意は、ただ自分の好きなように世界を作り替えたいから、人間も天使も悪魔ももてあそんだ。
そういう事だったからだ。
悪魔は助けを求めた。
誰か。
この世界から、我等を救いたまえ。
このようなおぞましき独善の固まりには、もはや仕える事など出来ぬ。この世界には、もはや我々が生きる場所さえも無い。
誰か。
助けて。
助けてくれ。
嘆きは広がり。
パルミラは、その手をとった。
ある世界。
其処は今、世界の根元を融合させる兵器。簡単に言うと、圧倒的な破壊力を誇る究極の兵器、核融合ミサイルが飛び交う地獄と化していた。
その世界に神はなく。
人間だけがいた。
人間は圧倒的な存在だった。
故に、その圧倒的な存在を誇示するため。
そして自分達の暴力的な破壊力を肯定するために。
あらゆる自己肯定のおぞましい理屈を作り上げ。
人間以外の弱者を踏みにじり。
人間で作った社会の中でも。
強者が弱者を踏みにじる事に余念が無かった。
だが、その飽食の時にも終わりが着た。
人間が行ける範囲の生活空間が全て支配下に置かれ。
そして資源が尽き果てたのである。
結果、何が起きたか。
生き残るための殺しあいだ。
全てを間引け。
熱狂が、世界の全てを焼き尽くしていった。
あらゆる殺しの道具が使われた。
毒ガス。細菌兵器。そして核融合兵器。
殺せ。
殺し尽くせ。
汚染し尽くせ。
熱狂の中、徹底的な虐殺が行われ続けた。徹底的に互いで互いを殺し合い。そして人間が蹂躙し続けた世界にも、ついに限界が来た。
当然の結末だなとパルミラは思ったが。
多数の宇宙を覗いた結果。
何億何兆という似たような末路を遂げる文明を見てきた。
やがて組織的な殺し合いは終わり。
勝者など存在せず。
そもそも生物も生存できなくなったその世界には。
地面の下に点々と生存者のいる小さな空間だけが幾つか残った。
自業自得の話だが。
この無慈悲で無意味な殺し合いをはじめた人間達は、最初の内に全員が死に。
後は全自動で全ての人間を殺す仕組みが、人間を殺し続けていたのだ。
だから、今はほんの少数の人間だけが。
生き延びているに過ぎなかった。
助けて。
必死の懇願だった。
世界を無慈悲に蹂躙してきた者達だったのに。
今は、むしろ出る事も出来ず。
破滅の運命しか見えない地下の空間に閉じ込められ。
近い将来の死に怯えるだけの。
ひ弱で無力な存在に過ぎなかった。
自分でこのように世界を狂わせてしまったことに対する反省など無かった。恐らく、そうだとさえ気付かなかったのだろう。
だけれども、パルミラはそれを愚かだとは思わなかった。
なぜなら、知的生命体は基本的に独善的なもので。
結果破滅することを、嫌と言うほど見てきたからである。
ともあれ、助けてと言うのなら、手をとらなければならない。
さあ、おいで。
助けてあげる。
パルミラは、望まれる救助を行った。
その世界では、不幸なことに、複数の知的生命体が、永遠に近い殺し合いを続けていた。
それぞれ姿が違い。
価値観も違った。
互いにバケモノと呼び合い。
永劫に続く殺し合いを続けていた。
相手を殺せば天国に行ける。
そう信じて、多くの者達が殺し合いに自ら参加し。
相手を殺す事だけを考え。
屍を踏みにじり。
殺し合いを続けた。
知的生命体同士の殺し合いで成り立つその世界は。
最初は拮抗し。
複数の勢力が互いにしのぎを削っていた。
だが、ある時。
比較的知能が高い知的生命体のグループが誕生した。
腕力はそれほど高くは無かった。
腕力がものを言う世界で、それは致命的に思えた。
だが、違った。
その知的生命体は。
他の知的生命体に侮られながら、地下で暮らし。
その間に、徹底的に技術力を磨いていったのである。
大反抗が開始された。
それは文字通りの青天の霹靂。
どれだけ相手を殺したかを誇ってきたたくましい肉体を持つ戦士達が、一瞬にして、何が起きたか分からないうちに死んで行った。
間近で戦ってもかなわない。
それならば、相手より遠い間合いから徹底的に殺せば良い。
その考えの基作り出された兵器は。
個人の武勇を誇ることしか頭に無かった種族達を圧倒。
更に強力な兵器が作り出され。
徹底的に殺戮は加速していった。
やがて、これはまずいと判断した知的生命体達は。
追い詰められながらも、連合を組んだ。
それぞれが異なる生まれであっても。
手を組まなければ勝てないとようやく悟ったからである。
武勇を誇ることしか価値観が無い者達にしては。
よく考えた事ではあったのだろう。
色々な獣の顔をした知的生命体達は。
それぞれが手を組み。
押し寄せる、猿と呼ばれる生物から進化した知的生命体の大軍勢に立ち向かった。
だが、そもそも。
その知的生命体達は。
今まで徹底的に押し込められ。
虐殺され。
弱いという理由で奪われ続け。
場合によっては食糧にさえされていったのだ。
今までの行為が行為である以上。
戦意が凄まじいのも当たり前であった。
とうとう獣たちの知的生命体は、最後までそれに気付くことが出来なかった。
武勇が全てで。
武勇のあるものが頂点に立ち。
そして周囲の全てを従える権利を持つ。
その価値観の下、ただ原始的な戦いを如何に行うかだけを考え続けて来た者達にとっては。
自分達が虐げた存在が、どのように怒りを蓄えてきたか。
どれだけ苦しんできたか。
そういったことは、想像の範疇外だった。
だから相手を理解もせず。
相手のやり方を模倣しようとしても出来なかった。
勿論接近さえすれば、圧倒的な武勇を持って相手を制圧する事が出来たが。
しかし既に相手の数は。獣の顔を持つ者達の数倍どころか、数十倍を超えていた。
どれだけ勇敢に戦っても。
どれだけ武勇を磨いても。
兵器と数の暴力の前には。
為す術も無いのが現実だった。
やがて追い詰められ。
殺されるのを待つだけになった獣の顔を持つ者達は嘆いた。
どうしてこのような目にあわなければならない。
世界の理は闘争だ。
闘争するべき理に従って、誰よりも真面目に武を磨き。
闘争に全てを賭けてきた。
それなのに、どうしてこのような滅びを迎えなければならない。
嘆きは誰にも届かない。
誇りは誰よりも持っていた。
武を磨き抜くことに関して、確かに徹底的に真摯であった。
だから、他の価値観に辿り着く事が出来なかったのだ。
やがて、誰かが呟いた。
助けて。
このままでは、何も分からないままに殺される。
それだけは嫌だ。
今までの全てを否定される。
それだけは絶対に受け入れられない。
誰か、この世界に起きた理不尽から。
我等を救って欲しい。
そう願われたパルミラは。
手をさしのべた。
小さな命が生まれた。
ただし、それは本来あるべき姿で、ではなかった。
その世界は、一度終わり。
新しく始まった世界。
徹底的に破壊し尽くされ。
其処から再興がやっと始まった世界で。
人間は同じ過ちを繰り返さないように、荒廃した世界を注意深く緑化し。自分達を鍛え上げ。技術を大事に扱い。そして世界に二度と過ちが起きないように苦悩を重ねていた。そしてその世界を、二度と愚かな事をする者が出ないように、上位の存在が見守っていた。
その世界では、知的生命体の数が足りなかった。
質を上げるために、数を減らしたのだ。
その結果、世界には資源、場所、いずれもゆとりが出来たが。
必然的に修羅の理論が支配する事にもなった。
結果として生じた大きな戦いも乗り越えたが。
その後にも幾つか問題が生じた。
これもその一つ。
渋い顔をして唸っているのは、錬金術師と呼ばれる技術者。
ずっと昔の先人が作り出した存在、ものを複製する能力を持つ「ちむ」と呼ばれる奉仕種族を作っていた錬金術師は。
苦悩していた。
明らかに普通とは違うちむが出来てしまったのだ。
ちむは力は弱いが、ものを複製するという能力を持ち。ある程度器用に様々なものごとをこなすことが出来る。
故に社会では必要な存在とされ。
幾つかある奉仕種族の中でも、珍重されてきた存在である。
しかしながら生殖能力は持たず。
人間が錬金術で作り上げなければならなかった。
そして、その存在が故に。
「物事を深く考える」「数字を扱う事が出来る」「自主的な判断で行動する」といった要素は不要だった。
裸のまま座り込んで主人を見上げるそのちむは、
自分の運命を悟っていた。
錬金術師は、自分を許すことは無いだろうと。無表情な事が多いちむだが、この個体は表情が豊かで。それが異常でもあった。
その錬金術師の主君が来る。
少し年かさの錬金術師だが。
目つきは極めて冷酷だった。
「お師匠様。 これが例の変異体です」
「データは取得したか」
「はい」
「そうか、ならば処分しろ」
やはりそうなるか。
錬金術師は頷く。
そして、言い聞かせた。
「考えて動くのならば、ホムンクルス達が既にいる。 貴方達ちむは、この世界から失われてしまった資源を再構築するのが仕事なの。 その能力が弱く、人間と同じように動く事なんて誰も求めていないし、必要ない。 そして必要ないちむを養う余裕は、この世界にはないんだよ」
錬金術師は。
掌をちむに向ける。
光が集まっていく。
錬金術師は、数世代前の、国家軍事力級とまで呼ばれた鬼神のような使い手が揃っていた錬金術師と同レベルの実力ではないにしても。
以降も研鑽を重ね。
戦士としての質を保ち続けたその国でも、上位に入る実力者だ。
異分子と見なされたちむが、戦って勝てる確率は。
0だった。
錬金術師は冷酷な表情を保ったまま。
理不尽。
ちむの頬に涙が零れる。
ただ生まれてきた。
それだけで、殺されなければならないのか。
周囲と違う。
それだけで、排除されなければならないのか。
そう考えているのは明白だ。
ちむは必死に訴える。
「わ、私は、数字を扱えるのです。 お役に立てるのです。 複製の力も弱いですけれど、少しは使えるのです」
「ごめんね。 痛くないように死なせてあげるから」
「い、いやなのです。 生きたいのです。 貴方たちの役に立てるのです。 ですから……!」
「本当にごめん」
いや。
助けて。
ちむは嘆いた。必死に身を守ろうとした。
そして、光が。
哀れな望まれぬ命をかき消した。
錬金術師は気付く。
最後に気配が消えたことを。
手応えは無かった。
何が起きたか分からないが。
いずれにしても、ちむは消滅した。それだけで、後は考える事は無かった。
パルミラは、そうして助けを求める者を手元に集めた。
そしてこの世界が出来た。
あたしは顔を上げる。
蒼白になっているのが分かった。
自分達、ヒト族の先祖は。
愚かにも、核兵器とやらで世界を焼き尽くし、死を待つばかりだった連中だろう。
魔族は悪魔と呼ばれ、当て馬として使い倒され、役に立たなくなったら処理された者達。
獣人族は戦いだけが全ての世界で、知恵を使う種族との戦いに敗れた者達。
そしてホムは。奉仕種族として作られたものの欠陥品。ちむと昔は呼ばれていたのが、何らかの理由で少し呼ばれ方が変わったのだ。或いはホムンクルスと呼ばれた完全形態に憧れたが故、自称したのかも知れない。
神話は本当だった。
嘆きに応じてパルミラは手を伸ばし。
救助を行ったのだ。
だが解せない。
ならば、どうしてこのような世界になった。
どうして世界はこうも荒野に満ちている。
他の者達も、全員唖然としている。
泣き始めている者もいるようだった。
「だから言ったのに」
パルミラがぼそりという。
神話が現実だったとしても。まさかこれほどの事が起きていて。
しかも本当にパルミラによって、理不尽な破滅から救われていたなどと、誰が信じる事が出来ようか。
更に、である。
パルミラは容赦なく告げる。
「此処からだよ問題は。 どうして私が2700京年も働かなければならなくなったのか」
当然それだ。
恐らくその結末がこの世界なのだろうが。
それをあたしは知らなければならない。
知らなければならないのだ。
必死に体勢を立て直す。
そして、あたしは告げた。
「教えて。 あたしには知る権利がある」
「良いんだね?」
「そのために、あたしはここまで来た!」
「良い決意だね。 それでは此処から、更にきつい話になるからね。 覚悟を決めたのなら、全てを見届けるんだよ」
むしろパルミラの声は優しいし柔らかいのに。
それは、死刑の宣告と。
まるで変わらないものに思えた。