暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
フリッツさんと握手をする。
随分世話になった。
今後も恐らく、旅先で嫌でも会う事になるだろう。この人ほどの実力と、実績を持つ傭兵は多くないからだ。どんなに強くても運が悪ければ死ぬ。そういう世界で生きてきたこの人は、実力と運を兼ね備えている本物と言う事だ。
隣にはロジーさん。
どうやら、それなりの腕前の鍛冶屋が新しくキルヘン=ベルに来てくれたらしく。
彼に引き継ぎをして、引っ越すことにしたそうだ。
ロジーさんは昔から、一箇所に定住しない性格らしく。
今度はラスティンの中心部に行くつもりらしい。
ロジーさんにも随分世話になった。握手をする。
「いっそのこと、護衛を手配しましょうか?」
「私がついているし、比較的安全な経路を通るから大丈夫だ」
「ロジーさんを守りながらで平気ですか?」
「護衛は専門職だよ」
苦笑いをするフリッツさん。
娘さんと奥さんについては、既に情報を貰っている。
まあ、いずれ世話になる事もあるだろう。
二人を見送る。
ホルストさんやヴァルガードさん、ハイベルクさんも、見送りには来ていた。
フリッツさんには本当に世話になった。
あたしが錬金術師として駆け出しで。
ネームド一匹にも本当に大苦戦していた頃から、戦力の中心として活躍してくれたし。
集団戦のイロハを、自警団に叩き込んでくれた。
現在五十名を超える自警団は、更に拡張予定だが。
現時点で指揮を執っているヴァルガードさんとハイベルクさんが、どんどんモニカに権限を委譲している。
いずれ、モニカが名実共にトップになる。
その時の戦力は。
フリッツさんに何ら劣らないだろう。
現時点でキルヘン=ベルの人口は三千五百に達したが。今後は更に増えていく予定である。
あたしもキルヘン=ベルを離れる頻度が増えてきたし。
行き先でネームドを退治する事も増えた。
コルちゃんは一緒に来ることが多い。
出先の街で、コルネリア商店の支部を作れないか見繕っている様子で。
今後は、更に支店を増やしていくつもりなのだろう。
なお、深淵の者が使っている商業ネットワークと連携して動く事も決めているようで。
この辺りは、数字に強いホムの本領発揮である。
いっそのこと、統合してしまおうか、という動きまで始めているようだ。
まあその辺はコルちゃんにやって貰えばいい。
アトリエに戻ると。
手紙が来ていた。
手紙なんて、滅多に来るものではない。
オスカーかなと思ったが、オスカーは別に数日おきに戻ってくるので、違う。見ると、ジュリオさんだった。
この間、深淵の者との接触に成功した功績が評価され(手紙が奪われることを考慮してか、表現を誤魔化していたが)。
更に試験にも受かって。
正式に副騎士団長に就任したという。
其処で分かったそうだが。
やはり、深淵の者に所属していると思われる人員が相当数いるそうだ。
試行錯誤しながら表現を工夫しているが。
これは大変だなと、苦笑してしまう。
切れ者だと噂の王女は、ジュリオさんに懐刀になる事を期待しているらしい。
珍しい巨人族である騎士団長は、まだまだ現役で。
剣の腕も実力も相当なものだが。
しかしながら高齢という事もあり。
数年以内には、騎士団長の座をジュリオさんに譲って引退したい、という話をされたそうである。
この辺りは機密事項になるからか。
暗号を使って書かれていた。
以前符丁を作ったのだが。
それに沿った内容である。
騎士団長か。
どうやらアダレットの王女は。
本格的に改革を進めるつもりらしい。
暗愚だと噂の現王は、完全にお飾りにし。
無能だと噂の弟に集る蠅どもを掣肘し。
しっかり自分で手綱を取って。
国を改革するつもりなのだろう。
ジュリオさんも嘆いていたが、アダレットの騎士団は、決して最強でも無敵でも無い。ネームドを倒す時にも大きな被害を出すという話を何度も聞いたし。今後は改革が必要だと考えているのだろう。
改革か。
あたしとしては、事情を知っている以上、過剰に改革をされると困るが。
困っている人々を見捨てるわけにも行かない。
いずれにしても、今後の広域戦略を考える上で。
ジュリオさんとは連携を取ってやっていかなければならないだろう。
手紙をしまうと。
プラフタが言う。
「ジュリオは良くやっているようですね」
「騎士団長になったら、多少は国は良くなるのかな」
「さあどうでしょう。 知っていますか。 名君は名君として終わる事は滅多に無いのだそうです。 ……いえ、言い間違えましたね。 滅多に無いのです」
「へえ?」
誰でも年を取れば衰える。
過剰な成功体験を繰り返せば傲慢になる。
神童も、二十歳過ぎればただの人、等という言葉もある。
ソフィーのように、才覚を十代半ばから開花させるケースはむしろ普通らしく。
最初から天才やら神童やらと呼ばれていたような子供は。
周囲からの扱いでスポイルされ。
大人になった頃には、すっかり駄目になってしまう事が珍しくないそうだ。
断言するからにはプラフタは見てきたのだろう。
切れ者と言われた人間が、駄目になってしまうケースを。
そういう意味では、500年もずっと同じ信念で生き続けたルアードは大したものだとあたしも思う。だが、プラフタはいつそれを見た。疑問は感じるが、話をそのまま聞く。
プラフタは言う。
大人も同じだと。
若い頃から中年に掛けては、光り輝くような才覚を発揮した人間が。
年老いると駄目になってしまう事が珍しくないのだと。
プラフタは、今更ながらに思い出したという。
生きていた時の事では無い。
魂として彷徨っていた頃の話を、だ。
そういう事か。あたしは納得する。
「私は探していました。 未来を作る事が出来る人間を。 本に宿ったのも、実はずっと昔の事では無いのです」
「そうだったんだ……」
「はい。 恥ずかしい話ですが、貴方の側に現れたのは偶然ではありません。 私は私の理論を証明するために。 無意識のまま、ずっと世界を彷徨い、多くの人間を観察してきました。 これはと思える神童も何人も見ました。 しかしそれらの子供は、周囲にスポイルされてしまうケースが殆どだったのです」
ルアードとは違う意味で。
プラフタは人々を見てきた、という事か。
そしてプラフタは。
人形だけれども。人形とは思えないほど精巧にできた目を伏せた。
「ジュリオも今は良いでしょう。 しかしあの生真面目な性格は、いずれ暴君になってしまう素質を秘めています。 そうならないように、周囲に良い人材が現れれば良いのでしょうが」
「……」
こればかりは何とも言えない。
あたしだって、アダレットに構ってばかりいるわけにはいかないからだ。
既に主要都市と呼ばれる街にも、幾つか足を運んだ。旅人の靴と旅人の道しるべ。更に深淵の者の支援があれば難しいことでは無かった。
おぞましいまでに腐りきっている街はなかったが。
どの大都市にもスラムがあり。矛盾があり。
公認錬金術師だけでは解決できない問題が多数あり。
そして人々はエゴを振りかざしていた。
公認錬金術師達の実力も確認したが。
あたしもプラフタも、此奴には勝てない、という人間は一度も見なかった。ラスティンで動きやすくするために、今後ライゼンベルグに向かって、公認錬金術師試験を受けるつもりだが。
公認錬金術師になるのは、あくまで動きやすくするため。
連中の実力は分かった。
世界を変えうる人材がいない事も。
ならば、今後はあたしが足で探していくしか無い。
最低でも三人。出来れば四人。
世界を改革しうる人材を。
いなければ、最悪「作り出す」事を考える必要もあるかも知れない。
創造神はあたしに干渉し。
才能の上限を伸ばした。
創造神の力の一部が錬金術であり。
それを行使している以上。
あたしにも同じ事が出来るはずだ。
人間を遙かに超えるスペックを持つ創造神が、想像を絶する試行を繰り返してなお駄目だったとしても。
あたしは乗り越えなければならない。
そのためには、手段など選んではいられない。
勿論、旧友であっても。
利用できる時は、利用しなければならない時が出てくるだろう。
「ねえプラフタ」
「怖い顔をしていますよ」
「分かってる。 あの創造神の言う事は真実だった。 もしも創造神がなしえなかったことをなしえるとしたら、何が起きた時だと思う?」
「単純に創造神を超えるのは不可能でしょう。 突破口があれば、今まで存在しなかったアプローチをして行くしかありませんが……人間が思いつく程度の事は、全て試しているでしょうね」
ならば。
人間が思いつきもしないようなアプローチを出来るようにしていかなければならない。
超克。
それが必要なのだ。
そのためには、今までの思考回路や既成概念は、全て捨てるくらいの覚悟が必要になるだろう。
その時あたしは。
あたしでいられるだろうか。
人間で無くなる事は別にどうでもいい。
モニカが言ったように、あたしはもうとっくに人間の枠組みを外れつつある。
だからそれはどうでもいいのだけれども。
あたしという個が。
そうでなくなることについては。
少しばかりは、思うところが無くもなかった。
ただし、それも必要な事か。
ふと気付く。
声が聞こえる。
それも、雑音では無い。
今までに無いほどにクリアに。
教えてくれる。
私は何になりたい。
私を何にして。
そういった風に。
具体的に全てが聞こえてくる。
なるほど、そういうことか。これが、本当の意味でものの声が聞こえる、というものなのか。
そして、正体もあたしにはわかった。
多分これ、他の錬金術師には違う内容に聞こえている筈だ。
実際、素質があるオスカーには、最初から植物と会話が出来る程クリアに聞こえていたと言う話だし。
何かに特化して、極めてクリアに聞こえる錬金術師はいると言う話だ。
ならば、疑問も湧く。
どうして個人ごとに聞こえ方が違う。
その理由は、今分かった。
これ、聞こえていない。
実際には、聞こえて等いないのだ。
創造神は言っていた。
錬金術は創造神の力の一部だと。
恐らくこの声が聞こえる力も、その一部と言う事で間違いないのだろう。だったら、この声の正体も知れている。
この声は。
ものの本質を見極めて。
どう変化させれば良いのか。
自分自身が、判断している声なのだ。
要するにあたしが聞いていたのは。
自分自身の判断。
それに擬似的な人格が与えられて。
あたしの精神を汚染していた、という事なのだろう。
なるほど、なるほど。
全てが腑に落ちた。
色々おかしいとは思っていたが、この結論が出てしまうと、全てに納得がいってしまう。プラフタやルアードのような超一流が聞こえなくて、ひよっこのあたしや、錬金術師でさえないオスカーが。才能という「設定」だけで聞こえるわけだ。
才能があれば。
ものの変化の効率を読める。
そしてそれが、自分の中で声になる。
それだけだったのだ。
気付いてしまうと。
ふつりと。
切り替えが出来るようになった。
聞こえるようにするときと。
聞こえないようにするとき。
簡単に切り替えられるようになった。
そして、それが出来るようになったという事は。この時点で、あたしは完全に人間ではなくなったと言って良いだろう。
既に枠組みから外れ始めていたが。
これで完全に枠組みの外に出た。
あたしはもう人間では無いが。
それは正直な話。
それこそどうでも良い事だった。
「ソフィー?」
プラフタの声に、困惑が混じる。
未知への恐怖も、明らかに含まれているようだった。
あたしはこれで、一歩ぬきんでた。
知識を得ることで、人間は何かしらの変化を生じる事はある。だが、これはもう、人間に出来る変化では無い。
おそらくこれが、創造神があたしにした事。
そして今後教える事も無く。
あたしがこの詰んだ世界を打開した後。
いや、打開しようがどうしようが。
永久について回る事で。
他の誰にも教えるわけには行かない事だ。
笑いがこみ上げてくる。
プラフタの顔に、露骨な恐怖が浮かぶ。
あたしの狂気は散々見てきた筈だが。それでも今のあたしが見せる狂気は、今までとは異次元だったのだろう。
プラフタだって、散々世界のよどみを見てきた筈だ。
だがそれでも怖れるほどの狂気。
それでいい。
深淵を覗き込み。
あたしは深淵に見込まれた。
ならば、あたしの存在は。
恐怖と共にあるのが自然なのだから。
「さて、人材捜しと並行して、現在人間に目立って害を為している邪神どもを全て片付けるところから始めようか、プラフタ」
「ソフィー。 今貴方に、おぞましいまでの変化が生じるのを感じました。 一体何が起きたのですか」
「ああ、あたしが完全に人間では無くなっただけだよ。 そういう意味では、今のプラフタと同じかも知れないね……」
ひっと、小さな悲鳴をプラフタが上げる。
そうだ。
プラフタを人形から人間にしてあげる研究も進めないと。
それが出来るようになる頃には。
恐らく、人間を自分で「生産」する事だって出来るようになる筈だ。
錬金術の用語に出てくるホムンクルスや。
ルアードの所にいたような、深淵の者のしもべ達ではない。
本当の意味で。
人間を人為的に。
自由自在に作れるようになるだろう。
その時には、あたしは。
「人間の外にいる存在」から、「創造する存在」に変わっていることだろう。
そして、光のエレメンタルが言っていたように。
世界の摂理の外にあるものに。
あたしがいた時代が、「不思議の時代」と呼ばれるほどのものになっている事は間違いない。
これは驕りでもなんでもない。
単なる客観的事実だ。
さて、テントは出来た。
他にも色々と、準備を整えていく。
全てが終わったら、まずは大都市を見て回り、使えそうな人材がいないかどうかを確認する。
その後は各地に孤立している集落の現状把握。
本来は国がするべき事だが。
それが出来る状態に無いから、あたしのような存在が動かなければならない。
アダレットもラスティンもそうだ。
このキルヘン=ベルにしたって、それは同じだったのである。
今の状態のままでは、いずれ世界を変えうる可能性の芽も高確率で摘んでしまう。だが今のあたしなら。
その可能性を見つけられる。
プラフタにレシピを見せる。
驚愕された。
この発想ははじめて見たと。
しばしレシピについて話し合う。
すぐにはプラフタも判断が出来ず。
やがて、考え抜いた末に。
此処は直した方が良いと、二箇所ほど指摘を受けた。
まだまだこの辺りは、経験値の関係で、プラフタの方がずっと上か。それもまた良いだろう。
調合を始める。
ロジーさんが残してくれた錬金釜を使って、丁寧に調合をしていく。
そうして出来上がった道具は。
時間を局所的に、短時間だけ巻き戻す道具だ。
勿論試験運用もする。
最初は上手く行かない。
だが、少しずつ調整して、一週間ほどで実用にまでこぎ着ける。
理論としては上位次元に干渉し。
世界の「向き」を少しずらす。
今までは世界の「位置」に干渉して、別世界への扉を開いていたが。
それより一段階難しい錬金術になる。
そうすることで、時間を操作し。
短時間だけ、意図した場所の時間を戻せる。
もっとも、あくまで短時間。
それもそれほど大きな空間では無いが。
もしも世界丸ごと時間を戻す、となると。それこそあの創造神くらいの力は必要になってくる。
現状のあたしに出来るのは。
せいぜいここまでだ。
これはこれとして、手元にストックしておく。
他にも、幾つか作っておきたい道具はあるが。
同時に材料も集めておきたい。
コンテナは既に、深淵の者の書庫から得た情報で、異世界アトリエに大きなものを作ってある。
いずれ城のように大きなアトリエにしたいと思っていたあたしだが。
いつのまにか。
異世界アトリエには膨大な石材を持ち込み。
多数の此方の世界へつながる扉がある通路が出来。
複雑な設備や装置も作られ。
屋敷くらいの広さにはなっていた。
今も、現在進行形で拡張を続けている。
やがて城のようなサイズになるのも、そう遠くない未来のことだろう。もっとも、あたしの意思がなければ、外に出る事は出来ない城だが。
危険すぎる能力の持ち主などを見つけたら。
監禁するのも手かも知れない。
或いは、時間を凍結させて保存するのも手か。
もうこの辺りまで来ると、完全に人間の思考ではないが。
それもまた仕方が無い事だ。
あたしが人間である事に対して興味を完全に失った時、モニカが泣いていた。
それに関して心はあまり痛まない。
モニカは結局人間としての視点でしか、あの真実を受け止めることが出来なかった。それは恥ずかしい事では無いし。むしろまともであればあるほど、モニカと同じ反応をするだろう。
あたしは最初から狂っていた。
だから違った。
それだけだ。
さて、やる事はいくらでもある。
そして時間も幾らでもある。
その気になればアンチエイジングも出来るし。
時間は幾らでも捻出することが出来る。
この詰んだ世界を打開するために。
あたしは、今後。
手段を選ばない。