暗黒錬金術師伝説6 暗黒!ソフィーのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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その世界はあまりにも過酷で。

幼子二人が生きて行くには、あまりにも厳しい環境でした。

幼子どころか、屈強な者ですら即座に命を落とす其処では。

どんな存在でも協力しあわなければ、生きていく事などできなかったのです。

良く未来を何より大事にしなければならないという言葉がありますが。

その世界には未来どころか、現在すら存在しませんでした。


1、荒野

戦いはいつでもどこでも起きている。

 

どれだけの街を彷徨っただろう。

 

焼き払われた村をどれだけ見てきただろう。

 

世界は不公平で。

 

死の臭いに満ちている。

 

幼い無力な女の子であるプラフタは。まだ年若いにもかかわらず、それを嫌と言うほど思い知らされていた。

 

大きな街は、強力な錬金術師によって作られた防御の道具で守られ。分厚い城壁を展開し。

 

生半可な攻撃魔術では傷一つつかない鉄壁の守りの内にある。

 

だが、其処へ入って暮らせるのはほんの一握り。

 

深淵の者だろうが。

 

そうでなかろうが。

 

安心できる場所など何処にも無い。

 

中途で構築されるのを放棄されたこの世界では。

 

その中途半端さに相応しい強大な猛獣が多数住み着き。

 

おぞましい病気が猛威を振るい。

 

力が無いものを容赦なくかみ砕き。

 

そして大地の染みとしていった。

 

またドラゴンが飛んでいる。

 

神に次ぐ実力を持つ獣の王者。翼を持つトカゲのような姿をしていて、最高位の物になると下級の神を遙か凌ぐ力を持つという。魔術どころか、天変地異さえ起こす個体もいるそうだ。

 

集落を作っても、我が物顔に蹂躙していく空の暴君。彼方此方に確認されている個体だけでも五千を超えている、とさえ聞いている。それぞれが単独で小さな集落など、半刻で滅ぼしてしまう実力を持っている。最下等のドラゴンでさえそうだ。

 

人間の力で倒せるドラゴンもいるにはいる。

 

錬金術師の中には、十や二十のドラゴンを倒した実績を持っている者もいると聞いている。

 

だがその錬金術師達は。

 

いずれもが、現在存在している何処かしらの陣営に属し。

 

好き勝手に己の力を振るい。

 

力なきものを酷使して。

 

この世の悪徳を独占していた。

 

更に、この世にはドラゴンですら及びもつかない力を誇る邪神達が蠢いている。

 

やる気がなくなった創造神の手を離れた世界の要素を司る神々は。

 

ドラゴン以上の禍として、世界をむしばみ。

 

弱者は震えるしか無かった。

 

顔の大半を隠しているルアード。

 

血はつながっていない。

 

いつの間にか、各地を大人達と彷徨っている間に、一緒になった男の子だ。

 

ルアードは孤児だが。プラフタも同じ。

 

今の時代。

 

親がいない子供なんて、珍しくも無い。

 

彼方此方を流れゆく力ない民に混じって、かろうじて生き延びるべく歩き続けて。同じような年頃の子供が餓死したり、猛獣に喰われたりするのを何度も見ながら、必死に生き延びてきた。

 

相性が良かったのか。

 

いつのまにか一緒になる事が多くなり。

 

今では基本的に、竹馬の友とも比翼とも言える仲になっている。

 

此処は、かろうじて水だけはある荒野の集落。

 

猛獣と戦乱と、何よりドラゴンから逃れ。

 

必死に逃げてきた者達が寄り添うようにして暮らす、粗末な場所だ。

 

ルアードがいつも大事に抱えているのは、何が書いてあるのかも分からない本。

 

宝物らしいが。

 

書いてある事さえ分からないのでは。

 

何に使って良いのかさえ、プラフタには分からなかった。

 

そもそも入手した経緯さえ曖昧で。拾ったらしいが。その真偽を確認する方法はもう存在していない。

 

ただ本なんて貴重品、流石に都会でホームレスをしていたら、きっと取りあげられてしまうか、殺されて奪われてしまっただろう。この小さな集落で、しかも同年代の子供がプラフタしかいなかったから、ルアードは本を奪われなかった。それだけだ。

 

ルアードは喋るのが好きでは無いらしく。

 

しかも包帯を顔に巻いて隠しているからか。

 

兎に角言葉が聞き取りづらい。

 

プラフタはずっと一緒にいる間に、言っている事を理解出来るようになって来たが。周囲の大人は、みんなルアードを馬鹿にしていた。

 

だがプラフタは知っていた。

 

ルアードは兎に角良く気付く。

 

それで猛獣の襲撃を避けたことが何度もあった。

 

匪賊の待ち伏せから逃れられたことが何回もあった。

 

ただしルアードは、それを自分から周囲に訴えなかった。

 

一度匪賊の襲撃から逃れたとき。

 

ルアードが奴らに情報を教えたのでは無いかと、生き延びた大人の一人が言ったことがあったからだ。

 

それからは、プラフタがルアードの言葉を聞いて。

 

自分でも確認してから、大人に言うようになった。

 

よく分からないが、プラフタは周囲から見て「容姿が優れている」らしく。一緒にいる大人達も良く話を聞いてくれた。

 

ただし、それ故に、奴隷に売り飛ばされそうになった事も何度もあった。

 

そんなときは、ルアードが袖を引いてくれた。

 

ルアードは、相手の本性を見抜く術に長けていて。

 

一見優しそうな奴が、実はド腐れ外道である事も、何度も見抜いてくれた。

 

二人は支え合い。

 

どうにか生き延びてきたのだ。

 

プラフタはルアードを認めていたし。感謝もしていた。

 

だから、探した。

 

本を読める人を。

 

粗末な掘っ立て小屋で、二人で身を寄せ合って過ごしながら。毎日かろうじて捕まえたウサギやネズミ、場合によっては虫で糊口を凌ぎ。

 

大人達に混じって痩せた土地を耕し。

 

じりじりと焼き付けるように地面を炙っていく太陽に苦しめられながらも。

 

プラフタは探した。

 

そもそも本というものが貴重品で。

 

読める人間は多く無い。

 

この集落は、各地から様々な理由で逃れてきた者で構成されているが。

 

人間の中でもプラフタと同じヒト族は十五人だけ。しかもプラフタとルアードを除く全員が、年老いているか病人だ。

 

魔族が七名。

 

魔族は悪魔族とも言われ、背丈は人間の二倍。翼も生えていて空も飛べる。代わりに、昼間は力が半減してしまう種族だ。肌は様々な色をしていて、魔術も人間と同等以上に使いこなす。ただ、全ての魔族がそうではない。どのみち、この世界には追放されたり、迫害された者が逃れてきているという話なのだ。元々魔族がいたという世界では、もっと強い種族がいたのだろう。大きな街では、その魔術を生かして、用心棒をしていたり、軍隊で暴れたりもしている者もいるそうだ。

 

獣人族が六名。

 

こちらは何種類かいるヒト族の亜種。獣と人間を足して割ったような姿をしているが、人間との交配は出来ない。また、向こうから見て人間は「毛が無くて生理的に嫌悪感を誘う」らしく、性欲の対象にならないらしい。魔族に比べて小柄だが、筋力はとても強い。だが残念な事に頭が良くないので、単純な力作業しか出来ないのが問題だ。このため、獣人族だけで村を作る事はまずない。一方で、獣人族がいない村もあまりない。この村には、犬と人間の合いの子みたいな獣人族が五名。ウサギと人間の合いの子みたいな獣人族が一人いる。

 

小柄な「ホム」と呼ばれている種族。これが四名。

 

彼らは手先が器用だが、感情が非常に乏しく、何を考えているか分からない。力はあまり強くないが、何しろ器用なので、ヒト族からも獣人族からも大事にされる。何故か魔族はあまり近づけたがらないようだが、理由は分からない。なお繁殖についても独特の方法を行うらしく、子を孕んで産む事は無いようだ。また、彼らはみな姿がとても似ていて、男女の区別さえヒト族からは分からない。そこで彼らは、ヒト族と話すときには、格好をそれぞれ変えて、個体識別しやすいよう工夫してくれていた。

 

これだけの小さな集落。

 

凶暴な猛獣、ましてやドラゴンに襲われたらひとたまりも無い戦力しかなく。

 

訪れる商人からも。

 

取引で、ぼったくられるのが日常だった。

 

そういった商人にも、頭を下げて。文字が読めないか頼むこともあり。

 

だが殆どの商人は、数字は扱う事は出来ても。

 

文字は読めないことが多く。

 

ましてやルアードの本を取りあげようとする事さえあった。

 

どういうわけか、魔族がそれを制止することはあった。それで助かったことはあったが、魔族はそれ以上何もしなかった。ルアードが礼を言っても、プラフタから言っても。無視するか、聞いていないように振る舞うだけだった。

 

悪意が世界に満ちている。

 

幼い頃から。

 

プラフタはそれを思い知っていたが。

 

その考えに変わりは来そうに無かった。

 

 

 

二人ともある程度背が伸びてきた頃。

 

実際の年齢はそもそもどっちも知らないし。多分ヒト族で十三歳から十四歳くらいだろうか。場所によっては結婚している年齢だ。

 

貧しい地区だと、子供が作れるようになるとすぐに結婚するのが当たり前。

 

それは良く知っていた。

 

もう二人とも子供が作れる年齢ではあったが。

 

プラフタとルアードはそもそういうつもりはなかった。

 

二人はずっと一緒に育ってきたので。

 

多分相手を異性として見る事が出来なかった、というのが大きいのかも知れない。

 

それに、周囲の悪意に晒され続けた結果。

 

何事にも慎重にならなければならないと、二人とも分かりきっていたから、というのも大きいだろう。

 

集落は小さいまま。

 

ある年は人が増え。

 

またある年は人が減った。

 

子供が生まれる事もたまにあったけれど。

 

多くの場合は、すぐに死んだ。

 

充分な栄養がそもそも得られなかったし。

 

それでも必死に子供を産んだ母親が死んでしまうケースは珍しくも無く。

 

やせこけた子供がそのまま死んでしまうのを見て。

 

プラフタも何度も心を痛めた。

 

一応自分が女だという自覚もある。

 

子供が死んで発狂してしまう母親も時々いて。

 

そういう悲劇は何度も目にする内に、どんどん感覚が麻痺してしまうのも分かった。

 

錬金術師が一人でもいてくれれば。

 

誰かがそんな事を言う。

 

ホムと呼ばれる種族は、元々錬金術が使えたという噂があった。

 

彼らに話を聞いてみるが。

 

応えは無情なものだった。

 

「我等の先祖には、錬金術と呼ばれるものを使える者がいました。 今でも使える者が一部にいると聞いています」

 

「貴方たちは違うのですか?」

 

「残念ながら」

 

そもそもだ。

 

彼らも無学である事は同じ。

 

今の時代、いつ住んでいる場所から焼け出されるか分からないのだ。

 

プラフタは常に丁寧語で喋るようにしていたが。

 

それは相手に良い印象を与えるために身につけたこと。

 

つまり、一種のご機嫌取りだ。

 

そうでもしないと、生きていけないのである。

 

「それに、以前に住んでいた村で聞いた話なのですが、この世界で「錬金術」と呼ばれているものと、我らの中でもごく一部の者が使える「錬金術」は、全くの別物だという話です」

 

「具体的に分かりませんか」

 

「すみません。 こればかりは」

 

「……有難うございます」

 

ホム達は身体能力も低く。

 

村の中でも細かい作業以外に出来る事があまり多く無い。細かい作業では大変頼りになるが、力作業が重視の仕事ではお荷物になりやすい。

 

例外的に強い力を持つ者もいるが。

 

それはあくまで例外だ。

 

それに、栄養状態が悪いのだから、力を出しようもない。

 

頑強で知られる魔族や獣人族でさえ、この村にいる者達はみな弱り切っているのである。何日も食べていないという人もいるが。

 

それぞれが精一杯に生きている今。

 

助けることが出来ても。

 

最小限だけだった。

 

目元を拭う。

 

どうしてこの世界は、こうも残酷なのだろう。

 

神話がある。

 

この世界には、多くの世界で迫害されたり、追い立てられたりした者が集まっているのだと。

 

ヒト族も、この世界に住んでいるのは、元の世界で「異能の者」とされ。

 

戦いの末に追い出されて。

 

世界の狭間を超えて流れ着いた者達だと。

 

何か希望は無いのか。

 

プラフタは思う。

 

だが、行動しなければ、何も現実は変わらない。

 

獣に追われ、仲間が喰われるのを為す術無くみて。

 

災害に巻き込まれ掛けて。逃げ惑う人々が容赦なく濁流に呑み込まれ。

 

ドラゴンが急降下してきて。

 

目の前を歩いていた小さな子を、おやつ代わりに引っさらって行く。

 

そんな様子を、此処にルアードと辿り着く旅の最中で何度も見た。少し前まで一緒に話していた子が、一瞬で手だけ残して獣に食い千切られた事もあった。その一方で、大きな壁の内側で暮らしている人間達は、悦楽の限りを尽くしている。灯りは夜まで絶えることもない。

 

この小さな村では。

 

魔族が夜に、ヒト族と獣人族が昼間に。かわりばんこに見張りをして、襲撃に備えなければならないのに。

 

この世界はどうして。

 

此処までいびつなのか。

 

この集落はどうして。

 

此処まで貧しく悲惨なのか。

 

家に戻る。

 

とはいっても、雨が降れば雨漏りし。

 

それぞれのスペースも、カーテンで区切るだけの小さなものだ。

 

みんな似たような悲惨な家に住んでいて。

 

中には川の側にある洞窟を、そのまま家にしている者もいた。

 

壁も穴だらけだから、虫も入ってくるし。色々な声も嫌でも聞こえてくる。

 

長老と呼ばれる人間もいるが。

 

ただ年老いているだけのヒト族で。

 

もう寿命はどうみても長くない。

 

体中がおかしな病気に侵されていて。

 

薬だって買えないし。手に入れたところでどうにもならないだろう。

 

疲れ果てて、横になると。

 

畑を作って、痩せた作物を育てている獣人族の男性が来る。

 

犬と人間を足したような姿をしていて。

 

この村でも珍しい、四歳を超えた子供の持ち主だ。

 

なお獣人族の子供は成長速度にかなり差があるが。彼の種族は人間とあまり変わりがない。

 

「プラフタ」

 

「どうしましたか」

 

「明日、商人が来る。 交渉を頼めないだろうか」

 

「分かりました」

 

プラフタは見かけが良い事から、こういう交渉ごとを頼まれることが多い。

 

なお、交渉ごとの時は、ルアードもいる。

 

ルアードは、嘘を見抜くのがとても上手だ。

 

ルアードが、もそもそと動いて、カーテンから顔を出した。獣人族の男性が、行ってしまってからだ。

 

最近だが。

 

プラフタに、ルアードは包帯を取った時の顔を見せてくれるようになった。

 

無数の皮膚病が顔を覆っていて。

 

顔色は遠くから見ると青白く。

 

近くで見ると生者の肌とは思えない。

 

聞かされた。

 

両親にはコレが原因で捨てられたそうだ。

 

気持ち悪いから来るな。

 

兄弟からもそう言われ続けたという。

 

そうして、奴隷として売られる時も、これは金がつかないと言われていたそうだが。

 

直後に村をドラゴンが襲撃。

 

自分の容姿を鼻に掛けていた兄弟達は皆喰われ。

 

両親も焼き殺され。

 

命からがら逃げた後は。顔に布を巻き付けたり。後から包帯を巻くようにし。顔を隠すようにしたと言う。

 

「また、私が手伝えばいいか」

 

「お願い、ルアード。 どうしても私は人間を信じてしまうから」

 

「分かっているよ。 でも、それがプラフタの良い所だと思う」

 

「ありがとう」

 

また、自分のスペースに引っ込むルアード。

 

他の村人からも、ルアードは「醜悪のルアード」と呼ばれていて。顔を出す度に悪口を言われていた。

 

どうして其処までルアードに辛く当たるのか。

 

プラフタにはよく分からない。

 

交渉ごとだって、ルアードのおかげで、どれだけ助かっているか、分からないと言うのに。

 

誰もが。

 

何をしても。

 

ルアードを認めようとしないのだ。

 

だがプラフタは認めるし、頼る。

 

それで充分だと。

 

今は思っていた。

 

その日はゆっくり眠り。

 

翌日来た商人と、交渉をする。

 

相変わらず買いたたかれるが。

 

どうにか必要な物資は揃える事が出来た。途中、何度もルアードが相手の嘘を見抜いてくれたので。できた事だったが。

 

商人はもっとふんだくれたのにと、舌打ちして村を去って行ったが。

 

プラフタだけが村人から感謝の言葉を掛けられた。

 

「ルアードが嘘を何度も見抜いてくれたからです」

 

「ああそうかい。 そうだね」

 

誰も聞かない。

 

ルアードも、自己弁護をするつもりはないらしく。

 

すぐに家に閉じこもってしまう。

 

だが。

 

一つだけ。

 

この日は収穫があった。

 

商人と一緒に来ていたヒト族の青年。陰気な青年だったが。それがこの村に残る、と言い出したのである。

 

どうやら商人とやっていくのが嫌になったらしく。

 

まだ人手を必要としているこの村にいた方が良さそうだ、というのが理由らしかった。

 

商人も、どうやら青年とは相性が悪かったらしく。

 

彼を村に置いていくことを躊躇しなかった。

 

商人が去った後。

 

プラフタは青年に聞いてみる。

 

文字が読めるかと。

 

青年は答えた。

 

読めると。

 

すぐにルアードの本を見せる。ルアードと二人で、何がそれに書かれているのかを聞く。青年は、退屈そうにしながらも。仕留めてきたウサギと引き替えに。其処に書かれている事の内容を教えてくれた。

 

それこそが、契機。

 

錬金術との出会いだった。

 

本に書かれていたものが錬金術だったのだ。

 

ただし、青年は理解出来ていないようで。ただ文字を棒読みしているのが丸わかりだったが。

 

或いは、錬金術そのものを知らないのかも知れない。

 

ただ、プラフタも錬金術について知ったのは偶然からだ。

 

彼方此方をさまよい歩く内に知識を得た。

 

それだけだった。

 

錬金術は力だ。

 

そう彼方此方を彷徨っている時に聞いたこともある。

 

ルアードも知っていたから。

 

思わず狂喜したようだった。

 

青年が教えてくれた文字の読み書きを、必死になって二人一緒に覚える。単語については分からない事も多かったが。それでも、半年も獲物を青年に貢ぎ続けた頃には。

 

もう本を読みこなせるようになっていた。

 

どうやらこの本は。

 

錬金術の基礎知識書。

 

簡単な素材の図鑑もセットになっており。

 

錬金術の「素質がある」人間であれば、錬金術が使えるようになるものであるらしい事は分かった。

 

青年は典型的なヒモ体質で。

 

言葉を教わった後も集りに来たが。

 

「ルアードが病気を持っている」と他の村人達に聞いたらしく。ある日を境にぴたりと来なくなった。

 

また、プラフタに、俺の女にならないかとか口説いてきたが。

 

断った。

 

此奴が筋金入りのヒモ野郎で。

 

性欲のはけ口くらいにしかプラフタを考えておらず。

 

仮に一緒になった所で。

 

プラフタを徹底的に働かせて、自分は遊んで暮らすことしか考えないことは丸わかりだったからだ。

 

ヒスを起こした青年はプラフタを殴ろうとしたが。

 

すっとプラフタの前に割り込んだルアードの素顔を見て、悲鳴を上げて。

 

それ以降は何もしてこなかった。

 

恐ろしい死病に掛かる。

 

そう思ったのかも知れない。

 

いずれにしても、面倒な「師匠」ともさっぱり縁を切ることが出来た。

 

せいせいした所で。

 

二人で本を読み合わせる。

 

ルアードは、最後まで読み終えた後、言った。

 

「素質がいるっていうのは、残酷な学問だね。 しかも錬金術師としての力量は、素質に比例するというのも……選ばれた者だけの物だと言う事だね」

 

「そうですね。 出来ない人間は何をやっても無駄、というのは……学問として未完成なのか、それともこの世界が未完成な故なのか。 いずれにしても、私達がそうかは分かりません。 試してみましょう」

 

「うん。 簡単なものだったら、私達にも出来そうだ」

 

枯れ果てた野に出向くと。

 

まずは薬草を集める。

 

薬草の種類を見極めて。

 

そしてここからが大変だ。

 

加工を順番に施していくのだが。

 

上手く行く場合は、加工に「流れ」のようなものが生じる。これを錬金術では、素材の意思が働く、というそうだ。

 

一方上手く行かない場合は、加工の途中で絶対に拒絶反応が出る。

 

これについては、素材が拒否している、というらしい。

 

試行錯誤しながら。

 

二人はまず、もっとも簡単な薬を作るところから始めた。とにかく、作業工程が少ないものを選んでいくしか手は無かった。錬金術に必要な道具類など無い。全て粗末な容器などで代用するしか無かったからだ。

 

食糧も満足に得られない貧しい村だ。

 

皆、疲弊している。

 

傷薬でも。

 

栄養剤でも。

 

何でもあればあるほど助かる。

 

ルアードの病気だって、治せるなら治したい。

 

本来はもっと複雑な道具もいる。

 

錬金術には金が掛かるのだ。

 

だから、そこら辺にある道具を拾ってきて。色々と工夫しながら、順番に作業を進めていく。

 

火を焚くのでさえ一苦労なのだ。

 

そんな中。

 

精密さが要求される作業をしていると思うと。

 

本当に冷や汗が出る思いだった。

 

やがて、薬が出来た。

 

傷薬だ。

 

作っている途中、「抵抗」は一切感じなかった。本当なのかは分からないが、錬金術の本を見る限り、「素材の意思」が薬になる事を承諾したのだろう。

 

錬金術の本にはこうも書いてあった。

 

優れた錬金術師になると、素材の声が聞こえると。

 

驚くべき事だ。

 

あらゆる物に意思があって。

 

その声が聞こえるのだとしたら。

 

恐らくは、世界が全て変わって見えてくるだろう。

 

何気なく食べていた肉や。

 

摘んでいた食用草。

 

野菜や川魚。

 

あらゆる全てから、声が聞こえたら。

 

ぞくりとした。

 

食べないで。

 

もっと生きたい。

 

そういう願いを聞かされ。それでも命を奪わなければならなくなってくるのではないのか。

 

頭を振って、雑念を追い払う。

 

何しろ毎日が毎日だ。二人とも生傷が絶えない。

 

傷薬を使うのは、当然のことながら、自分達に。他人で試すわけにはいかなかった。

 

効果は劇的。見る間に傷が治っていく。

 

本当に、冗談のような光景だった。

 

これならば、大きな勢力が錬金術師を独占している、というのも納得がいく。ルアードがどうしてこの本を手に入れたのかはよく分からないが。本当だったら天文学的な値打ちのつくものだったのではあるまいか。

 

いずれにしても、これ以上無いほどの幸運だ。

 

ルアードもプラフタも。

 

錬金術が使えた。

 

つまり二人とも、素質があったという事だ。本によると、決して素質がある人間は多く無いという事だったのに。

 

これ以上の幸運があるだろうか。

 

ルアードは涙を拭っていた。気持ちは良く分かる。プラフタも。

 

色々な悲劇を見て、心が麻痺していたと思ったのに。それなのに、涙が止まらなかった。

 

これで変わる。

 

変える事が出来る。

 

狂った運命を覆せる。貧困を払うことが出来る。そう、二人とも確信した。

 

早速薬を村に配る。

 

最初は半信半疑だった村人達も。

 

怪我が治る様子を見ると、すぐに顔色を変えた。

 

理解したのだろう。

 

錬金術の産物が、如何に桁外れな代物で。

 

それがこの村の貧困を、解消さえする切り札にもなり得ることを。

 

その日から、プラフタの村での地位は。

 

今までとは一変した。今までもルアードとセットで交渉を任される事もあったが。それ以上の存在。

 

すなわち生命線になった。

 

それを見ると、居づらくなったのか。プラフタとルアードに読み書きを教えた男は、こそこそと村を出て行った。




※この世界における「人」について。

この作品世界には四種類の人が存在しています。

※魔族

翼と角を持ち、もっとも強大な種族です。背丈は「人間」の倍もあり、例外なく魔術を用いる事が出来ます。更に夜になると力が倍増するのです。
非常に強大な種族なので、街などでは守りの要として活躍しますが、残念ながら繁殖力におとりもっとも数は少ないです。
なお、巨人族という上位存在がいます。
寿命は200年。巨人族は更にその倍生きます。

※人間

我々ホモサピエンスとほぼ同じ姿をした者達です。魔術を必ず使える訳でもなく、性質は陰湿にして狡猾。力もあまり強くありませんが、「錬金術」を唯一使える可能性があります。
繁殖力が高く数も多いのですが、役人や商人になると、不正をしたがる悪癖があります。
寿命は100年。

※獣人

毛深く顔が獣になっている種族です。直立歩行し道具を使えます。ちなみに顔が違っても交配できます。
力が人間より強い代わりに、知恵で劣ります。魔術も使える場合がありますが、人間よりも魔力が低い場合が多いです。人間よりも性格は真面目ですが、より荒々しい性格をしています。プライドの塊です。
人間より戦士の適正が高く、多くの街で自警をしています。ケンタウロス族という上位種族がいて、此方は強さにしても伝説的な存在で、実力は巨人族に匹敵します。
寿命は100年。ケンタウロス族はその何倍も生きます。

※ホム

人間の半分程度の背丈しかない種族です。魔術もほぼ使えません。名前に記号名を用いるケースが多いのも特徴の一つです。
非力な種族ですが、計算に非常に強く、しかも不正を一切しないので、ホムの商人や役人は周囲からとても信頼される傾向があります。
複製という能力を持っていて、一部の者はこれを用いて色々なものを増やせますが、その代わり体力を消耗します。
なおこの複製は子供を作る能力の延長線上で、ホムだけは交配して子供を妊娠出産せず、男女が力を放出してそれで子供を作るため、妊娠出産のリスクは極めて小さく。裕福なホムは多産になる傾向があります。



以上、基本知識でした。ちなみにこれらの種族の雑種は出来ません。
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