暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ 作:dwwyakata@2024
キルヘン=ベルから別の町に行くには、街道を使うほか無い。荒野を突っ切ることも出来る事は出来るが、多分生存率は三割を下回るだろう。それも、手練れの護衛がついても、である。
街道でさえ匪賊やドラゴンが出るのだ。
かろうじて人間が通れるようにしている街道でその有様なのである。荒野など行こうものなら、どれだけの危険があるかしれたものではない。
モニカに声を掛けられたソフィーは。
クラフトの試験運用も兼ねて。
オスカーと一緒に街道に来ていた。
どうも相当数のぷにぷにが街道周辺まで出てきているらしく。その中には上位のものがいるらしい。
生息環境によってぷにぷには姿を変えるのだが。
栄養状態によって赤くなったり黒くなったりして。
基本的に青が一番弱く、緑、赤、黒、虹や透明などの順に強くなると言われている。
青が一番弱いのは、栄養を摂取できていないからで。
植物を栄養にしている緑は、栄養の効率が悪いため動きが鈍く。
一方、赤以降は肉食として様々なものを食らっているため、当然のように動きが速く、戦闘力が高くなる。
中にはブレスを吐いたり。
地盤をかち割ったりする奴もいるらしい。
特に強力なものになると、「提督」と呼ばれる大型かつ凶暴なぷにぷにがいるそうだけれども。
ソフィーはまだ見た事がない。
モニカの話によると、匪賊なんかがこの提督ぷにに襲撃を受けて、食い散らかされている姿を見たことがあるらしい。
つまり匪賊をまとめてねじ伏せられるだけの実力があるという事で。
キルヘン=ベルに近づかれると、それだけであまり面白い事態にはならない。
今回はあくまで偵察だ。
蹴散らせるようなら蹴散らすが。
黒や虹以上が出てきたら即時撤退。
キルヘン=ベルにいる本隊と合流して駆逐する。
それで、今回だが。
目付役として、ハロルさんも来ている。
やる気が無さそうに荷車を引いているが。
これはソフィーが戦いやすいようにと、配慮してくれたのである。
純粋な後衛になるハロルさんは。ソフィーが魔術で近接戦闘も出来ることを知っているので。
敢えてこうすることで、負担も減らしてくれている。
街道といっても、街から離れれば完全に無法地帯。
朽ち果てた骨は、ソフィーも見た事がある。
勿論人骨も、である。
モニカが足を止める。
人間のものでは幸いないようだが。
食い荒らされた死体だ。
大型の犬科の獣が食い殺されたようで。体中が食い千切られ。殆ど骨だけになっている。
残った肉の部分に蛆が湧いているが。
それにも構わず、骨食性の猛禽が、骨を割って骨髄を食べていた。
モニカがハンドサイン。
周囲警戒。
死体の様子から見て、まだ骨髄が新しく、喜んで猛禽が食べに来るくらいの状態と言う事である。
蛆が湧いているが、遠目に見てもまだ小さい。
つまり死んだばかりというわけで。
少なくとも一日経過していないだろう。
オスカーが、耳を懲らしているのは。
周囲の植物に聴取しているようだ。
それも程なく終わったようで。
小声でオスカーが言う。
「モニカ。 やったのはどうやらぷにぷにらしいぜ。 赤いのが一匹、緑が数匹、青いのがたくさん」
「此奴はキメラビーストよ。 数の暴力で押し切ったにしても、普通は襲う相手じゃないわ」
キメラビースト。
そうか。
キメラビーストは、荒野に生息するポピュラーな猛獣で。犬の頭部に蛇の尾を持ち。その二つが連携して攻めてくる。
体格的には人間より少し大きい程度。
そこそこ経験を積んだ魔族なら、難なくあしらえる程度の相手だが。
しかしながら、この猛獣、非常に亜種が多く。
高位のものになってくると、手練れの傭兵団を半壊させるほどの実力を持つ奴がいるらしい。
タチが悪いことに知能も高く。
獲物になりやすい人間が通る街道近くを縄張りにし。
討伐部隊が来るとさっさと姿をくらますケースもある。
街道を逃れる難民達にとっての脅威と言えば。
一に匪賊、二に猛獣なのだが。
ドラゴンや邪神が含まれないのは、これらに会う事が希であることだから。会ったらどうにもならないから。
一に匪賊なのは、人間の殺し方を一番良く知っているのが匪賊だから。
かといって二の猛獣だって、その辺りは劣っていない。
今も、本来格上の筈のキメラビーストを殺した奴らが。
周囲にいる可能性は高い。
プラフタは戦闘力がないので、荷車に潜んでいる。
実は、最初のクラフト使用実験はアトリエの近くでやり。その時に加点して貰って、27点の評価を受けた。
だが、品質が安定しているか不安なようで。
今日はわざわざ見に来たのだ。
「この程度の獣相手に、身を隠さなければならないなんて」
「仕方が無いよ」
ソフィーはクラフトに紐を付け、ずっとゆっくり廻し続けている。
こうすることで投擲がやりやすくなるからだ。
回転させてから投擲するのは基本。
なお、これはロープをつけているが。
下手投げで直接放ることもある。
距離を稼ぎたいときはロープを。
近距離に正確に投げたいときは下手投げ。
そういう使い分けをするのだ。
流石に経験の差というのか。
モニカが一番最初に結論を下す。
「一度この場所を離れ、彼処に移りましょう」
少し小高い場所だ。
此処は街道に位置しているが、周囲を遠くまで見通せない。岩などの障害物が多いからである。
モニカが指さしたのは、小高い丘。
彼処なら、何処に何がいるのか、一目で分かる。
ただし荒野なので、当然人間の領域の外だ。
いきなり大きめの猛獣が襲ってくるかも知れないが。
その時は覚悟を決めて総力戦をやるしか無い。
移動開始。
街道から距離を取り、様子を見る。
やがて猛禽たちが、骨も食べ尽くしてしまい。
後には残骸だけが残った。
その後は、小さな食肉目が来る。
小さいと言っても、顎は頑強で。
腐った肉でも平然と食べるスカベンジャーだ。
骨を喰う猛禽たちでさえ食い残した残りカスを、彼らが綺麗に食べてしまうことで、全てが無くなる。
蛆も此奴らに一緒に喰われてしまうので。
その前に成虫になろうと必死だ。
とはいっても、だいたいの場合は、成虫になる暇も無く喰われてしまうのだが。
そうでもしないと、世界は蠅だらけになってしまう。
一方、人間の死体の場合は、猛獣がどうしてか嫌がる事もあり。骨は残るケースがある。
猛獣が大きすぎる場合は、丸ごとぺろり、という場合もあるのだが。
其処まで大きい猛獣は限られてくるし。
この周辺での目撃報告は無い。
陸に上がる。
周囲を見回していると。
ハロルさんが声を上げた。
「あれじゃないのか」
「!」
モニカが剣を抜く。
いた。
丘を挟んで、街道から身を隠すように、十数匹のぷにぷにが密集している。そして此奴らが、格上のキメラビーストを倒せた理由も分かった。
でかい。
普通のより、二回りは大きい。
モニカも緊張しているようだった。
流石に魔術を使うぷにぷにはレアケース中のレアケースだが。
あれは放置すると危ない。
駆除すべし。
即時判断したのは当然だろう。
「ソフィー!」
「はーいっ!」
回していたクラフトを投擲。
ぷにぷにが飛んでくる何かに気付いた瞬間。
炸裂させる。
閃光が走り。
周囲を吹き飛ばして、至近にいた数体を一瞬にして破裂させた。
上々。
これだけの火力があれば、充分に使い物になるだろう。
第二射準備。
だが、煙を斬り破って、すぐに数体が躍り出てくる。
更に、数体は煙を迂回して、側面背後に回ろうとしている様子だ。
間髪入れず、あたしは二発目のクラフトを下手投げ。
起爆させる。
正面から突っ込んできた赤いのが、もろに直撃を浴び。数匹のぷにぷにが消し飛んだが。なんと赤いのは耐えた。
囲まれた。
赤いのが、凄まじい唸り声を上げて。触手を多数伸ばしてくるが。モニカがその全てを切断。
だがタックルを浴びせてくる。
そこへ、回転しながらオスカーが。
上空からスコップを叩き付け。
地面にぶち込む。
「バック!」
側背に回り込もうとするぷにぷには、まだ数体が健在。
想像以上の速度で、触手を蠢かせて迫ってきている。
ハロルさんが弾丸を浴びせているが、牽制くらいにしかなっていない。荷車を下げながら、走る。
赤いのとモニカが激しい丁々発止の一騎打ちをしているが。
ぷにぷに達は、それを見ると。
赤いのにモニカを任せ。
一斉にあたしめがけて襲いかかってきた。
なるほど。
メイン火力をあたしと判断したのか。
ならば好都合。
「時間を稼いで貰えますか」
「任せろ」
ハロルさんが、速射速射。
相手の足止めに徹する。
流石に乱射される弾丸に加え。旋回しながら横殴りにスコップを叩き付けてくるオスカーに、わずかに進撃速度を下げるぷにぷにども。
其処へあたしが、詠唱を完了させ。
ハンドサインで、敵を集めろと指示。
頷くと、オスカーがスコップをフルスイングし。
一匹を、もう一匹に叩き付けた。
「オーラ……」
拳を握り混むと。
あたしは作り出した魔力球を、杖でフルスイング。
「シュートッ!」
爆裂。
クラフトより数段強烈な爆発が。
牽制射撃と。
オスカーの一撃で集められていたぷにぷにを、まとめて撃砕していた。
だが、今のはかなり魔力を使った。
呼吸を整えながら、モニカを見る。
赤いのは普通より数段大きく、モニカがスパスパスライスしているにもかかわらず、異常回復力で対応している。
これはまずい。
モニカが飛び下がるが、再生した触手が腕を掴む。
じゅっと音がした。
酸を含んでいるのだ。
人間さえ食いちぎれそうな巨大な口を赤い奴が開ける。
口の中には凄まじい牙が並んでいて。
そして見るからに危険な酸がしたたり落ちていた。
モニカは神聖魔術の詠唱をしているようだが、防御魔術をあの牙は貫通しかねない。
オスカーは。
今の爆風で、地面でへばっている。
ハロルさんは。
銃弾を使い切って、今ガンベルトから弾丸を必死に再装填している。
やるなら。
あたししか無いか。
「ソフィー!」
後ろで聞こえるプラフタの声。
魔術を使って加速。
残り魔力は少ないが。
仕方が無い。
モニカにかぶりつこうとした赤いのに。
真横から突撃。
触手で一薙ぎされるが、そいつは残像を抉った。
魔術で加速したのだ。
だが、もうもたない。
赤いのが上を見た瞬間。
モニカの一撃が、深々と赤いのに突き刺さり。
あたしの杖が。
魔術によって強化され、
脳天から赤いのをぶち抜いていた。
それで再生力にも限界が来たのだろう。
モニカが触手を斬り払い、飛び退き。
あたしが棒高跳びの容量で赤いのから離れると同時に。
まるで鮮血を詰めた袋が破裂するようにして。
赤い巨大ぷにぷには。
爆裂した。
赤い体液が降ってくる。
モニカが即応して、防御スクリーンを展開。案の定強い酸で、地面がじゅわじゅわ凄い音を立てた。
呼吸を整えながら、杖を振るって酸を落とす。
魔術でコーティングしていたから、どうにか杖が台無し、という事態は避けられたが。これでクラフトの実験と。猛獣の駆除は、一旦終わりだ。
「撤退よ」
モニカが指示。
残骸の中から、めぼしいのを幾つか見繕う。
ぷにぷにの体内から取れる脱水効果のある球体をあたしは見繕ったが。赤い奴の体内には、一抱えもある凄いのがあった。
だが妙だ。
条件が整えば、ぷにぷには大型化すると聞いているが。
いくら何でも此奴は不自然だ。
しかも群れで狩をしていた。
あのような知能。
ぷにぷににあったのか。
提督と呼ばれるような奴は、自分の子孫を周囲に侍らせて、軍勢を構成すると聞いているけれども。
あの赤い奴が、それほどの実力者だったとは思えない。
「連射力が足りないな」
ハロルさんが舌打ちしている。
そして、帰り道も。
疲弊したモニカとソフィー、更にオスカーを気遣ってか。
何も言わず、ハロルさんは荷車を引いてくれた。
カフェに戻ると。
クラフトを納品。
使い方も説明。
だが、ホルストさんは知っている様子で。この品質なら使えそうだと、即金で納入を受け付けてくれた。
それに、である。
モニカの傷だらけの様子。
珍しく手傷を受けている有様。
オスカーにしてもソフィーにしても消耗が激しい。
これらを見て取って、てきぱきと指示。
手当をしてくれた。
そしてモニカから聴取する。
疲弊はしているモニカだが。
分かり易くそれに答えていた。
薬はソフィーが山師の薬を持ってきている。
ハロルさんが目を見張ったのは。本当に傷が溶けるように消えていく事で。
今回唯一無傷だったハロルさんは、何だか不快そうだった。
「おい、伊達男」
自警団の一人。
葉巻煙草が大好きな、中年男性のユジルさんが、帰ろうとしたハロルさんを詰る。理由は分かりきっていた。
「妹分達を怪我させて、自分だけ無傷かコラ」
「ユジルさん。 ハロルさんはしっかり牽制射撃をして、敵をまとめてくれましたよ」
「……それは分かってるんだよ。 モニカから話は聞いたからな。 だがな、後輩を怪我させて、自分だけ無傷で戻るってのは、戦士として恥ずかしい事なんだよ」
「俺も同感だ。 庇ってくれたのは有り難いが、それ以上は後追いだ。 すまなかったな」
ソフィーは口をつぐむ。
元々ハロルさんは機械職人。
戦士としての力量は、特に近接戦では決して高くない。修行だって、主に機械関連の技術を学んできている筈で。戦闘を行うことを主体にしている傭兵や用心棒とは違う。むしろ、今日は良く支援をしてくれたと思う。
「ユジルさん」
「分かってるがな。 彼奴はこのままだと腐る一方だ」
「発破のかけ方にしても……」
「もういい。 俺からは此処までだ」
顔にもの凄い向かい傷があるユジルさんは、本来なら次の自警団団長という話が上がっていた凄腕で。ヒト族でありながら、この街の魔族にも獣人族にも劣る使い手ではない。現時点ではモニカより強いだろう。
だが、モニカは将来性があるのに。
ユジルさんは年齢がもう盛りを過ぎている。
こういった場所では、強い事がもっとも要求される。
だから、誰もがこの人を気の毒だとは思っても。
モニカが自警団の長として、街の守りの中核になる事は止められないし。止めてはいけないのである。
身内人事は街を滅ぼす。
当たり前の話だ。
この荒野が拡がる過酷な世界。
温情や身内びいきで人事を行えば。
あっというまに街は壊滅する。
そんな事は誰でも分かっているから、錬金術師を欲しがるのだ。
驚天の奇跡を起こせる錬金術師を。
カフェを出ようとしたところで、ホルストさんに言われる。
「ソフィー」
「はい」
「このクラフト、同等以上の品質で、50セットほど作っていただけますか。 街を守るためには、今後どれだけの備蓄があっても足りませんから」
「分かりました」
頭を下げると、そのまま帰る。
オスカーは怪我も特にしていなかったし。
モニカだって、これから自警団で更に巡回を強化する、という話に参加しなければならない。
帰り道、オスカーがプラフタに言う。
「なあプラフタ、どう思った」
「やはり記憶は曖昧なのですが、昔とあまり人は変わっていないように思います」
「だろうなあ。 武王による軍事国家と、錬金術師による奇蹟の国家。 二つの国家が数百年前より世界を安定させたって話は聞いているけれど、それでも街をちょっと離れるだけでこれだ」
商人も命がけだと聞いている。
今日のように、街道を通るだけで襲われるのも珍しくない。
確かに、護身用として。
クラフトは便利だ。
今後もっと強力な火力を持つ爆弾を作っていく必要もあるだろう。
「なあソフィー。 おいらも何というか、創世の神様って人には会ってみたい。 出来れば、もっと世界を緑と安全に満たして欲しいって頼みたいんだ。 錬金術師になれば、出来るのかな。 もしも良かったら、連れて行ってくれないか」
「……そうだね。 そのうち」
「頼むぜ」
プラフタはじっと黙り込んでいる。
この様子。
ひょっとして、プラフタは。
知っているのではあるまいか。
創世神が、どのような存在で。
今どこで、何をしているのかを。
※緑について
本作の世界は基本的に荒野です。
これはどういう事かというと、そういうものだからです。
緑化しないと緑は基本的に存在しません。しかも緑化には相当な苦労が伴うのです。
キルヘン=ベルの周囲は緑に覆われていますが、これは先代の錬金術師であるソフィーの祖母ラミゼルによって緑化されたものなのです。